魔法の理屈

 『魔法』は、現実の事象に干渉かんしょうする力だが、分かっているのは、物理的世界を構成してる時空間の対称性に干渉することで物理的効果を生み出しているということだ。並進対称性に干渉すればものを動かしたり、慣性を部分中和したりすることができる。電荷内部空間に干渉すれば電流を操作することもできる。


 対称性が破れれば粒子が現れる。この現象ではシンメトリオンと呼ばれる仮想粒子が現れる。しかし、通常の物理現象と違うのはシンメトリオンは亜空間――ここでは物理空間の下位領域という意味、よくSFで使われる亜空間とは概念が違う。――を伝播し物理空間そのものの構造に干渉する。


 現在の仮説ではシンメトリオンは、情報と意味を結びつけることで単なる情報の世界から事象に干渉しているというのが主流だ。意味は意識から生まれる。意識は、脳細胞内の微小器官の量子効果――量子エンタングルメント――が起源となっているという仮説もある。なぜ意味がシンメトリオンと相互作用するのか、説明できる仮説はまだない。わかっているのは、意識から意味を介してシンメトリオンを媒介した物理空間の対称性操作ができるということだ。


 情報と意味を結びつけることのできる脳はこのような機構を介して『魔法』を行使することができる。この辺りは議論百出で科学界の合意はまだ形成されていない。

 具体的には大脳前頭葉の内側にあるM領域が『魔法』の行使を司る。現実の効果を持つ『魔法』を行使するためには、さらに全脳領域と連携し事象に干渉するという意思を持って情報と意味を処理する必要がある。そして、演算能力と処理速度が効果の範囲・強度・起動速度を決め、M領域が種別や属性を決める。M領域は全脳領域と亜空間への接続点となっている。


 そういう意味では、ある程度の脳を持ち意味の理解を持って世界を認知することのできる生物は、なんらかの『魔法』を行使する能力を持っていると言える。しかし、物理事象を引き起こすとなると世界を改変するという意思が必要なため、人間以外の魔法行使は現代科学の世界ではまだ観察されていない。だが、受動的――魔法感受性――能力は広く知性をもつ動物にみられる。高い魔法感受性を持つものは、シンメトリオンの作用を視覚・聴覚を持って認知することがある。


 『魔法』を使える人間は多くない。それは、M領域の活性化と全能演算領域のパスが繋がっていないからだ。遺伝により自然とM領域が活性化しているものは先天的魔法使いと呼ばれる。また外科/理学的処理により後天的にM領域を活性化する技術が開発されていて、彼らは単に魔法使いと呼ばれている。

 後天的処理は遺伝による活性化を持たない者に魔法行使の能力を与えるが、限定的であり全脳的演算能力とのリンクが課題となっている。


 初期のうちは外科的処置も実験されたが、後遺症や倫理的問題から先進国ではいまは行われていない。理学的処理では超強磁界中での電磁誘導加熱により脳の前頭葉内側の複数箇所の刺激と心理的訓練を併用することで活性度と魔法効果を条件付けることで行う。後遺症の懸念けねんが少ないのと、効果を見ながら複数回の処理を行うことができるので現在は主流になっている。


 後天的魔法使いは意識的・無意識的操作を訓練の中で積み重ねるためある程度の行使過程を意識する。ただ、大きな力を行使するためには意識的部分が足枷あしかせとなってくるため、儀式と暗示と所作しょさにて自動的に発現するように訓練は行われる。


 対して、先天的魔法使いは、全脳的演算能力は無意識下で行うため行使にともなう過程を意識することはできない。むしろまずは不用意な無意識的魔法行使をさけるため、儀式と暗示と所作にて魔法発現に制限をかけるように訓練を行うのである。そうしてやっと魔法式の学習ができるようになる。


 現代魔法の初期には、行使の意識的発動を容易にするため自己暗示や特定の品物、言葉、動作を持って誘導をおこなっていた。この方法は効率が悪く、特に後天的魔法使いには不向きな方法であった。

 これを改善する方法の研究と、『魔法』を記述する方法の研究が2030年代に精力的になされ、やがてこの分野は統合され2040年代には魔法記号論へと発展する。魔法記号論は、魔法発動を素早く効率良くするための意識誘導の方法論と、それを記述する記号論である。


 いまや現代魔法と呼ばれるものはこの魔法記号理論で記述されるようになっている。魔法記号そのものに効果があるわけではないが、繰り返しの意味づけと訓練によって無意識への刷り込みをおこなう。そうして、魔法記号で記述された『魔法』が(魔法式と呼んでいる)が効果を持つようになる。ある意味、数学の方程式と似ている。


 魔法式は意識の表層で認識し、トリガー(魔法の杖、指輪など、本人だけの特定の道具)で起動する。高校の魔法実習ではこれらの定形魔法式から学ぶ、二年ではより高度な魔法記号論を学ぶのであった。


 魔法起動のトリガーは第三者にとっては効果のないものである。しかし、本人にとってからだの一部と言える重要なものである。歴史的なものはその背景から意識を誘導する効果が高くなる。



 ひと通り話した後、多和良たわらは自習室を見回す。


「それから、今日俺が見せた魔法は派手だったが、同じレベルの魔法が使えるようになるやつは一割もいないだろう。

 だが、あんなのは派手なだけで実践的にはそれほどの意味はない。

 お前たちは若いから自分の限界を知るためにも高みを目指すのはいい。だができなくても悲観することはない。

 魔法の才能はお前たちを裏切ることはない。たとえば、電子をマイクロレベルでコントロールできれば任意の化学反応を起こせる。

 その産業的価値も考えて欲しい」


「さて、一年の魔法実習は、準備の期間だったがこれも終わりだ。

 二年からは自分専用の魔法行使トリガーを使った本格的実習を行うようになる」

 真顔に戻って

「最後にいっておくが、魔法はなんでもできる『魔法』の力ではない。

 人間の精神と意志が物理的効果を起こすものだ。

 機械や道具と同じものと言える。そして扱いを間違えれば機械以上に危険なものである。

 君たちは二年生になればより実践的技能を学習することになる。このことを心に刻んでより良い、より必要とされる魔法使いに育って欲しい」


 ニヤリと笑う。

「もう他人の手垢の付いた共用トリガーは使わなくて良くなるわけだ。

 というわけで念を押しておくが、配っておいたプリントに従って自分用のトリガーを新学期の最初の実習の時間までに用意しておくこと」

「もちろん必要なのは進級できる生徒だけだがね」


 ひと言皮肉を言うことを忘れないのは多和良たわらのデフォだった。

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