第6話 人生は、その時間に比例して余計な荷物が増えていく

 少女は自分を拾ってくれた盗賊団に感謝していた。自分に出来る事は何でもしようと子供心に誓った。

 

 最初に覚えたのは盗みだ。教えられた通り街中で故意に人にぶつかり金目の物を盗む。しかし上手く行かなかった。


 少女が身体をぶつけた相手は、毎回瀕死の重症を負い騒ぎになった。

 

 次は遺跡荒らしだ。高名な勇者の墓は家三軒分の面積が地下に広がっている。地下宮殿。勇者の墓は盗賊団にそう呼ばれていた。財宝目的で地下に足を踏み入れる。

  

 しかし少女は暗闇が苦手だった。恐怖と緊張から過呼吸になりパニックになる。少女が我に帰った時、地下宮殿は崩れ去り一緒に居た筈の仲間は生き埋めになった。少女はどうやって地上に戻ったのか分からなかった。

 

 最後は戦闘だ。お尋ねもの盗賊団はいつも国の軍隊に狙われている。また、縄張りを巡って他の盗賊団ともいざこざが絶えない。

 

 それは長年争っていた盗賊団との戦いが始まった時だった。戦いは決着が着かず、双方の疲弊が極限に達した時だった。国の軍隊が突如現れ、二つの盗賊団に襲いかかった。

 

 どうやら国の軍隊は事前に情報を得ており、この機に両盗賊団を同時に殲滅しようと計画していたらしい。両盗賊団が疲弊するのを待ち構えていたのだ。

 

 疲れ切っていた両盗賊団は、草を刈られるように倒されて行った。少女の傍に居たお頭の首がどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 少女は盗賊団の団員から気味悪がられていた。あのガキがここに来てから妙な事が起こる。不吉だと。神の存在など信じない盗賊団も、自分達のツキが落ちる事は恐れていた。

  

 それでもお頭は少女を盗賊団に置いた。周りの声は気にするなと言われ、少女は嬉しく思った。このお頭の為に役に立ちたいと思った。そのお頭が目の前で死んだ。次の瞬間、少女の視界は暗転した。

  

 気づくと戦闘が終わっていた。どの勢力が勝利したのか分からなかった。ただ、戦場には多くの屍が横たわっていた。


 頭にもやがかかったように呆けている少女に、仲間である筈の盗賊団が襲いかかって来た。

 

「この化物が!」

 

 よく聞き取れなかったが、仲間はそれに近いような事を叫んでいた。お頭の居なくなったこの盗賊団を、少女が惜しむ理由が無かった。

 

 この日、二つの盗賊団と国の正規兵三百名が全滅した。

 

 それからニ年間。チロルは街を転々とした。街には戦災孤児を受け入れる施設があったが、集団生活を強いられるのでチロルは入らなかった。自分が集団の中にいると災いを呼ぶと感じていたからだ。

 

 街の裏道を歩くと、荒れた人相と服装の大人達が少女に近寄って来た。仕事を探していると伝えると、不敵な笑みを浮かべ紹介してやると親切にしてくれた。

 

 それからのチロルは、裏社会の組織の運び屋になった。運ぶのは主に麻薬。盗品。取引用の金貨。子供の運び屋は怪しまれにくい貴重な人材だった。

  

 持たされた荷物を運ぶだけで報酬が貰える。チロルは生活の糧を得て安心した。

 

 だがその安寧の終わりはすぐに訪れた。ある日、チロルは指定された時間に間に合うように、早足で掛けていた。


 急ぎ過ぎて取引相手にぶつかってしまった。その相手は体ごと飛ばされ、手にした麻薬を革の袋から外にぶち撒けてしまった。

  

 チロルの持っていた支払いの金貨が入った袋も同様に。

 

 その通り道に運悪く憲兵の集団がいた。チロルは憲兵に雇い主を聞かれ素直に答えた。チロルを利用していた組織と、取引相手の組織はその日の内に憲兵に検挙された。

 

 仕事の失敗の代償にチロルは裏社会から懸賞金付きのお尋ね者になった。運び屋の仕事を失ったチロルは住む街を変えた。だがどの街に行っても、柄の悪い人達に追い回された。

 

 自分の居場所はどこにも無い。少女は自分はなぜ生まれて来たのかと自問するようになった。

 

 そんな時、小さな街で野良猫に餌をあげている大人を見た。なぜあの大人は見返りも無いのにあんな事をしているのか。

 

 チロルは野良猫に帰る家も居場所も無い自分を重ね合わせた。あの餌をあげている人の傍にいれば、生きた疫病神と呼ばれた自分にも何か良い事があるような気がした。

 

  

「この人は、師匠のお友達ですか?」

  

 チロルは笑顔で魔王軍序列第一位の魔族を指差した。タクボはチロルを見つめ心の中で戒める。


『人を指差してはいけないぞ少女よ。いや、この死神は人間ではないので指差してもいいのか? いや差別は駄目だ。それよりもこの死神と友人になった覚えは無いぞ』


 どこから順番にこの少女に訂正していいかタクボが迷っていると、死神から口を開いた。

  

「久しいなタクボよ。此度はそなたに聞きたい事があって参った」

 

 サウザンドは剣を帯びていなかった。どうやら荒っぽい話では無さそうだとタクボは胸を撫で下ろす。

 

「そうか。まあ立ち話もなんだ。座ったらどうだ?」

 

 タクボは店員にイスをもう一つに用意してもらい、サウザンドは素直に従った。

  

「食事中に済まないな。ん? その匂い、紅茶と言う飲料かな?」

  

 人間の文化に傾倒している死神は、チロルの飲んでいた紅茶を興味深く注視した。

 

「はい。そうです。良かったら飲まれますか?」 

 

 少女が笑顔で死神に陶器のカップを渡す。タクボはまた心の中で呟く。


『チロルよ。飲みかけの物を初対面の人に渡すのは失礼だぞ。いや、お前も素直に飲むなサウザンド。毒が入っていたらどうする? もう知らん。人間と魔族に礼儀と用心を同時に教える事など出来るか』


 サウザンドが紅茶を一口飲んだ頃合いを見計らってタクボは口を開く。

  

「で、最近の戦況はどうだ? あまり良い噂は聞かないが」

 

「以前にも増して悪化している。先日、勇者達に最重要拠点を陥落させられた」


 死神は淡々と答える。魔族が誇る難攻不落の要塞が落とされ、魔王の居城は守る砦が無い裸同然の城にされた。

  

「他の魔族の国々に援軍を要請したが、色良い返答な無かった」

 

 サウザンドの言葉にタクボは驚いたが、魔族も一枚岩では無いらしい。魔族同士争う事もあるとか。全く人間と同じではないかとタクボは感じた。

  

「受け取った勇者の武器はどうしたんだ?」

  

 タクボの質問に、サウザンドは悠長に紅茶を飲みながら答える。

  

「あれは人間用に造られた武器でな。我々魔族には容易に扱える物では無かったのだ」

  

 魔族が誇る名工が今現在、不眠不休でその武器を魔族使用に改造しているとの事だった。

 

「間に合うのか?」


 切迫した魔族側の現状に、タクボは他人事ながら気にかけた様に問いかける。


「分からんな。間に合わなければ我が国は滅びるだろう。先日落とされた要塞の兵達のように」


 サウザンドは紅茶のカップを静かに置き答える。難攻不落の要塞が落ちた後、魔族の戦闘員、非戦闘員合わせて二千名が全て殺された。勇者とその仲間達に。

 

「二千人が!?」


「酷い。非戦闘員まで殺すなんて······」

 

 ウェンデルとマルタナが、驚きと悲痛の声を出す。

  

「勇者の復讐心は最早常軌を逸脱している。彼は魔族をこの世から一人残らず屠るまで止まらないだろう」

  

 サウザンドは殺された同胞を思ってか、目を閉じ天を仰いだ。タクボは空気を読んだ。


『いかん。場が沈んでいる。話題を変えよう』


「なぜ、私がこの街に居る事が分かったんだ?」

 

 タクボは分かり切った事をあえてサウザンドに質問した。

 

「そなたなら聞くまでも無かろう。青と魔の賢人だ。人間側の配下からそなたの居場所を知り得た」

  

 チロルはタクボと死神の顔を交互に見ている。

 

「では何用で来たんだ? 賢人の配下でも知り得ない事など私に聞いても無駄だと思うぞ?」

 

 文字通り無駄だと思うが、タクボは一応予防線を張って置く。面倒事に巻き込まれるのは勘弁願いたい。タクボは心からそう願う。

 

「あの森で一人の魔族が死体で発見された。私がそなた等から武器を受け取ったあの日から行方不明になっていた魔族の者だ」

 

 厄介事の匂いが明後日の方向からしてきた事をタクボは肌で感じていた。

  

「我が魔王軍序列三位の者だ。あの日、勇者の武器をいち早く手にする為に私を後から追って来たらしい」 


 サウザンドは細い両目でタクボを一瞥する。

  

「私達を疑っているのか? 誓って我々はその件に関わっていないぞ」


 そう言いつつタクボは動揺していた。

  

『まずい。サウザンドがあの場に居た我々を疑うのは当然かもしれない』


 タクボは内心冷や汗を流していた。

   

「あの森から一番近い街はここだ。そなた等で無いとすると、この街の住人の誰かと言う事になるな」

 

 サウザンドは静かにそう呟く。いよいよきな臭くなって来とタクボは感じた。サウザンドは犯人を炙り出す為に、この小さい街を襲う気かと。タクボは身構える自分に気づいていた。

 

「師匠。その魔族の人を殺したの私です」


 チロルが無邪気な顔でタクボに告白して来た。否。少女は隠す気など毛頭ない顔をしている。

 

「冗談だよね? チロル」

 

 全身黒衣の少年エルドが優しくチロルに微笑む。子供の戯言だとこの場にいる人間は誰もが思いたかった。

 

 あの日、馬車で街を出るタクボを見かけたチロルは後を追った。森の中で大きな爆発音が聞こえ、自分も森の中に入ろうと思った時に一人の魔族がそれを阻んだ。

 

 この森の中は戦場になる。子供は家に帰れとその魔族はチロルに言った。タクボに弟子入りを願い出るつもりだったチロルは、魔族の言葉を無視し森に入ろうとした。

 

「それでどうなったの? チロル」

 

 マルタナは目の前の少女が普通の子供である事を願っていた。

 

「はい。マルタナ姉さん。その魔族が私の腕を掴んで来たので殺しました」


  チロルは笑顔で答えた。ウェンデルとエルドのチロルを見る目が変わって来た。

 

「少女よ。聞かせてくれないか? 如何なる方法を持ってその魔族を殺したのだ?」

 

 サウザンドは冷静な声を崩さない。

 

「はい。このようにしてです」

  

 チロルが細い右手を上に挙げた。その瞬間、少女の右手から刃のような形をしたまばゆい光が輝く。

 

 死神以外の人間達は、驚愕の余り声が出ない。

 

「ふむ。これは勇者にしか扱えない光の剣だ。となるとこの少女は勇者の卵と言う事になるな」

 

 死神はまるで同僚と茶飲み話をしているかの口調だった。

 

 勇者の卵。このあどけない顔をした少女が。タクボは幻覚でもかけられているのかと疑った。


 だがチロルの話を総合すると辻褄が合った。あの森にいたチロルの頬についた血。昔話でした全滅した盗賊団と国の正規兵。

 

 普通の子供にそんな芸当が可能である訳が無かった。

 

 この茶店の主人は、カウンターで皿を拭きながらタクボ達のテーブルを一瞥した。この店には冒険者の来店も多い。連中は手品のような事をよく笑いながらやる。

 

 以前、冒険者が葉巻に炎の呪文で火をつけようとして店内でボヤ騒ぎを起こされた事もあった。


 何やら子供の腕が光っていたが、また魔法の類だろう。いちいち気にしていられ無かった。

 

 主人の前を、白いローブを身に着けた者が横切る。店の中でもフードを被り顔を見せない。主人は特段怪しまなかった。冒険者連中は普通じゃない奴等ばかりだったからだ。

 

 

「だが、その光の剣は勇者の資質を持つ者が特別な剣に発動させるものだ」

 

 サウザンドが口を開く。特別な剣とは、希少鉱物を名工が鍛え上げた勇者の剣と呼ばれる物だ。

  

「生身の体に、光の剣を纏うなど聞いた事が無い。まさかこの少女は······」

 

「勇者の金の卵だ」

 

 サウザンドが言いかけた時、後ろから男の声がした。全員振り返り、白いローブを着た男を見る。

 

「今、金の卵と言ったのか? 君は何者だ?」

 

 タクボはローブの男に質問した。男はフードを被っており、顔も年齢も分からない。

 

「あれから二十年か。お互い年を重ねたものだな。タクボ」

 

 男はゆっくりとフードを脱いだ。男は真紅の髪の色をしていた。その長い前髪で両目が隠れていた。

 

「私を知っているのか? 君は誰だ?」

 

 タクボが口を開いた瞬間、エルドとマルタナが椅子から立ち上がった。いつも飄々としているエルドが顔を引きつらせ身構えている。額には汗が流れている。マルタナに至っては肩を震わせていた。

 

「真紅の悪魔······」

 

 エルドが小さく呟く。隣に座っていたウェンデルは、黒衣の少年の様子がただ事では無いと感じた。

 

「どうやら私を知っている者もいるみたいだな。血生臭い人生を歩んで来た身だ。恨みは星の数程買っている。だが物事には優先順位がある。今立ち上がった者達はひとまず黙っていてくれ」

 

 静かな口調だが、男の言葉は反論を一切許さない圧があった。

 

「私を忘れるのも致し方ない。施設を出たのは二十年も前の話だからな」

 

 施設······二十年前······真紅の髪の色······タクボの脳裏に一人の固有名詞が浮かんだ。

 

「アバル······? もしや君はアバルか? 戦災孤児施設で一緒だった」

  

 あの両目が隠れる程の長い前髪。あの時と変わっていない。タクボの記憶が蘇る。

 

「君にその名で呼ばれるのは懐かしいな。施設での偽名だったが、その名で呼んでくれて構わんよ」


 アバルは微笑して答えた。

 

「さて。積もる話もあるが、ひとまずその少女をこちらに渡してくれるかな? タクボ」

 

「二十年振りに再会したと思ったら突然何を言い出す? アルバ。なぜチロルを?」

 

「この少女が勇者の卵だからだ。只の卵では無い。百年に一人、現れるかどうかの金の卵だ」

 

 アルバは冷たい笑みを浮かべながら断言する。金の卵。百年に一人。この昔馴染みの男は何を言っているのか。頭がついていかないとタクボの頭は混乱していた。

 

「そなた。青と魔の賢人の者だな」

 

 サウザンドが静かに口を開く。一人の少女以外、人間の大人達は全員見えない糸で縛られたように動けなかった。

 

『アバルが青と魔の賢人? この世界の頂点から歴史を操る組織に属する者だと言うのか?』

 

 タクボは質の悪い演劇でも観ているような気分になった。

 

 

 

 ······遥か遠くの空から、タクボ達が居る小さな街へ風の呪文で移動して来る者がいた。風の呪文は、移動距離の長さに魔力の大きさが比例する。


 四つの国を横断して来たその魔力は常人の魔力の比では無かった。

 

 その者は、全身を覆う青い甲冑を身に着けていた。余計な装飾は一切排除され、実戦の為だけに造られたような鎧だ。


 鎧と盾には無数の傷がついており、その壮絶な戦歴が伺い知れた。

 

 兜の中にある両目には、復讐の黒い炎が燃えたぎっていた。それは、見る者全てを焼き尽くす危険な炎だった。


 

 

 


 


 

 

 

 

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