第3話 水族館<その1>

 はい。いちおう肩書きは警備員ですけど、実質は単に見回りですね。水族館に盗みに入る泥棒とか、まずいませんから。警備員を肩書きというのもおこがましいんですが(笑)。

 でもとりあえず外から侵入してくる人よりも、中の見廻りですよ。

 そりゃプロ意識としては気を抜いちゃいけないって言いますけど、実際に水族館の係員が気にしてるのは、機器が示す水温の確認とかのほうをしっかりやってくれってのが本音だと思います。

 霊とか関係なく夜中に見たくないほど不気味なのも一杯いるんですけど、やっぱりあの人たちは愛してるんですね。どの生き物のことも。頭が下がります。


 で、どんな職場でも、たまには自分が体験した恐い話を言い合ったりすることがあるじゃないですか。そういうの好きなひと何人かで。警備員もそうです。色んなところの警備をしたことある連中がそういう話すると、水族館での体験はけっこう話に昇るんですよ。

 いや、なんでか知りません。なんでなんでしょうね。

 水族館で死ぬ人なんかあんまりいないじゃないですかって、そりゃそうですけど。

 でも水場に霊が出るって言いますよね。テレビとかで。


 私自身も夜の見廻りではいくつか体験しました。

 そのうちのひとつは、あれは夏でしたね。私も体験したのは、やっぱり夏が多いんですけど。他の人も夏の話多いですね。そこはほかの怪談と同じです。めちゃめちゃ熱帯夜でした。

 当たり前ですけど水温の管理は厳密ですよ。あれが狂ったら下手したら一晩で魚が死んじゃったりするんでしょう。でも廊下の部分まで夜間冷房を効かせているわけじゃありません。警備員がたまに見回りに来る時だけのために、広い建物のエアコンをガンガン付けておくような無駄なお金はありませんからね。

 なので汗を拭き拭き、水槽の間を巡回していました。

 明かりも最小限しか灯いていません。

 で、一回りして終わり際に、その水族館で一番でかい水槽がある部屋まで来ました。ジンベエザメ飼ってるんです。同じ水槽に他の魚もいっぱいいますけど。そいつが水族館の目玉で。

 7メートルくらいあるって説明に書いてました。

 巡回中ヒマですから、勉強嫌いでもやっぱり読んじゃうんですよね。何か月も警備すると、やっぱり読みますよ。大きいのだと十何メートルにもなるらしいですね。十三、十七か……すいません忘れましたわ。やっぱり私勉強ダメです(笑)。

 で、その夜最後の巡回だったもんで、今日の仕事も終わりだな~と思って、そのジンベエザメのことをぼんやり見てたんです。

 そしたら、そのサメがこっちを向きましてね。

 で、口をぱっくりと開けたんですよ。

 見たんです。その口の中から、灰色の男の顔が、2つ覗いているのを。


 無表情な顔でした。

 2人とも、じっと私のことを見つめていました。

 恨んでるとか怒ってるとかより、サメの口の中からこっちを観察してるような顔でした。

 ジンベエザメはゆっくりと方向を変えました。

 私はずっと立ち尽くしてましたよ。そいつが次にこっちの方を向くまで待ってみようと思いました。

 何分かしたらまたサメはこっちを向きましたけど、口は開けませんでした。

 次も同じです。それで諦めて、警備員室に戻りました。


 ええ。そいつが人を食い殺したわけじゃない。水族館ではもちろん、捕まる前に海で食べたってこともありえない。あ、知ってますか。そうです。ジンベエザメって、小魚か、もっと小さな生き物しか食べないんですってね。

 で、お祓いは一応受けました。

 神主さんは別に憑かれてはいないって言ってましたけど、それでも念のためと無理言って受けました。


 その後、しばらくその水族館で勤務しましたけど、二度とそのジンベエザメの口の中に、人を見たことはありません。

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