落花流水

文菜

名前も知らない敬語の子


「私に付き合ってもらえませんか?」


 夕暮れ時、日直の仕事があり、クラスメイトより遅れて帰り支度をしていた俺に突然話しかけてきたのは、名前も知らない、黒髪ストレートをへそくらいまで垂らした、一般的に見たら上の上だろうと俺でも思うくらい可愛い女子だった。


「いいけど」


 最初は何を?と思ったものの、俺のただ一人の友達は、学年一モテる…いや、学校一モテると言っても過言でない奴だからだ。

 どうせそいつ関係だろうと思って、適当に返事をすると、その女子から思いもよらない言葉が帰ってきた。


「やった…!今日からよろしくです、彼氏さんっ」


「おう…って、は??」


 一度頷いてしまったけど、確かに最後に彼氏さんと言っていた気がする。

 いやおかしい。クラスであいつ以外と関わらない俺が女子から告白されるわけが無い。

 それに、普通に面倒くさい。恋愛なんて絶対にろくな事がない。


「私に付き合ってくれるって言ってくれましたよね? それはすなわち、私と付き合うことなのです…!」


「いやちょっと待て。意味がわからん」


「男の子に二言は無しなんですよね?」


「いや、有りだ。それに君くらい可愛いなら男なんて幾らでも捕まえれるだろ?」


「そんな事ないです!それに…」


 駄目だこの女子。話が通じないと言うか何というか。それに、の後も声が小さくなって聞こえなかったし。


「…まぁ細かいことは良いんですよ!今日からお願いしますっ!」


 駄目だこいつ。本格的にどうかしてるんじゃないか。上履きの色からして同級生でずっとおかしいこと言ってる割に敬語だし。


 そもそもなんで俺なんだ。あいつと仲いいことくらいしか取り柄がない、いやそれはもはや俺の取り柄では無いが…なんで俺なんかを。


「なにぼーっとしてるんですか!折角長い困難を乗り越えて恋人になった訳なんですから、一緒に帰りましょう!」


「俺らは何一つ乗り越えてない」


 もはや否定するのも面倒くさくなって、それだけ突っ込む。本当にこの女子どうなってんだよ。


「もう…!いいんですよ、細かいことは!」


「はいはい、じゃー帰るか」



 帰り道、左右に広がる赤や黄色、まだ緑のものもあるトンネルの下を歩きながら、やっぱりなんで俺なんだろうと考える。


 少し仲良くなったらあいつを紹介しろとか?それならまだ納得出来るが、こいつ、これがキャラじゃないとしたらそんな事はしないか…


 いや、人間の本音なんて分からない。


「付き合った記念に、プリクラ撮りませんか…!」


 俺があれこれ考えていると、少し先を歩いていた彼女が急に振り返り、俺の方を見て言った。


 プリクラってあのプリント倶楽部とかいうやつか。あの顔面整形機械。あの箱の中でだけ顔が変わるだけで、実際の顔が変わるわけでもないのに正直、何がいいのかさっぱり分からない。


「あー…悪い、俺金持ってねぇ」


 あまり乗り気では無いのもあったが、学校に金は持っていかない主義だ。本当に金は持ってない。

 別に治安が悪い高校な訳では無いから金が盗まれたりする訳ではない。


 じゃあ、なんでかって?


 俺の天敵は帰り道だ。パン屋やコンビニ、スイーツショップなどちょっと油断したらついつい入って買ってしまう。

 そうならない為に俺は学校に金は持っていかない。極力無駄遣いは避けたいのだ。


「DKで一文無しの人が居るとは…!新たな発見ですっ」


 他の奴だったら凄く馬鹿にしたように聞こえるだろう。しかし、彼女は本気で言っているように見えて、思わず笑ってしまった。


「はは、そんな驚くことでもなくね?」


 俺が笑ったからか、彼女は宇宙人を見た時みたいな顔になった。

 …そんなに珍しいか。


「いえ…!あの、お金は大丈夫です、私が出しますから!」


「…明日返す」


 そう言った彼女が凄く嬉しそうだったからか、思わず明日返すと言ってしまった。

 …不覚。


「男の子と*****プリ…」


 彼女の声は小さくて、ほぼ聞こえなかったが顔が嬉しそうだったから、俺も特に聞き返す事もしなかった。

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