♡49 アニーとみきちゃん 1/『貴様が小鳥か』股間は蹴らないほうがいい

「じゃじゃーん。今日はかな子のお友達を連れてきましたぁ」


 後ろ手に何かを隠しているなとは、思っていた。気になってはいたが、あえて催促はしなかったのだ。朝倉先輩の楽しみを奪いたくなくて。


 結局、僕らは昼食をいっしょにとるようになっていた。朝倉先輩が無事、彼氏と別れたから……なら、少しは心労も減るのだが、そう簡単に別れる展開にはならないらしい。


 泣きそうになりながら、あげくにはポカポカと殴られたこともあって、僕は仕方なく自分の信念を曲げた。教室に来られると困るので、中庭で待ち合わせして、人通りの少ないフェンス近くにあるベンチでお互いの弁当を交換する。


 あの教室での一見が僕にどう影響するかと不安だったけど、あまり目立った変化はなかった。みんな夢でも見たと思ったのかもしれない。それでも、視線を感じて目が合うと、向こうが慌ててそらすことが多いわけで、やっぱり、何もなかったとも言えないのだけれど。


 さて、朝倉先輩のお友達とは誰かというと、手乗りサイズの木馬だった。アニーと名付けているらしく、つぶらな瞳でたてがみとしっぽの部分は麻ひもになっていた。


「かわいいでしょ? アニーや、この人が小山くんですよ」

『わぁ、カッコイイ男の子ね』

「そうでしょう。とっても優しいんですよ」

『よろしく、小山くん』

「さ、小山くん。アニーと仲よくしてくれますか?」


 ひとり会話がうまいな。というかナチュラルに人形と遊ぶ女子高生を間近に見て、多少、面食らってはいるのだが。僕はちょっと迷ってから、


「はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

 とアニーに頭を下げた。

『はい、よろしくです。かな子ちゃんとも仲よくしてね』

「はい。そうですね」


 うふふっと嬉しそうにする先輩。

 つられて、僕も笑ってしまう。


 飯田先輩もこうやって遊んだりするのだろうか。イメージできないが、彼女の前では彼だって頑張るのかもしれない。


「あと、みきちゃんも紹介しますね」

「はい」


 また人形かと思ったら、ダダダダッと何やら物騒な足音が響いてきた。


「あ、みきちゃーん」


 手を大きく振る先輩。向こうからは山姥が……じゃなくて、髪を振り乱しながら駆けてくる女子生徒が一人。どうやら、みきちゃんさんらしい。

 近づくにつれて、形相は恐ろしいが美人そうな人であることが分かった。というか、あれ、この人もしかして。


「生徒会長?」

 というか、この間まで会長だった川田先輩じゃないか。

「うん、みきちゃんは元・会長さんですぞ。立派でしょ」

「はい。すごいですね」


 顔がすごい。おかしいな。川田会長はもっと気品のある人だったはずなのだが。彼女はキキーッと音が鳴りそうなほど急に立ち止まると、いきなり僕の胸ぐらをつかんだ。


「おい、貴様が小鳥くんか」

「みきちゃん、違うよ。小山くんだよ」


「なに? 小山。小鳥じゃないのかよ。さんざん、小鳥くんのクラス探してくれって泣きついて来たじゃないか」


「間違えてたの。それに、ちゃんと自分で見つけたよ」

「で、お前か。かな子に粗悪なものを食べさせているのは」

「あ、えと」

「違うよ。おいしいものだよ! とってもとっても、おいしーの」

「だぁ、うるさいよ、かな子。今はこいつと話がある。来いっ」


 来いも何もあったもんじゃない。胸ぐらをつかんだまま引きずられていく僕。

 朝倉先輩は焦ってくれているようで、

「待って待って。みきちゃん、ごあいさつはちゃんとしようよ」

 と、おたおたしながら後をついてきていた。


「かな子は向こうに行ってなさい」

 立ち止まったかと思えば、ぴしゃりという川田先輩。

「いやだもん。小山くんといるっ」

 右腕にしがみつかれる。


 むにっと何かが当たるが、そっちに気を取られている場合じゃない。正直、釣り上げられている首が限界だ。苦しいのと皮がすれて血が出そうなんだ。


「あ、あの。ちょっと手を」

「そうだ、かな子。胸が当たってるぞ。いやらしい」


「胸?」と朝倉先輩。それから、ちょっと体を離して、

「でも、かな子、ぺちゃパイだから当たらないはずだよ」


「誰がぺちゃだって言いやがった」

「たくちゃん」

「あんにゃろう」


 く、首が…… このとき、僕は空を見上げていた。青い空でした。


「たくやとは別れろって言ってるだろ。下手したら妊娠させられるぞ」

「うん、別れたいの。どうしたらいいと思う?」

「殴ってやれ。股間を蹴ってやるんだ。あいつのは潰したほうが世のためになる」

「蹴るの? こう」


 と、下の方で地面をする音がした。朝倉先輩がキックの練習をしているのだろう。物騒だ。危ないマネはしないでほしい。僕は締め付けられる首を動かして、なんとかヒュウヒュウと呼吸をする。


「……ぼ、暴力はよくないですよ」

「あ? お前にゃ、関係ないだろう。小鳥め」

「小山です」

「そうだよ、小山くんよ」


 で、ここで僕はやっと山姥の手から解放された。

 ぜえぜえ息を吐き出して酸素を体に送る。

 首の皮ふがヒリヒリして、今夜のお風呂が憂鬱になった。絶対、しみる。


「お前、かな子の気を引くために弁当を作るとは、卑怯な奴だな。飯田の野郎も気に入らねーが、お前はもっと気に入らんぞ。かな子、こいつとはもう二度と会うな」


「いや。小山くんといるの。みきちゃん、彼のこと悪く言わないで」

「えっ」

「小山くんにあやまって!」

「はっ」


 と、みきちゃんさんは、衝撃を受けたように二歩ほど下がった。


「かな子が私に口ごたえをした。な、なんてことだ」


 それから、また僕の胸ぐらをつかもうとしたので、急いで逃げる。僕は一番安全だと思ったので、情けないが朝倉先輩の背後に回った。


 ――2につづく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る