第3話 いじめ、カッコワルイ。

 入学式から1週間たった放課後、実力テストの結果が貼り出された。


(よし)


 数学・化学で一位、英語・国語二位、日本史三位、総合二位――和泉としてはともかく、私にしては出来過ぎである。

 それなりに勉強してきたつもりだが、実際に結果が出てみると嬉しいものだ。

 ちなみに、総合一位は冬馬、三位は仁乃さん。

 いつねさんは四十五位、ナキは百八十三位。

 一年生約二百人中の順位である。


「いっちょん、流石だねー」


 いつねさんが例によってフレンドリーに話しかけてくる。


「そうでもありません。上には上がいますし」


 そう言いつつ満更でもない私。


「でも嬉しそうに見えたなー」


 む。

 見ぬかれたか。

 頬肉引き締めないと。


「どうでもいいですが、その妙なあだ名は何とかならないんですか?」

「えー。いいじゃん、いっちょん。可愛くて」

「可愛くないです」

「んー。じゃあ、いずみん?」

「……まだそちらの方がましです」

「了解」


 なし崩し的にあだ名呼びされることになってしまった。


「ふふん。首席入学は譲ったが、今度は勝ったな。見なおしたか、和泉?」

「二人とも大したもんやなー」


 冬馬とナキが連れ立ってやってきた。

 仲の良い2人である。


 余談だが、前世ではこの二人が揃っていると、薄い本が厚くなるともっぱらの評判だった。

 意味が分からない人は健全で大変結構。

 あの世界はハマると泥沼である。

 ハマったらハマったで、それはそれで楽しいのだが。


「私にしては出来過ぎです。さすがですね、冬馬くん」

「謙遜やなー。わいはテストあかんわ。ま、一芸推薦やからあんまり関係あらへんねやけど」

「ナッキーは一芸推薦だったんだー。何で受けたの?」


 一芸推薦という単語にいつねさんが反応した。

 ナキはナッキーか。


「笑わん?」

「うん」

「絶対、笑わん?」

「うんうん」

「バイオリン」

「あはは、似合わない!」

「ほっとけ」


 この二人も仲がよろしいようで何よりである。

 でも、私を巻き込むのはやめて欲しい。


「ナキは全日本学生コンクールの小学生の部で二位、中学生の部で一位だったこともあるんだぜ?」

「わ。凄いんだー。笑ってごめんね」

「……わいなんぞ大したことないわ」

「お。謙遜」

「本音やで。ま、お陰でここに入れてもろたからええねやけど」


 ナキが心なしか浮かない顔をしているように見える。

 ああ、あの件か。

 残念ながら、あれの解決は主人公の登場を待つしかない。

 私は不干渉を決めているし。


「冬馬様、そろそろお時間です」


 同じクラスの三つ編みおさげの子――確か服部はっとり はるかさん――が、冬馬を呼びに来た。

 自然に様づけされている所が、冬馬の凄いところである。


「おっと、遥か。わりぃわりぃ、すぐ行く」

「とーまくんとはるちゃんはクラス委員だよね」

「おう。女子は和泉が良かったんだが、上手く逃げやがって」


 こら。

 遥さんが泣きそうな顔してるぞ。

 デリカシーがないな。


「冬馬くん、遥さんに失礼ですよ」

「あー、そうか。すまん、悪気はなかったんだ」

「あ。いえ。和泉様と比べられれば当然です」


 あれ?

 いつの間にか私も様付けされてる?


「遥、安心しろ。和泉は規格外、例外だ。気にしているとバカらしくなる」

「分かってます」


 何という言い草だ。

 私はただのぼっちです。


 それはともかく。

 クラス委員なんていわば雑用係である。

 誰がそんな面倒な委員になりますか。


 ちなみに私は図書委員である。

 理由はもちろん、仕事が楽だから。


「じゃあ、またな和泉、いつね」

「わいも寮帰るわ。ほなな」

「二人ともまた明日ねー!」


 やっと静かになった。

 と、その時、少し不穏な気配に気づいた。


「よかったね、みのりん」

「十位かあ。私、五十三位だよ。ずいぶん差をつけられちゃったなあ」

「た、たまたまだよ、たまたま」


 三人の女子が順位表から少し離れた所で会話している。

 ショートボブの子が、他のツーサイドアップの子とロングの子の二人にからかわれている――ように見える。


 でも私には分かる。

 あの二人の目は、きっと本気の嫉妬の目だ。


「あーあ。みのりんは別の世界の人になっちゃったか」

「出来る人たちの仲間入りだね。おめでとう」

「そんな。佳代ちゃんもさっちゃんも、冗談きついよ」


 そのことはみのりん――順位表から読み解くに箕坂みのさか 実梨みのりさん――もよく分かっているようだった。

 今まさに、自分が仲間はずれの瀬戸際にさらされている、と自覚している。


 The 脚の引っ張り合い。


 私が自らぼっち宣言をしたのには、こういうのが嫌だというのもある。

 もちろん、こんな関係ばかりじゃないのは百も承知だけれど、決して少なくはない。

 

 思えば、前世の私も似たようなケースだった。

 私は中高一貫校に通っていたのだけど、高校に上がった時、中学時代につるんでいた友達が少し荒れだした。

 私がそれをとがめると、ハブられて、気がつけばクラスで孤立していたのだ。


(はぁ……)


 今日四回目のため息。

 実梨さんたち三人の様子を見ていると、何だか胸の下辺りがムカムカしてくる。

 おたおたした表情の実梨さんも、拗ねた表情の残り二人も、不愉快だ。


「テストの順位程度で切れる縁なら、初めから無かったようなものですよね」


 思わず、口に出してしまった。

 しかもそれが、廊下の喧騒の合間を縫って響いた。

 三人にも確実に聞こえただろう。


「おー。厳しいご意見。でもまあ、そうだよねー。あ。いずみんと私の友情は普遍だから」

「普通に名前で呼ぶという選択肢はないのでしょうか」


 空気を読んだいつねさんの脳天気な発言。

 さすが、クラス全員と友達になりたいなどという子は、コミュ力が違う。


「……さすが学年二位様。人間が出来てるね」

「そうだね。みのりんもあたしたちなんかより、あっちに入れてもら――」

「違うもん!」


 実梨さんが突然大声を上げた。

 その目は鋭く私を見ている。


「佳代ちゃんもさっちゃんも大事な親友だもん! 分かったような口きかないでよ!」


 半ば涙目になりながらも、彼女は迷うことなくそう口にした。

 紛れも無い糾弾だった。


 彼女も百合ケ丘の一生徒。

 一条家の令嬢に楯突くことの意味はたぶん分かっているはず。


 一条家は主に日本国内に広く企業展開する一大財閥である。

 その歴史は古く、旧公家華族の家柄でもある。

 戦後の財閥解体に遭っても、さほど力を落とすことなくくぐり抜け、政財界に非常に太いパイプを持っている。


 良家の子女が通うこの百合ケ丘においても、一条家と肩を並べられるのは、冬馬の東城家くらいであろう。

 箕坂など、聞いたこともない有象無象である。


 実梨さんは眼力の強い私に怯えている。

 でも、彼女は引かなかった。


 どうやら私は彼女を見くびっていたらしい。

 彼女は前世の私とは違う。

 彼女は、強い。


「あなた方の関係はあなた方自身が決めることです。別に他意はありません。お気に障ったのならごめんなさい」


 ここは私が悪者に徹しよう。

 悪役令嬢だしね。


(あとをお願いできますか?)

(おー。いずみんの初めてのお願いだねー。よしよし。任せといてー)


 事後処理をいつねさんに託して、私は寮へ戻った。


 後でいつねさんに聞いたところによると、三人はうまいこと仲直りしたようだ。

 やはり実梨さんの一言が決め手になったのだとか。

 いつねさんのコミュ力も後押ししただろうけれど、あの3人は本当の意味で仲が良かったということなのだろう。

 今度、三人で勉強会を開くらしい。


 実梨さん以外の二人も百合ケ丘に受かっているのだから、そう頭の出来が違うわけでもないだろう。

 次のテストでは順位を大きく上げてくるかもしれない。


 でも、やっぱりぼっちが気楽でいいなぁ、と思う私だった。

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