21話 証人尋問2.警ら課 巡査部長

 午後の公判で証言台に立ったのは、制服姿の三十代男性警察官。午前中の証人の方同様、宣誓書を読み上げた後、



「証人は、所属と階級、氏名を述べて下さい」


「はい。自分は、○○県警、地域部、警ら課、巡査部長、吉岡よしおかひかるであります」



 同じ人定質問でも、一般市民と公務中の公務員とでは違いがありました。


 ちなみに、検察と警察は、共に犯人の特定や証拠収集など、刑事事件の捜査を行う公的な機関ですが、その役割には大きな違いがあります。


 警察は、捜査で集めた事件の証拠や、被疑者の身柄を検察へ送り、検察は、それらの証拠を検討し、あらためて被疑者の取り調べ等を行った上で、最終的に起訴・不起訴を決定。その決定権は検察にあり、警察にはありません。


 今回の裁判では、彼の他にもう一人、別の警察官が証人として出廷することになっていますが、裁判の当事者として、被告人の有罪を立証する検察とは違い、警察は裁判の当事者ではないため、あくまで証人の一人として尋問を受けるというスタンスになります。



「それでは検察官、証人尋問を始めてください」


「はい、裁判長」



 午前中の根室さんと交代し、最年長の別府さんが立ち上がりました。



「検察官の別府です。吉岡巡査部長、通報を受け、現場に到着した際の状況を説明願います」


「はい、自分は○○界隈を無線警ら車で警ら中、本部より…」



 はきはきとした口調で、当時の状況を伝える吉岡巡査部長さん。


 パトカーで警ら中に無線が入ったので、現場に急行すると、鍵が掛けられた入り口には、刺股さすまたや棒状の物を持った男性三人が立っていて、警察と確認してようやく入り口の扉を開けたとのこと。


 カウンターの奥には、傷だらけのAさんと、彼女に寄り添う女性が匿われており、間もなくして到着した救急車でAさんを搬送し、店内にいた客と従業員に事情聴取を行ったと説明。


 午前中のコンビニ店長さんの証言や、防犯カメラの映像とも一致していました。



「状況を把握して、あなたはどんな感想を持ちましたか?」


「正直、またかと思いました」


「またかとは、具体的にどのようなことですか?」


「ちょうどその頃、連続して起こっていた女性暴行事件の被害者がまた出たのだと思いました」


「本件では、Aさんが一人目の被害者となっていますが?」


「異議あり! 不起訴になった案件に関しては、本裁判とは関係ありません!」


「異議を却下します。別府検察官、続けて下さい」



 新島裁判長さんの言葉にこっくり頷くと、尋問を続ける別府さん。



「吉岡巡査部長、詳しく説明をお願いします」


「はい。すでに数か月前から同様の事件が連続していたため、地域部では警らを強化しておりました」


「犯人の見当はついていましたか?」


「はい。被害者から採取された犯人のDNAから、納刀本人であると」


「裁判長、甲第○号証の確認を願います」


「許可します」



 それは、納刀被告が実刑を受け刑務所にいた記録で、彼が最後に刑務所を出所した日付は、Aさんの事件が起こる3か月前。加えて、最初の被害者だと思っていたAさんより前に、じつは被害者がいたという事実。



「これを見る限り、刑務所を出所して間もなく、納刀被告の犯行が始まったということになりますが、その時点で、被害者はどのくらいいましたか?」


「正確な数字は把握しておりませんが、その時点で、すでに4~5件は報告があったと記憶しております」



 吉岡巡査部長さんの答えに、どよめく傍聴席。法壇でも、両隣の裁判員4番(銀行員)さんと裁判員6番(中央市場仲卸)さんも溜め息をつき、後ろ側の席にいた補充裁判員1番(車ディーラー)さんに至っては、



「マジか…!」



 と、思わず声を漏らし、新島裁判長さんが『静粛に!』と呼びかけたものの、法廷内が静まるまでには、しばらく時間を要したほどです。


 何より異様なのは、この状況で当の納刀被告本人だけが、まったく我関せずといった表情で、相も変わらず虚空を見つめていることでした。新島裁判長さんが言っていた『平気で嘘をつける人間』という言葉が、頭の中でリフレインします。


 午前中同様、検察側の証人尋問を終えると、一旦休憩を挟み、その後、弁護側の証人尋問に移りました。



「それでは弁護人、反対尋問を始めてください」


「はい、裁判長」



 そう言って立ち上がったのは、最年長の目黒さんです。



「弁護人の目黒です。吉岡巡査部長に、一般論としてお尋ねいたします。警ら中に男女間のトラブルを仲裁されることがあると思いますが、よくよく話を訊くと、合意の上であったにも関わらず、女性側が被害を訴えるケースはありますか?」


「はい、確かにそうしたケースはあります」


「それは、非常に珍しいことでしょうか、それとも割とよくあることですか?」


「詳細なデータは持ち合わせておりませんので、わかりません」


「現場で感じた、あなた個人としてのご意見で結構ですので、お答えください」


「異議あり! 弁護人の質問は、印象操作をしようとするものであります!」


「裁判長! 質問は、あくまで『一般論』としております」


「異議を却下します。目黒弁護人、続けてください」


「続けます。吉岡巡査部長、現場ではどうでしょう?」



 その質問に、少し考えた後、こう答えました。



「そうですね、すごく多いわけではありませんが、それほど珍しいことでもないと思います」


「ありがとうございました。以上です、裁判長」



 午前中に引き続き、何ともモヤモヤを残す形で終了した反対尋問。


 確かに、世の中には痴話喧嘩が大事に発展してしまい、保身からそうした嘘をついてしまうケースがあることは事実ですし、まさにこの裁判自体がそれを争っているわけで、それが弁護人のお仕事だと分かっていても、気分が滅入ります。


 目黒さんが着席したのを確認して、新島裁判長さんが口を開きました。



「では、私からも質問します。実際に、被害者とされる側が嘘をついているケースというのは、一見して分かるものですか?」


「正直、人によります。分かりやすい嘘をつく人もいますし、現場では全く見抜けずに、後で聞かされてびっくりすることもあります」


「例えば、どんなケースだと見抜きにくいですか?」


「被害者がパニック状態や、口も利けないほど怯えた様子で、ちゃんとした話しが出来ない人や、逆に饒舌で説得力があるような人だと、ベテランでも騙されます」



 その言葉に、思わず納刀被告をちら見た私たち。



「吉岡巡査部長個人の経験則や感覚として、Aさんは被害者を装っていると感じましたか?」



 再び少し考えると、こう答えた吉岡さん。



「自分の主観ですが、被害者を装っているとは思えませんでした」


「それは、どうしてですか?」


「これまでにも、同様の女性を保護したことが何度もありましたが、傷痕から、完全に自由を奪っていた形跡が見て取れて、Aさん自身、相当な苦痛を感じていたと推察出来ました。その状態で行為を続けること自体、異様というか…」



 確かに。いくら合意の上だとしても、それだけの傷を負わせてしまったら、先ずは傷の手当てなりするのが普通の人の感覚でしょう。



「ご苦労さまでした。吉岡巡査部長は退席してください。本日は、これで閉廷します」



 そうして第三回公判は閉廷し、第6評議室へ戻った私たち。頭の中は、いろいろなことがシャッフルして、何だかよく分からない状態に陥っていました。


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