第12話 第一発見者

 昴と舞依はその声量にビクリと肩を震わせる。

 しかしそれでも、若干の不安と大いなる期待を込めて声が聞こえた方角に振り向くと、その視線の先にはネットゲームやライトノベルに登場するような、爬虫類が二足歩行しているあの獣人が血走った眼でこちらを睨みつけていた。

 しかも、彼の鎧には鮮血がべったりと張り付いているではないか。よくよく見てみると、彼が手にしている身の丈程もある巨大な曲刀からも、血がしたたり落ちていた。


 あまりの恐ろしさに身を翻し全速力で走り出した昴と舞依だったが、向かう先にも全身血まみれの女騎士が待ち構えていた。急ブレーキをかけ、その場で妹と共に立ち止まる。

 ゆっくりと近づいてくる二人を前に、なんとか妹だけでもと考えを巡らせていた昴であったが、二人の持つ武器を目にして、静かに両腕を上げる。降参のサインであった。

 腰を抜かしてしまった舞依はその場で尻餅をついてしまった。


 「おィ、お前ら! 逃げるんじゃねェ! お前ら、何処から来た? 光の回廊を通って来たんだろゥ?」

 「ふぇ?」

 「は、はい? 光の……なんですか、それ?」

 「おいおィ、そう身構えんなって。姐さん、どうやら当たりらしいぜェ!」


 獣人は二人に矢継ぎ早に質問を繰り出すと、答えも聞かずに一人納得して頷き、女騎士を呼んだ。


 「――あまり、その方達を怖がらせないで下さいね。それと、姐さんは禁止ですっ!」

 「あ、すいません姐さん。ですが、こいつ等はまだ誰にも手をつけられていないようでしたので」

 「分かっています。ですが、先ずは我々の話を聞いてもらわない事には、ね?」


 恐らく、もとは白かったであろうケープに身を包み、腰に短めの剣を提げている女騎士はプラチナブロンドの髪をたなびかせ、獣人を嗜める。

 全身が何かの血で染まっている事を除けば、小柄な体格とそれに似合わぬメリハリのついた身体、整った顔立ちと相まって相当な美少女であることが見て取れる。


 (なんなんだ、こいつ等? 俺と舞依が目的なのか? もしかして、俺たち二人をどうにかしちゃうのぉ!?)

 (なななななに、この人たち? 明らかに私とお兄ちゃんを狙ってたっぽいよね? もしかして、私達をどうにかしちゃうのぉ!?)


 未だ呑み込めない状況に加えて、寒さと恐怖にがくがくと震えながら脳内で十八禁な内容の妄想を繰り広げる昴と舞依。内容が似通っているのは、流石に趣味嗜好が似たり寄ったりである故か。それともただの兄妹である故か。

 いきなり知らない世界に迷い込んだと思ったら、物騒なモノを持った物騒極まりない二人組に絡まれる。一秒先の未来も安心できないと思ったら目の前で意味の分からない会話を聞かされれば、こんな反応になるのも至極当然と言った所か。


 「――あの。お二人とも、私の言葉は分かりますか?」


 そんな状態に陥っている二人の前に美少女の騎士が跪いて、顔色を窺いながらゆっくりと話しかける。


 「あばばば。……あれ。は、はい。分かります」

 「あわわわ。わ、わたしも分かります。えっと、なんでだろ?」


 彼女の言葉に反射的に頷き、そこで初めて昴と舞依は相手となんの問題もなくコミュニケーションを取れている事に気が付いた。昴の良く知る異世界転移モノの小説では、登場人物たちは皆一様に神様に言葉を理解できるようにしてもらったり、独自に言語を習得したりしていた。

 望まぬ形で当事者となってしまった身としては当然、どこかで言語を取得しなければならないだろうと踏んである程度の覚悟を決めていたのだが、いざ蓋を開けてみればこうして向こうの言葉を理解している。目の前の美少女の仕草を見るに恐らくこちらの言葉も理解しているのだろうが、その理由が分からないのだ。

 うんうんと悩み続けている昴に、美少女の騎士がこちらに気遣わしげな視線を送り続けていて、それに気付いた舞依が昴のジャージの裾を引っ張る。

 兎にも角にも、異世界モノにおける最初にして最難関の課題をクリアしてしまった昴と舞依は、女騎士にコクコクと頷いた。


 「良かった、ちゃんと話せるみたいですね」

 「へっ。なる様にしかならねェと思っていたが、やっぱり安心するもんだなァ」

 「全くです。あ、お体は大丈夫ですか? 今、ヒーリングボトルを出しますね。っと、その前に」


 美少女騎士は獣人と二人で笑いあいながら、腰のポーチをごそごそと探る。中から、小さな瓶を取り出しながら、彼女は何かに気付いて小さく呪文を唱えた。詠うように、謳うように。


 《水と光の精霊よ。私の名を以て、彼らに小さな安らぎを与え給え。――"回復ヒール"》


 ほんの一瞬、風鈴が揺れたような音と共に大地から光の泡が湧き上がる。泡はたちまち昴と舞依を包み込んだ。ひんやりとした心地よさと日光の暖かさが同時に体中を駆け巡り、通り過ぎた後ガチガチに凝り固まっていた筋肉がほぐれていくのを感じた。いつの間にか足の裏に出来ていた擦り傷も塞がっている。


 「おおっ……!」

 「ふわぁっ……! お兄ちゃん、これって!」

 「ふふ。現代魔術は初めてですか? あ、次はこれを。ぐいっと行っちゃってください」


 初めて体験する魔術というものに感動していると、薄桃色の液体が入った小瓶を差し出される。

 勧められるがままにグイっと煽ると、心臓のあたりがカッと熱くなり、熱が引いていくのと同時に精神も落ち着いてきた。同じように中身を飲み干した舞依が味に顔を顰め、空になった瓶を矯めつ眇めつ眺める。


 「私、この味知ってる。飲んだことある」

 「ああ。間違いなく『D』だな。俺もよくお世話になってるし」

 「? 何のことかよく分かりませんけど、落ち着いてきたみたいですね。良かった」


 女騎士は胸を撫で下ろすと小さく微笑んだ。

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