目覚めの時

勇治ゆうじ! バトラー! だいじょうぶか⁉」


 ココルと愛菜あいな誘拐ゆうかいされてから五分後、信人のぶとが自動運転の車に乗って公園にけつけた。


 バトラーが無線通信の機能でロボット研究所の信人に電話し、ココルと愛菜が誘拐されたこと、自分と勇治は粘着液ねんちゃくえきで身動きが取れないことを報告ほうこくしたため、信人はあわててやって来たのだ。


「もうしわけありません、信人博士はかせ。わたしがついていながら……」


「バトラー、おまえはあやまらなくてもいい。悪いのは、愛菜に公園に行っていいと許可きょかしてしまったオレだ」


 いくらすごいパワーを持っていても、今のココルでは自分の身を守れない。信人もそのことはちゃんとわかっていた。


 しかし、愛菜たちが学校に行っている間、ココルは家でバトラーと留守番るすばんをしているか、研究所で電子頭脳の検査けんさを受けているかのどちらかで、何だかとてもさびしそうだった。


 自分と他人の区別もつかない電子頭脳で本当に「さびしい」と感じているかは不明だったが、愛菜がそばにいない時のココルはとても大人しく、不安そうな顔をしていた。


(もしかしたら、ちょっとずつ感情が芽生めばえつつあるのかも知れない。電子頭脳が完全に目覚める前兆ぜんちょうなのでは……)


 信人は、家の外でもっといろんな刺激しげきをココルの電子頭脳にあたえてやったほうがいいのではと考え、夕方の少しの間だけ、愛菜がココルを公園に連れて行く許可をあたえたのだ。


 でも、こんなことになるのなら、愛菜とココルを公園に行かせるべきではなかった……。


「父さん。今はだれが悪いとか言っている場合じゃない。あの悪党たちを早く追いかけよう」


「う、うん。そうだな。今すぐ、その粘着液を取ってやるから、待っていろ」


 冷静な勇治にはげまされた信人は、車のトランクから掃除機そうじきを取り出した。


「こんなこともあろうかと発明していた、粘着液だけをい取る掃除機……『粘着液吸い取り掃除機』だ! スイッチ、オン!」


「名前、そのまんまじゃん! ていうか、吸われてる! 吸われてる! 粘着液だけじゃなく、オレの体まで吸われてるーっ!」


 勇治は危うく掃除機に頭から吸われそうになったが、バトラーが勇治の腕をにぎってふんばってくれたおかげで助かった。


「吸われる! 吸われる! お助け~!」


 チェイサーとキーパーも吸われかけたけれど、フルパワーを出してふんばり、何とか吸われずにすんだ。


「父さん! その発明、絶対に失敗作だろ!」


「さ、さあ、愛菜とココルを助けに行くぞ! みんな、車に乗りこめ!」


 都合つごうが悪いことはなかったことにするくせがある信人はわざと大声でそう言い、車の運転席うんてんせきすわった。勇治は助手席じょしゅせき、バトラーとチェイサー、キーパーたちロボットは後部座席こうぶざせきにぎゅうぎゅうづめで乗りこんだ。


「バトラー。愛菜たちが今どこにいるかは、わかるな」


「はい。あの悪党たちは、市街地しがいちからはなれて山に向かおうとしているようです」


 バトラーとココルは、カラクリ天才夫婦が作った兄妹ロボットなので、遠く離れていてもおたがいの位置を確認かくにんできる機能があった。だから、バトラーにはココルがどこにいるのかわかるのである。


「よし! 緊急事態きんきゅうじたいだから、空を飛んで行くぞ!」


 信人は運転席にある空色のボタンを押した。すると、車の屋根に格納かくのうされていたつばさがウィーンと出現し、小型こがた飛行機ひこうきのような見た目のスカイカーになった。


 さらに、信人は別のボタンを押し、自動運転モードから手動運転モードに切りえた。車の中にしまわれていたハンドルが出てきて、信人は「久しぶりにぶっ飛ばすか!」と言った。


「げ、げげっ……。やめろよ、父さん。自動運転にしとけよ。運転下手くそなんだからさ」


「急いで愛菜たちを追いかけないといけないんだ! 手動運転モードでかっ飛ばす!」


「だったら、わたしがかわりに運転しましょう」


 勇治だけでなく、バトラーの声もかなりあせっていた。


 自動運転の車が一般化してからかなりの年月がたったものの、自分の手で車を運転したい人もいる。だから、車は自動運転と手動運転に切り替え可能だった。

 ただ、空を飛ぶ車は運転技術が下手な人間が手動で操作そうさしてしまうとかなり危険なので、スカイカーを運転するのには特殊とくしゅな運転免許めんきょが必要なのだ。

 信人はいちおうその特殊免許を持っている。ただし、十五回もチャレンジしてようやく取れたので、運転技術はかなりあやしい。


「行くぞーっ! しっかりつかまっていろよ!」


 スカイカーは急発進し、日没にちぼつ前の夕空を飛んだ。鳥たちと何度か衝突しょうとつしそうになり、信人はあわててハンドルを操作そうさする。


 ぐらり、ぐらりと車内が大きくれて、勇治は目を回した。


「こ……こんなの、愛菜に追いつく前に絶対ぜったい墜落ついらくする~!」







 ちょうど同じころ。ココルと愛菜は、アケディアたちの隠れ家へと向かうトラックの荷台にだいの中でガタガタと揺られていた。


 荷台にはアケディアがロボットを使って盗んだいろんな物があり、どこかの美術館に飾られていた絵画かいが彫刻ちょうこく高価こうかそうな鏡や家具かぐなどごちゃごちゃとしていて、とてもせまい。


 また、ムートがココルと愛菜をじっと見張みはっていて、不気味ぶきみだった。


 そんな最悪な状況下じょうきょうかでも、ココルはニコニコ笑い、支離滅裂しりめつれつにしゃべっていた。


「信人サン、オヒゲロウネ! 信人サン、オヒゲ剃ロウネ!」


「……ここにはお父さんはいないよ」


「勇治クン、転ンジャッタノ? 痛イノ痛イノ飛ンデケ~!」


「勇治もいないってば。……ねえ、ココル。わたしたち、誘拐されいてるんだよ? わかる?」


「泣カナイデ、愛菜チャン! 泣カナイデ、愛菜チャン!」


「ココル……」


 愛菜は、ぽろぽろと涙を流した。ココルは、わけがわからない赤ちゃんのまま、悪いロボットにされてしまうのだろうか。


(そんなの、ココルがかわいそうすぎる。それに、お母さんもきっと天国で悲しむよ)


 ココルがり返して発言している「泣カナイデ、愛菜チャン」「信人サン、オヒゲ剃ロウネ!」「勇治クン、転ンジャッタノ? 痛イノ痛イノ飛ンデケ~!」は、よく考えたら生前の母が自分たちに言っていた言葉だ。


 ロボットの研究がいそがしくてなかなか会えなかったけれど、こころはいつも家族のことを気にかけてくれていた。


 泣き虫の愛菜がわんわん泣いていたら、頭を優しくなでてなぐさめてくれた。


 小さいころは腕白わんぱくだった勇治は毎日のようにケガをして、こころは絆創膏ばんそうこうをはりながら「痛いの痛いの飛んでけ~!」とおまじないをとなえていた。


 そして、放っておくとヒゲを生やしたいほうだいの信人に、ちゃんとひげを剃らないとダメだよとよく注意していた。こころが亡くなってからは、それは愛菜の役目になったけれど。


 まだボディを持たず、電子頭脳だけだったココルは、ペンダントのアクセサリーの中で家族への愛がこめられたこころの言葉をちゃんと聞いて記憶していたのだ。


(電子頭脳さえ完全に目覚めたら、ココルはきっとお母さんみたいに優しい女の子になれる。でも、このままだと、ココルは心を持つ前に悪いロボットにされてしまう。嫌だよ、そんなの……)


 真っ暗な荷台の中で、愛菜はしくしくと泣き続ける。


 わたしのせいだ、と愛菜は思っていた。勇治が外は危ないと警告けいこくしてくれたのに、ロボットが嫌いだからまた意地悪いじわるを言っているのだとひねくれた解釈かいしゃくをしてしまい、耳をさなかったからこんなことになってしまったのだ。


「ぐす……ひっく……。わたしがいけないんだ。ぜんぶ、わたしのせいなんだ……」


 愛菜は声をあげて泣き出した。


「泣カナイデ、愛菜チャ……」


 愛菜のしゃくりあげるような泣き声を耳にしたココルは、ピクリと肩を強張こわばらせ、言葉の繰り返しを止めて急にだまりこんだ。


 そして、不思議ふしぎなものを見るように、チェリーピンクの瞳で愛菜の泣き顔をのぞきこむ。


 ココルの電子頭脳は半分しか目覚めていない。今、どんなに大変なことになっているかは理解できていないのだろう。でも、人の感情を感じ取るココル・ハート・システムは動いているはずだ。


 ココルは愛菜のはげしい「悲しみ」の感情に反応して大人しくなったのだ。きっと、そうだ。


(……だったら、わたしがもっともっと強い感情をココルにぶつけたら、ココルの電子頭脳に大きな刺激しげきをあたえられるかも?)


 ハッと気づいた愛菜は、大粒おおつぶの涙を流しながら、「ココル、お願い! 目覚めて!」とさけんでココルにきついた。


「お母さんが言っていたよ。ココルは、人間と心をかよわせて、人間と友達になれる世界初のロボットだって。……でも、このまま誘拐されて悪いロボットになったら、わたしたち人間と友達になれないんだよ? お願い、ココル! 目覚めて! ……わたし、ココルと友達になりたい! 家族になりたいよ……!」


「…………」


 ココルはずっと黙っている。でも、電子頭脳はピピピ、ピピピと忙しく動いていた。愛菜の強い愛情を電気信号でんきしんごう受信じゅしんしていたのである。


 ――トテモ強イ電気信号ガ押シ寄セテ来ル。ナゼダロウ。電子頭脳ガ、ポカポカスル。


 かつてないほどの電子頭脳への刺激。そして、ぽかぽかとしたぬくもり。


 ――コノあたカイ感覚の電気信号は、以前いぜんニモ受信シタコトガアル。


 ココルは、電子頭脳のメモリー内にあるこころ博士の言葉をまた脳内で再生した。


「毎日研究ばかりしていて忙しいから、家族となかなかスキンシップがとれないのが悩みなのよねぇ~。だから、家族とふれあう時間がある時は、たくさんの愛をこめておしゃべりしているの。あなたにボディができたら、わたしたちといっぱいスキンシップしましょうね」


 電子頭脳に記憶されていた言葉は、こころ博士の家族への愛情がこもった言葉だった。


 ココル・ハート・システムは、こころ博士から受信したぽかぽかと温かい電気信号と、たったいま受信した電気信号はまったく同じだと判断した。


 ――今、理解シタ。コレガ愛ノ温モリダ。


 ――ワタシハ、今、彼女ノ愛ニレテイル。ワタシハ、彼女ニ愛サレテイル。


 ここで、ココルの電子頭脳は自らにまた問いかける。


 ――ワタシ、トハ? 彼女、トハ?


 ――ソレハ……。愛ヲクレテイルノガ、彼女。愛ヲモラッテイルノガ、ワタシ。


 ――ワタシモ愛ヲアゲタイ。泣イテイル彼女ニ……愛菜ちゃんにわたしの愛をあげたい!


「泣かないで、愛菜ちゃん」


 ココルはそっと手を伸ばし、愛菜の涙を指でぬぐった。


「ココル……?」


 愛菜は、またココルが無意味なおしゃべりを始めたのかと一瞬いっしゅん思ったが、すぐに今までとはちがうと気づいた。


 ココルは、愛菜と同じように今にも泣き出しそうな顔をしていたのである。


「わたしのことを心配してくれているの……?」


 愛菜がそう聞くと、ココルはパステル・ブルーの髪をらして、うん、うんとうなずく。


「こ、ココル! ええと、その、あの……この鏡にうつっているのはだれかわかる⁉」


 愛菜はドキドキしながら、近くに置かれていた鏡でココルの姿を映した。


「わたし! ココルが、映ってる!」


 ココルはにこーっと笑い、白い歯を見せた。


「じ、じゃあ、わたしがだれかわかる?」


「うん! 愛菜ちゃん! わたし、愛菜ちゃん大好き!」


 電子頭脳が半分目覚めていなかった時は舌足らずなしゃべりかただったが、今ではハキハキと話せるようになっているようだ。


「や、やったぁ~! ココルが目覚めたぁ~!」


 愛菜は大喜びして、ココルにもう一度抱きついた。


「ねえ、ねえ、愛菜ちゃん。ここ、どこぉ~?」


「あっ……。そ、そうだった。こんなことをしている場合じゃなかったよ! ココル、ここから早く逃げ出そう! わたしたち、悪いヤツらに誘拐されているところなの!」


「ここから出ればいいんだね。うん、わかった! あそこのドアをバコーン! ってこわして、外に出ようよ」


 ココルは無邪気に笑いながら、トラックの荷台の後ろにあるドアを指差ゆびさす。


 すると、ココルたちが脱出だっしゅつしようとしていることに気づいたムートが、「キュキュー! キュキュー!」と鳴きながら、ココルに飛びかかった。


「ココル! 危ない!」


 ムートは、ココルの体に巻きつく。でも、ココルはきつくしめつけられているにもかかわらず、平然へいぜんとした顔をしている。ただ、体の自由をうばわれていることには不快感ふかいかんを抱いているようだ。


「う~……。この子、邪魔じゃまぁ~」


 ほっぺたをぷくぅ~とふくらませたココルは、「えいっ」と軽く両腕を広げた。


「キュ⁉ キュキュ~!」


 ココルの怪力かいりきは、あっけなく、ムートの体をバラバラにした。ムートは、十二体のモジュール(部品)となり、ゴロゴロと荷台の中を転がる。


「え? この子、こわれちゃったの? ちょっと力を入れたつもりだったのに……」


 ココルはムートを破壊はかいしてしまったと思い、「どうしよう、どうしよう」と泣きそうな顔になる。


「だいじょうぶよ、ココル。ムートは、体がバラバラになったり、合体したりできるの。それよりも、早くここから出ましょう!」


「あっ、そうなんだ。よかったぁ~!」


 ホッとしたココルは、荷台の後ろへ行くと、「て~い!」と気のぬけるようなかけ声でドアをパンチした。


 ドゴーーーン‼


 荷台の後ろに大穴が開く。愛菜は、ココルのパンチの威力いりょくにおどろきつつ、


(さっきのはすごい音だったから、運転席にいるアケディアたちが気づいたかも)


 と、あせった。


「ココル、急ぎましょ! わたしを抱き上げて、ここから下りられる⁉」


「へーき! へーき!」


 ココルは愛菜をひょいと抱き上げてお姫様抱っこをすると、ものすごいスピードで走っているトラックからピョーンと飛び降りた。


「き、きゃあ~!」


 愛菜は恐くて、ココルにギュッとしがみつく。ココルがちゃんと着地できなかったら、大ケガをするだろう。


「あっ、愛菜ちゃん」


「な、何⁉」


「空飛ぶ車が、わたしたちに向かって飛んで来るみたい」


「えーーーっ⁉」


 それは、アケディアたちを追跡ついせきしていた信人のスカイカーだった。


 もう少しで追いつきそうだったところに、ココルと愛菜がトラックから飛び降りて、今まさにスカイカーとココルたちは衝突しょうとつしようとしていたのだ。


「ぎゃーーーっ! あ、愛菜とココルがトラックから飛び出てきたぁ~!」


「父さん! よけろ! よけろ!」


「信人博士! ハンドルを右に切ってください!」


「み、右⁉ 右ってどっち⁉」


「パニックになりすぎだろ、父さん!」


「おはしを持つほうです!」


 ここで、バトラーはうっかり忘れていたことがある。信人は左利きだから、左手でお箸を持つのだ。信人はハンドルを左に回した。


「ひ、左に行ったら、森の中に突っ込むじゃんか~!」


 勇治が絶叫ぜっきょうし、バトラーが「ああ、こんな時にわたしのうっかり機能が!」と叫んだ。


 現在、アケディアたちのトラックと信人のスカイカーは、アケディアの隠れ家がある山のふもとの道路を走っている。周囲は、鬱蒼うっそうしげる木々ばかりだった。


 信人は慌てて減速げんそくしたが、このままだと木にぶつかってしまうだろう。


「ココル! あの車はお父さんのだよ! 助けてあげて!」


「わかったぁ~!」


 ココルは、左に曲がって自分たちをよけていくスカイカーの右の翼を片手でつかみ、ぐいっと力を加えた。すると、わずかにスカイカーの進行方向が右寄りになり……。


 ズガーーーン‼


 アケディアたちのトラックの上に不時着ふじちゃくしたのである。


「ぎゃあ~! うしろで大きな音がしたと思ったら、今度は何だ~⁉」


「に、にゃうう……。上から何かが降ってきたみたいですぅ~……」


「ボスぅ~、ねこぉ~! 危ないから外に出ようぜぇ~!」


 おどろいたアケディアたちはトラックからほうほうのていで出て来た。


「あっ! ロボットと博士の娘が、脱走してるぅ~!」


 熊坂くまさかが、無事に道路に着地していたココルと愛菜を指差し、叫んだ。


「ちくしょう! さっきの大きな音は、やっぱりこいつらが逃げ出した音だったか」


「アケディアさん! トラックの上を見てください! 唐栗からくり信人博士たちがいますぅ~!」


 今度は、ねこがトラックの上のスカイカーを指差す。


「この悪党たちめ! よくも大切な娘と新しい家族をさらってくれたな!」


「愛菜を返せ! 警察けいさつき出してやる!」


 スカイカーから出てきた信人と勇治は、アケディアたちを上から見下ろし、そう怒鳴った。そして、バトラーが右手で信人、左手で勇治を抱え、トラックの上からピョンと飛び降りる。


 警備けいびロボットの二体も、力持ちのキーパーがチェイサーを持ち上げて、トラックから飛び降りた。でも、キーパーは体のバランスを取るのが苦手なため、着地に失敗してずっこけた。


「お父さん! 勇治! ココルが目覚めたよ! わたしをトラックの荷台から助け出してくれたの!」


 愛菜は家族のもとにけ寄り、信人に抱きついた。信人は「おお! そうか! それはよかった……。天国の母さんもきっと喜んでいるな」と言いながら涙ぐんだ。


(電子頭脳に何だかパァ~ッと明るい感じの電気信号が伝わってくる。これはきっと「喜び」の感情だよね? 二人はわたしのために喜んでくれているんだ! わたしもうれしい!)


 ココルは、愛菜と信人が喜んでいることを知り、自分も何だかうれしい気分になった。


「チッ。あの怪力ロボット、どうやら電子頭脳が正常せいじょうになったみたいだぞ。めんどくせぇな。……ねこ、ムートにあのロボットをやっつけさせろ! もうこうなったら、行動不能になるまでボロボロにして、連れて行く!」


「ええ⁉ そんなむごいことをするんですかぁ~⁉ に、にゃう~……。気が進みませ~ん」


「馬鹿野郎! あのロボットに自慢じまんの怪力で抵抗されたら、連れ去ることなんてできないだろうが! 動けなくして誘拐するしかねぇ! 壊れたボディは、人工知能をウイルスで汚染おせんした後で修理しゅうりすればいいんだ!」


「う、うう……。でも……」


「早くやれ!」


 アケディアはねこの耳元で怒鳴った。ねこは「ひぃ~ん」と泣きながら、腕時計型コンピューターを操作する。

 腕時計みたいに腕に装着するこの小さなコンピューターは、近ごろではだれでも持っている人気商品である。サーペント団はこのアイテムを改造して、ディアボロス・ウイルスによって電子頭脳がくるったロボットを遠隔操作できる機能をつけていた。


「キュキュー! キュキュー!」


 ボロボロになったトラックの荷台から、ムートの十二個の部品モジュールたちがコロコロと転がって出て来た。


「ココル! あのロボットたちが吐き出す粘着液に気をつけてください!」


 バトラーがそう警告した直後、モジュールたちは素早く転がりながら散らばり、道路わきの木々のかげに隠れた。


 バトラーを倒した時のように、姿を隠して物陰ものかげから粘着液攻撃こうげきをするつもりらしい。


 しかも、今は太陽が完全に沈んでしまい、あたりは真っ暗だ。十二体のモジュールたちがどこに隠れているのかを目で探すのは非常に難しいだろう。


「何? 何? わたしと遊んでくれるの?」


 ココルは何か勘違かんちがいしているらしく、キラキラと目をかがやかせる。


 電子頭脳が完全に目覚めても、少しずつ心が成長していく学習型ロボットなので、精神年齢せいしんねんれいは小さな子供と変わらないようだ。


「馬鹿! おまえをイジメようとしているんだよ! 油断したら、痛い目にあわされるぞ!」


 勇治がしかると、ココルは「え~? そうなの~⁉」とがっかりした。その直後、


 ビュッ! ビュッ! ビュッ!


 暗闇の中から、たくさんの粘着液がココルめがけて飛んできた。


「こ、ココル!」


 愛菜はココルがやられてしまうと思い、そう叫んだ。しかし――。


「よっ! ほっ! はっ! あはは、これけっこう楽しいかも~!」


 ココルはキャッキャッと笑い、飛んできた粘着液を軽々とかわした。


 かわされても、かわされても、モジュールたちは粘着液をしつこく飛ばす。


 でも、ココルにはかすりもしない。後ろから飛んできた粘着液も、ジャンプしてかわした。


「な、何だ、あいつ⁉ 後ろに目でも生やしているのか⁉」


 アケディアがおどろきの声をあげる。愛菜や勇治もビックリして、勇治は「あいつ、いったいどんな能力で攻撃をかわしているんだ……?」と言った。


 信人がえへん、えへん、と自慢げにせきばらいをして、愛菜と勇治に解説かいせつする。


「ココルの目を見てみなさい。チェリーピンクだったひとみが、レモンイエローにカラーチェンジしているだろ? あれは、超音波ちょうおんぱセンサーモードになっているんだ」


「超音波センサー? お父さん、それはどんなセンサーなの?」


「人間の耳には聞こえない空気の振動音しんどうおんのことを超音波というんだ。ココルは今、体から超音波を飛ばしているのさ。周囲しゅういに飛び散った超音波は物体ぶったい反射はんしゃして、ココルにもどってくる。そのもどってくるまでの時間を計算して、ココルはどこに敵がいて、どれだけ距離きょりはなれているか、そして飛んでくる粘着液すら、目で見ずに把握はあくしているんだ。これが、超音波センサーだ」


「す、すごーい!」


 愛菜が興奮こうふんぎみにそう言うと、勇治も「すごいのは超音波センサーだけじゃない。あんな身のこなしができるロボットは、たぶん、世界中であいつだけだ」とつぶやいた。


 ココルのあざやかな身のこなしは、ロボット嫌いの勇治でさえ感心してしまうほどだった。


 まるで、バレリーナがおどっているように軽やかな動きで、ココルは攻撃をかわしていく。ロボットとは思えないほどの体のやわらかさである。


「あれ? もうおしまい?」


 モジュールたちの攻撃がストップした。どうやら、粘着液がなくなってしまったらしい。


「キュキュー! キュキュー!」


 モジュールたちはココルの前に姿をあらわして、ガチャンガチャンと合体した。ムカデもどきのムートにもどったのである。


 そして、ムートは、ムカデのような体をくねくねさせながらココルに突っ込んで来た。


「ココル! ムートは直前で飛んで、タックルをしてくるはずです!」


 バトラーは、公園でムートにタックル攻撃をくらったのをおぼえていて、ココルに教えた。


 ココルはスッと右手を前に出す。その直後、ムートは「キュキュー!」と鳴きながらココルに飛びかかった。


 ガシッ!


 ココルの右手は、ムートの全力のタックルをやすやすと受け止めた。まるで、力の弱い子が投げたドッジボールのたまをキャッチするみたいに。


「キ……キュキュー! キュキュー! ……キュ……キュ……」


 ココルに空中でキャッチされたムートはしばらくあばれていたが、だんだん元気がなくなっていき、やがて糸の切れた人形のように動かなくなってしまった。


「お、おい、ねこ! ムートのヤツ、動かなくなったぞ⁉」


「たぶん、エネルギー切れだと思います……」


「やべぇよ、ボスぅ~。オレたちだけじゃ、あのおチビのロボットにやられちまうよぉ~」


「くっ……。しかたねぇ……。おまえたち、逃げるぞ!」


 アケディアは退却たいきゃく命令めいれいを出すと、自分が真っ先に逃げだした。


 ロボットスーツでパワーアップしている筋力きんりょく最大限さいだいげんかし、ものすごい逃げ足の速さで森の中へ姿を消してしまったのである。


「ま、待ってくれよぉ~! ボスぅ~! 今日は働きすぎてお腹ペコペコだぁ~!」


 熊坂もアケディアを追いかけ、お腹をグーグー言わせながら森の中へ走っていく。


「アケディアさん! 熊坂さん! わたしたちのトラック、どうするんですか⁉」


 取り残されたねこは、しばらくの間、一人であたふたしていたけれど、ボロボロになったトラックを気にして自分が捕まったら元も子もないと思い、


「に、にゃーーーん!」


 と、泣きながら全速力で逃げていった。


「くそっ……。逃げられてしまったか」


 信人はくやしそうに言った。ココルだったら森の中に逃げこんだアケディアたちを探し出せるかも知れないが、目覚めたばかりのココルにあまり無理をさせたくはない。万が一、電子頭脳に何か不具合ふぐあいがまだあったら、ココルが森の中で迷子になる危険性もあるからだ。


「ココル。ムートを破壊はかいしろ。ウイルスで凶暴化きょうぼうかしたロボットは、エネルギー切れで動けなくなっているうちに壊したほうがいい」


 勇治が、行動停止ていししてたおれているムートを見下ろしながら、ココルにそう命令した。


 愛菜は慌てて「だ、ダメ! そんなのかわいそうだよ!」と言った。


「この子は悪い人たちにあやつられていただけなんだから、許してあげようよ! ムートも盗まれる前は人間の役に立っていたんだよ⁉」


「あのなぁ、愛菜。いくらロボットが好きでも、ちょっと考えが甘すぎるぞ」


 姉弟はまたもや言い争いになりかけた。


 ココルは、二人からピリピリとした電気信号を受信し、おろおろした。


「ココル! 早くムートを壊せ!」


「ダメ! ココル、ムートを壊さないで!」


「あ、あうう~。博士ぇ~、わたしはどうしたらいいのぉ~?」


 ココルは信人のよれよれの白衣はくいをくいっくいっと引っ張り、助けを求めた。


「ココル。おまえは、心を持ったロボットだ。だから、自分の行動は自分で決められるんだよ。……ココル、おまえはどうしたいんだい?」


 信人が優しい声で、ココルにそう問いかける。ココルは「ええと~……」としばらく考えた後、こう言った。


「わたし、この子とお友達になりたいの。……博士、この子を助けてあげられる?」


「ああ。オレが、ムートを凶暴化させているウイルスを取りのぞいてやるから安心しなさい」


 信人がココルの頭をなでながらそう言うと、ココルは「ヤッター!」とはしゃいだ。


(やっぱり、ココルは優しい子だわ。これから、たくさんの友達を作れるといいね、ココル)


 愛菜はホッとして、ココルを温かいまなざしで見つめた。そして、


「お父さんがちゃんとなおせるって言っているんだし、勇治もそれでいいでしょ?」


 と、勇治に言った。


「まぁ……そういうことなら」


 勇治はブツブツとそう言うと、プイッと顔をそむけて、「さっさと帰ろうぜ。ここ、寒いよ」と信人をせかした。


「博士。スカイカーが故障こしょうしてしまっているようです。動きません」


 スカイカーの運転席に乗りこんで動かそうとしていたバトラーが、信人にそう報告ほうこくした。ちなみに、アケディアたちが乗っていたトラックも大破たいはしてしまっていた。


「修理は可能ですが、たぶん二時間ぐらいかかりそうです」


「それは困ったな……。二時間もこんな山のふもとにいたら、風邪かぜをひきそうだ」


「わたしが博士と愛菜ちゃん、勇治くんをかついで帰るよ!」


 ココルは愛菜をおんぶして「しっかりつかまっていてね!」と言うと、勇治と信人を両手で持ち上げた。たぶん、バトラーが二人を両手で持っていたのを見て、マネしたのだろう。


 ココルの電子頭脳には、世界中の地図がインプットされている。ちゃんと唐栗家からくりけがどこにあるかも登録とうろくされている。だから、世界のどこにいても道に迷わず家に帰れるのだ。


「ココルは博士たちを連れて先に家に帰ってください。わたしは、チェイサーとキーパーに手伝ってもらってスカイカーを修理します。ムートも、わたしが連れて帰りますから安心してください」


「はーい!」


 ココルはバトラーに元気よく返事をすると、「みんな、行くよ~!」と言った。


 バビューーーン‼


 地面をったココルは、時速80キロぐらいの速さで走り出した。いちおう、これでもスピードをおさえているつもりである。


「あ、あわわ! り落とされたら死んじゃう~!」


「ぎょえ~! こ、ココル、もっとスピードを落としてくれぇ~!」


「馬鹿ココル! オレたちを殺す気か!」


 愛菜、信人、勇治が悲鳴をあげたが、ココルは「わーい! わーい!」と楽しんでいて、まったく聞いていない。


「じゃーーーんぷ‼」


「わーーーーーーっ‼」


 夜空に浮かぶ満月に気づいたココルは、満月に手が届きそうなほど大きくジャンプした。


 ココルは満月を見て「うわぁ~、キレイ!」とはしゃぐ。ココルには、普通のロボットにはない、自然や芸術を見て感動する心があるのだ。


「あれが、こころ博士が言っていた月かぁ~!」


「え? お母さんが?」


 ココルは、ボディがなかったころにこころから教えてもらった言葉をたくさんおぼえている。きっと、こころが月の話をココルにしていたことがあるのだろう。


「こころ博士、わたしが生まれたらみんなで月に旅行したいって言ってた! いつかみんなで行こうね!」


「お母さん、そんなことを言っていたんだ……」


「母さん……」


 愛菜と勇治はちょっと涙ぐんで、こうこうと輝く満月を見上げた。


(愛菜ちゃんと勇治くん、さっきはプンプン怒ってケンカしていたのに、今は優しい気持ちになっているみたい。電気信号も、ほんわかしたあったかい感じだもん。よかったぁ~!)


 ココルもホッとして、ニコリと笑う。


 月に照らされたココルのパステル・ブルーの長い髪はキラキラと光り、ココルはまるで本物の天使のようだった。


 つばさのない天使アンドロイドの物語は、今ようやく始まったのである。

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