第18話 真相

◆◆◆◆


巡は掌の上に転がっているチョコレートを自室で眺めた。

自称「褒められたり応援されただけでやる気倍増するタイプ」の新田から貰ったチョコレートだ。


金曜日の帰宅後も、土曜日も、自分のとるべき行動をずっと考えていた。


好きな女の子の命を助けるために毎日何十回とトラウマ物の死に立ち向かう弟。かたや何の力も持たない姉。


そんな事実に動けなくなっていたが、新田の言葉に少し勇気を貰えた。

応援するだけでも、自身がタイムリープ現象を把握していることを告げるだけでも、一人じゃないんだと弟を勇気付けられるのではないか。そう思えたのだ。


だから日曜日の今日、両親と共に弟の体育祭を応援しに来た。

もし体育祭中にあの女の子に危険が迫って、弟がタイムリープしたら、その時に打ち明けようと決意する。タイムリープ中に告白したほうが、弟も受け入れやすいだろう。


「進は何にでるの?」

「えーっと、あらプログラムどこかしら」

「これだよ。さっき入り口で貰っただろう」


レジャーシートの上にカメラやタオルやらを広げている母がきょろきょろと探す。それに父がプログラムを差し出した。

「そこにあったの」と笑いながらプログラムを開いた母が、競技名を指差す。


「全員参加の体操でしょ、それからクラス対抗リレー、個人競技の障害物競走に出るって言ってたわ。2年生は後100メートル走と騎馬戦と二人三脚みたいね」

「リレーに障害物競走ね」


本当はあの女の子の出場する競技こそが知りたかったが、名前も知らない彼女がどれに参加するのか検討もつかない。進が出る競技を中心に、2年生の出場する競技にも目を光らせる必要がありそうだ。

その判断は正しかったようで、100メートル走の後3つ目のクラス対抗リレーで例のごとく視界にノイズが走った。進が走り終えてすぐである。


視界が晴れると、先ほど前を走っていた生徒がまたバトンを持って駆けている。

しかし、タイムリープする前に何か危険が迫っていたのか、巡にはわからなかった。

2度目のリレーを、先ほどよりもっと真剣に眺める。

進に2度目のバトンが渡った。1度目と違いバトンを落とすことなく走り出した進は、けれどもすぐに転んでしまった。悔しそうな表情で唇を噛み締めて進が次の走者にバトンを渡した瞬間、またノイズが走った。


一連の行動に、唯一1度目と違う行動をとっていた進が、やはりタイムリープの犯人だったのだなと巡は改めて認識した。

しかしまた見逃していたようで、巡にはあの女の子にいつ身の危険が走ったのかわからなかった。

もう一度じっくり見よう、とノイズがおさまったクリアな視界の中で気を引き締めた。


その後、9回目にして順位は抜かれてしまったものの、無難に走り終えた進を見て、巡はある推測に辿り着いた。


もしかして、進は自分のためだけにタイムリープの力を行使しているのではないか。


そんな推測だ。

9回見たが、あの女の子に危険が迫る様子は1度たりともなかった。タイムリープ前と後で変わった点といえば、進の走り方のみだ。

8回とも毎回進はいつも通りにドジをして、9回目だけミスなくこなしていた。


そこから推測できるのは、ドジした事実をなくすためだけに過去に戻ってやり直しているのではないか、という説だ。


…まさかそんなアホらしい…。


思いついた可能性に、巡は頭を振った。

普通そんな馬鹿げたことのために1回につき100回タイムリープしたりするだろうか。するわけがない。

大体漫画ではタイムリープの力を持った主人公は世界を救ったり幼馴染の好きな女の子を救ったりするのがお約束なのだ。進もそのご都合主義に則り、好きな女の子の命を救うためにタイムリープしているはず。

しかし、思い返してみればあの事故の時、進はタイムリープ能力は使用していなかった。偶然助けられたから使わなかっただけかもしれないが、現段階で進があの女の子を救うためにタイムリープ能力を使用したところを見ていない。

つまり、進がドジした事実をなくすためだけに過去に戻ってやり直している説を否定できる材料がないのだ。


いやまさかそんな…。


ここ2週間あまりタイムリープに苦しめられてきた巡の背中を冷たい汗が流れる。一度疑問を覚えると、不自然な綻びが次々と目につく。

タイムリープというファンタジーな力を前に判断力が鈍っていたが、そもそもただの高校生の女の子がそんな毎日命を落とすような日常を送るだろうか。

しかもタイムリープがあったのは日中だけで朝晩はなかった。土日にいたっては一度もタイムリープされなかった。本当に命を落とす子ならその間にタイムリープがないのは不自然である。


もしや私は恐ろしいほど間抜けな勘違いをしていたんじゃ…。

ううん、まだそうと決まったわけじゃない。今のはたまたまそういうタイミングだったのかもしれない。


そうであってくれと懇願するような気持ちでプログラムをぐしゃりと握る。

もし、万が一進がアホな理由でタイムリープしているのなら、次タイムリープ現象が発動するのはおそらく障害物競走の時である。


それまでにあの女の子に危険が迫り、タイムリープするならよし。

そうでなければ…。


◆◆◆◆


天国と地獄のBGMとともに始まった障害物競走。

第一レーンで三輪車を漕いだ進は、ボール運び、ネット潜り、高飛びをそれぞれなんとかクリアしている。

順位は奮わないものの、特に大きなミスもしていない。

タイムリープ現象も今のところない。

そのままゴールすることを祈っていると、くじを引いた進が激しく顔を歪ませた。進の前に引いた2人も苦い顔をしていたが、一体どんなお題だったのだろうか。

疑問を抱く巡をよそに、進はポケットから何かを取り出し操作し始めた。

何をしているのか、よく見ようと身を乗り出した瞬間、視界にノイズが走る。


アウトだ。


「進!!」


人目を気にせず腹のそこから怒りを叫んだ。

どうせタイムリープ中だ。

かまいやしないとばかりに、巡は応援席から飛び出し、驚いた表情で固まる進を三輪車から立たせ渾身のボディーブローをかました。


「うっ…」


呻いて崩れ落ちる進むの肩を掴んでガクガクと揺らす。

この2週間あまりの疲れと恐怖と無駄に同情した日々を思い出して、怒りのあまり言葉が出てこない。

感情が高ぶりすぎて全身の血が沸騰したように熱く、おまけになんだか涙で視界が滲んでいる。


な、何がたった一人残酷な運命に立ち向かっているだ!

何が孤独な英雄だ!

くそー!


「よくも、よくも~~!!!」

「な、何で姉ちゃんタイムリープ中に動けるの…」


目を白黒させた進は声を絞り出した。

その進の疑問は黙殺され、きっと肉食獣のような鋭い目つきをした巡はオクターブ低い声音で進を尋問した。

ほぼ黒で確定だが、あれでももしかして万が一にも普段は人命救助のために力を使っていてタイミング悪い時に偶然あたっただけかもしれない、という一縷の希望を込めている。


「タイムリープの使用目的を答えなさい!」

「へっ?」

「使用目的!!」

「…えっと、ドジな姿を学校の皆にみられたくなかったから…」

「もっと言えば特に誰に!?」

「ひぇ…友達の爽真と………クラスメイトの清田さん…です」


巡の形相に思わず敬語で返した進に、「はぁ~~~~」と二酸化炭素をたっぷりこめて深い深いため息をつく。


まごうことなき黒だった。

進は、友人とおそらく好きな女の子にかっこつけたいためだけに、タイムリープをしていたのだ。

そんなアホな理由にずっと振り回されてきたかと思うと、怒りとは別の意味で涙がこみ上げてくる。


いきなり静かになった姉をそろ、と伺う進の頭にゴチンと拳骨を落とす。重い一撃に進は痛みで涙を滲ませたが、そんな弟の様子はおかまいなしに巡は手を突き出した。


「…?何?」

「何じゃないでしょ。出しなさい。さっき何か持ってタイムリープしてたでしょ」

「…」

「はやくしなさい!」


渋る様子を見せる進にピシャリと言い放つと、のろのろと小さな機械を差し出してきた。

キッチンタイマーのような見た目をした機械は、ディスプレイに01:00と時間が記載され、どんどん数を減らしている。


「これで過去に戻っていたの?」

「…うん、まぁ。今の場合は5分前に戻ろうかと思って」


返して欲しそうな顔をする進に気付かないふりをして、掌のタイマーをしげしげと眺めた。つくりはいたってシンプルで、ディスプレイの上にMINボタン、下にSTRTボタンがあるだけだ。ボディの色がうさんくさいが、とてもこの小さな機械にタイムリープできるほどの強大な力を秘めているようには感じられない。

ディスプレイの表示が30秒をきったのを確認した巡は、ひとつため息をついて進に告げる。


「じゃあ、0になったら5分前に戻れるようにセットするから」

「え?」

「乱入したままいくらなんでも終わらせられないでしょ。最後に一回チャンスをあげる」

「…とりあえず競技に戻るけど、ゴールしたら返せよそれ」


進の要求ににっこりと不自然なまでに綺麗な笑みを作り、巡は応援席に戻った。

と、ほぼ同時に視界にノイズが走る。


またスタート地点に戻っている同級生と共に、進は三輪車に跨った。

ピストルの音と同時に足を動かすも、タイムリープがばれたせいで動揺しているのか、1度目にはなかった何度もペダルを踏み外す失敗をおかし、早々に最下位スタートとなっている。

ボール運びは10回以上落下させ、ネット潜りでは網に絡まり、高飛びはポールを倒してやり直し。散々な結果だ。

だがそれだけ失敗していても、やはりくじの内容が悪いのか先に到着したものもそれぞれ苦戦しているようで、逆転できないほど引き離されてはいない。

ほうほうの体でくじ引き箇所に辿り着いた進がくじを引き、そして1度目と同じように顔をしかめた。

数秒頭を抱え込んでいた進は、観念したように天を見上げ、応援席に戻っていた巡のところへやって来た。


「姉ちゃん、来て!」

「ちょっと…もう!」


横に座っていた両親の声援を受けながら、巡は進に手をひかれてゴールに辿り着いた。そのまま進はゴール地点の判定員にお題が書かれているであろう紙を手渡している。

現時点で3位であるが、もし判定が却下されてしまえば進はもう一度お題に沿った人物あるいは物を持ってこなければならない。そんなことになれば最下位はまぬがれないだろう。


一体なんてお題が書いてあったのだろうか。

進と共にそわそわと判定員である教師の反応を伺うと、彼は巡の顔見て苦笑した。

その表情に「ちょっとすみません」とお題が書かれた紙をもぎ取る。後ろで弟の制止する声が聞こえたが、かまうものか。


掌におさまる小さな紙にサインペンで書かれた文字が目に飛び込んでくる。


「…ねこかぶりが上手い人…って進!!あんたね!!」

「うわっほら、ねこ!ねこ!」

「バカ!これは外面って言うの!!」

「いたたた痛いって痛い痛いギブギブギブ」


感情のままにジャーマン・スープレックスをきめると、進が降参の意をもってバシバシと腕を叩く。最後にふんっと力を込めて開放するとすぐさま「やっぱねこ被ってるじゃん」等とぶつくさ非難する進から反省の色は伺えない。


口元を引くつかせた巡は、ポケットからタイマーを取り出し思いっきり握りつぶした。

バキッという破壊音は進の耳にも届いたようで、青ざめた顔で巡の手を見つめた。

握りしめた拳をわざとじらすようにゆっくり開いてみると、不吉な音通り、タイマーには大きな亀裂が入っていた。


「ちょっ…はぁ!?何してんの!?」

「…うん、MINボタンもSTARTボタンも反応しない。約束通り返してあげるわ、それ」


うんともすんとも反応しなくなったタイマーを確認した巡は、呆然とした表情で座り込む進の掌にそれを置いた。


「…」


両手の中で沈黙している機械を見つめたまま動かなくなった進に、ようやく口を挟むタイミングを得たといわんばかりに教師が声をかける。


「時枝、お題は合格だから、はやく列に並びなさい。お姉さんも、ご協力ありがとうございました。客席にお戻りください」

「はぁい。お騒がせしました」


きょるんとねこを被った巡がすたこらと去っていくのを尻目に、進はのろのろと列の後ろに並んだ。

何度ボタンを連打しても、ディスプレイは00:00と静止したままだった。

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