第15話 【賢者】の剣舞 PART4

 ───遙か昔の事だ。

 科学文明が枯渇し、魔導技能や神格の加護を受けながら人々が安寧と殺戮が交錯する矛盾した世界で過ごしていた時の頃……現代で言う所の『神話時代』。


 その時代、その世界、その空間では人が人ならざる次元に到達し得るものだった。

 誰でも簡単に魔導を扱い、時に生活に活かし、時に他人を助けたり、時に戦争に活用する。

 これが『神話時代』の風習であり、根本から変え得る事が不可能な事実だ。


 その中でも突出した才覚を持つ者たちが存在した事がある。

 彼等は一概の漏れも無く戦果を挙げて人々を救済し、また敗北が濃厚になり、敗戦が余儀なくされた戦争にすらたった一人で勝星を挙げ、誰もなし得ない事を平然とやってのける程のポテンシャルを持っていた。


 優れた膂力に加え、他を圧倒する膨大な知識量とそれらをさらに活かす事の出来る魔導技能。

 これらの人並み外れた能力を有する彼等のことを敬意と畏怖の念を込めて、人は『神』と崇め奉られた。


『神』の定義は様々な要素が含案されているが、人から『神』へと変貌する様は深く人々の心象に残り、より憧憬するようになる。

【英雄】と讃えられた彼等の生き様は伝承になり、果てにあるのは美談に包まれた英雄譚のみ。


『英雄譚』に綴られる【主人公】は誰よりも澄んだ心を持っており、どんな難敵であろうと果敢に挑み、不可能を可能にする才覚と人才を持った完全無欠の超人であり、換えることのできない真実。


 そう、きっと【英雄】は自分達とは違う何かであって、その何かは他者には得難いものであると、人々は、そんな身勝手な線引きをするのだ。


 ────その何かが、【英雄】へ成る為の弛まぬ努力であるなど、凡人には知る所以もない。


 ────人々は忘れてしまっている。彼等も産まれたばかりの頃は只の赤子だったのだ。なんの変哲も無い、純真無垢で誰かの協力無しでは生きていけない最弱なモノであった。


 誰にも認められず、他と違う視点を見ているだけで彼等は元より人という身に収まる只の凡人天才

 自分達と差異のない種族なのだ。


 たしかに、選び取った英雄は他者とは違うのかもしれない。


 だけど、だからこそ……


 彼等は栄光への道と人々の安寧を掴み取るために誰よりも苦心しながら怠らない努力を行なってきた。


 いつの時代、どこの空間、どの世界に於いても、それは適応される。





























 ────結局、どの時空軸にも天才なんてモノは存在せず、そう呼称されるモノの正体は才覚神童という皮を被っただけの只の凡人ヒーローであり、皆平等にその権利がある。



























「─────さぁ、【幸福ハッピーエンド】の物語を始めようか……!」
























 そしてまた一人……幾度と無く死線を越え続け、人々の願いを出来る限り叶えてきた凡人ヒーローが、無情にも捨てられた少女ヒロインの心を救う為に、【絶望】を祓い【希望】の旋律を奏で始める。























 これは、『神々』が選択した道程を根本的に否定し、自らの欲求ヒーロー願望を埋めるためだけに【世界論】を捻じ曲げた男による『終末原初】の御伽噺物語


 彼の『英雄譚』には、仰々しい文を書き上げる語部も、罪悪感と悲壮感に明け暮れる少女ヒロインも、誰かを見捨てる悪役も、自己犠牲によって他者を掬い上げる主人公ヒーローも要らない。


 必要なのは、その後日譚ハッピーエンドを完成させる為の器量だけだ。


『……貴方は一体何者なんですか」


 金色のオーラを纏う法衣少女の背筋を凍て付かせるように見下される瞳が、悠然と立ち尽くしながら左手に【終末剣】を携さえた少年を射抜きながら問い掛ける。


 漆黒色の糸を夏特有の湿気った風で靡かせて、口角を釣り上げて普段隠れている犬歯を尖らせる。

 漠然たるオーラを身に感じた少年は対抗心を剥き出しにして、闘争本能を掻き乱したギラギラとした獣のような瞳で見下す少女の双眸へ睨み返した。


『っ─────、』


 ドクンッ! と鼓動の打つ音が如実に聞こえてきた。それと同時に溢れ出されるアドレナリンと逃避本能。


 ─────コイツは危険である。直ぐにでも退避し、この場から離れた位置に行かなければ抹消される。といった警鐘が鳴り響いては消えて失くならない。


 少女の悪寒を裏付けるように少年は更なる凄みを増していく。

 魔力の多寡による圧力だけではない。

 度重なる戦闘と肌の痛覚を刺激する実戦殺し合い特有の悪寒に、少年は今一度、戦禍に追い込まれた時分を共有して、思い出し、そして慣れて、相手に追い討ちをかけるが如く、一割程度の殺戮本能と申し訳程度の剣鬼を込めた。それが少女の感じた果てない威圧感。


「俺? あぁ、言ってなかったか。 俺はな……」


 瞬間、吹き荒れた暴風。

 風の暴威は異常なほどで、『神格化』を行なって、人智を超越した身体能力を誇るフギンでさえ目を開けていられなかった。


(一体、何が起こ─────?!)


 目を開けた途端にフギンの表情が固まる。それに伴って一瞬、気の緩みを生み出してしまった。

 ……ダメだ、思考が追いつかない。

 しかし、だからといって瞠目した事実は避けられない。

 どうして、どうして、どうして……?

 今現在、フギンの思考はそれ一色に埋め尽くされている。

 けれど、どうしようもない現状から目を背けることは出来ない。


 少年の無垢とも純真とも取れる笑みが急遽として現れる。


「俺は、異世界帰りの【賢者凡人】だ……!」


 返答の続きを1で言い放ちながら、剣を少女の急所……鳩尾を目掛けて払われる。


『あぐ……ッ!?』


 当然の事、少女は回避する間も無く、無抵抗に剣の峰で払われ空中浮遊したまま彼女のいた方角から左方向へ吹き飛ばされる。

 苦悶で喘ぎ、整った顔を歪ませて、軽く呼吸困難に陥る。


 状況の整理が追いつかぬまま受けた【賢者】の一刀。

 十全とは言えないが、曲がりなりにも過去の『神霊』(かつて名を馳せた英雄の事)を宿し、更には、彼女の属する機関から譲り受けた信箇条の加護を受けて尚、ダメージが通る程の重い想い一撃を放ってきた者が顕在している事に畏れを隠せない。


『が、はぁ……ッ! ゴホッ! ゴホッ……!』


「ん? 耐えた……?」


 チカチカと視界が点滅するのを必死に堪え、首を傾げている少年の一挙手一投足に着目する事に全神経を費やす。

 次に動かれれば、確実に殺られる。

 一見、頭脳派とは思えない法衣の少女だが、事戦闘においては回転速度は常人のそれを遥かに上回る。

 だからこそ浮き彫りになる少年の破滅を呼ぶ力の根源。


(あれが、本気じゃないですね……)


 そう、【賢者少年】は本気など出していない。

 寧ろ、殺さないように手心を加えられている。

 憤然とした気持ちが湧かないでは無いが、逆に殺そうと思えば簡単にという事を考慮すると、ホッとしているのも事実。


「へぇ……中々に頑丈だな……もしかして、身体硬化魔法でもエンチャントしてんのか? それにしたって、傷一つないのはどう考えたって納得できねぇけどな」


『……ッ』


「あぁ、答えたくねぇの? それならいいよ別に……金色の翼に、頭の上には光臨……それに、その両目。世の本質の全てを見抜く智慧の【辨別の聖典アポカリプス】と、世の偽己を掻き集めて記されたとされる幻楼の【破奏曲の偽典グノーシス】が両立した矛盾した存在、か。 もしくは……(ブツブツ)」


 余裕綽々な様相で、少女の形態について一人議論を始める少年。


 左肩に担ぐ【終末剣】は明らかに異様なチカラを保有し、誰にも左右されず、気性の荒さを持つ最悪の剣でありながら、少年に傅く意思を持つが如し、少年の意志と呼応する様に赤く点滅する。

 彼の強い想念は世界一つ簡単に壊せる【終末剣】を従える事が出来る。

 はっきり言って、想像の埒外。


 つまり、少年にとって世界征服すらも御遊戯会としか認識をしていなくとも、赤子を捻るよりも遥かに楽単に出来るという現実を持ち合わせている。


 これ程までに緊迫した状況に置かれたのは、裏社会に放り込まれた時以来ではないだろうか?

 いや、ヘマすればそれ以上にヤバイ事世界破滅が起こる事は必須であるが故に、難易度や精神的なストレスはこちらが断然上である。


(クソッタレですねっ!? このワタシが、後手に回り続けることになるなんて思いもしませんでしたよ! 何より、こいつ……!)


 キッ! と、睨みつけても動じも見せずに、淡々と順序立てて論理を組み上げていく姿を見ていると、無性に腹が立つし、何より自分の弱点を探られているのと同義なので、即刻眠らせて、抹殺したいが生憎とその隙が全く無い……


「……う〜ん? さっきの角度に峰打ちとはいえ、聖剣の一撃を受けて耐えるって事は、受け止めたんじゃなくて受け流したのかな? じゃあ、受け流したエネルギーはどこに? ……空間の狭間か? いや、そうすると魔導術式第三方程式『時空域への干渉』が成り立たない。じゃあ……! (ブツブツ)」


(いやいや、これで隙ないとかあり得なくないですかぁ〜?! 完全に物思いに耽ってるじゃないですかァアアアッ! スルー!? ワタシの存在は路傍の石と何も変わらないって事ですかァアアア!? )


 法衣の少女……フギンは当然、憤った。

 おかしいものは、おかしい。

 数度の戦闘のせいで規定の制服がボロボロに彼方此方に焦げた後や襟袖にも細かい切り傷だらけの少年……剣のあまりに無防備な対応と素っ気なさはクラスメイトとして余りにも残酷な知らせだった。


(だって、そろそろ気づいてもいいでしょう? 席だって隣だよ? ねぇ? 知ってる?! てか、覚えてる?! 今日はたしかに、話してないけど、大概暇な時とか話しかけてるよね!? )


 そして、何故だか回想に入る……!


「え? ここで回想入るのッ!? タイミングおかしいでしょう!?」


『そこは察して! 少し露出した肌色がエロエロな鈴奈さん!』


「誰が、誰もが羨むパーフェクトボインちゃんの鈴奈ちゃんよ!!」


『別に、そこまで行ってませんし、言いながら胸強調するのが尚更、腹立ちますぅうう!』


 言いながら、フギンは恥じらいながら自らの悲しみの双丘へ目を移す……いや、まな─────ゴハン! うむ、悲しい。


『なんか! 天から意味深な言葉が降り注いできた気がしやがります (怒) てか、ゴハンって、なんですか!? ちゃんと咳払いしてください! 正直面白くないし、気持ち悪すぎて鮫肌が立ちました!』


「あ、それは同意」


 ……作者は死にました。


「漫才してないで、さっさと回想に入れやぁあゝ!」


「『戻ってきたァアアア!?』」


































 ────2ヶ月前─────



 蒼々と晴れ渡る空。時折、巻き上がる新風による桜吹雪。そして、キラキラ輝く新入生達。

 今日は皆が皆、新しい門出を祝う入学式でテンション高く盛り上がっている─────

















「はぁ……憂鬱ですね」



 ─────という訳でもなかった。

 今、溜息をついた少女こそがフギンである。

 空を虚ろげに眺める光景は様になっていて、容姿も相待って周りから注目を集める事必至だった。


 それが悩みの種という事は本人以外に知る由なんて無かった。


「おい、あの子見てみろよ(ヒソヒソ)」


「あん? どうしたって、うお!? めっさ可愛いじゃん! 外国人なのかな!?」


「にしたって、今時、金髪幼女体系っていうのも珍しいな。ラノベかエロゲぐらいにしか出てこねぇだろ」ヒソヒソ


「眼の色も片方ずつ違うし……あれってもしかして「我の魔眼は全てを見通す、邪眼である!」とかなんとか言っちゃう奴?」ヒソヒソ


「いやいや、無い無い! とは言い切れねぇな」ヒソヒソ


 と言った、言葉の数々。

 何の事情も知らない子供の児戯と一蹴するにも、多すぎて何も出来ないし、そもそも皆、小声で噂程度のつもりで流しているため、悪意とかそんなものは一切含まれていない為、フギンは手を出しづらい。


 生まれた環境は特殊であり、自らも不可思議な力を持つ形で裏組織団体の組員の一人であるが、精神力は普通の女子高生の彼女にとってはとても耐え難いものであるのは想像に難くない。


 羞恥のあまり顔を赤らめ、幾度も顔を俯ける。

 いよいよ、顔を上げるのも恥ずかしくなったフギンは人の気配を頼りに、入学式が行われる体育館に移動する事にした。

 一刻も早くこの場から立ち去りたい一心で、少し早いペースで歩を進めた。


 ガツン。


「「痛っ (きゃっ)!」」


 何かが頭に打つかる音と痛みが彼女を襲うのと同時に、自分以外の声が聞こえてきた事に少女はいち早く察して、自分が前を見ずに歩いていたために、誰かと接触したのだと理解した。


「ご、ごめんなさい……!」


 そこからの行動は早かった。

 直ぐに立ち、未だ尻餅をついたままの少年に対して頭を下げる。

 基本、裏社会で過ごす彼女にとって、人に謝罪する事は滅多にないため、これで、いいのだろうか? という一抹の疑問を持つ。

 よって、少し不安な眼差しで少年へ目線を向ける。


「痛ッッ……ん? あ、あぁ、気にしないでいいよ。そっちこそ怪我してない? 見た感じだと膝も擦りむいてなさそうだし、転けて砂埃が制服についてもなさそうだ」


「は、はい。 わ、ワタシの方は、だ、大丈夫で、す……お、お構いなく……」


 窄んだ声で返答する少女は何処か自信なさげで、か細い声だった。


「? あぁ、そっか。 それなら良かった。 あ、俺の名前は日神 剣だ。 よろしく」


 少年は決して快活とは言えないが、それなりに場を温めようとする温情で少女に自己紹介をしながら右手を差し出してきた。


「ぁぅ……わ、ワタ、シは……優。 神谷 優……です」


 少女は赤面した顔を隠すように、再び視線を下に向けて、少年に見えないようにソッポを向く。


 これが、予想外にも話し掛けやすい少年……日神 剣と、これまた予想外にも照れ屋な少女……フギンこと神谷かみや ゆうのファーストコンタクトである。

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