第3話 イントロダクション②

 突然だが,俺は年上女性が好きだ.特にスーツ姿の女性がいい.パンツかスカートかは,この際だからどっちの方が良いとかそんな贅沢を言うつもりはない.というか,どちらも好きだ.文章であれば縦書きと横書き,どちらがいいかと言ったら,間違いなく縦書きが好きだが,パンツルックとスカート姿はどちらもいい.みんな違ってみんないい.しかし−−

「ああ,そうだ.私はスーツ姿だが,これは戦闘服だから気にしないでくれ.たてくん,君はインターン中は私服で問題ないからな」

スーツ姿を戦闘服と呼ぶ人と会うのは初めてだったので判断に困った.女性のスーツには,パンツルックとスカート姿,さらに戦闘服という3区分が存在する? そんなことは初めて聞いたのだが.......俺の聞き間違いだろうか.というか,どう見ても単なるパンツルックのスーツにしか見えない.白のブラウスに紺のジャケットとパンツ.なぜか,かちゃかちゃとうるさい......なんだあれ? タップダンス用の靴? のようなものを履いているが,ここはイマドキのIT企業のオフィスなわけだし,別に服装にとやかく言わないのだろうと勝手に納得した.

「1ヶ月という長期のインターンになるわけだが,君の席はここだから.デスクトップPCにノートPC......うん,一揃えあるな.そのキャビネも含めて自由に使って良いぞ.まずは荷物を置いて.あと,これ一応名刺」

拳藤薫けんどうかおる.インターン採用メールの送り主にして,ディープ・アリア社における機唱課きしょうか所属.役職は主任だった.

「ありがとうございます.えっと......」

「まずは課長に挨拶だな」

機唱課きしょうかの課長の席は,どれだろうか.ブースとしては,部屋の入り口から向かって左側に3席,右側に3席.俺の席は右側のブース,入り口側の席だ.隣は空いていて,その奥に猫(猫?).左側の島については,一番手前の入り口側,つまり俺の席の真後ろでは,短髪茶髪の男が席についてBlueToothイヤホンで何か音楽を聞いている.だが手は動かして真剣な眼差しでディスプレイを見ているので,何らかの業務中なのだろう.男の右隣は空席で,さらに隣は女性がいる.何だろう.サイドポニーと言うんだったか,あの髪型は.Vネックの白ニットにウグイス色のロングスカートを着ている.この女性も何やら論文のような英字がプリントされたハンドアウトを手に持ち読んでいる.読んでいるというか,音読しているというか.もっと言ってしまうと,音読と言うより何か喚きながら(「がぅっ......」「ぴこーん!」など),ブースの壁に貼り付けられたホワイトボードをペンで叩いている.IT企業と最初は思ったが,この並びは......

「大学の研究室みたいだろう? 私の席は君の左側.ここ.課長は別室だ」

促されるままに,バックパックを自席に置き,すぐに部屋から退室する.拳藤さんとともにフロア中央のガラス張りの部屋を横目に通路奥の部屋に行く.部屋の入り口前には,『機唱課課長 小林こばやし』という黒地に白抜きで書かれた金属プレートが貼られている.やはり,この部屋もガラス張りだ.先ほど俺が荷物を置いた部屋もガラス張りである.−−すごいなここ.

「どれ,また小林さんは出ているのか.多忙なことだ」

「......」

「ん? −−どうした,盾くん.何か気になるか? ......ああ,ガラスか? 驚かせてしまったかな?」

「ええ,.部屋で何が行われているか,きちんと外部から見えるようになっているんですよね? パワハラ防止とか,諸々に便利そうですもんね.それでいて,音が漏れてこない.真ん中の部屋はテレカン用ですか?」

荷物を置いて部屋を出た時に,奥の女性の喚き声は聞こえなくなった.これは,ガラスが十分に厚くて遮音性が高いからだろう.きっと,このフロアの全ての部屋がこのようになっているのだ.目に入る主要な部屋はガラス張りで,クリーンさオープンさを主張している.

「テレカンなんて言葉,よく知ってるな.私が学生の時は知らなかったよ,そんな単語.−−その通りだ.まあ大体にして,大学の人とテレカン−−テレビ会議だな.CMUとかMITとか.企業や軍とすることもあるがね」

「えっ,軍の人ですか?」

「ああ,契約を結ぶ時とかにな.もちろん,話す事柄の性質によっては別の部屋だが,見られているという前提で行った方が良いものもあるから,そういう時にな」

こういうところは,やはり企業なのか.俺が知らないだけで,締めるべきところは締めて,遵法意識を持って仕事しているのだろう.たぶん.

「−−小林さんがいないのではなぁ.やむを得ないな.私から今回のインターンの内容を説明しよう.調度良い,あの部屋を使おうか.先に行って待っててくれ」

中央の部屋に入る.部屋の真ん中に大テーブルが1つ,長辺にそれぞれ椅子が8つずつある.入り口脇には大きなディスプレイが設置されており,ここにskype画面やスライドを映すのだろう.何となく手持ち無沙汰で,座ってしまいたくなるが,ここは立ったままの方が無難だろう.拳藤さんがどういう人か不明だが,世の中には「座ってて」と言って出て行き,戻ってきた時には「本当に座って待っていたのか.良いご身分だな」などと言う人間がいて,さらに救えないことにそういうことを大学の就職支援課の担当者が言ってくるのだ.こういう引っ掛け問題みたいなことを平気でマナーと称するクズが何人もいるのだ.就活生としては,そういうクズがいる可能性を無視できない.拳藤さんがそういう人間ではないとは限らないのだ.スーツ女性に悪い人はいないが,拳藤さんはただのスーツ女性ではない.スーツを戦闘服と称し,足元はタップダンス用の靴である.失礼だがおおよそ,普通の人間ではないだろう.−−IT企業やTech企業にいる人間が普通のわけがないが.

「盾くん,お待たせしたな.いまスライドを表示するから,少し待ってほしい」

小脇にノートPCを抱えて,拳藤さんが入室してきた.ノートPCをスリープから復帰させ,HDMI接続でディスプレイにスライドを表示する.

「インターン内容」とスライド上部には題があり,本文部分に期間と業務内容が......あ?

「あの」

「うん? どうした?」

「これ,4週なのはいいんですが,この......『RADに関するセキュリティ課題の調査』ってなんですか?」

スライドには,1週,2週,とあり,それぞれの週にテーマが設定されている.1週目は『RADに関するセキュリティ課題の調査(音声認証の不備による誤認識)』と書かれている.セキュリティ......セキュリティ!?  えっ,しかもこれ全部週ごとにテーマが違う気がするんだが?

「うん? そもそも君の提出物ってセキュリティものだろう? すごく雑にいうと,モデルに対するアタックに関するやつだったはずだ」

「いやたしかにそうですけど,セキュリティって広いじゃないですか.少なくとも,僕の提出したやつって,音声認証関係ないやつなんですけど.しかも,これ週ごとにテーマが違うように思うんですが,えっ,まさか本当に毎週?」

「そうだが?」

いかにも当然だろう,という顔で返答している.もちろん,こういうインターンもあるが,長期のインターンは,何か大きなテーマがあって,それを1〜2ヶ月くらい取り組むというのが,王道なのだ.1週ごとにテーマを変えていったら,それほど大きな成果は(大抵の場合)見込めない.PhDの学生ではないから,当然といえば当然なのかもしれないが,あー.......あわよくば,良い感じの成果物(『プロダクト(キリッ』)をひねり出したり,論文を書いたりとかできたら嬉しかったんだが.外れか? このインターン.無論,向こうから見て俺が外れ学生に見えていて,そのために雑な内容を割り当てているのかもしれないが.蓋止ふたどめ先輩は有償インターンでうらやましい,なんて言っていたが,重要なのは金じゃない.成果物やコネだ.体験そのものなのだ.それでこそ理系のインターンだし,就活生には意味がある.小説家志望の就活生なら,なおのことだ.こんな,いかにも「特に学生にやらせる手頃な仕事もないから,調査って名目でテキトーに遊ばせておくか」みたいなインターンはこっちだって願い下げだ.......まぁ,.でも,ここでいう誤認識はモデルを騙す方ではなくて,どちらかというと単なる誤作動に近いものなんだろうなぁ.

「一応,言っておくが.調査とはあるが,何らかの,それなりの成果は挙げてもらうぞ.無茶振りをしているのは百も承知だが」

「はぁ......」

「なんだ,不安か? 不安になるのも当然だから気にするな.十分,大きい仕事だから」

「大きい仕事,ですか?」

拳藤さんはニヤリ,と笑い,こちらを見てくる.おそらく俺が露骨に気を落としているから,奮起させようとしているのだろう.大きい仕事って,『盛って』言ってるんだろうな.そういう白々しいことは,理系学生がもっとも嫌がることではある.正直に,正確に,物事を説明してくれれば十分なのに.天下のディープ・アリア社にもこういう人がいると思うと,少し残念だ.どうせ大したことない,微妙な仕ご−−

「軍の仕事だ.君にはこれから,RAD搭載の新型軍用小銃Magical-GUNのセキュリティ課題を調査してもらう」

−−デカァァァァァいッ説明不要!!

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