第23話 白紙の地図

 目が覚める……

 ふかふかのベッド……

 幸せ……そして、今日の修行を思い出して、不幸せな気持ちに落ちる。


 昨晩は、母親という名の臨時講師に散々な手解きを受けた……酒を呑んで二日酔いの時の感覚はこんなものでは無いかと、妄想する。

 後頭部がズーンと重い……考え疲れとでも云うのだろうか?

 寝ても頭だけは動いていたかの様な……頚椎の辺りを左手で揉みながら……食卓に向かう。


 マダムユナはもう台所から朝食を運んでいる所だった。


 頭痛のレイに反して……臨時講師は軽快だった。


 朝から飼っている鶏の卵に黄身が2つ有った事をとても嬉しそうにレイに語る。

 対してレイは生返事で返す。

 臨時講師は珍しく大きな声で「さぁ、朝ですよ!」と追加攻撃……レイは辟易としながら食卓に着く。


 朝飯は……

 黄身が2つの目玉焼き

 バターを落とした大きめのバケット

 サラダ(これはバケットに挟む具材)

 ミルク


 こんな感じ……山小屋で獲物を解体して食べていた時と比較して、余りに人間的な食事……


 レイはバケットを縦に割り……サラダと目玉焼きを挟む……直ぐにプックリと膨らんだバケットサンドイッチが出来上がる。

 拳大の直径に見えるバケットを、有らん限り口を開いてかぶり付く……頑強な顎と歯でザクリと咬み千切る……黄身が垂れるのをペロリと舌で掬い取る。

 ガブリガブリと咬み千切り……バケットがどんどん減って行く。

 途中に一度ミルクを飲んで、食材が喉を伝って嚥下する。

 目玉焼きにはほんの少し塩コショウが加味されていた様……バケットのバターと合わさりとても旨かった。

 マダムユナが、バケットの切れ端を1枚食べている間に、レイは巨大なバケットを完食して、ミルクを飲み干す。

「少しはゆっくり食べなさい……王都でご馳走になる時は本当に気を付けねさいね……恥ずかしいから……」マダムユナは呆れ顔。

「今日は平日だしもう教会行ってもいいよな……」マダムユナの忠告をスルーしてレイが訊ねる。

 マダムユナは『分かっているの!!!』と心の中で怒る……そして落胆した顔を隠さずに答える。

「村人の礼拝も無いから大丈夫だと思います……もう行くの???駄目です……少し待ちなさい」マダムユナは珍しくレイに明確に指示をする。

「あっ、はい……何か有りますか?」レイはまた、臨時講師に対する学生の態度になる。

「この巨大な紙を持っていきなさい」マダムユナは筒状に巻かれ、赤いリボン🎀で括られた紙を渡す。

「これに年表を作成するのですか……」レイは訊く。

「そう、これで書きなさい……」と1本の羽ペンを渡す。

「私が王都に居た際に使っていた魔法が付与された文具です……間違った時はペンの羽で紙を撫でてあげなさい、その箇所が消えます……書き間違えを気にしなくて良いから勉強が捗ったわ……貴方にあげます……巧く使いなさい」臨時講師はそう言い、

「では行きなさい……時間は有限です」マダムユナはそう言うと……食器を片付け始めた。

「行って来ます……」レイはもう逃げ出せないと覚悟して、自宅を出発した。


 教会への道すがら、反対側から歩いてくる小柄な女性を見つける……何て事はない、ヨシュアだ。

 良く考えれば、彼女もお勤めに行くのだろう。

「おはよーレイ!早いのね」ヨシュアはまだまだ遠い所から大声で挨拶してきた。

「あぁ、おはよう……元気だな」レイはこれからの修行に気が乗らない……小声の返事をする。

「なによ……あんた大丈夫?」ヨシュアが半分喧嘩腰で言う。

「いや、自分で読書をするって決めたんだが、今になってとても苦痛に感じてな……ここまで難しい事だとは思って無かったよ……」レイは愚痴る。

「へぇーあんたも凹む事有るんだ」ヨシュアは嬉しそう。

「なんだ……悪いか……今までの経験したこと無いからな……やっぱり緊張する」レイは真面目だ。

「何をそんなに緊張するのかあたしには全く理解できないけど、少しは勉強しなさいな」ヨシュアはクスクス笑っている。

「お前は、人の不幸が嬉しいのか???」レイはヨシュアを睨む。

「何言ってるの……勉強出来る事は幸せよ、世の中には本を読めない環境の小さい子がたくさん居るの、読めるだけ有り難いと思いなさい」ヨシュアは意に関せず、「さぁ、教会に行きましょう……図書室に連れて行ってあげる……」と言い歩きだした。

「……それもそうか、俺は幸せか……確かにそうかもな、済まなかった……」レイはペコリと頭を垂れ、ヨシュアの後を歩く。

 ヨシュアは素直に謝るレイにドキリとする……『……コイツはなんで、こんなに素直に謝る時が有るんだろう……』これが気になるんだ……彼女は想う。

 男と云うものは、そんなに簡単に自分の非を認めて謝るモノだろうか、少なくともこの時代、彼女の男の肉親や知り合いにそんな男は居なかった。

 そういう意味で、レイは例外的な男だった。

 逆にレイ程腕が立つなら、尊大で傲慢、謝る前に拳が出る人間が多い位だ。

 そんな事を考えながら、ヨシュアは教会に着いた。

 正面玄関からは入らず、建物の側面を奥に進み、人一人が入れる方開きの扉を開けて教会内に入る。薄暗い、裏方の小部屋....ヨシュアはお勤めの際に着ける前掛けを取り、腰に巻く。

「じゃあ、カイ司祭に図書室の利用を頼んでおくわ……貴方はもう図書室に行っても良いわよ」ヨシュアは言い、「そこの扉から出て左の小部屋よ、中には机と椅子が有るわ、好きに使って良いわよ」ヨシュアは人差し指で図書室を差し、

「じゃあ、私はお勤めに入るから、後は好きなだけ読みなさい」と言うと部屋から出て行こうとする。

 扉を開けて、向こうに消えて行こうとする時、

「あっ、忘れてた、図書館の閲覧時間は、朝は8時~16時までね、読んだ本は必ず元の場所に戻しておいて、そして本にメモ書きや折り目を付けては駄目……分かった!?」ヨシュアはレイを見て理解しているか確認する。

「どうも懇切丁寧に有り難う、承知いたしました」レイは慇懃無礼にヨシュアに言う。

「頼むわよ、変な事しないでよ、私が怒られるんだから……」ヨシュアは釘を刺し……扉の向こうに歩いていった。

 レイもヨシュアを追う様に扉を開け、ヨシュアとは逆方向の通路に向かい、突き当たりの扉を開けた。

 中に入る……室内は四角い立方体だった。

 4つの壁面の内、1つが扉のある面、残り2面が書籍で全面が覆われており、書籍の前には書籍を日焼けから痛めない様に遮光カーテンが設置されている。

 残りの1面は大きな窓ガラスで日光が入って机と椅子を照らしている。

 机の上には曇天や夜間時に使用する為のランプが置いてあった。

 取り敢えずレイは椅子を引き、腰を掛けた。

 机の上にマダムユナから貰った赤いリボン🎀を巻いた紙を置く。


 ……そして、一息ついた....


 どうしようかと思い、自身の頭を指でボリボリ掻く……


 取り敢えず、遮光カーテンを引いて、書籍の背表紙を順番に見ていく……


 ・古代北ラナ島の先住民

 ・北ラナ島の歴史1~5

 ・近代~現代(北ラナ島)

 ・古代魔法の島(北ラナ島)

 ・北ラナ島と大陸との繋がり(輸出入)

 ・農作物と産業(北ラナ島)

 ・北ラナ島 地図(三国の領土範囲記載)

 ・北ラナ島 地形地図(山、河川、湖)

 ・宗教と人種 

 ・北ラナ島の動植物(亜人種含)

 ・建国記(キルシュナ)


 ……キリがない……


 一棚80冊程度。

 棚数は1壁面5棚、壁面は2面有るから合計1棚、故に総冊数は約800冊……

 吐き気がしてきた。


 但し、書棚全体、見回し背表紙を流し見ると、歴史関係の書籍がほぼ大半を占めており、レイの要望に答えてくれそうな書籍が多かった。

 だが、多い故にどれを読むのが最適か、レイは迷った。

 今まで書籍など、本腰を入れて読んだ事など無かった。

 似たような書籍が2冊在った場合にどちらが最適かレイには全く不明……レイには書籍の良し悪しが全く分からなかった。

 2ヶ月というリミットが有る中で、全ての書籍を読むなんて事はどう考えても無理だし……それを考えるだけでレイの頭は破裂しそうだった。


 ……何を読むか悩む……


 ……それこそ大海に出て、地図無しに小さな島を探す様な……これはそんな勉強……


 レイはこの状況に焦った……大した事も得られずに2ヶ月過ぎてしまったら……


 そして、思考を止めて、目の前にある、『北ラナ島の歴史1』を手に取り、机に座る。


 ……大丈夫だろうか……


 そんな心配を背に、分厚い本は読まれる事を待ち望んでいる……

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