第16話 騙し合い

 ■位置関係

  ヤトミ村への山道

     ↑↑

  木木木   木木木木木

 木       叢(違和感)叢 木木木

 木                木

 木                木

 木          木      木

 木          鉄球    木

 木               木

 木      レイ     木            木  |ーーー山小屋ーー| 木木木                                                       

 木  |        |

 木  |ーーーーーーーー|


 ……刹那……

 レイは、胸のスリットに差し込んだ細い投げナイフをその『違和感』に向かい投げた。


 ……『ギンッ!!!』一瞬、火花が散り、投げナイフが叢に落ちる。


 ……叢から、叢と同じ色をした大きなフードを被った人影がむっくりと立ち上がる。

 立ち上がりながら両手を上げて降参の様なポーズで固まっている。


 攻撃する気は無いのか……レイは次の攻撃の手を考えるのを一瞬だけ躊躇した。


 ……おかしな事が起きた……


 両手を上げて立っているその人影の脇腹辺りが一瞬膨らんだかと思うと……銀光が煌めき……その後レイの頭が在った場所を通り過ぎ、山小屋の壁面に『ダンッ』という音を立てて、深々と突き刺さった。


『あぁ、今度は、先端は折って無いな……』とレイは呑気に考える。

 レイが避けていなければ、左眼球に突き刺さっていたその苦無を一瞬観て殺す気だと認識する。


 ……レイは投擲者に対して正対していた身体を左半身を投擲者側に向け半身にする。

 左手前腕の手甲で頭部から左胸部を保護すると同時に、移動しながら、右手で投げナイフを人影に向かい投げた。

 そして鉄球を下げた木を遮蔽物にしようと走る。

 投擲勝負ではラチが開かないと感じた。

 剣の届く範囲まで接近したい。

 レイのナイフを人影はフードを撥ね飛ばして叢から飛び出し、ナイフを避ける。

 フードと一緒に降参の両手も外れる???

 Yの字の木の枝がフードから現れる。

『そういう事か……単純なトリック……』レイは唇を歪める……鉄球の木にたどり着き、木から、片目だけだして相手を観察する。

 相手は胸元に左手を忍ばせる、出てきた左手には

 人差し指と中指、中指と薬指の間に

 合計2本の苦無が挟まれている。

 叢から出て開けた空間を走り右に回り込む様に走る。

 対面しているレイからは左手の庭を走る……その先には山小屋が在る……駿足だ……あっという間に山小屋まで半分程度距離を詰める。

『逃げないんだ……』レイは思う。

 今までの行動から、相手は隠密行動に長けた人物だろう。

 フードを脱いだ背格好から、レイより拳4個分は背が低い小兵だ……但し、肩・太股の着衣を押し上げている筋肉が相当の鍛練を感じさせる……手練れだった。

 正直、レイ自身、道中では相手を感知できなかったのだから隠密行動に関しては、相手が何枚も上手だと考えた方が無難だ。

 だからこそ、今相手が大きな遮蔽物に隠れる事をレイは嫌だと思う……また、相手は、まだレイに用事が在るようだった。

 只の情報収集なら、隠密行動のまま、離れればいい筈だ。

 わざわざ自分に向かって来る必要は無い。

 相手を山小屋に行かせるのを遮ろうと、レイは残った1本の投げナイフを相手のに投げると同時に、肩に担いだ木刀に右手を添えて木から隠れるのを止め全速力で駈ける。

 距離を詰める。

 隠れる前に相手を捕捉したい。

 せめて接近戦に持ち込みたい。

 相手はレイの投げナイフを前転して躱し、左手の苦無をレイに投げる……二つともだ……

 1本はレイの腹部……もう1本は胸部……

 殺すつもりではない。

 避けにくい胴体を狙う意図はレイとの距離を取りたい為の時間稼ぎだろう。

 レイは避けない。

 避ける時間とソレによる失速が勿体無い。

『ガギンッ!!!』という衝撃音が鳴る……レイは膝を上げて鉄棒が仕込まれたレガースと左前腕の手甲で2本の苦無を受け止める、前進の速度は緩めない。

 猛牛の如く、距離を詰める……後5m程度……もう木刀の間合いに入る。

 肩に担いだ木刀を握る右手に力を込める。


 ……ヤーンの言葉が脳裏に浮かぶ……

「レイよ、お前が突撃する時、剣を相手に振り下ろす時はいつだ……」大雑把な質問過ぎて、レイはしどろもどろに答える。

「ええっ、間合いに入ったら剣を振り下ろす……で良いの???」

「ははは……質問に質問で答えるなよレイ……まぁ、今のお前ならソレで良い」ヤーンは意味深な言い方をする。


 レイは、相手に木刀を振り下ろす。

 自身の考える最速の一撃!


 相手は、寸での所で、レイの木刀を右に軽く跳躍して避ける。

 レイの木刀は、相手が立っていた地面に「ゴッ!!!」と鈍い音を立てる、切っ先は地面に埋まっている……


 相手は、更にサイドステップする、距離を取るつもりらしい……


 次のレイの行動は相手の予想外だった……


「ガッ……」相手が初めて言葉を発した……まぁ、言葉にはなってない呻き声に近い。

 何故ならいきなり鉄鎖が埋め込まれた、靴のソールが、自分に跳んできたからだ。

 急速に視界の全てが、靴底に覆われていく。

 レイは地面に刺さった木刀を支点にして横っ飛びしたらしかった。

 相手は、腕を十字に交差して、後方に飛ぶ……直ぐに衝撃……レイの靴底に蹴られる。

 相手は思う……『自分から跳んでよかった……』

 こんな大柄な男性の体重と鉄の靴を受け止めたら腕の骨は持たないだろう。


 ……自身の跳びと、レイの蹴りを受けて、相手は後方に二回転して、雑木林の1本にぶち当たる……

 ……両腕に鈍痛と痺れを感じる……木に当たった為に、相手は後頭部が痛かった。

 ……頭を起こすと……レイが居た……木刀の切っ先を相手に向けて、油断なく辺りを監視している。

『剣匠なのに....蹴りか....』相手はボソリと言い....レイを見る....

 かなりの老齢だった……50代は超えているだろう。

 目元に深いシワの刻まれた……小柄な老人だ……その年齢で今の動きは驚嘆すべき事だとレイは思う。

 しかしレイは相手の言葉には答えず「試験は合格か?」と相手に訊く。

「あぁ、合格だな……ただ、合格の仕方が予想外だ……」相手は答えると「ワシの質問に答えてないな……」と再度、レイに尋ねる「剣は達者なのか?剣士なのだろう?」

「ごもっとも『剣匠』故に剣はソコソコ使います」レイは敬語で答える……

「今さら年長者への礼儀かな……そしてソコソコ使うか……」相手は唇を歪めて嗤う。

「ジョリーの父親のゴードンだ……」相手は自己紹介をする。

「大凡、見当は付いていました、ヤーンの息子レークライです」レイは言う。

「故に、今さらの敬語か……面白いなレークライ……ヤーンとは又異なる資質の持ち主の様だな」ゴードンは言うと、頭をフリフリ立ち上がり、身体の節々を動かして、異常が無い事を確認すると、

「ジョリーではお前の『底』は観えなかった、ジョリーの試験はあれで終了だがな、だからお前を尾行した……感付いていたようだな……」ゴードンは笑みを浮かべる。

「全く持って『違和感』程度のモノですが……おまけに途中からは見失いました……それで判断に迷いました、ここまで行くか否か?」レイは正直に言う。

「……そうか、ワシにはお前の迷いは観えなかったよ、まぁ、ワシの腕も錆び付いておらんという事か……少し安心したわ……殺す気で苦無を使いすまんかった……避けると判っていたがな」ゴードンは先程までの命のやり取りを忘れたかの様に豪快に嗤いレイの肩を右手でパンパン叩く。

「しかし、お前、念のために訊くが、剣の修行はしておるのだろうな?」ゴードンは再度訊く。

「していますよ、但し……親父の口伝では、『剣匠故に剣に縛られるな』と言われましたんで……」レイはキッパリと言いゴードンを見る……曇りない表情でゴードンは見つめられ、思わずビクッとする。 

 心になかで『ワシの知っとる剣匠とは違うのかな』と思う。

 少なくとも王都でのヤーンは剣技に秀でた人物で、蹴り等は余り使わなかったとゴードンは記憶していたのだが……まぁ、良いと思い……

「まぁ、強ければ良いわな……」と言いつつ、肩を叩くのを止めて振り返りレイに背を向け1歩、歩いたかと思ったら……左手を振り上げる……裏拳で殴る様な……

 だが、レイから1歩離れた事で拳は空を切っている……にも関わらず、レイは更に距離を取る為、後方に身体を仰け反らせる。

 拳の指と指の間から、正確には、薬指と小指のあいだから、鈍い銀色が光る。

 そして拳の遠心力により細長く伸びる。

 3本目の苦無……あの時2本では無く3本持っていたのだ……1本だけ指の間から出さずに、前腕の服の袖に仕込んでいたのだった。

 拳だけと思い避けずにいたら、苦無で顎を割られていただろう。


「よく避けたな……」ゴードンは言い、「合格だ……」と付け足した。

「スカウトなら暗器も使いますよね」レイは言うと、「露骨に2本だけ拳の指の間から出していたから怪しいですよね、指の本数で考えたら最大4本持てそうかな……」と付け足した。

「バレておるか……」ゴードンは親指と人差し指の間に挟まれた苦無をレイに見せる。

 レイはニッコリ笑う。

「もう仕合は本当に終わりだ……安心するがいい」ゴードンはレイの目を見て言うと、苦無を胸のスリットに差し込んだ。

「茶でもくれんか……」ゴードンは遠慮無しに言うと、自分から山小屋の中に入って行った。

「茶なんて、風流なモンは有りませんよ……」レイはそう言うと……朝汲んだ水位ならあるかな……と思いつつ後を追い山小屋のドアを開ける。

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