第14話 黄金時代

 ジョリーを送り出したマダムユナは、レイが装備を着装するのを見ながら、先程のレイの社交性や会話下手について考えた。

 レイは気が付いている筈だ、ヤーンというお手本を一番身近で観ていたのだから……

 ヤーンの会話においての相手との距離の詰め方は自身の戦い方と同様に、自分から仕掛け、相手の反撃を想像し次の一手を考える様な話し方だった……

 積極的で陽気、敬語も満足では無かったが、相手に不快な印象も持たれず、知らず知らずの間に相手との距離が詰まっている様な話し方だった……

 昔の思い出が蘇る……ヤーンとマダムユナと付き合って間もない、まだ、ユナだった頃、二人で話した事がある。



 ■約30年前の王都の居酒屋『雷鳴』にて


 ヤーンが、この店の屋号になってる強い酒を喉に流し込みながら言う。

「剣も会話も同じだ、俺の剣は【殺人剣】だからな、ある日気がついたんだ、会話も士合なんだよ」ユナは訊いた「殺人剣って……そのままの意味???活人剣って言葉なら聞いた事あるけど」

「あぁ、そっちの方が有名だよな、だが、その活人剣の意味って、なんか、人の役に立つ剣みたいな意味だろ」

「ええ、そうよ、剣術を用いて人の道理を探り、他の人の役に立つ事かしら……他にも、悪を成敗して、無辜の民を救う正義の剣って感じかな」ユナは、剣のお師匠からの受け売りを思い出しながら答えた。

「はぁ~~アルテア帰りの騎士が言いそうな事だよ」ヤーンは苦笑しつつも、急に真顔になり答えた

「先ず、俺が言う内容にそんなお偉い思想は無いぜ、簡単に言えば、殺人剣って云うのは、自分から先手で仕掛け、そのまま倒す、或いは、相手の反撃を予想して、二手目を仕掛けるって剣だ、活人剣は、相手の先手を予想して、後手で仕掛ける剣の事だ」

「??それってただ、先手か後手だけの違い??」ユナは何だか落胆し、それが言葉に現れた。

 ヤーンは気付いたのか手を左右にブンブン振って「いや待てよ、そんな簡単な事じゃないんだよ!俺が言いたいのは、えーとあれだ、あーーその、追い込むんだよ!相手を自分の予想の攻撃に!それを先手の剣で行うか、相手との対峙している時に誘うかって事だよ!!」ヤーンはまくし立てたが、それを聞いたユナの頭の上には更に大きな疑問符がのっているのが傍目に見ても分かった。

 ユナの綺麗な眉はハの字になり、ヤーンの会話の内容は、話す言語が違うのではないかと思う程にユナには伝わらなかった。

 ヤーンはユナの困惑を感じて、今度は努めて冷静に言う。

「……悪ぃな、分かり難いだろ、なんて言うか、そうだ!ユナも師匠相手に剣の稽古をしてて、もし師匠の次の攻撃が分かれば対処は楽だよな、例えば攻撃が上段だって分かれば、避けて攻撃に転じるのも容易だよな、簡単に言えば、殺人剣も活人剣も相手の攻撃を制限して、自分の思う相手の攻撃を相手に出させる事なんだ、まぁ、ジャンケンで言えばこっちがグーなら、相手にチョキを出させる方法って事だな」ヤーンは出来るだけ分かり易く説明しようと優しい口調とは裏腹に額に汗を浮かべて、両手で剣を振るようにブンブン動かしながら、ユナを真っ直ぐ見て話した。

「うん、分かるよ、とても良く、ありがとう、けどそんなに簡単に相手をチョキに誘導出来るものなの……」

「そこだよ、そこが術なんだよ、活人剣は、相手の構えから、剣を予測する、或いは、自身の構えで、相手の行動を制限する、まぁ、構えって一纏めにしたけど、実際は、欺き.呼吸.歩み.etc 色々な手段で相手に影響を与えるのさ……欺きを行い、上段を打つ振りをして突きを入れても良いし、上段を打つ振りをして、相手の動きを観ても良い……活人剣は後手だから、ある程度は相手を観合う事が出来る……殺人剣は先手だから自ら仕掛けて、剣によって物理的にも相手を誘導する、活人剣の欺き.呼吸.歩み.に更に物理的な『崩し』が入る」ヤーンは一気に喋ると、ユナが今までの内容を理解しているかを注意深く確認する。

「……解るよ、でも活人剣って戦場で使えるの???」

「……ほぅ、ユナはやっぱり賢いな」ヤーンは満面の笑みを湛えて続ける。

「そうだよ、戦場で敵軍とかち合う際に、相手の先手など待ってられないよな、ましてや、敵は一人だけじゃない、乱戦になれば、360度全て敵の可能性も多々ある……」

「それに、遠方から弓矢で狙われる事も有るわよね」ユナはヤーンの言葉に付け加えた。

「そう、その通りだ……複数の敵から狙われるという戦場という環境下で『待つ』っていう選択自体が死に繋がる行為だよ……故に活人剣ってのは、一対一の対戦で時間的制約がない際には効果的な戦術だよ、ゆっくりと相手の癖や、隙を見定めれば良い」ヤーンは言う。

「一寸判ってきた」とユナは応えた。

 ヤーンは良々といった表情を浮かべ続けると

「理解してくれたみたいだな」ヤーンは言う。

「まぁ、今のところは……」ユナが答える。

「弟などは、俺から言わせれば活人剣が得意だろう」

「ゼオが……??」

「そうだよ、アイツは活人剣だろ……」

「そうなの、私と練習する時はいつも打ちかかって来るけど……」

「そりゃ、ユナには活人剣を学んで欲しいからな、護身術だし、自分から仕掛けるんじゃなくて、襲われた際にどうして相手を無力化するかがユナの課題だからな……」ヤーンは優しく言うと、

「なら言ってくれればいいのに……」ユナはむくれる……

 ヤーンはそんなユナを見て、破顔して言う

「アハハ……言えば練習に成らんだろう、アイツはそういうヤツだ……」と言い、むくれるユナの頬を武骨な指で優しく摘まんだ……


 ……

 ……

 ……彼と私の青春・黄金時代……失った時……


 ヤーンの

 ……笑顔

 ……焦る顔

 ……冷静な顔

 全てを今も目元のシワまで思い出せる……

 けど、もっと深く細部まで彼を思い出したい……


 マダムユナは椅子に腰掛けながら、そんなことを思い出す、永遠に失った笑顔……


 鎧を付け終わったレイがこちらを向く、着装のスピードはヤーンと同じくらいだった。

 まるで服の様に身に付けていく、それがレイの日常であると言う事が判る。


「あの子、合格かしらね……」マダムユナが独り言の様に小さく言う。


「聡いな、母さん……」レイが彼女をみて唇を片側あげる。


 おそらく、あのスカウト見習いのお嬢ちゃんの仕事は、レイと私の状況確認だ……ヤーンが死んだ事で影響が出ていないか見にきたのだ。

 ゴードンのしそうな事だ。

 又、彼女自身のスカウトとしての通過儀礼なのなも知れない……そう思ったから口に出したのだった。

「あんな時間に、女の子独りで来て、宿泊するしか無いじゃない……今さら帰りなさいなんて言える訳もない、確信犯なのよ……」マダムユナは言う。

「……」レイは何も言わず微かに笑っている。

「安全な自国で、また安全な対象を使って情報収集、更に言えば、腕試しも出来る……腕試しに関しては貴方、心当たりが有るのではないの?何か渡してたでしょ……これは試合か試験でしょう……それもあの子自身の……違うかしら?」マダムユナはさらりと言った。

「流石だね……そうだと思う、それに俺の試験も兼ねているんじゃないかな……」レイは補足する。

「苦無を投げられたよ、避けたから問題ないけどな……」

「貴方が彼女に渡していたアレ……」マダムユナは訊く。

「そう、あの鉄の塊……」レイは事も無げに答える。

「あんな物騒なモノを投げるなんて!当たったらどうするの!!ゴードンに苦言を言わなきゃ!!」マダムユナは目を見開いて怒る。

『当たったらどうするのって、ジョリーは全力で狙ってたけどな』という言葉は心に仕舞い、代わりに、「まぁ、避けたから問題ないけど……」と言い、微笑んだ。

「貴方は本当に何か、大事な一般常識というか……普通の感覚が他人とは違うの!!それは駄目なことなのよ、危ないわ……ジョリーにも言ってあげないと、今に大変な事になるもの……」マダムユナは頬を紅潮させて言う。

『山に居る時は何時も、目隠しして鉄球に殴られているんだが……』お袋にこれは、言えないかもと思う。

「まぁ、王都に行ったらゴードンさん??だっけ……しっかり言っとくよ……」レイはもう話しは終わりだ……とでも言うように言った。

 レイからすれば、お袋の方がズレている……戦闘込みの試験なのに、苦無当てたら危険だとか、なんの試験にもならんだろ……と思う……この人は、これ程の洞察力を持ちながら、肝心な所でお上品なのだ。

 親父も「そこがかわいいんだよね、綺麗なのに一寸抜けてるんだ」と目尻を下げて言っていた。

 命がけの戦争を経てきた二人なのに呑気すぎる……

 なんともかわいい二人だった……

 息子の俺が言うのも何だが……


「お袋、そしたら又、二周忌迄に、来月中頃に帰って来るよ……」

「レイ、喪主の言葉を考えておいてね……」マダムユナは釘を指した。

「わかってるよ、それじゃ……」レイはそっけ無く言うと、玄関を出て、山に戻る道を歩き始めた……

 マダムユナはそのレイの後ろ姿を名残惜しそうに見ていた……

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