第35話「漆黒の悪魔」


優はそう言い残すと、優の圧倒的覇気に唾を飲み、足を震わせながらも突進するミサクが振り下ろした剣を僅かに身体を反って避ける。


カリアが「ミサク!」と言った頃にはもう遅かった。

背中がガラ空きとなったミサクに優は無言のまま裏手打ちを叩き込む。


次の瞬間、背中から来る有り得ない程の衝撃に骨と内臓が砕け、吹き飛んだミサクは目の前に広がっていた高い壁を抉り、張り付けられてしまっていた。抉られた壁には一面にミサクから吹き出た血がこべり付き、ミサクは既に息絶えていた。

その場にいた全員の背筋に寒気が走り、辺りが静寂に満ちる。


優はミサクに目を向けることなく、次の標的であるカリアにゆっくりと向き直り、鋭くした紅の瞳でカリアを見る。



カリアはミサクを見て、口を開き愕然としていたが、やがて目から湧き出る涙を振り切って優に走った。


「お前、よくもミサクを!殺す!殺す!!」

「おいやめろカリア!」


優の圧倒的な力を目にした一馬は、叫びながら優に迫るカリアを止めようと足を動かす。

硬直していたレインや戒も、思わずカリアに手を伸ばす。


だが、カリアは止まらない。

高く飛び、優に斜めから剣を思い切り振り下げた。弟を殺された憎しみを胸に。


だが、優は首を傾け、それを避ける。光を放ち地面に落ちていた夜那を手元に呼び寄せ、それを右手に装備すると、そのまま背を低くしてカリアの懐に潜り、カリアの腹を切り裂いた。


「ガバァッ!!」


カリアは抑えきれない程の血液を流し、その場に崩れる。

この僅か30秒で、アブソルートキルの精鋭を表情すら変えず無力化した。


弟を殺された憎しみからか、痛みからか、涙に染まるカリアの瞳を凝視し、やがて返り血に染まった顔を上げる優。

そんな優に、恐怖で膝を落とす構成員も少なくはなかった。


「一気に記憶と力を取り戻した作用で意識の制御が効いていないのかっ!」


そう言ってルーフから飛び降りるクリス。

だが、クリスよりも早く一馬が地面を蹴った。

驚愕の表情を浮かべていた戒とレインは、顔を見合て、動けずにいる。


「テメェ!!カリアとミサクをっっ!!」


一馬は風の如く優に接近し、能力を纏わせた右足での蹴りを叩き付ける。だが、優はそれを何の表情も変えず、体勢すらも変えず直立したまま左手で止める。


「なっ!?」


足を掴まれた一馬は、優の手を振り払おうと、空中に浮いたままもう片方の足を優に放つ。


それを右手に持った夜那で容易く防ぎ、一馬の足を突き放した左手で、腰を捻った強力な突きを繰り出す。

一馬は血を吐き、後方に吹き飛ばされた。


空中に飛んだ一馬に更に追い打ちをかけまいと、地面を蹴り破って一馬の真上に瞬時に移動した優は、夜那を大きく振りかざす。

一馬は朦朧とする意識の中身体を捻って夜那による攻撃を回避するも、素早く着地した優が放った回し蹴りにより再び吹き飛ばされてしまう。



地面を強く抉り押し飛ばされた一馬を庇って、恐れを乗り越えた構成員たちが前に立つ。

「一馬さんを守れ!」


一馬は倒れ伏した身体を何とか起こしながら叫ぶ。


「おいテメェら!やめろ!どけ!!」


優は一瞬にしてその構成員たちを1人1人薙ぎ倒していく。血を吹き出す者がほとんどで、中には絶命した者もいた。


一馬に向けて再び夜那を振り上げた、その刹那。

優の両肩を戒が掴んで迫った。一馬に向けて未だ進み続ける優を何とか押し止め、その歪んだ顔を、無表情の優に向ける。


「やめろ優!!もうやめろ!お前は……お前はこんなこと!!」


戒の言葉に耳を傾けることなく、優は戒の服を握り、そのまま腕を振り上げて空へと投げ飛ばした。


「ぐっ!ぐぁぁあああっ!!」


戒は地面に強く打ち付けられ、唸りを上げる。駆け寄り、戒を労わるレインを見向きもせず、優は一馬に再び迫る。

レインは、そんな優の背中を見つめ、困惑と絶望の表情を浮かべていた。


「優……どうして……ア、アタシも」


レインも優を止めようとするが、足が震えて動けない。


優が尻をついて優から遠ざかろうと足掻く一馬を見下ろして、夜那を高く振りかざした、その時。

銃撃が優を襲った。


「一馬!!」


当然のように優は夜那で軽く銃弾を弾き、振り返って上を見上げる。

そこには、床に寝そべり、手すりの下からスナイパーライフルを構える緑髪の女がいた。恐らく、幹部だろう。優は標的をその女へと変え、頭上に掲げた夜那を振り下ろし、威嚇する。


「まずいっ!」


チャンスを逃した緑髪の女は、優の反応速度に驚き、再びリロードを行う。だが次の瞬間、もう優は真横にいた。


目を見開かせていたその女に、優は空中に浮いたまま、容赦なく夜那を振り払った。


「くっ!?」


ギュィィン!!


緑髪の女が身体を怯ませ、目を閉じたその時、轟音が響く。


最上だった。

優が放った斬撃を、何とか召喚した上位剣で受け止め、鍔迫りを始める。その顔に浮かぶ笑みを未だ無表情の優に目一杯向けると、叫び出す。


「優君!いい!いいよ!神の力は……私の物ダァッ!!」


そう言って、ひとまず優のレベルを下げようと、能力を宿した右手を前に突き出す。

優はそれに反応し、またも光と共に呼び戻された空界を左手に持ち、最上の左手を切り落とした。


「なっ、なにぃ!?」


表情を歪め、自由になった右手に持つ剣を再び優に突き付ける最上。

優は立ったままその剣を夜那で受け流し、振り下ろした空界で真っ二つに折った。折れた剣先が床に落ちるよりも先に、優は最上にゼロ距離での蹴りを命中させ、吹き飛ばす。


最上に更に攻撃を仕掛けようと足を踏み込んだ優だったが、地に伏した彩乃が微かに呻りを上げると、1階を振り返る。


「……ぐっ、かはっ、けほっ……」


6階にいた優。だが、その僅かな嗚咽でさえも聴き取ることができたのだ。

優は手すりに手を伸ばして飛び降り、階層を下る。

途中、腕を押さえた政綺と目が合ったが、優は何の反応も示さなかった。


平然と着地し、すぐに寝そべっていた彩乃を抱き抱えて出口目指して走り始める優。出口を抜けると、光を灯したその足で地面を強く蹴り上げ、空高く飛んでその場を後にした。

最早、その優の背中を襲う者は誰1人としていない。

皆揃えて歯を噛み締め、優を睨む他なかった。




この戦いで死傷したアブソルートキルメンバーは、実に50人を超えたという。もちろん戒やレインたちもそれを行った内に入るが、1番は優だった。もっとも、今回の戦闘で人を殺したのは、優だけだったのだが……


誰も傷つかない戦争を望み、誰も殺さない信念を抱いていた殺さずの剣士・蒼黒が、この戦いで遂に人を殺めた。


その後、人々は優をこう呼んだ。


目に映る戦争参加者全てを殺す悪魔、「死神・蒼黒」


ーENDー

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