偽界戦争

小春 結癒 (ユウティン)

『神に支配された異世界、その名は……』

第0話「異世界の都市伝説」


人間を生み出した神様は傑物だ。


人間に感情を与えた神様は芸人だ。


人間に愛を与えた神様は繊細だ。


人間に優劣を与えた神様は不平等だ。


人間に死を与えた神様は無慈悲だが、慈悲深い。



だが、神様は人間の設計を間違えた。


人間は愚かだ。神様の手の上にいることに気付かず、自らが頂点と錯覚し、今日も何かの命を奪ってのうのうと生きている。

あろうことか自らの欲望を満たす為なら同じ人間の犠牲など知ったことではない。



無駄な戦争を繰り返し、遂に人間は争いを好む無価値で無能な種族へと成り下がり、今もその数だけを増やしている。



これは呆れた神様からの最後の挑戦だ。


人間の存在意義を証明する……存在しない神話である。






『次のニュースです。連続行方不明事件が、またも相次いで起こりました。行方不明となったのは、港区……』


「だって。どう?相原君。君の担当の事件だろ?連続行方不明事件。いや、連続誘拐事件と言うべきかな?」

「ええ。相変わらず進展なしですよ。足取りすら掴めないです」


蕎麦屋で、壁に設置されたテレビに顔を向けながら蕎麦を啜る2人。会話の内容から、刑事ということが分かるだろう。

金髪で、赤いの目が輝く高身長の男。名は神崎(かんざき)という。

向かい側に座っている茶髪の青年。名は相原(あいはら)といい、現在は20年前より多発している連続行方不明事件を追っている。


連続行方不明事件とは。

20年前、爆発的に行方不明事件が発生し、次々と人が消えた。今も尚続いているのだが、一向に手がかりが掴めぬ難事件である。


この事件には、おかしな点が多々ある。


まず、規模が大きすぎる。その規模は日本だけには止 まらず、世界中で起きている。何らかの組織によるものなのか。1種のテロか。

それは捜査開始から半年近く経った今も分かっていないが、少なくとも20万人以上は犠牲となっていると推定されている。


更に、こんな証言をした者がいるのだ。



……光に包まれて消えた。と。



最初は鼻で笑う程度だったが、その者は精神異常者でもない。何より近年、目撃者が続出したことにより、上層部も無視できぬ証言となった。

故に、犯人は人間以外の何かという形での捜査も行われている。


これらのことから、あまりにも非現実的すぎる為、こんな都市伝説が囁かれている。

ある人が言ったのだ。


異世界に転移したんだ。


異世界とは何だろうか。文字通り、違う世界のこと。この世界とは隔絶された別の世界。


ゲームやアニメでよく登場する理想のファンタジー世界だが、そんなものが存在する筈もない。所詮は都市伝説。捜査員も間に受けてなどいない。


しかし……


『一連の事件について、どう思いますか?』


『え、俺?(笑)異世界だろ?俺も行ってみてーなぁっ!』

『異世界なんて、ロマンチック!』

『異世界!?いいでちゅね!ハーレム!ハーレム!!あ、ぼぼぼぼ僕はやはり異世界で欲しいのは嫁でちゅね!嫁!可愛い女の子と……ウフッ』

『俺に質問するな』


相原は横目でテレビを観て、鼻で笑う。


「馬鹿ばっかですよ。異世界なんて」

「相原君は信じてないの?異世界説」


「当然です。あまりにも非現実的すぎますからね」


「へー、あそう、そいえば相原君!プロポーズはいつだっけ!?」

「ええっ!?あ、明日です……」

「ハハッ、雪菜ちゃん可愛いもんね、頑張ってね!」


そう言って、相原の肩を叩いて席を立つ神崎。

完食した蕎麦の食器に爪楊枝を投げ捨て、未だ橋を動かす相原を通り過ぎて歩き出す。


「神崎さんも、殺人事件の調査、頑張ってくださいね」


店の出口に向かう神崎に、体をねじらせて言った相原。そんな相原にやけに眩しい外の世界を背中に、神崎は笑いながらこう言い捨てた。



「……犯人なんて、とっくに分かってるよ」


「……え?」


引きつった口元と、強く開かれた神崎の赤1色の目は、一層不気味に、目立っていた。




食べ過ぎにより、唸る腹を押さえ店を出る相原。

ふと、先程の神崎の顔を思い出し、表情を強張らせる。


「ふぅ、にしても。神崎さん。変な人で有名だけど、さっきはゾッとしたな……」


そう零しながら捜査本部へと足を進ませる相原。

その足を、ズボンの右ポケットを揺さぶる着信音が呼び止める。

ニコッと笑い、鞄を脇に抱えてスマホを取り出した相原。

通話ボタンに手をかけ、耳に当てる。


「あ、雪菜さん?……ああうん、今日は仕事が片付きそうになくて……で、でも!明日には絶対!」



と、視線を上げ空を見上げる相原。そこで、赤い風船が目の前を過ぎる。


その直後。女性の悲鳴が彼の鼓膜を揺さぶった。


「きゃぁぁぁあああああ!!!舞(まい)!舞!」


相原はその声に瞬時に反応して目を見開き、辺りを見回す。

次に相原の目に映ったのは、広い道路を、向こう側から、飛んでいってしまった風船を掴もうと必死に走る幼い女の子だった。


ただでさえ交通量の多い大都会の道路。

向こうには、混乱してただ泣き叫ぶことしかできない母親。

近くで道を歩いていた人は皆目を止めたが、すぐに手元のスマートフォンに目を戻す始末。


そして、車が来た。

女の子の目の前まで。


もうだめだと誰もが思ったその時。相原は走っていた。



ドゴォォォォン!という鈍い音が鳴り、辺りは騒然となった。

母親が目を開けた頃には、相原は女の子を庇うように覆い被さり、吹き飛んでいた。


「きゃぁーーーーっ!!」

「きゅ、救急車!救急車!」

「だ、だれか!!」

「血、血が流れてるぞ!」



倒れた身体。どんどん意識が遠のいていくのが分かる。

自分に寄ってくる人たちがぼんやりと映る中、相原は顔を傾け、女の子の安否を確認する。

しゃがみ込み、今も泣き続ける女の子に微笑むと、そのまま意識を失った。




「あれ……」


相原が目を開けると……そこは、真っ白な場所だった。見渡せば蕎麦屋や道路、いつもの街並みはなく、白い景色が一面に広がっている。

体も動かず、相原は硬直状態に陥っていた。


「あれ……あれ!?生きてる!?た、たしか……轢かれたんだよな、車に」


同様する相原の双眸に映る、光と共に現れた金髪に赤い瞳の男。

目と口を大きく開けた相原。困惑のあまり声が裏返る。


「か、神崎さん!!」


神崎だった。

神崎は、不敵な笑みを浮かべてそれに返す。


「ちょっと。それは現実世界での名。ここからは遊鬱神と呼んでほしいな!まあ、ゴッドだよ!G.O.D!」


「ゆ、ゆううつしん?神様……え、神崎さんが?えっと……どういう」


動揺して顔を四方八方に動かす相原に、神崎こと遊鬱神は鼻で笑う。


「生かしたんだよ。子供を庇って車にはねられた君を治癒して、ここに連れてきた」

「そ、そうなんすね……ああ、あ、ありがとうございます。じゃあ、もう帰れるんですね?」


「いやいや、その代償はもちろんあるよ」

「え……?だ、代償?て、てか、あなた、か、神様。なんなんですか?なんなんすか。なんなんですかここ!!冗談はいい加減にしてくださいよ!」


安堵の表情からやがて困惑と憤怒の表情に変わり、そう言い放つ相原。

遊鬱神は相原にニコリと笑い、口を開く。


「一気に質問しないでよ?僕はね。遊戯・憂鬱の神で、遊鬱神なんだよ。んでね。ここは現実世界と異世界の狭間。天国と地獄の間にある現実世界みたいなもんだ。ん?そうだよね?ありゃ?」


顎を押さえて首を傾ける遊鬱神に、歪ませた表情を向ける相原。地に着く足はガクガクと笑う。


「つまり……俺は異世界に行く、と?」


「うん。あ、この世界の人間は異世界をいろ~んな媒体でやれハーレムだの無双だの自己中心的に描いてるけど、そんなのはないよ~?常に殺し合い騙し合い恨み合い!人間という生物の本性が滲み出た世界だ」


淡々と語り続ける遊鬱神に、相原は遂に激昂する。


「ふざけんなよ!いやだ!言ってくれたじゃないですか!明日!応援してるって!」


「はーいそういうテンプレな反応は受け付けておりませーん!なんたって神崎は世を偲ぶ仮の姿なんだから!」


「そんな……な、ならせめて!せめて彼女に会わせてください!」

「おいおい、わざわざこんな場所用意して説明してやってるのに、そればっかり失礼だと思わなーい?僕、一応神様なんだけどなぁ」


遊鬱神が笑いながら言葉を紡ぐ度、相原の目線は自然と下がっていく。

そんな相原の顔を覗くように眺め、まるで子供のようにフッと笑った遊鬱神は、人差し指を立てて話す。


「うーん。1つ教えてあげようか!今から1ヶ月後。その世界で生き残りを賭けた戦争が開催される。それに勝てば、現実世界に戻れちゃうよ?いいだろ?」


相原は応答しない。だが、確かに遊鬱神の言葉は耳に入っている。その証拠に、頬に涙が伝っているのが見える。


「精々頑張りな。僕をこれ以上失望させるなよ?人間相原君♪」



遊鬱神がそう言うと、光は嘆く相原を構うことなく包み込み、そのまま偽界という名の鳥籠へと転移させた。


「僕の創り出した……偽界(ニセカイ)でね」



遊鬱神に支配された異世界。その名は……「偽界(にせかい)」


記憶を無くした少年と、1人の少女が出会い、戦いが始まった時。その世界は一気に終焉へと向かう。


これは……もう一度君を愛する為の物語。



【偽界戦争】

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