第19話

 滑るような光沢を放つ黒鉄の巨塔。巨神が突き立てた杖のような、神話めいた光景。

 されど一切の畏れもなく、弾丸が驟雨のごとく浴びせられる。

 装甲トラックの荷台に機関銃を設置し、巨砲の外周を周回していた壊都自警の構成員たちは地に唾を吐いた。

 遺跡用の小型爆弾も起爆させたが、この塔には一切の傷がつかない。多重構造の自造鋼が扱われているのか、全鋼機蟲を持ってきても破壊は無理そうだ。

 故に彼らは唯一の出入り口たる門へと集う。一台、二台、三台。蝗害の濁流めいて、砂漠に無数の黒点が集う。

 壊都自警、民間警備の名を借りた武装集団。壊都周辺部を縄張りとする、実質的な山賊。そしてほぼ総員が遺跡荒らし出身であり、銃器と爆薬の達人たち。

 それに首魁武牢の呼びかけにより――壊都以外の廃殻都市の無法者たちが加わり、今や軍隊並みの規模となっていた。

 暴力が集い、黒雲となって、“タイヨウ”堕としの巨砲に集いつつある。


 その巨砲の足元、門の前に、二つの影が歩み出る。

「そうさ人間が何かを為そうとするだけで敵は増える。蟻の巣に芋虫を落としたみたいに群がってくる」

 歌劇の演者が如く歩むその影は、賛歌の歌い手が如く片割れに語り掛ける。

「だから諦めることは賢いことだ。だけど人間って奴は結局自己エゴを抑えられねえ」

 その人影を目にとめて、機銃が首を回し、彼らを囲みつくす。無数の殺意が突き刺さり、背後から莫琉珂の悲鳴が上がる。

「愚かだよなぁ!世界に対し余りにちっぽけな存在だってのに、それでも従属を嫌がりやがる、望みを叫び、現在いまが嫌だと言いやがる!あの嬢ちゃんみたいにな!」

 千の銃口に火が灯り、肉を穿つ鉄塊が放たれるその寸刻前に、傍らを歩む炉那の背中を、蛮風の掌がどんと叩いた。

「だが、それでも“かくあってくれ”と叫び続ける。その夢想を現実に彫りだすために、修練し、試行し、狡猾となり、闘い続ける――停滞した世界に牙を剥いて足掻いて見せる、その生き様は愚かで惨め、だからこそ素晴らしい!」

 もはや死線の直上、数秒後には肉の切れ端となるであろう状況であるのに、この男はまるで子を父が励ますかのように、彼の夢を讃えるように、ゆっくりと語り掛ける。

「炉那、俺がお前に何度もああ聞いたのは――お前もそうなってもいいと、思ってたからさ」

 アルナがそうであったように。

 巨影を前に諦観し、世界の造った条理に傅いて生きていた炉那も、“この世界はおかしいんだ”と、声高に叫んでもいいのだと――言を呑み込み期待を捨てなくてもいいのだと、残忍性に満ちた戦場の只中で、師父は快活に笑って言って見せた。

 飛弾が彼らを包み込む。


 無数の硝煙と砂礫が立ち昇り、ついに巨塔の門を包み込んだ。巻き上がる噴煙の向こうは隠れて見えない。だがそこには確かに全身をスポンジのように開通された死体が二つ、転がっているはずだ。

 壊都自警の団員たちは皆そう思っていた。だが、過ぎ去った煙の後に残るのは、死者でも生者でもない――月光を反射する、金球だった。

 二人を包み込み、月光と燐火に照らされ煌めく金色の球体。襲撃者も伽藍の内の工員たちもそれに慄いていると、その金球が解れ、一匹一匹の蜻蛉となる。

「!ぬあっ……そんなことがあるかー!?」

 背後で、先ほどまで泣きじゃくっていた莫琉珂が目を輝かせて驚嘆する。

「逸脱機が……百も、千も!?ど、どれだけ所有しているのだっ!?」

 金球の陣を形作っていたのは、蛮風の所有する“黄金翅”。自律飛行する金細工の蜻蛉たちが、高速で彼らを中心に衛星の如く周回し、迫りくる銃弾を弾いていたのだ。残影の軌道で金球を編むその数は莫琉珂の見立て通り、尋常の数ではない。

 さらに加えて蛮風の上着の裏地、ベストのポケット。シャツの隙間、掌の内からもそれはあふれ出し――千か、万か、前時代の至宝が大隊を成し、蛍の如く輝きながら中空へと広がっていく。今、塔の黒影を宇宙の深淵として、第二の星海が壊都自警達を覆ってみせる。

 そして蛮風が指で銃を模し、自警団を撃ってみせれば

 幾千幾万の蛍光が高速で降り注ぎ、装甲車や機銃たちを貫き轢き飛ばしていく。幾重幾重にも軌跡が弧を描いて宙に焼き付き、黄金の竜巻となり襲撃者たちを蹂躙する。

 上天の夜光よりも眩く目を焼くその光景に、伽藍の内の人々も、果てには襲撃者たちですら圧倒されていた。


「ほらほらほら!仕事の時間だぞアンタら!」

 光輪の中心にてパンパンと蛮風が手を叩く。人々がはっとして彼を見れば、黄金翅の群れが装甲車を弾き飛ばし、ガラクタとなったそれを門まで滑らす。

「瓦礫を上手いこと組んでバリケードを造れ!構造力学の専門家がいるからソイツに従って、何人かは隙を見て重機を回収してこい!」

 彼が声を上げれば何人かは呆気にとられた後、喧しく騒ぎながらも動き出す。あるものは瓦礫に縄をかけ引きずり、あるものは手で図形を造って見せて組み方を指示する。

――――人は、動いている間は余計なことを考えない。諍いも対立も後回しになる。

 その様子を真剣に眺めていた炉那がよろめいてたたらを踏む。蛮風が彼の背を半場飛ばすように押し、そして背を向けたのだ。

「さ、お膳立てはしたぜ。さっさと行って来いよ」

「……蛮風」

「なんだ?まだ俺のかっこいい台詞が必要か?」

 常のようにおどけて見せる彼に苦笑しながら、それでも炉那はその背中に言った。

 この乾いた舞台で、小さな小さな己がそれでも踊る自由を、迫りくる現実その全てを押しのけ認めてくれた彼へ。

「……ありがとう」

 黄金翅の幾匹が炉那の側を過ぎ去る、それに指を掛けると、彼はアルナを連れたあのバイクが駆け抜けていった先へ――飛びだっていった。


「莫琉珂!重機組についてって機蟲を回収して、炉那についてってやってくれ!」

 蛮風は未だ弾雨と軌跡の只中にいながら、伽藍の内へ支持を飛ばす。その中で呆然と立っていた少女がびくりと身を震わすと、次の瞬間には面に意気を灯し、大人たちと駆け出して行った。

 その周囲に黄金翅を追従させながら、蛮風は顔をどこか情けなく歪め、苦笑する。

 ありがとう、か。

「嫌だね……そんなこと言われる身分じゃねえのに、喜んじまう」

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