第17話

「なに……これ」

 弾丸のごとく飛び出したアルナが見た光景は、火が踊り噴煙が視界を塞ぐ開発区だ。徹甲弾に穿たれた重機からごうごうと煙が膨らみ、火の粉が上昇気流に舞い上がる。今、どこか高所からこの開発区を見たらば、魁夷なる大羿の側に幾本もの黒塔が見えるのだろう。

 宿屋や仮設テント、工員たちが酒盛りをしていた食堂から叫喚と怒声が上がり、人々が飛び出す。恐慌状態にあることはもはや想像に難くない。

 アルナはその光景に一拍ばかり硬直した後――すぐに瞳に光を取り戻し、その凛と響く声で奏でる。

「総員へ通達!これを聞いたものは隣人に伝え、その隣人はまた隣人へ伝えてください!“大羿”の内部へ避難!物資の確保も反撃も不要、皆“大羿”の内部へ!お願い、逃げてっ!」

 弾雨と爆音の中でさえも、耳殻へ通るその声は確かに人々に響き、蜘蛛の子を散らすように逃げ回っていた人々が一方向へと纏まっていく。焔に舐められ黒鉄が輝く巨砲へと。

 しかし尚も銃声が響き、そののちに叫喚が上がる。

 警備隊に連絡をしなければならない。だが、狡猾な襲撃者たちは既に通信網を切断して、有線通信は使えない。無線通信を阻害する太陽風を、ここまで憎く思ったことはない。

 そうだ、拡声器だ。放送台にある拡声器を使えば全域へ通達ができる。アルナは駆けだした、次の瞬間には倒れていた。

 炉那が、自分を抱えている。いや庇って地に転がした。飛弾の光線が自分のいた場所を過ぎ去っていく。炉那が腰の拳銃を取り出しその方向に撃ち返す。その光景をアルナは眺めていた。

「北辰!なんで逃げない!?」

 銃火の中、炉那が珍しく憤った顔で叫ぶ。そしてその時まで、“逃げる”という選択肢が浮かんでいなかったことを、アルナ自身が気づいた。

「あ……し、しかし!放送台へ行って拡声器を使わないと、連絡がいってない人もいるかもしれません!」

「それだったら一旦“大羿”へ行って護衛を連れてこい!そっちのが確実だろ!」

「!」

 アルナはしばし硬直した後、姿勢を低くする。

「……その通りです。ごめんなさい、炉那」

「あんた、ちょっと今動揺してる。まずは落ち着け」

 炉那の拳銃が先ほどの銃火の主を撃つ。その陰に隠れ、アルナは一つ息を整えた。

「では、大羿へ向かいます。炉那さんも――」

 そこまで答えたところで、アルナの声が炉那の脇を過ぎ去っていく。反射的に腕を振るうが、その腕は容易く退けられた――炉那の鉄腕を。

 宿舎の屋上から飛び降りた一台の自動二輪が、着地と同時にアルナを浚う。炉那の腕も振り払われて、自動二輪は駆け抜ける。

 炉那は銃を取り出す。一発、二発と大口径が火を噴き、自動二輪の主のヘルメットに突き刺さる。されどその男は倒れず、ひび割れたヘルメットを捨て去った。

 その男は隻眼を眼帯で隠し、傷だらけの禿頭に皺を寄せて見せる。

―――壊都で絡まれた、“壊都自警”という武装集団の男、武牢ぶろう


 炉那は駆ける。だが人間の速力では到底かなうことはなく、自動二輪はぐんぐんと小さくなっていく。抱えられたアルナがこちらを見て、縋るような目をして口を動かした。

 みんなを にがして と。

「どうしてだ!」

 炉那は駆ける。砂塵を散らし弾雨を縫い、爆炎が放つ鉄片に身を引き裂かれても。その顔を、火焔と憤怒が照らす。怒りの矛先は、壊都自警だけではない。

「どうしてだよ!北辰!どうしてお前は――そこまで馬鹿なんだ!」

 怖くないのか。何もかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る