第35話

前回の出来事

・装飾を簡単に作り上げる

・エリーナが綺麗になっている

・なんかごねている


――――――――――――――――――――


 どうも、一人の貴族が陛下に話があるとごねている。

 確かに普段の宮殿であれば、執務室のある二階までは上がることが出来る。

 しかし、新年の式典がある以上、本宮殿全体が警戒態勢になるわけで、一部の許可を得ている貴族以外は入る事が出来なくなる。


 ちなみにレオンハルトは王族側なのでフリーパスである。


 さて、未だに喚いている貴族を放置するわけにはいかず、マリオンは頭を悩ませていた。


「ここに来ている貴族である以上、王族令無しに斬り捨てるわけにも行きませんし……如何しましょうか、レオンハルト卿」

「いや、いきなり斬り捨てるなよ……まあいい。僕が行こう」

「えっ?」


 そう言って、レオンは颯爽と階下に下りていく。


「何を騒いでいるんだ?」


 そうレオンが近衛騎士の一人に声を掛ける。


「あ、レオン様!」


 その声に反応し、他の騎士たちもレオンに目を向け、礼を取る。

 すると、騒いでいた貴族が口を開いた。


「おい小僧! 何故貴様のようなガキが上から下りてきているんだ! 見たか騎士共! 通れるのだろうが!」

『なっ……!!』


 近衛騎士たちにとって、レオンは王族の一員。その存在に向かって「貴様」だとか「小僧」という目の前の貴族が信じられなかった。

 数人が勢いで腰の剣に手を伸ばそうとする。


「落ち着け。さて、先ほどから聞こえておりましたが、貴殿はどちらの方でしょうか?」


 レオンが誰何する。


「ふん! ワシはゲジム・フォン・ユマール子爵だ! 新年の式典に呼ばれたのだから、陛下に色々話しておかねばならんことがある! 通さんか!」

(子爵程度で陛下に話? それでここに来るとは……田舎貴族か?)


 レオンの思っているとおり、ユマール子爵は新興貴族であり、王都からも離れた地方の小さな領地を治める田舎貴族だった。

 見た目としても、装飾過多で、あまりにも無駄が多い。

 無理に重厚感を見せようとしているのか、古典的な貴族の服装や髭を蓄えているが、どうもそれがちぐはぐで滑稽であった。


「それで……子爵? どの貴族も限られた人員を除いてこれ以上上層階に進むことは出来ません。これは陛下の命令です。もし進むのであれば、この場で反逆者となる。その点は理解されていますか?」

「ならば貴様もだろうが小僧! とっとと下りてこい!」


 今だ喚くユマール子爵。


「レオン、いかがしましたの?」


 レオンの立つところより上から声がかかる。

 エリーナリウスの声だ。


「すまない、心配掛けたな。すぐに戻る――」

「何だ今度は!? またガキか、何をうろちょろしているか!」


 レオンがエリーナに話しかけている途中で、ユマール子爵が喚き立てる。

 だがこれは問題だった。


 近衛騎士団が殺気立ち、抜剣しようとした時。


「んなっ……な、なんだ、これは……」

『……っ!』


 階段全体を濃密な気配が支配する。

 その気配に、ユマール子爵は腰を抜かし、近衛騎士には総毛立つ。

 

「それ以上 その口を開くな 子爵  五体満足で 式典に参加したいであろう」


 それはレオンが一瞬だけ放った魔圧だった。

 段上からユマール子爵を見下ろすレオンの目は冷たく、異様な光を放っていた。


 だが、それは一瞬で消え、すぐにレオンは通常の表情に戻る。


「さて子爵。今回の貴殿の行動については報告しない。だが、再度このようなことがあれば覚悟をするように。去れ」

「くっ……覚えておれ!」


 なんとも小者らしい捨て台詞を放ち、ユマール子爵は出て行った。


 それを脇目で見ながら、レオンは頭を切り替え、騎士たちに指示を出すことにした。


「すまない諸君。さて、そろそろ陛下たちと式場に向かうぞ。準備は?」

『問題ありません!』

「よろしい。では、待機するように。マリオン副団長」

「はっ!」


 マリオンが小隊を整列させ、準備を整える。

 その間に階段を上がり、エリーナと顔を合わせたレオンは、膝をつき、エリーナに頭を垂れた。


「王女殿下。長らくお待たせしてしまったようで申し訳ございません。こちらにわざわざお越し頂くとは……ご心配をおかけいたしました」

「顔を上げてくださいな、レオン。マリオンもですわ。わたくしは責めておりませんわよ? その代わり――」


 そう言ってエリーナはレオンに手を差し出す。


「一緒に皆を呼びに行きましょう? ですので、わたくしをエスコートしてくださる方が必要ですのよ」


 そう言って、微笑みかける。


「それでは恐れながら王女殿下、私めがその役目を頂けませんでしょうか?」

「ええ、勿論ですわ!」


 レオンはエリーナの手を取り、他の王族のところに向かうのであった。



 ――――


「相変わらず仲が良いな。あれでは結婚までに飽きるのではなかろうか? どう思う、ジーク公爵」

「問題ございますまい。陛下もそうだったではありませんか」


 物陰から、ウィルヘルム陛下とレオンの父であるジークフリードが見ていた。


「むむ……そう言われるとそうだな。しかし……レオンが本来膝をつく必要性はないのだが……」

「まあ、それも一つの遊びのように考えているのかもしれないな……さて、俺はそろそろ行こう」

「む、もう行くのか?」

「そりゃそうだろう。俺は陛下を迎える側の『貴族』なんだから」

「そうだな……本来はライプニッツ公爵家もこちら側なんだがな」

「ふっ……俺は王位継承権を破棄した側だから、そうはいかんのさ。ではな」

「ああ」


 昔からの親友である二人。

 ジークフリードの性格や気持ちを、ウィルヘルムはよく知っていた。


「それでも……お前は『王族』なんだがな。わざわざ王権を守るためなどと、格好を付けおって……そこはお前の息子を使わせてもらうぞ」


 * * *


「小隊、前進」


 レオンのかけ声と共に近衛騎士団の一個小隊が王家を囲んだ状態で宮殿内のホールに向かう。

 レオンはサーベルを抜刀し、立てたまま肩に当てて進む。


 しばらく行くとホールの入り口が見えてきた。

 ホール入り口の前に立っていた騎士の一人がこちらに一礼すると、ホールに入っていく。恐らく到着を告げに行ったのだろう。


 その騎士が戻ると同時にドアが開かれ、室内からの音楽が聞こえてくる。

 聞こえてくるのはイシュタリア国歌「聖竜よ、我が祖国と王を守り給え」である。

 その国歌を聴きながら、レオンたちはホールに入る。


「陛下のおなりである! 皆、礼を尽くせ!」


 宰相であるクラウス・フォン・ローヴァイン侯爵がそう声を上げると、すぐに貴族たちは会話を止め、礼の姿勢を取る。

 ホールの中央を通ると、近衛騎士団長が立っているのが見えてくる。


 そのままの歩調で緩やかに歩き、レオンは先に近衛騎士団長の前までたどり着く。

 すると、近衛騎士団長が儀礼剣を捧げ刀に構えたあと、投げ刀にする。

 その後、レオンが同様に動作を行い、近衛騎士団長の横に立つ。


 丁度同じタイミングで王家が皆壇上の前に来たため、今度は近衛騎士団長が先導する。

 この段階で、レオンも第二王女の横に立ち、共に壇上に上がって行く。

 全員が壇上に上がり、国王であるウィルヘルムが王座に座るのを見て、他の王妃や王子王女、そしてレオンも自分の椅子に座る。


 それと共に、ウィルヘルムが口を開く。


「イシュタリア王国貴族である諸君。この新年の集いにおいて皆の顔を見ることが出来るのは嬉しく思う。また新たな一年が始まるが、王国が更なる発展を迎えんことを祈っておる。諸君らに期待しておるぞ。では、明けましておめでとう。乾杯」

『『乾杯!!』』


 そんなウィルヘルムの言葉で始まった新年の式典であった。



 * * *


 さて、式典という大仰な名前であるが、実質は新年会である。

 とはいえ、第二王子のアレクサンド、第二王女のエリーナ、上級騎士のレオンのお披露目も兼ねているので、そのあたりの発表が行われる。


 乾杯しても国王が食事に手を付けないため不思議に思っていた貴族たちだったが、ウィルヘルムが口を開いたことで静かになる。


「さて、皆楽しんでもらいたいと思うが、その前に皆に紹介したいと思っておる。今年――いや正確には去年であるが、洗礼により、我が子二人と我が甥を王族に迎える事となった……さ、三人とも前に出よ」


 皆、気にはなっていた。

 通常、ホールに入ってくるまで先導するのは近衛騎士団の副団長のはずだが、今年は黒髪の少年だったこと。

 しかも、これまで二人だった王子と王女が増えていること。


 貴族として長い者ほど、意味を理解しており、もしかして……と思っていたのか、納得したような表情をしている。

 逆に若い、もしくは事情が分かっていない者は首をひねったり、周りに聞いたりしている。


「静粛にせよ」


 陛下からそう言われては黙るしかない。

 分かっていない者たちはそのまま口を噤み、事情を理解している者は壇上に目を向けている。


「さて、三人には自己紹介をさせる。良いな? では始めよ」


 三人が頷いたのを確認し、陛下が命じた。


「第二王子の、アレクサンド・オリヴァ・フォン・イシュタリアです。これから、王族の、一人として務めますので、よろしくお願いします」


 少し緊張しながら、噛むことなく言い切ったアレクサンド。

 皆、微笑ましく見ている。


「第二王女、及び宮廷魔導師のエリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリアでございます。我がイシュタリアの各地方を治める領主の皆さん、国政に携わってくださる皆さんには、多大な感謝を捧げますわ。わたくしも王族の一人として、この国を支え、守る所存でございますので、是非お力をお貸し頂きたく存じます」


 皆、ちょっと苦笑いである。


 先ほど挨拶したアレク王子と同じ年齢のはず。

 それなのに、明らかに大人びており、しっかりとした物言いに少し引きかけている。


 しかも宮廷魔導師という立場を明らかにしているということは、相応に「できる」のだ。

 数人の貴族が冷や汗を流したのは言うまでもない。


「上級騎士爵、及びエリーナ王女殿下の近侍を務めておりますレオンハルト・フォン・ライプニッツと申します。ライプニッツ公爵家次男であり、私も宮廷魔導師団に属しております。エリーナリウス王女殿下と共に、この国のため全力を尽くして陛下にお仕えする所存であります。皆々様には、今後もご指導賜りますよう、お願い申し上げます」


 もはや皆、諦め顔である。

 ライプニッツ公爵家次男というのはいい。というより、陛下が甥と言っている時点でそうとしか考えられない。

 だが、上級騎士爵を拝命し、宮廷魔導師でもあり、王女の近侍という座に着いている子供がどこにいるだろう。


 なお本来、近侍というのは国王の補佐官や、副官を指す。

 それは異性が任じられることもあり、仕える王族の教育係としての役目を持つ場合がある。

 そして時として、異性の近侍は愛人となる場合もある事は知られている。


 だが、一つの例外がイシュタリアには存在していた。

 それは、「王家に連なる血筋の者が、王族として認められている」近侍の場合である。


 この場合の近侍は必ず「王女」の近侍であり、「近い年代」であることが求められる。

 その意味はというと――


「……少し、子供らしくない感じもあるが、気にすることはない。なお、我が名においてレオンハルト・フォン・ライプニッツを『王族』と宣言し、第二王女エリーナリウスの婚約者として認める」


 そう。王女の婚約者であると認められた場合だ。


 ウィルヘルムの言葉に会場が一瞬静まりかえるが、すぐに祝福の大歓声が上がる。

 レオンがその場でエリーナに手を差し伸べ、その手をエリーナが取る。

 そしてレオンが胸に手を当て礼をし、エリーナがカーテシーの礼をすると、さらに拍手が沸き起こる。


「では、待たせたな。皆十分に楽しむがよい」


 そう、ウィルヘルムが宣言すると共に、楽団が和やかな音楽を奏で、皆それぞれ食事のテーブルに戻る。

 ウィルヘルムや王家の皆も席に着き、従属官や女官が給仕を始める。


「……じゃあ、行こうか?」

「……ええ、行きましょう!」


 いくら慣れているとはいえ、やはり皆の前での宣言ということで照れているレオンとエリーナ。

 なんとも初々しい姿である。


「お前たち、早く来ないか。食べ物がなくなるぞ?」

「「はい!」」


 ウィルヘルムからも早く来るようにといわれたので、二人で向かう。

 席に着くと、ウィルヘルムが良い笑顔で迎えてくれた。


「うむ。三人とも良い自己紹介であった。いずれアレクは公爵に叙爵となるからな、しっかりとヘルベルトを支えるのだぞ?」

「はい、父上! 兄上をしっかりたすけます! でも、エリーナもレオンもすごかったよ。ボクもあんな風にしゃべれたらなあ……」

「はっはっはっ! あの二人を真似せんでよい。それにお前は同年代よりかなり先んじておるぞ? 心配するな、アレクサンド」


 アレクの頭を撫でながら褒めるウィルヘルム。

 アレクは少し悩んでいたようだが、ウィルヘルムの言葉に励まされたのか、キラキラとした顔をしていた。


「さて、エリーナとレオン。お前たちに言うことはない。良くやった。これから王国のために全力を尽くせ」

「はい、陛下! 粉骨砕身し、王国と民、そして陛下と未来のために、全身全霊で尽くします!」

「はい、陛下。全身全霊レオンを支え、この王国と民を慈しみ、王家を支える一族となりますわ!」


 なんとも力強い言葉である。

 が、これを五歳の子が喋っているというのは些か変にも見える。

 しかし、誰も突っ込まない。



 しばらくして、貴族たちが陛下であるウィルヘルムのところに挨拶に来る。

 位の高い方から順に来る訳で、当然最初に来るのはライプニッツ公爵家である。


 当主のジークフリードを筆頭に、ヒルデ、ハリー、セルティックが近づいてくる。


「陛下、新年おめでとうございます。また、晴れて御披露目となりました、アレクサンド王子殿下、エリーナリウス王女殿下につきましても、お祝い申し上げます」


 普段のジークフリードを知るアレクやエリーナからすれば人が変わったようにも見えるジークフリードの姿。

 それは王族イシュタリアの血筋を引く者であることが、疑いようのないものである事を示すほどの威厳があった。


「ジークフリード公爵、ありがとう。今年もよろしく頼むぞ」

「これからも陛下を支えてくださいね?」


 そう、国王であるウィルヘルムと、第一王妃であるマリアが答える。


「はっ! 今年も全力を持ってイシュタリアと陛下にお仕えする所存。この命果てるまで必ずや」

「ちゃんと、この人が動けるように助けてあげるわよん♪」


 どうも公爵夫人であるヒルデの口調は変わらないようだ。

 とはいえ、立派なドレスに身を包み、王族の品格を伴った雰囲気を見せていた。


「そして……レオンハルト。王族への参入、おめでとうございます。お祝い申し上げます」

「ありがとう、ジークフリード公爵。これからもよろしくお願いします」


 親子であるが、法的な立場上で考えると王族として認められたレオンと同格になる。

 そして、レオンは「上級騎士爵」という立場なので、ジークは「卿」ではなく「公」と呼ぶ。

 立場上「閣下」とは呼べないし、侯爵以下の呼ばれ方の「卿」でもない。

 なんとも微妙な事である。


 さて、あまりにも公爵であるジークフリードやヒルデたちが話していては問題なので、挨拶を終え戻る。


「――では陛下、あまり私たちが話していては示しが付きませんので、そろそろ……」

「うむ、そうであるな。また話そう」

「はっ」


 そう言って、ジークフリードは下がった。

 その後は侯爵家が挨拶を始める。

 宰相であるクラウス・フォン・ローヴァイン侯爵も挨拶して、下がって行く。


 そうしているうちに中年の貴族が挨拶に来た。


「陛下、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」

「おや、アラン殿か。やはりピエット侯爵は体調が優れんかな?」

「ええ。流石にあの老体では……その代わりに私が王都に詰めておりますので……」


 挨拶に来たのは、アラン・マテュー・フォン・ピエット。侯爵家の継嗣である。

 既に四十代と中年になるが、今だ父親が健在であるため当主ではない。

 だが、領地が遠く、また当主が老体のため、王都での式などは参加することが多かった。


「そうであったな。さて……余にも紹介してくれぬか? お主の家族を」

「はっ。まず、これが妻のダニエレ。そして、娘のグレースとマルレーヌ。最後に息子のピエールでございます」


 それぞれが礼を取る。

 アランの妻は恐らく三十代で穏やか、娘は恐らく十代だろう。


「ほほう。末子が男子か。年齢は?」

「は、先週五歳となり、洗礼を受けさせましたので、連れてきました……さ、ピエール。ご挨拶を」


 そう言って、栗色で天然パーマの髪を持つ男の子を前に出す。

 どうも人見知りなのか、父親であるアランの背中に隠れようとするが、アランから引っ張り出される。


「ぴ、ぴえーるです……」


 そう言ってぺこりと頭を下げると、すぐにまたアランの背中に隠れてしまった。


(なんとも恥ずかしがり屋の子ですわね……)

(いや、これが普通だろう)


 少し離れたところになっているレオンとエリーナはひそひそと聞こえないように話していた。


「ふむ、五歳か。王女や、レオン公と同い年ということかな?」

「は、はっ……しかし、王女殿下もレオンハルト閣下もなんとも凜々しくあられますな」

「あれらは特殊だ。あまり考えるな、アラン殿。頭が痛くなるぞ……」

「そ、そうでしたか……」


 どうも、ウィルヘルムはレオンとエリーナについては何も考えたくはないらしい。

 そんな言葉が聞こえたので、レオンとエリーナは少しムッとした。


 その後少しアランは挨拶を続け、その後ろに立っていた侯爵と変わる。


「ポセーダオニス領主、ヘクター・フォン・オイラーであります。陛下、新年明けましておめでとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」


 そう言って挨拶を始めたのは、レオンとエリーナが出会ったオイラー侯爵とその家族であった。

 威厳を放っている老齢の男性、三十代くらいの女性、レオンたちと同じくらいの年の男の子を連れている。


「おお、久しいなヘクター侯爵。そして先代侯爵も。息災か?」

「ええ、ええ。もちろんでございますとも陛下。この爺、まだまだお迎えは来ませんぞ? はっはっは!」


 老齢の男性は先代オイラー侯爵のようだ。

 実は、最近隠居し、息子であるヘクターが侯爵位を継いだのだ。


「それは頼もしいではないか。なあ、ヘクター?」

「は、ははは……今だ慣れぬ領主ですので、助かっております……おっと、失礼しました陛下。こちらは私の妻と息子です。さ、挨拶を」


 そう言ってヘクターは女性と男の子を前に出す。


「テリーサ・フォン・オイラーでございます、陛下。新年お祝い申し上げますわ」

「シェスティウス・フォン・オイラーです。昨年洗礼を受けました。よろしくお願いいたします、陛下」


 豪快な先代や当代と違い、理知的な印象を与えるシェスティウス。


「うむ、よく来たぞ。テリーサ殿、シェスティウス君。さあ、三人とも。同い年とのことだぞ」

「はい父上。アレクサンド・オリヴァ・フォン・イシュタリアです。よろしく、シェスティウス君」

「エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリアですわ。よろしくお願いしますわ?」

「レオンハルト・フォン・ライプニッツだ。いずれ同じ学園だな。よろしく」


 そう、三人が挨拶をする。


「あ、失礼しました。シェスティウス・フォン・オイラーです。是非、シェスティとお呼びください殿下、閣下」

「それなら、ボクのことはアレクって呼んで。彼女はエリーナ、そしてレオンだよ?」

「は、はぁ………殿下の仰せのままに」


 シェスティは真面目系なのだろう。

 アレクから愛称で呼ぶようにと言われ、戸惑ったようだ。


「アレクサンド、流石に公の場所では愛称で呼ぶことは許されんぞ。だが、普段なら構わん。そのあたりをお前が指示するのだ。分かったな?」

「は、はい。父上。じゃあ、そういうことみたいだから……よろしくシェスティ」

「は、はい。殿下」


 公的な場で王族を愛称で呼ぶなど許されない。

 王族同士は別だが、貴族が呼んではならないのだ。


 だが、アレクサンドは王族なので、その言葉の影響は大きい。

 そのため、愛称で呼ぶようにという言葉は、シェスティにとっては命令となったのだ。


 ウィルヘルムとしてはそれを教える機会と考え、戸惑うシェスティを助けるためにそのように話したのだった。

 アレクサンドも理解できたようである。



 その後も何人もの貴族と挨拶を繰り返し、新年会が終わる。

 その度に、アレクが微笑ましく見られ、レオンとエリーナは苦笑いされるという状態が続くのであった。


 ちなみにユマール子爵も挨拶に来たが、


「これはこれは陛下、お目通り願いましてありがたく存じまする。エリーナリウス王女殿下もお美しいですな! しかし、なんだってこんな坊やが側にいるのですかな?」


 などと言い出したため、見かねた宰相が回収していったのだった。




 * * *


「…………」


 とある部屋に長い沈黙が満ちている。

 その部屋に座する、一人の老齢の貴族。


 従者の一人が横に立っているが、その顔は緊張に彩られている。


「……真実なのだな?」

「は、はい! 王都邸からの情報ですので……」


 顔を引きつらせながら従者が答える。

 なにせ、主人である老人が怒気を周囲に撒き散らしており、その結果色々な本や調度品が散乱しているのだから。


「もうよい! さがれ……」

「はいぃ!」


 とにかく従者は一目散といった雰囲気で部屋から出て行った。


「忌々しい………」


 一人になった部屋で、そう老人が呟く。


「忌々しいぞ! ライプニッツめ……!! 王家の犬め!! 何が王族だ!! エリーナリウス王女の近侍だと!? あれは婚約者ではないか!」


 老人は喚き散らす。


「くそっ……くそっ……!! あやつも不甲斐ない! 折角同い年の息子がおるのに! 何故そこで引き下がったか!!」


 老人には孫がいた。

 エリーナリウス王女と同い年なので、お披露目会の時に是非と思っていたのだが。


「新年の集いで公表だと……! 知るわけがなかろうが!!」


 そのまま夜が明けるまで、老人は部屋で暴れていたのだった。

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