第32話

 二人で礼拝を終え、聖堂から出る。

 まだ午前中で、多くの人たちが道を行き交う。

 もちろん、領都エクレシア・エトワールの性質として国防軍の拠点でもあるため、兵士達の姿も多い。


 レオンハルトもエリーナリウスも、普段外に出ることはなかなか出来ないので、都市の様子を楽しんでいる。

 とはいえ、普通の王族や貴族の子供達にしては外で自由に動いていたが。


 さて、まだまだ午前中、それもようやく十時を過ぎたあたりだ。

 もう冬だが、午前中は陽が当たって少しは暖かい。

 そして市場は賑わっているものの、昼前や夕方に比べ落ち着いた雰囲気を持っている。


「あっ! みてくださいなレオン。美味しそうな果物ですこと!」

「ああ、あれはアプレか。美味しそうだな」

「お、お嬢ちゃん、お目が高いねぇ! どうだい? 銅貨一枚、1ドラールだよ!」


 丁度みていた青果店の店主から声を掛けられる。

 五十代くらいの恰幅の良いおじさんだ。


 この時期よく見るアプレの実。つまりはリンゴである。

 一つ銅貨一枚、つまり100円程度な訳だが、単位があり、「ドラール」である。

 

(相変わらず単位が『ドル』にしか思えない……)


 そんなどうでも良いことを考えているレオンであった。

 そう思いながら、店主が手に持っているアプレに目を向ける。


(……【解析アナライズ】)


 早速先ほどセグントスから教わった事を実践してみる。とにかく使い方が足りないといわれたからには、ひたすら使おうと考えていたレオンであった。


 ============================

 【アプレの実】

 状態:優

 味 :非常に甘い

 時価:150ドラール


 説明:

 ・ローズ科に属する落葉高木樹の実。

 ・甘酸っぱい。

 ・青いものや、黄色いものもある。

 ・断面は黄色。

 ============================


(うーん、まさか味や時価まで出てくるとは……というか、ローズ科って……バラ科で良いだろうに)


 ちょっと【解析アナライズ】の分からない挙動にツッコんでしまったレオンである。


 さて、せっかく状態が良い物なのだ、買って帰らないという訳にはいかない。

 そう思い、レオンは店主に声を掛ける。


「三個もらいます」

「おや、坊ちゃんが買うのかい、ほら、3ドラールだ。ほら、可愛いお二人さんに、一個サービスしてあげるよ!」

「ありがとうございますわ!」

「良いんですか?」

「おうともさ! そのかわり、今後もご贔屓に頼むぜ! はっはっは!」

「ありがとうございます、また来ますね。……さあ、いこうか」


 気前の良い店主の雰囲気は、二人にとって嬉しいものだった。

 片や王族、片や領主の息子なのだ。

 自国の民、領民の楽しそうな姿を見るのは、本当に良い思い出となる。

 青果店から離れながら、レオンはエリーナに話しかけた。


「後で、このアプレを使って美味しいデザートを作ろう」

「本当ですの!?」


 ……全く関係ないことを話し出したレオンであった。


 * * *


 しばらく市場を歩き、表通りから一つ中に入った道を歩くと、とある老舗の商店の姿が目に入った。


「あら? あのお店は何ですの?」

「ああ、あれはコールマン商会の本店だ。少しよろう」


 コールマン商会。

 レオンが砂糖を専売させることにした、エクレシア・エトワールを拠点とする商会である。

 その真っ当な商売を評価される老舗である。


 レオンは特に今日急ぎではなかったが、せっかくなので新しい物でも紹介しようかと思っていた。

 特に、宮殿でアレク達がはまっているリバーシでも売ろうかと考えていた。

 そんなわけで、今日は試作品と図面を渡そうと考えていた。


 商会の入り口を通ると、愛想の良い店員がこちらに笑顔を向けてくる。


「いらっしゃいませ……おや、レオンハルト様ではございませんか」

「やあ、テオドール。今日は買い物じゃないんだ……会長は?」

「そうでしたか。会長は上ですので呼んで参ります。良かったらこちらにどうぞ…………君、何か飲み物を」


 この前レオンが会った店員はテオドールという名で、コールマン商会の店舗長であった。

 コールマン商会に砂糖の話を持って行った時にも、最初応対してくれたのが彼だったので、レオンは何度か顔を合わせていた。

 会長に話があることを伝えると、店舗の奥にある応接室に通されたのである。

 テオドールは会長を呼びに行ったようだ。


 コンコン。

 丁度入れ替わりに近いタイミングで、ドアをノックする音がする。


「どうぞ」

「失礼します、お茶をお持ちいたしました」

「ああ、ありがとう」「ありがとうございますわ」


 女性の店員がお茶を持ってきてくれた。

 紅茶だが、独特の良い香りがする。いわゆるフレーバー・ティーみたいな物だろう。


「良い香りだ」

「本当ですわね……これは、カネラの香りですか?」


 カネラ。

 シナモンとしても知られる、香辛料の一種だ。

 地球でも有名だが、好き嫌いが分かれるものかもしれない。

 その香りがする紅茶が出てきたのだ。


 レオンもエリーナの言葉を聞きながら、紅茶を見つめる。


(【解析アナライズ】)


 ============================

 【紅茶(カネラフレーバー)】

 状態:優・高温

 味 :香ばしい、辛味(小)

 時価:?


 説明:

 ・宮殿でも飲まれる最上級茶葉に

  カネラの香りを付けたもの。

 ・少し辛味があり、体が温まる。

 ・マサーラー・チャイになりそう。

 ============================


(最後! 最後がおかしい! 『チャイ』って……インドの飲み物だっけ? あのミルクベースの紅茶! なんでそんな事が表示されるんだ!?)

「ええ、おっしゃる通りでございます。カネラはあまり入れすぎますときつく感じますし、少なくても物足りないですから、その塩梅に苦労いたしました」

「あら、これを作ったのは貴女なのですね?」


 エリーナが紅茶を持ってきた女性にそう話しかける。

 確かに彼女は、「苦労した」のところに非常に感情がこもった話し方をしていた。

 レオンも気付いていたため、眉を上げ、少し驚きの表情をしていた。

 もっとも、心の中では解析結果の方に驚きすぎている。


「え、ええ……お恥ずかしながら、商会で飲料、特に紅茶に関しては、私が担当させていただいていますから……」

「それは素晴らしいですわ! 良い才能をお持ちですわね。それにこの時期にぴったりの紅茶ですわ」

「ああ、カネラは少しの辛味もあるから、冬場には良いかもね。体が温まるから」

「そ、そんな……とんでもありません」


 レオンとエリーナが褒めると、女性は恥ずかしがりながらも嬉しそうな表情を見せる。

 女性でこのように開発に携わるというのは、珍しい。

 もちろんそれを積極的に取り入れているコールマン商会もだが、彼女の才能も素晴らしいと思ったレオンだった。


 お茶を入れてくれた彼女とお喋りをしている間に、商会長がやってきたようだ。


「いや、これはレオンハルト様、お待たせいたしました……おや、マリーか。紅茶を入れてくれたのかい? ありがとう」

「あ、いえ………え、レオンハルト……?」

「おや、知らんかったのか。彼は——」

「レオンハルト・フォン・ライプニッツです。公爵家次男なんてものをしています。よろしく」


 コールマン商会長の言葉を遮って自己紹介する。

 

「『なんてもの』って……どういう自己紹介ですのよ……」

「え……え? 公爵家って……領主の……?」


 マリーと呼ばれた女性は少々混乱しているようだ。


「いや、別にたかが次男って程度じゃあね……当主でも、跡継ぎでもないんだからさ……」

「し、失礼しましたっ! 不敬罪だけは……」


 自分の目の前の子供が領主の息子と聞いては、普通驚くだろう。

 マリーは途端に頭を下げて懇願していた。


「いや、すみませんマリーさん、驚かせてしまって……それに不敬罪は王族のみの権限ですよ、気にしないでください」

「い、いや……しかしですな……とにかく、部下が申し訳ございませんでした」


 コールマン商会長も頭を下げる。


「いや、本当に気にしないでください……謝罪はもちろん受け入れますから」

「あ、ありがとうございます……本当に」

(レオンだって一応王族なんですけれどもね……それを気にしないのも『らしい』ところですわ、まったく……)


 レオンの反応には、コールマン商会長もマリーも驚いたようだ。

 エリーナは心の中で突っ込まざるを得ない。


 確かに不敬罪は王族のみ適用されるものだ。

 無論マリーも分かっており、王族と親族に当たるライプニッツ公爵家相手だからこその態度だったのだろう。

 そして、本当にエリーナの心のツッコミの通りであり、実はレオンは王位継承権第七位を持つのだ。


 ライプニッツ公爵家自身、初代国王の弟を祖とする一族。

 だが、何よりレオンは、母親であるヒルデが先代王弟の娘である事で継承権をもつ王族ともいえる存在なのだった。

 それを気にしないのがレオンらしさではあるのだが。


「さて、コールマン商会長。早速色々お願いしたいことがあるのだが、いいだろうか?」

「ええ、勿論です。しかし、ご贔屓にしていただいて……本当に感謝いたします。おかげで王都にも支店を取り戻す事が出来ましたから」


 実はこの前のマーファン商会との騒ぎで、最終的に王家の援助もあり、すぐに王都に支店を取り戻すことが出来たコールマン商会。

 領都エクレシア・エトワールと王都ベラ・ヴィネストリアは近いので、商売もすぐ軌道に乗せることが出来たようだ。

 それを知った上で、レオンは提案を始める。


「それは良かった。ちなみにその王都の支店に関連してなのだが、何か喫茶店を作るのはどうだろう」

「喫茶店……とは?」

(おや、喫茶店はなかったか)


 基本的に食堂や料理店というものはあっても、喫茶店というものはこれまでなかった。


「食堂に近いが、もっと紅茶とかを飲んでゆっくり出来るような店のことだ。貴族のお茶会があるだろう? アレの簡易版みたいなものだよ……まあ、貴族のお茶会は面倒な事だが……」

「成る程……しかし、食堂なら王都には数多くありますぞ? そこに食い込むのは難しいのでは……」


 確かにコールマン商会長の言葉ももっともである。

 基本的に庶民はお茶をする習慣はあまりない。

 食堂で少し食事を楽しんだり、飲み物を飲むことはあっても、お茶を飲むためだけに外に出るということはあまりしないのだ。

 だから利益を出せないのでは? と思う商会長の心ももっともである。


「ああ、確かに庶民には今は難しいだろう。だから、先に貴族を狙って勝負する。特にコールマン商会は砂糖の利権を持っているんだ。今は王家でしか食べられていない美味しい甘味と合わせて販売すれば……」

「た、確かにそれであれば多くの貴族が食べに来ますな!」

「そうだ。持ち帰り販売にしても良い。しかも、その店で出す食べ物も紅茶も、コールマン商会で作っているものを使う。そして支店の横か、支店内で喫茶店を作れば買って帰ろうとも思うだろう?

「それはそうですな! そうすればどちらも利益が得られますぞ!」

「ああ。そして砂糖が安定供給出来るようになれば……」

「…………なるほど、庶民にも出せるようになるのですな?」

「その通り。もちろん、コールマン商会は政商でもあるわけだから、『王家に卸しているものと同じ』商品という銘を打つのもありだろう?」

「それは付加価値が上がりますな……しかし、王家の認可を得なければ……」

「ああ、それは心配するな。陛下には既に、そのような制度を提案済みだ」


 先にお金を持っているところから販路を作り、いずれ庶民に行き渡らせる。

 レオンはその一歩を作り出そうと持ちかけていた。


 貴族はとにかく新しいものや特別なものが好きだ。

 例え試作品であっても——いや、試作品だからこそ自分が試したいと思う。

 他にも、王家で使われているものと同じものを仕入れているということは、家格を高く見せることが出来るのでよく用いられる手段だ。

 だから貴族達から文句が出るはずもない。

 そうやって、庶民に行き渡ったものもこれまで数多くあり、それはコールマン商会長の方が良く理解していた。


「レシピは後で渡そう。といっても、まだ二つだが……それよりも先行投資をさせることになるが、大丈夫か? こちらへのマージンなんて気にしなくて良いのだぞ?」

「ご心配に及びませんぞレオンハルト様! ただでさえかなり儲けておるのですからな!」


 レオンにはコールマン商会から、現物だけでなく一定の金額が入っている。だがそれでも十分余裕があるようだ。

 喫茶店は実現しそうである。


(ついでに、チャイみたいなものも作ってもらうか……)


 先ほどの紅茶を思い出し、レオンは次にマリーに声を掛ける。


「それとマリーさん、一つ提案なんだが、どうだい?」

「え、ええ!? 私ですか? はい、何でしょう?」

「さっきの紅茶だけど、良い茶葉を使ってるよね?」


 レオンが【解析アナライズ】で得た情報であるので間違いないが、念のため確認する。


「ええ、そうですけど……」

「これまで、紅茶を生産する時に弾かれたりした、小さな茶葉とかは残ってないか?」

「ええ、ありますけど……基本は破棄で、たまに私たちが飲む程度のものですし……アレって濃く出るからあまり美味しくないですよ?」


 どうも細かい茶葉は取り除かれてしまうらしい。


(確かチャイは、そういう細かい茶葉を使ってミルクで煮出してたような記憶があるな……もったいないし使おうか)

「その細かい茶葉とカネラを使いたい。少しマリーさんを借りるよ。エ……アイリーン、一緒に来るかい?」

「ええ、勿論ですわ」

「ではコールマン商会長、すまない。席を外すよ。せっかくだから教えるレシピの作り方を実演するが、どうだろう?」

「おお、それは是非見させていただきましょう……良かったらウチの連中にさせます故……」


 そうやって、皆で上の階に上がり、そこにあるキッチンを使わせてもらう。


「先に紅茶の話をしよう。残っている細かい茶葉とミルクを持ってきてくれるか? あと、砂糖と……あればジェンジブレを」


 ジェンジブレとは、ショウガのことである。

 本来チャイは、ミルクと砂糖だけで良いが、地球で知られているものは色々なスパイスを使う事が多い。

 冬である事も考え、そのようなスパイシーで温まりそうなものを作りたいと考えていたのだ。


「持ってきましたよ、レオンハルト様」

「ありがとう、マリーさん。さて、小さめの鍋にこの細かい茶葉と、少しのカネラ、そしてジェンジブレの薄切り……と。これにミルクを入れて煮出すんだ」

「ええっ!? でも濃いから苦いと思いますよ?」

「そう思うだろうが、まあ、ご覧あれ」


 しばらく煮て、紅茶の色が出て来た頃に砂糖を入れ、かき混ぜる。

 それを茶こしを通しながら、コップに分ける。


「さあ、出来た」

「あら、良い香りですわね……」

「カネラの香りもします……」

「ふむ……」


 レオンからコップを渡され、三人とも香りを楽しんでいるようだ。

 紅茶の香り、それにカネラとジェンジブレの香りがしている。


「さあ、どうぞ」

「「「いただきます(わ)」」」


 三人がコップに口を付ける。

 一応、エリーナが口を付ける前にレオンが先に飲み、問題ない事を示しておく。


「「「おいしい………」」」


 全く同じ反応を示す三人であった。


「甘くて、香りが良くて……そして何でしょう、体が温まりますの……」

「本当ですな……これはこの時期に流行りますな……」

「すごい……あんな茶葉で……」


 早速温まる飲み物である事に気付いた三人。


「ミルクで煮出すから、濃くないだろう? 逆に良い茶葉だと、美味しく出来ないんだよこれは」

「そうですわね……ミルクを足すのではなく、ミルクで出していますから、濃くないと味負けしますわね……」

「こんな活用法があったんですね……」

「なんとも……素晴らしい発見ですな、レオンハルト様。ちなみに何と名付けましょうかな……」


 コールマン商会長は既に、売り物にしようと思っているのか名前を考えているようだ。

 だからレオンはすぐに答えた。


「『チャイ』だ」

「おや、簡単で良い名前ですな……ふむ、『チャイ』……良い響きですな」


 これで名前が決定された。

 以降、この『チャイ』はイシュタリア王国内で有名になり、冬の定番として定着するのである。


 さて、レオンは約束の通りにコールマン商会に「パウンドケーキ」と「フレンチトースト」のレシピを渡した。

 すぐにコールマン商会長は動き、王都に初めての「『王家御用達ロイヤル・ワラント』の喫茶店」が開店するのである。

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