閑話③:裏2話

 とある研究室。

 全体的に白でまとめられた天井と壁、そして床。

 しかし、それらはすべて機材と資料で埋め尽くされ、灰色である。


 その中に、四十代にさしかかっているものの、いわゆる「美魔女」とカテゴライズされておかしくない女性が動いている。

 「美魔女」ではなく「カテゴライズされておかしくない」というには理由がある。

 なにせ、今の彼女はよれよれの白衣に、髪はぼさぼさ、目の下に隈を作っているのだ。


 彼女の名前は、レジーナ・ブラックウッド。

 見た目の通り研究者であり、魔工学博士であった。

 そして、あの竜人「ヴァイス」に接触した人物である。


「うーん……何度考えても兵器なんて分からん……くそっ、学長(アイツ)め。いつも適当な理由で私に押しつけよってからに……少しは手伝えんのか……」

 彼女は自分の研究室で唸っていた。

 

 ここは「サクリフィア連合王国」の「セント・ロゴス魔導大学院」と呼ばれる、最高学府である。

 レジーナはここで、魔工学、特に生物魔工学の教授をしていた。

 魔工学——つまりは魔術を元にした工学技術を扱う学部である。

 これは、ホムンクルスの研究、魔導具や魔導兵器、魔導コンピュータの研究など多岐にわたる学問であり、レジーナはどの部門でも優秀であった。

 ただ、専攻は生物魔工学、つまり、生物と魔力との関係や、新しい魔術的能力を先天的に持たせる、言わばバイオテクノロジーの異世界版である。


 一年前も魔導兵器をメインに研究している学長が「めんどくさい」と言ったために南の王国の竜砲を見に行く羽目になったのだ。

 しかも解析まで頼まれてしまったことで、研究室に籠もることになってしまった。

 

 そして、今回は今回で、また面倒な事を押しつけられていた。


「ええい! こうなったら学長(アイツ)のラボにこの資料全部ぶち込んでやる! 自分が政府から請け負った仕事なんだから自分でやりやがれっ!」

 椅子を蹴倒しながら喚く彼女は、やはり女性らしくない。

 

 ————コンコンッ。

 暴れる彼女の研究室のドアを叩く音がする。


「入れ〜」

「どうしたんだ、ジーナ? 外まで声が聞こえていたぞ?」


 入ってきたのは黒いタートルネックの上に白衣を纏った、色白の青年だった。

 髪の毛もプラチナを超える白。目に痛い青年である。

 そしてグレーのサングラスを掛けていた。普通に見たら単なる厨二病である。


「ああ、いや……ちょっと学長がな……あの妖怪ジジィ、今度会ったらただじゃおかん!」

「また押しつけられたのか……」


 青年はやれやれと言わんばかりにため息を吐く。

 すると今度はレジーナが口を開いた。

「それでどうしたんだ? わざわざ私の研究室に来るなんて。なあ、ヴァイス?」


 そう。

 この白い青年は「あの」ヴァイスだった。

 一年前はただの少年だったが、既に青年と呼んでおかしくない雰囲気に変わっている。


「いやなに、たまには一緒に飯行こうかと思ってな。ウチの教授(ジジィ)には言っとくからよ」

「……ふーぅ。そうしてもらうか……しかし、よくあの妖怪ジジィのラボに入ったな」


 実はヴァイス、妖怪ジジィこと魔工学部の学長の研究室に入ったのだ。


 半年前、レジーナと接触してから、レジーナは何度もヴァイスのところに来て、いろんな事を教え、食事を与えた。

 実は知られていなかったことだが、十分な年数が経っており十分な栄養を取ることが出来れば、竜人が青年くらいになるのに時間はかからない。

 その影響で、三ヶ月ほどであっという間に成長し、そこから三ヶ月の間、レジーナの家に移ってみっちり勉強させられた。


 そのおかげもあり、現代社会のルールを知った彼は、以前とは比べものにならないほど大人しくなったのだ。

 そしてレジーナが自分の研究室に遊びに来いと誘ってくれたので遊びに来ていたら、どこからともなく現れた学長に気に入られ、連行——もとい雇われたのだ。


 ヴァイスとしては面倒だったのだが、元々レジーナの研究のサンプルとして自分を「使ってもらう」つもりだったので、大学院に来ること自体は構わなかった。というか、レジーナの研究室に雇われる予定だったのだ。


 ただ、学長が

「色々やってみたらええじゃろ? どうじゃ? 武器とかワクワクせんかの? というか、レジーナよ、独り占めとかせんよな? な?」

 と横から余計なことを言ったので、レジーナは渋々折れた。


 そして現在に至るのである。

「いや、妖怪ジジィって言ってるけどよ、少なくともどこぞの馬鹿げた研究をしてるわけじゃねぇんだから……しかも俺を竜人と分かっていて雇ってくれてんだからさ……まあ、研究材料でもあるんだが、死ぬような事にはならねぇしな」

 ヴァイスは苦笑して話す。


 そう、学長は魔導兵器の研究が主だが、それを防衛もしくは無力化するための研究も行っている。

 だから、かつてヴァイスがいた南の王国のような暴挙はしない。

 そして、どのような人種に対しても差別しないというところも立派だった。


 もちろん、サクリフィア自体——というより基本この世界で差別は禁止されているのだが——差別なく生活できる国である。

 それでも一部の国では差別が残っている状況からして、非常に恵まれた場所にヴァイスは拾われたのだ。


 そういう点で、レジーナもヴァイスも、学長を尊敬していた。

 神出鬼没なのと、微妙にスケベなことでプラマイゼロなのだが……


「まあ、そうだな。さて、このレポートと資料を学長室に投げ込んだら昼にしよう」

「おうよ。手伝うぜ」




 しばらく移動して色々と学長室に投げ込んだ二人は、カフェテリアでランチをしていた。

 既に昼休みは過ぎていたが、レジーナは特に講義を持たない教授だし、ヴァイスは研究員だ。

 ゆっくりと休憩している。


 最近の研究について、二人で取り留めもなく話す。

「そういえば、最近何を作っているんだ? なんか、妖怪ジジィのニヤニヤ顔が気持ち悪かったんだが……」

「ん? ああ、ウチの教授(ジジィ)と、エネルギービーム系携行兵器の試作をな。昔、ジジィが作ったのは効率が悪かったらしくてよ……『お前やってみろ』で渡されたから改造してるとこだ」

 なんかとんでもないものを改造しているヴァイスだった。


「いや、何をしているんだ……」

「まぁ、ビームガン程度ならどうにかなったけどな……ありゃあ玩具だ。まぁ、拡散性を持たせたら、スタンガンになるだろうな……」

「良いのか悪いのか……まあ、女性にはありがたいだろうな」


 やはり、少なからず女性を狙う犯罪者は存在する。

 何も手段を持たないより、自衛手段を持つことができれば、良いだろう。

 まあ、それすら悪く使う者もいるが。


「うーん、そうだな……それはジジィ次第だな。はっきり言って実弾銃があるし、魔導銃もあるんだから、エネルギービームとか必要ないだろ……ジーナはどうだ?」


 そう。魔力を使うものであれば実用化されているし、実弾銃もあるのだ。

 わざわざビーム兵器を携行するメリットがあまりないのだ。

 余り成果のない自分より、レジーナの方が面白い成果を得られているのでは? と思い、ヴァイスは尋ねた。


「いや……まあ、発見はあるのだがな……我々人間が魔力を持っていても、魔術を使えるのが一握りなのは何故か、何故発動体が必要なのか、思念波があるのに何故発動しないのかなど、分からないことばかりだよ……」

「ん? ……ああ、人間はそうだったな。魔術使うとき俺は発動体使ったことねぇし……何が違うんだろうな……」

「何だって!?」


 その言葉にレジーナは食いついた。

 ヴァイスが独り言のように呟いた言葉は、レジーナにとっては見過ごせないものだった。


「え? どうしたんだ?」

 ヴァイスは目が点である。なぜレジーナが驚いたのか分からなかったのだ。


「ヴァイスお前……魔術が使えるのか!?」

「そりゃ、最初からじゃねぇし、練習したけどよ……意外か?」

「いや、普通発動体が必要だし、そう簡単な話ではない! 大体、お前は適性がないはずなのだが……」


 そう、ヴァイスに適性はなかった。

 魔術適性はなく、そのかわり竜人が持つ「竜氣」の力は使えるはずなのだ。


 レジーナは呆然である。

 が、直ぐに気を取り直して詰め寄った。

「ヴァイス! お前を調べさせてくれ! 何か理由があるに違いない! これは世紀の大発見になるぞ!」

「あ、馬鹿! 引っ張んな!」


 バシャァァァン!!

 ヴァイスが飲んでいたコーヒーが盛大にまき散らされた。


「「…………」」


 二人して無言。

 しばらくしてレジーナが口を開いた。


「さ、掃除するか……」

「お前がしろよ」


 恩人とはいえ、それはそれ。これはこれ。

 ヴァイスはそこのところドライだった。



 実は、この世界には「ステータス」という魔法——概念自体——が存在しない。

 これに一石を投じるのが、このレジーナ・ブラックウッドであった。

 だが、これはまだ先の話。

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