第29話

 ファングボア。

 その名が示す通り、ファングボアである。


 しかし、体高が平均1.3mから1.6mくらいある大型の魔物であり、突進と牙の振りかざしが厄介な相手である。

 どこぞのブ○ファンゴさんみたいである。もしかしたらドスの方かもしれない。

 なぜなら色が灰色だからである。


 猪ではあるが、肉は中々美味しく、平民から貴族に至るまで誰でも食べたことのあるポピュラーな肉である。

 そして牙や毛皮も色々と使われており、その毛皮は防寒着によく使われる事でも有名だった。

 つまりは分厚く、毛が密集しているため攻撃が通りにくいとも言えるのだが。


 さて、このファングボア。

 未だレオン達には気付いてはいないようだ。

 実はこの毛皮により、雪では見つけ辛い魔物でもある。

 しかし、丁度良く出会った訳で、簡単に狩れる物でもない。

 警戒心が強く、突進の初動が早いため回避の難しいと言われる魔物である。だが、今日の食料のためにもこれを狩らなければいけない。

 別に他の小隊と協力しても構わないが、その分自分たちの分け前が減ってしまう。


「エリーナ、挟撃をする。風下から回れ。こちらが陽動になる」

「了解」


 エリーナの分隊が風下から回り、匂いで気付かれないようにする。

 レオンの分隊は陽動だ。逆に回って、意識を自分たちに向けさせる。


 エリーナの分隊が位置に付いたのが見えると、レオンは手信号でエリーナに指示を出した。


(初撃は弓で射撃しろ。それからこちらが動く)

(了解)


 エリーナが弓に矢をつがえ、引き絞る。

 キリキリと限界まで絞り———放った。


 ヒュ! という鋭い音を立て、矢がファングボアの首筋に当たり、刺さる。


「プギイッ!?」


 そんな鳴き声を出してファングボアが首を振り、周囲を見た。

 瞬間、レオンの分隊が飛び出し、ファングボアに攻撃を仕掛ける。


「今だ!」

『了解!!』


 すぐにファングボアに近づいた兵士が、持っていた槍でファングボアの横腹を狙う。

 だがすぐにファングボアは牙を振り、槍を弾くと同時に自分たちの側に向いた。


「回避!」


 セベリノの声で、兵士がその場から飛び退く。

 すぐに、後ろ足で地面を掻いたファングボアがその前を突撃していった。


「ハァアアアッ!」


 レオンが気合いの声を張りながら、片手剣で首元を一閃しようとし——両前足の後ろを切りつけた。


「ブオオォォッ!?」


 走り抜けようとしていたファングボアだったが、切りつけられたことで動きが停止する。

 同時に振り払われた牙を、レオンは盾で受け流しながら、飛び退く。


「どうしました、レオン隊長!?」


 セベリノがレオンに向かって声を上げる。

 セベリノとしては、今の一撃が首に叩き込まれればファングボアを仕留められると思っていたようだ。

 それなのに足の一撃にするというのは納得がいかなかったのである。


 だが、レオンは気付いていた。


(エリーナの弓の一撃で貫通しないとなれば、この程度の剣では切れないはず)


 実はエリーナ、最近弓術も練習し始め、最近ではアイアンメイルを簡単に貫通させるようになってきた。

 既に弓術のスキルを取っているのではないだろうか、と思われるほどに上達してきている。

 だが、そのエリーナの弓で貫通しなかったのだ。そうなると、自分の剣でも切り落とせないだろう、とレオンは判断した。


 だが、その際足に攻撃をしたため、目に見えてファングボアの動きが鈍ったのが分かる。


「動きが鈍ったぞ! ヤツの頭に叩き込め!」


 そうレオンが指示すると、エリーナの分隊の槍兵も一緒になり、左右から挟み撃ちのように突きを入れる。

 貫通はしないものの、強力な攻撃になったようで、そのままファングボアはよろめく。

 だが、致命傷ではなく、直ぐに立ち直り自分たちに向かってきた。


(どうしたものか……魔術であれば一発だが、それでは意味がない。とんだ縛りプレイだな……)


 レオンは状況の打破に向け、思考する。


「セベリノ! 無理せず足止めを狙え!」

「はっ! ——いいかみんな! 無理はするな! 足を狙って止めるだけでいい、下手に近づくな!」


 そうセベリノに指示する間もレオンは考える。


(『魔法は使用禁止』……確かにそうだ。それは軍として、平等であるという理由から必要である。だが……)


 確かに軍では、攻撃魔法が使えない者や、魔力量の少ない者が多い以上、魔法無しでの戦闘を想定して訓練している。

 しかし、皆「魔法」を使えなくても、少なからず「魔力」を持っている。

 何か別な方法で、効率よく魔力を使えないか……そう、レオンは考える。


("お決まり"なら、『気功』とかな……まあ、出来るかは知らんが。『気功』か…………)


 よく武術や、東洋医学で使われる「氣」。

 精神力とか、体内の力とか色々言われるが、この世界ではどうなのだろうか。


(待てよ…………確か)


 ふと、レオンは以前していた訓練を思い出した。


(アニマと身体に魔力を巡らせる訓練……あれは確かアニマと身体の循環だったが、肉体だけでしたらどうなるだろう?)


 そう思い、レオンは魔力を身体に巡らせる。

 そして、今回は「丹田」と呼ばれる辺りを中心に魔力を集め、血流をイメージしながら体内を循環させていく。

 すると、


 ——《【氣】を解放しました》


 そんなアナウンスがレオンの脳内に響く。


(まさか、習得できるとはな………『解放』? 気のせいか……?)


 少し脳内のアナウンスに首を傾げる。

 しかし今はそういう時間ではないと思い直し、盾と剣を構える。


 丁度、ファングボアがこちらに突撃しようとしているタイミングであった。

 レオンは盾を構え、正面から相対するつもりのようだ。


「レオン隊長、おやめください! 手負いとはいえ——手負いだからこそ危険です!」


 そう注意してくるセベリノの言葉を流し、レオンは「氣」の体内循環から、腕、手、そして剣と盾に意識を向け、循環の一部としていく。

 魔法や魔術のように放出せずに、循環させて自分に戻すのだ。

 すると、レオンの手にある剣と盾が、淡く碧い光に包まれる。


「あ、あれは一体……?」


 誰が呟いたのだろう。

 虚空に放ったその言葉は、兵士達すべてが感じた事だった。

 



 一瞬にして縮まるレオンとファングボアの距離。

 ファングボアはレオンを脅威と感じているのか、死力を振り絞るかのごとく突撃してくる。

 一方のレオンは、山のごとく動じない雰囲気を見せており、それが兵士達には鉄壁の聖騎士に見えていたようだ。


 次の瞬間。

 ファングボアの牙がレオンの持つ盾に当たり——そのまま上に弾かれる。

 レオンが盾でパリングをしたのだ。

 その勢いのまま、ファングボアの体は上に反らされていく。


「【穿突】」


 レオンは剣を構え、そう呟きながら突きを放った。

 碧く光る剣の一撃は、上体を反らせたファングボアの首から脳天にかけて、一瞬で貫く。

 そして貫かれたファングボアは、そのまま倒れ、動かなくなった。



「レオン隊長が仕留めたぞ!」

『おおーっ!!』


 一人の兵士がそう叫ぶと、他の兵士達も勝ち鬨をあげる。


「大声を出すな! 他の魔物に気付かれるぞ、馬鹿! 仕留めたら警戒をしろ!」

『…………』


 セベリノからそう注意され、一瞬で皆静かになる。

 魔の森に限らず、仕留めたら直ぐに警戒するのは常識だ。

 しかし、食糧となるファングボアが仕留められて嬉しかったのだろう。兵士達は少し冷静ではなかったようである。



 一方のレオンは、


(くっ………意外と魔力を使ったな。もう少し効率よく、循環をイメージして使う必要があるか……)


 意外と魔力を使ってしまったことで少々ふらつく頭を振り、何でもないように立っていた。


「そこまでにしよう、セベリノ。それよりこのままここで解体してから野営地に戻るぞ。このまま持って行くと面倒だ」

「はあ……お疲れ様です。そうですね、そうしましょうよ、ええ。まったく、勝手に無茶せんでください。何かあったら閣下になんて言ったら良いのか……」


 セベリノは先ほどレオンが一人で仕留めたこと、回避せずに真っ向から受け止めたことに苦言を呈している。

 流石に心配だったのか、しばらく愚痴のようになっていた。


 * * *


 レオンとエリーナの分隊が野営地に戻ると、ガイン小隊長がやってきた。


「お疲れ様です、レオン隊長。どうでしたか……?」

「どうにかファングボアを手に入れたよ。素材も良いし、肉も十分にある。既に解体しているから、後は君たちに渡すよ」


 そう、遠慮がちに聞いてくるガイン。

 どうもガインは食料調達が出来たのか気になったらしい。予定よりも遅れて戻って来たためだろう。

 レオンの言葉を聞くと顔を綻ばせて喜んでいた。


「ファングボアですか! それは良かった、これで十分な食料にありつけますね!」

「ガイン小隊長! それよりもファングボアと戦った事の方が問題でしょう! 大体————」


 セベリノのお小言が始まったので、割愛させていただく。



 皆で力を合わせて火を熾し、ファングボアの肉を焼いて食べる。勿論警戒をしながらではあるが、どの兵士も少し楽しそうであった。

 その中で、セベリノがレオンに近づいてきた。


「レオン様、先ほどの戦闘はお疲れ様でした」

「いや、とんでもない。セベリノの声は聞こえていたんだが……」


 レオンはまたお小言を言われると思ったのか、少し言い訳みたいな事を言い出した。


「いいえ、それは良いのです。そういうのも上官の器ですから……それより、お聞きしたいことがあるのですが」

「そう言ってもらえると………なんですか?」


 セベリノは特にレオンを責めるつもりはないらしい。それよりもその行動を「上官の器だ」と褒めていた。

 それよりもセベリノは聞きたいことがあるようだ。

 雰囲気の変わった彼に対し、レオンの口調も丁寧になった。


「先ほどファングボアを圧倒した力———あれは【氣】ではないですか?」

「——! ………気付かれましたか」


 セベリノは【氣】について知っていたようである。

 少し言葉に詰まったレオン。隠しているわけではないが、直ぐに当てられたことに驚いてしまう。


「ああ、すみません。隠すようなものではありませんよ。見た目は違いますが、同じような力が存在するのです。私も【氣】ではないですが、【気功】を使いますから」

「【気功】? 【氣】とは違うのですか?」

「ええ……元々【氣】が【気功】の元になるようです。【気功】の方が習得しやすく、多くの軍人やベテラン兵は習得していますね。【氣】の使い手は……そうですね、かれこれ二十年以上は出ていないようです」


 セベリノの話に、レオンは驚いた。

 自分がついさっき得たスキルが、それなりに珍しいといわれたのだ。

 そしてセベリノや多くの軍人が使う【気功】の元になったというのが【氣】らしい。

 つまり、彼らの使う【気功】に近い、あるいはより強力なものが使えるのでは?

 そうレオンは思ったので、こう口を開いた。


「セベリノ殿、【気功】にはどのような使い方があるのですか?」


 * * *


「——そのようなわけで、身体強化である【発勁】を筆頭に、武器強化の【纏装】、回復の【回流】など使用できます……実はこのサバイバル訓練では、【気功】を習得させることも目的なんです。『魔法や魔導具が使えない』という追い込んだ状況の方が、皆どうにかしようとしますから……」

「それは中々厳しい。ふふっ」

「そうでもして厳しく訓練するのも、自分の役目ですから……さて、レオン様は、先ほど武器に纏わせておられましたので、【纏装】は問題ないでしょう……【回流】はどうですか? 回復術ですが………」

「ではそれで。よろしくお願いします、師匠」


 レオンはセベリノから、回復系の【回流】を習う事になった。


「まず、腹の底の辺りにある魔力、というかマナを身体全体に回すようイメージします。そして、マナが行き渡ったと感じたら、今度は怪我した部分に集中させます……と言っても怪我してませんよね……」


 セベリノが苦笑する。

 先ほどの戦闘で、レオンは怪我をしていないのだ。

 どうやって教えるか悩むセベリノは、次のレオンの行動には唖然としてしまい、動けなかった。


「怪我がなければ、作ればいいんです……ッ……!」


 そんな軽い感じで、レオンは自分の腕を斬りつけた。

 一瞬で振るわれた剣がレオンの腕に深い傷をつける。


「なっ……!?」

「さて、やってみましょう……うーん、血は止まりますけど……」


 セベリノは絶句した。

 目の前で子供、しかも貴族の子が自分の腕を斬りつけ、怪我を作ったのだ。

 しかも平然としている。


「なんてことをするんですか!? 早く! 治療師を……」

「なぜです? せっかく傷が出来たんですから、【回流】を学べるチャンスでしょう?」


 まるで自分の傷は気にしない、それより【回流】習得しか考えていない、という子供にセベリノは動揺した。

 いくら子供が自分でしたこととはいえ、自分の監督責任を問われる……そう思ったが、


(血は止まったが、この後どうすれば……? 細胞を活性化させれば良いのか……?)


 そう一人で試行錯誤するレオンを見て、なんともいえない不安を感じつつ、セベリノは【回流】を教えた。

 止血は出来ているので、後は魔力を重ね、傷を繋ぎ合わすイメージで魔力を回す。

 そう教えると、みるみるうちにレオンの傷が消え、元通りになる。


「ふむ、中々面白いですね……それなりに早く治癒できますし……」

「いや……だからといって…………はぁ」


 セベリノは力なく項垂れるしかなかった。

 そんなセベリノを無視しながら、レオンは考えている。


(結局【氣】も魔力を使う以上、魔術や魔法に近い……いや、どちらかと言えば魔術に近いか……しかし、自分に対してだけとはいえ、結構使えるな。詠唱はいらないし)


 レオンは既にこの【氣】の使い方を考え始めていた。

 魔術のように広範囲に及ぼす事は出来ないが、自分自身の強化や動作において、詠唱も発動体も無しで発動できるのはありがたい。


(しかし……もしかしてこれを応用すれば、発動体無しで魔術が使えるようになるのでは?)


 そんな事を考えていた。



 * * *


 野営一日目の夜。

 交代で歩哨を行う兵士達を横目で見ながら、レオンはエリーナ、そしてフィリアと話していた。

 なお、フィリアは魔法で自分だけ暖を取っている。懲りない人である。


「中々面白かったな。魔物を仕留めるというのも簡単ではないね」

「それでも倒せたわけでしょう? 流石ですわよ」

「やれやれ……せっかくの場面を見過ごしたって事か、私は……まあいい。それよりさっき何か習っていただろう? 自分を怪我させてまで」


 どうも、レオンがセベリノから【回流】を習っていたとき、自分で傷を付けて試したことをフィリアに見られていたようだ。

 少し気まずいのか、目を逸らしながらレオンが口を開く。


「見ていたのか…………まあ、おかげで面白いものを習得したよ」

「ほう」「なんですの?」


 興味を持った二人に告げる。


「魔力を使うが、魔法ではない——【氣】だ」

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