第27話

「やった! また勝った〜」

 部屋に嬉しそうな声がする。


「何でだよ!? 途中まで俺が勝ってただろ! 何でひっくり返されるんだよ!」

 対して不機嫌な声も。

「ベルトはこういうの苦手だよねー。さすが脳筋」

「んじゃ、ハリー! お前してみろよ!」


 そして、興味深々にのぞき込む女の子たち。

「中々面白そうじゃない? ねえ、私たちにも教えてよ! ……あ、セルティはレオンから手取り足取り教えてもらったら? 私はアレクから聞くから」

「べ、別に良いわよ! ……レオンがどうしてもって言うなら考えてあげるけど……」

「わ、わたくしも教えてくださいまし!」


 ここは、本宮殿内のとあるサロン。

 そこのサロンで数人の少年少女がわいわい遊んでいる。

 ちなみに王家のプライベート階なので、つまりここにいるのは王族である。


 そんな彼らが何をしているかというと……

「うーん、やっぱりリバーシはアレクの一人勝ちか……」


 そう、この前レオンが作成したリバーシである。

 製作から一週間、毎日のようにレオンハルトとアレクサンドはリバーシをしていたのである。

 そして、アレクは非常に戦略が上手だった。既に盤上のコマは白でほぼ埋め尽くされている。

 さて、今度はハリーがアレクと始めるようだ。


 暇になったレオンはエリーナリウス達に声を掛けた

「さあ、エリーナ達もやってみないか? ルールは遊びながら覚えよう」

「はいですの!」

「ふっふっふっ……腕が鳴るわ!」

「アンタしたことないでしょ? 何言ってんのよ……」


 レオンは簡単に説明しながら打ってみる。

「こうやって、自分の色で相手の色を挟むと……自分の色に出来る。縦、横、斜めのどれでもいい。ただ、既に自分の色になっていて、どの方向も挟むコマがないところには打てないからね?」


 女の子達は頷きながら聞いている。

 ……セルティックだけは早くしたいのか、手がウズウズしているが。


「さて、それじゃやってみよう。まず、ルナ姉とセルティ姉さんだ。エリーナは観ててね」

「はーい、ですの……」


 ちょっとエリーナは残念そうである。

 レオンはエリーナの横に座りながら、エリーナの頭を撫でた。


「まあ、たまには一緒に何もせずゆっくりしよう、最近忙しかったからね……」

「んもう……でも、そうですわね……なんか、旅行じゃなくて仕事みたいでしたもの。でも、後で私にもさせてくださいね……?」


 そう言いながら、エリーナはレオンの肩に頭を預けた。

 レオンはそんなエリーナの肩を抱く。


 まだ五歳なのに、何とも甘酸っぱいというか、こいつら年齢間違ってんじゃね? というような状態である。

 独身者が見れば「爆発しろ!」と言うか、砂糖を吐き出すマーライオンになるかのどちらかであることは明らかだ。

 実際、一部の――というか、ベルト――ヘルベルト王子などはなんとも言えない表情をしていた。


 数十分ほど経って、いちゃいちゃとソファーで戯れる二人の後ろから声がかかる。

「相変わらず見せつけてくれるわね〜、お二人さん? お母さん、嫉妬しちゃうわ♪」


 レオンが後ろを振り返ると、アッシュブロンドに濃緑の瞳の女性がこちらに微笑みかけながら立っていた。

 間違いなく、ライプニッツ公爵夫人――レオンの母、ヒルデである。

 もちろん「嫉妬しちゃうわ」とか言いながら、一番悪乗りして楽しむタイプの人物である。


「母上……嫉妬どころか、楽しんでいるだけでしょうに」

「そうは言ってもねぇレオン、お母さんにとって息子はいつまでも大切なのよん? それなのに許嫁ばかり構ってると……お母さん拗ねちゃうわ……」


 わざわざ「よよよ」と擬音が付きそうな感じで泣く演技をするヒルデであった。わざわざ床に横たわってまでしている。

 そして、こういうヒルデに引っかかりやすいのがエリーナである。


「ああっ、伯母様! レオンを責めないでくださいまし! わたくしがお願いしたんですの! ですから……」

 すぐこんな感じでオロオロ状態になる。

 もちろん、一般人がしてもこうはならないが、そこは親族であるということと、将来的に義母になるというのもあり、よく引っかかるのだ。


「母上、エリーナをイジメないでください……ほら、嘘泣きをしない! ばれてますからね! マシューに言いますよ!?」

「あら、酷いじゃないのよ〜。せっかくこんな美人が泣いてるのに放置するのかしらん……」

「……はぁ、はいはい。ほら母上、立ってください、いい加減にしないとマシューとクレア様に報告しますからね……」

「あ、冗談よ? ちょっと本気……ごめんなさいごめんなさい! お願い、報告しないで!?」


 さっきまでの演技が嘘のように(嘘だったが)、たちどころに復帰するヒルデ。

 マシューとクレアラーラ王太后殿下は、レオンの両親だけでなく、下手すると国王夫妻も頭が上がらない存在である。

 そんな相手への報告をちらつかされたら、いくら公爵夫人でも降参である。


 そんな状態のヒルデを放置しながら、レオンはエリーナに声を掛ける。

「ほらエリーナ、悪は過ぎ去った……もう心配しなくていいよ?」

「レオン……嬉しいですが、伯母様は悪ではありませんわ……」

「我が子ながら……この容赦のなさ……! 貴族向きね!」


 どうでも良い発言を拾っているヒルデである。

 そんなヒルデにレオンが声を掛けた。


「さ、母上も是非してみられませんか? ちょっと面白いものを作ってみたんです」

「あら、これはなに? おもちゃ……というより遊び?」


 ヒルデの興味はリバーシに注がれている。


「ええ、『リバーシ』という……まあ、遊びです。二人でするゲームですが、ルールは簡単でありながら戦略性もあるものですよ」

「あら、面白そうね♪ ふふっ、レオン教えてくれないかしらん?」

「ええ、勿論。せっかくなので、エリーナと対戦形式でしてみませんか? エリーナにもルールを教えるつもりだったので。是非」


 レオンが簡単にルールを説明し、途中で禁じ手など伝えながらプレイしてもらう。

 ヒルデは既に自分の戦略を構築し始め、どこに打つのが効果的か考えているようだ。

 エリーナもエリーナで、臨機に対応しながら自分の戦略を組んでいく。


(この二人は面白いな。母上は何手先も読んで、堅実に打つタイプ、エリーナは即応しながら、攻めて行くタイプだ)

 そんな事を考えながら、レオンは二人の対戦を観る。


 


 一時間後。


「……さ、流石ですわ、伯母様。なんともいやらしい方法で封じ手を使ってきますのね……」

「エリーナちゃんも流石ね……私の封じ手がとことん返されるわ……」


 ヒルデとエリーナは良いライバルになりそうである。

 しかし、リバーシでここまで熱くなるというのはレオンにとって不思議であった。


(こりゃ、チェスや将棋なんて作ったら、相当嵌まるんじゃなかろうか……)

 そんな事をレオンは考えながら、次に作る遊びを考えている。


 そうやって遊んでいると、国王であるウイルヘルムと、ライプニッツ公爵であるジークフリードがやってきた。

 どうも会議が終了して、こちらへ上がってきたようだ。


「中々楽しそうな事をしているじゃないか。これは何だ? 作ったのは……レオンか、そうだろうな……こんなもの思いつく奴が他にいるものか」

「いやいや、決めつけないでください叔父上……勿論、間違っていませんが。されますか?」


 すぐにレオンが作った事はバレたようだ。

 勿論バレたところで、レオンにとってはどうでも良い訳である。

 すぐに遊びに誘った。


「遊びたいのは山々なんだが、先日の例の件について当事者であるお前には話しておかねばならん。フィリア殿と一緒に応接室に来るんだ。陛下と共に待っているからな」

「例の件ですか……了解です、父上。すぐに伺います」


 国王陛下および公爵閣下からのお呼び出しである。

 フィリアも呼ぶようにとのことなので、レオンは一旦魔導師団本部に行く必要がある。


「済まないみんな。ちょっと呼び出しなんで、出てくるよ。エリーナもごめんね、すぐに戻るから」

「ええ。陛下からのお呼び出しなのでしょう? すぐに行かなければなりませんわ」

「ああ、行ってくるよ」


 そう言いながら、レオンはエリーナの額に軽く唇を当てる。

 エリーナもそのことを分かっていたのか、キスされるときには少し頭を下げていた。

 

 そんな様子は、ウィルヘルムにも見られているわけで。

「おいジーク! お前の息子、俺の娘の額にキスしたぞ! しかも何だあの会話! 慣れてやがる……いつもあんな感じなのか……」

「俺に言うなよ……大体、ウチの息子はお前のところに住んでるんだぞ? 俺が監督できるわけないだろうが……」


 ウィルヘルムの口からはギリギリと歯軋りの音がしている。

 たった五歳の子供が、あまりにも甘々で、慣れた会話をしていることが認められていないようだ。

 自分自身が娘の婚約を決めたクセにこれである。


 そして、公爵は公爵で、問い詰められた責任をさらっと流している。

 この対応力は息子にも受け継がれているようだ。


「では後ほど伺います。失礼いたします、陛下、公爵閣下」


 陛下の様子には我関せず。

 そんなそよ風に吹かれたような雰囲気で、軽く会釈をして、レオンはサロンを出て行った。



 * * *


「さて、まず一つ目だが……」


 上座のウイルヘルムが口を開く。

「ヴィンテルにレオンが行く前、例のゴリオン子爵の件だ。今回は抜剣しているものの、傷害はなし。しかし、他家の従者――しかも格上の家――に対する行為はふさわしくない。よって、ゴリオン子爵は貴族位の剥奪と王都追放とする」


 例のミリアリアに対して暴行を働こうとし、宮殿内で抜剣まで行ったゴリオン子爵は、死刑にはならなかったものの、相応の罰が与えられるようだ。

 通常、他家の従者に暴行を働こうとした場合、相当な補償の必要があるが、今回は公爵家、しかも王族の一家だ。

 さらに抜剣という違反も犯している。これでレオンに怪我でもさせた場合は確実に死刑であろう。


 当然レオンもそれを理解している。

「そうでしたか……まあ、あの状況であればそうでしょうね」

「うむ。しかし勿論、彼の行動は犯罪であるから、当然その烙印は押されるからな。まあ、理解してくれ。さて二つ目だ……」


 今回の話である「先日の例の件」というのは、当然……

「まず、ライプニッツ家従者のミリアリアが教え、お前が製法を生み出した『スクレ・プトゥジエ』――今後は『シュガービート』か……この件だ」

(やっと、この話か……)


 実はレオンにとって、この砂糖の件が大切だった。

 もちろん生産に関連して、国王の確約が欲しいのは事実。

 だが、今回の大きな目的は、ミリアリアのためである。


「今回の件については、ライプニッツ公爵家従者、ミリアリアの功績を認め、三等女官の位を与える。合わせて、上級騎士レオンハルト・フォン・ライプニッツ付きの専属女官に任じることとする。よいな?」

「はい陛下、承知いたしました。ありがとうございます」


 功績を認める場合、勲章のようなものの授与か、従者なら男性は従務官、女性は女官という立場が与えられる。

 この立場になると、ただの「従者」や「メイド」が、宮殿内で王族に直接仕える立場に変化するのだ。

 元々ミリィはレオン付のメイドだ。だが、これまでは「公爵家の個人メイド」だったが、これからは「宮殿で働く三等女官」となり、宮殿に住むレオンの側にいることが出来るようになるのである。


「で、だ。今回の件はまだ終わらんぞ。その後のマーファン商会との件だ」

「あー……ありましたね、そんなの。どうなりましたか?」


 レオンにとって、マーファン商会は本音どうでも良かった。

 単に態度が悪かったことと、企んでる悪事については許されないものなので報告したまで。

 ただ、王国軍が正式に動いている以上、結果は聞いておかなければいけない。


「マーファン商会の会頭以下、部下数名を拘束し、これから全貌を明らかにすることとなる。会頭は処刑、部下は犯罪奴隷になるだろう。何か異論はあるか、フィリア殿?」

「いや、私はそれで構わない。ただ、今回の件が、エルフ領との摩擦にならなければ良いが……」


 フィリアは特に異論はなかった。

 元々、今回の違法薬についても自分の警戒不足と思っており、彼女も興味がなかったのだ。

 ただ、自分自身、異端とはいえエルフであるので、エルフ領との関係が心配であった。


「確かに、エルフ領にこの件は伝えなければならん。とはいえ、伝え方にも注意せねばな……フィリア殿にも何かお願いするかもしれん、その時はよろしく頼むぞ」

「ああ、もちろんだ陛下。せっかく宮殿に戻ってきたからには、働かせてもらうよ」


 フィリアの話し方は少々不遜に聞こえるかもしれないが、こう見えて年齢は二百を超える。

 ハイエルフの中では若いとはいえ、人間からすればかなり年上だ。

 元々の立場や「大導師グランド・マスター」の称号を考慮しても、尊敬される人物だったようだ。


 フィリアの返事を聞いてから、国王ウィルヘルムはレオンに視線を向ける。

「お前はどうだレオン? 何か異論はあるか?」

「ありません、陛下。しかし、商会から依頼を受けた冒険者たちは、他の貴族の存在を匂わせています。それらはどうしますか? 必要であればマーファンから搾り出しますが……」

「それはこちらで行う。お前はしばらく子供らしく生活しろ……といっても、そうはいかんのだろうな……」


 子供。そう、子供なのだ。

 国王であるウィルヘルムにとって、嬉しくもあり、頭の痛い問題である。

 普通この歳であれば、幼馴染みと一緒に遊んで、楽しく生活するものだ。

 勿論貴族として、王族の一人としての教育を受けさせるが、それでもこんな話に入ってくるような存在ではない。


(全く、ジークの奴は一体どんな教育をしてんだか……これでは子供という入れ物に入った大人ではないか)


 目の前に座るレオンは、ただの生意気で可愛い甥っ子ではない。

 明らかに「レオンハルト」なのだ。

 対応の仕方、考え方、すべてが子供を超えてしまっている。

 そして、最近それが娘であるエリーナにもうつっているのだ。


(最近はエリーナまでが似てきおって……あまり優秀すぎると馬鹿が湧いてくるんだが……そこを考慮に入れていないのは子供だからか?)

 

 そんな事を考えながらも、口では別のことを喋っている。

 だが事の時、別のことを考えていたことがミスだった。

「とにかくレオン、お前は少し責務とか、そんな事は考えずに生活しろ。外出に関しては何も言わんから……」

「本当ですか、陛下! では、エリーナと色々出かけてみますから。勿論偽名を使うから大丈夫です、ええ! 心配なさらないでください!」


 自分の口走ったことにハッとした時には遅かった。

 ウィルヘルムの言質を取ったレオンは、すぐにそれを復唱し、ついでにエリーナまで含めたのだ。


「あ、いや、待て! エリーナについては違うぞ!?」

「しかし、僕も彼女も外出許可を得ているはずですが。魔導師団員として」

「それは必要なときだけだ! 流石にエリーナは出せん!」

「じゃあ、僕は外出出来ると言うことですね、分かりました!」

「ぬぐっ……」


 結局、ウィルヘルムはレオンの外出許可を認めることとなる。

 しかし流石は国王、黙っては負けん! という気概か、条件だけは提示した。


「いいか!? お前が外出するときは必ず誰かに伝えておくこと! 偽名と変装で、自分を隠すこと! 後は、お土産を買ってくることだ!」

「分かりました! でもお土産を毎回買うと破産しそうなので、適度に買っておきます!」

「「どんだけ外出する気だお前!?」」


 流石にジークフリードも驚き、ウィルヘルムと口をそろえる事になった。

 そんな様子を見ながら、フィリアは目に涙を溜め、笑っていた。


「あっはっはっはっはっ! ダメだこれ! レオンが策士過ぎるだろう!? しかも破産……! お前が破産って……!」

「「「………………」」」


 とにかくツボにはまったようだ。

 ウィルヘルムもジークフリードも、レオンすらも無言にならざるを得なかった。


「……ま、まあいい。とにかく、条件は以上だ。良いな?」

「……ええ、了解です。基本的には二人で行動するようにします。さ、行くぞフィリア」

「ふぅ、ふぅ……ああ、笑いすぎた。うむ、行こうか」


 こういう時はしっかり息が合うというのは親族故だろうか。

 話を終わらせて、レオンはフィリアを連れて出て行く。



 * * *


「ゴリオンがどうもヘマをやらかしたようじゃの」


 某所。

 薄暗い部屋の中で、声がする。

 しゃがれた、老人の男の声だ。


「ええ。どうやら、上級貴族家の従者に乱暴を働いたとか……所詮、成り上がりですな、育ちが知れている」


 声からすると、四十代後半だろうか。

 先ほどの声より若い男性の声が応える。


「まあよい、あれは所詮駒の一つじゃ……宮殿内の工作も進んでおるし、最近は儂らの商売も上手くいっておる……例の薬が出来れば、尚更な……」


 そう独りごちるしゃがれた声の主。

 明らかに平穏ではない、秘密結社の会合のようだ。

 そこに、ふと別の気配が現れる。


「どうした?」

「実は、マーファン商会に警備隊が投入された模様です。会頭をはじめ、側近数名が拘束、マーファン商会は取り潰されたようです」

「「なにっ?」」


 どうも彼らはマーファン商会に関係する人物らしい。

 マーファン商会の件を聞いて、老人も壮年の男性の声も驚きを含んだものとなっている。

 だが、平静を装い、声を荒げないというのは、彼らの踏んだ場数故だろうか。


「どういうことじゃ? 何があったのか説明せい」

「どうもマーファン商会が、貴族の子供を誘拐しようとしたとか……」


 またもや貴族絡みである。

 老人は少々苛ついたのか、語気が荒れる。


「全くどいつもこいつも! 下手な行動をしおってからに! こちらの苦労も考えて欲しいのう……ま、所詮平民は平民じゃな」

「全くですな……しかし、マーファン商会が潰されるとなると、些か拙いのでは?」


 壮年の男が尋ねると、老人が唸る。

「むっ……確かに例の薬についてはあ奴らの専売だったか……金は他があるが、アレはな。軍か騎士団を通して、押収した資料を手に入れねば……」

「そうですな。私の手先を潜入させましょう」

「うむ、頼んだぞ」

 壮年の男が合図をすると、報告に来た男の気配が消える。


 老人は共に座る男を信頼していた。昔から目を掛けていたので、どのような男かよく理解している。

 だが、男が発した次の言葉には機嫌を損ねたようだ。

「しかし『エクレシア・エトワール』に、軍か……ライプニッツ公爵家が大きく絡むというのは、あまり好ましくありませんな」


 ライプニッツ公爵家。

 当然、レオンハルトたちの実家であり、王族の血が色濃く流れる名家中の名家。

 そして、老人たちにとって忌々しい相手だった。


「ふん! いつもいつも王に尻尾を振って気に入られている連中がなんだ! 『軍は常に忠実で、中立でなければ』とか綺麗事ばかり宣いおって! どこが中立だ、国王の腰巾着め!」 

 老人の語気がどんどん荒くなる。


 実は老人も貴族であった。

 それも古くからの名家と呼ばれ、有名だった。

 しかし、それ以上にライプニッツ公爵家は有名で、王家からの信頼が非常に大きかった。

 老人の一家も有名で、色々大臣職を拝命していたが、他の貴族とのつながりや、貴族の権勢のために動くことが多かった。


 そのことで国王からの信頼はライプニッツ公爵家には及ばなかった。

 しかも自分たちは侯爵家。家格も負けていた。


 そして、一番許せなかったこと。

 それが、王家との婚姻である。

 基本的に上級貴族家は少なからず王家との親族関係にある。

 そうすることで、貴族家と王家のつながりを作り、下手に裏切ることがないようにするのである。

 

 老人自身は元々三男坊で、それでも伯爵家の娘と結婚した。

 偶然にも兄たちが早くして亡くなったため、当主になることが出来た人物で、自分が王族と結婚することは出来ないと理解していた。

 しかし自分の子供は……そう思っていたのに。


 結果的に、自分の子供は誰も王家との婚姻を結べなかった。

 王弟の娘と接点のあった息子がいたが、結局その王弟の娘はライプニッツ公爵家に嫁いだ。

 挙げ句、大臣職も追われ、王都から追放されたのだ。

 ちなみに、大臣職を追われたのは汚職をしていたからで、しかもそれを暴いたのはライプニッツ公爵だった。自業自得である。


 こう見ると単なる被害妄想というか、八つ当たりでしかないようだが、老人にとってはそうではなかった。

「いいか! 今度こそ我が家に王族の血筋を入れるのだ! 失敗は許されんぞ!」

「あまり興奮なさいますな、侯爵……そういえば、第二王女が五歳でしたか、しかも第二王妃の娘でしたな。お孫さんと同い年では?」

「ふむ! 良いことを聞いた! いずれ十歳のお披露目会でお会いできるだろう……上手く工作をして、婚約に持ち込まねば……」


 老人はブツブツ呟きながら、計画を考えていく。

「しっかり教育をしておかねば! 第二王女の名前は分かるか!?」

「ええ、確か…………エリーナリウス王女殿下ですな」

「よし! よし! よいぞ、下がれ!」


 老人がそう言うと、壮年の男は出て行ったようだ。

 老人は自分の座る椅子に深く座り、呟いた。


「ふん、見ていろ…………ライプニッツ公爵め…………!」




 薄暗い部屋から出て来た男は、廊下を歩く。

 しばらくいったところで、おもむろに呟いた。


「精々利用されてくれ…………我らの帝国・・のためにな…………」

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