第13話

 【魔術】を試して数週間経った。

 エリーナと僕は、ひたすら訓練を続ける。

 最初に使った杖は、どうも王家の宝らしく、以降は触らせてもらえなかった。


 エリーナは既に色々な詠唱を覚え、初級魔法は詠唱短縮でも発動できるようになった。

 いつも僕がやっている「イメージ」の話をしたところ、威力や精度がさらに上がったようで、母上が非常に驚いていた。

 エリーナは「流石は私のレオンですわ!」とやたら褒めてきていたが。

 

 ちなみに、僕は未だに「らしきもの」しか構築できていない。

 とは言っても、普通に攻撃力もあり、水魔法上位と言われる治療術も普通に行える。

 ちなみに「ストレージ」は簡単にできた。


 もちろん、剣の訓練も続けており、エリーナとはお互い阿吽の呼吸で戦えるようになってきている。

 でも、今はとにかく魔法と魔術だ。

 

 そういえば、一週間ほど前からアレクも参加するようになった。

 曰く「酷いじゃないか! 僕も混ぜてよ、兄様たちのおもちゃはもう嫌だよ!」と泣きながら訴えてきたもので。

 彼も魔法スキルがあり、火属性と風属性を使えるようだ。


 母上は最近仕事が忙しいらしく、僕らは魔導師団の訓練場を使って練習している。

 魔導師団の人たちとも仲良くなった。

 一度、僕が自分で発生させた水らしきものを飲んでいたら、数人がもの凄い勢いで「そんなもったいないことを!」と止めに来た事があった。

 それ以降ちょくちょくその人たちと話すようになって、みんなとも仲良くなった感じである。


 

 しかし、ずっと練習用の杖というのは面白くない。


「母上、自分専用の杖が欲しいです」

「是非欲しいですわ、おばさま!」

「そうは言ってもね、レオン? 結構大変なのよん?」


 ちょうど母上が講師をしてくださる時に尋ねてみたが、渋い顔をされた。

 どういうことだろう?

 エリーナと二人で首を傾げる。


「魔法使いの杖って、既製品もあるけど、基本は特注品なの。その人のクセとか、魔力の特徴によって調整が必要なのよ。私の杖も特注品……というか自分で作ったの」

「自作出来るんですね……材料は何ですか?」


 自作できるならその方がいいな。

「……何でうちの子は作る気満々なのかしらん?」


 * * *


 しばらく渋られ、変な顔をされたが、母上から作り方を教わった。

 必要なのは、魔力を通しやすい「魔導材」と呼ばれる材料と、術式を書き込む魔石だそうだ。


 これは杖に限らず、魔導具全般に応用できるらしい。

 魔石にどのような術式を書き込むかによって、その物の動きや働きが決まるらしい。

 おお、これでモータとか作れるのではなかろうか。


 つまりはプログラムを書き込むメモリを魔石として、パスを魔導材で作り、必要であれば他のパーツをくっつければ良いということだ。

 ちなみに、魔法用の杖は「変換」と「増幅」の術式が基本だそうだ。これは昔から変わらず、旧世界でもそうだったらしいと母上は話していた。


 変換か。

「母上、その二つの術式を見せていただけますか?」

「いいわよん。というか、これがないと作れないんだから。ほら、あげるわ〜」


 そう言って、式の書かれている紙を渡される。

 母上曰く、この陣を解析することは出来ていないらしく、コピーを繰り返しているだけとのことだ。

 つまり、現代の知識ではないのだろう。


 さて、特殊な「魔導紙」と呼ばれる紙に、魔法陣と魔法式、そして古文字の説明が記述されている。

 文字を意訳すると、


『入力思念→変換〈魔力変調〉→安定化→増幅→放出』


 こんな感じだ。


 ふむ。つまりは思念を変換して魔法にするために杖が必要という訳か。

 しかも増幅が入っているから、杖がなければ思念は弱いということだ。


 ちなみに母上とエリーナは「ごゆっくり〜」と部屋を出て行った。僕が考え込んでいるのを見て、気を遣ってくれたのだろう。

 ……一瞬母上の顔が、いたずらっ子の顔だった気がしたが。


 しかし魔力変調か。

 いわゆるエンコードだろう。


 思念はそのまま魔法になるのではなく、一旦変換されて放出される訳だ。

 しかし、一体思念の何を変換しているのだろう。

 そしてイメージをすることで強くなったのは何故だろうか。

 試しに【解析アナライズ】しようとしたが、出来なかった。


 色々考えるとキリがないな。

 とにかく今は杖を作ることを考えよう。


 まず、魔導材が必要である。これは普通、魔力を通しやすい木を使うことが多いらしい。

 もちろん金属を使う人もいるらしいが、魔力を通しやすい金属というと非常に稀少で、扱いづらいとのことだ。


 しかし、魔導材か…… 

 これまで色々と魔法で作ってみたが、どうだろう。

 金属と石はできた。結晶体も作ってみたことはある。しかし、有機物は作ったことがない。


 先に魔石の処理を済ませるか。

 なんとなく、魔素をただ固めるのではなく、きちんとした配列になるようにイメージする。


 しばらくそれを繰り返していくと、徐々に高密度の魔力を持った結晶ができてきた。

 大体、三センチくらいの柱状結晶ができたので、それを二つ用意する。


 後はさっきの魔方陣を書き込むだけだ。

 これには無属性であるが、だれでも簡単に使える【式複製コピー】か、専門的な【魔法付与エンチャント】のどちらかを使う。


 といっても、通常は式複製の方を使うのだが。

 何が違うのかというと、【式複製コピー】は簡単で術式を理解出来ていなくても写せばいい。その代わり、失敗することがある。

 自分がその魔法や式自体を理解していれば、【魔法付与エンチャント】の方が良いものができあがるし、確実なのだ。


 しかも魔法付与であれば後々の内容変更や強化も容易い。

 そんなわけで、魔法付与で式を結晶に書き込む。


 ふと、気になることがあった。

 この杖は安定化が組み込まれているらしいのだが、何故必要なんだ?

 それこそ魔法制御ができれば問題ないのでは?


 もう一度よく陣を【解析】してみる。

 大きな部分を占める【変換】部分はできなかったが、周辺に配置されている陣は理解できた。その一つが【安定化】のものだ。

 これはばらつきのある入力思念を均一化して、一定の強さになるよう調整するものらしい。


 確かに人の思念は上下しやすいだろう。

 一つのことだけでなく、色々平行して考える事が出来るからだ。

 詠唱中に集中を切れさせると失敗するらしいし。


 とはいえ、そんなに魔法のイメージがブレるのか?

 

 詳しく解析したら答えが得られた。

 『詠唱による入力思念を受け取り、それを増幅する』

 詠唱を思念として受け取っているのか。


 なるほど。

 詠唱以外の「空腹」だの「疲れた」だの、他の思念も混じる場合が当然あるわけで。

 それをフィルタするかのように、一部思念をカットしている式のようである。

 その後構築された式を増幅するというわけだ。


 ……効率が悪くないか、これ?

 というか、なんかこの術は普通の杖用ではないのでは?


 詠唱で魔法を発動させ、それを極力失敗させないようにしている。

 つまりは、初心者向けの杖のようだ。子供の訓練用かこれ?

 母上も言っていたが、それこそ思念なんて、詠唱よりイメージだろうに。


 解析で魔法陣の構造は理解できたので、改造する。

 まず、安定化部分は削除。

 増幅も要らないな。それこそイメージ次第だろう。自分で調整できないような物は困る。

 

 その結果。

『入力思念→変換〈魔力変調〉→放出』

 これだけになった。

 ちなみに杖は結局、魔力を通しやすい金属らしきものをを魔力で作り、指し棒みたいな物を作った。

 指輪型とか、短剣型とか作っても良いな。


 使ってみると中々しっくりくる。

 増幅がないことで自由に出力が調整できるのが特にいい。

 そしてなんとなくだが、漠然とした「らしきもの」ではなく、よりしっかりしたイメージの「らしきもの」が発動できるようになったような気がする。


 ついでに自分の訓練用の分を作ろう。

 また結晶を作って、書き込む。

 今度は訓練用なので、相当な負荷になるように書き込む。


『入力思念→減衰→変換〈魔力変調〉→減衰→放出』

 うーん、我ながら酷い。


 実際に使ってみるが、中々魔法にならない。

 放とうとしても、遠くに飛ばないのだ。すぐに散ってしまう。


 そんなことをしていたら、二人が戻ってきた。


「戻りましたわレオン! 会いたかったですわ〜!」


 むぐっ。

 こらこらエリーナよ、王女なんだからいきなり抱きつかないように。

 そして母上よ、「モテモテね〜」なんて暢気に観察しないでいただきたい。


「お帰り、エリーナ。母上もありがとうございます。おかげで面白いことが分かりました」

「何かしらん? ふふっ」

「あの術式、訓練用の物ですね? 変な式構成になっていると思ったら……わざとでしょう?」

「あら、ばれちゃった♪ ……とはいえ、普通の人には安定化と増幅が欠かせないのだけれどね〜。それに【変換】部分は私たちでも分からないのよん」

 母上が嬉しそうに笑う。


 普通、安定化や増幅は必須なのか。

 まあ、安定化はいわゆる安全装置みたいな物だろう。制御できず、失敗すればいいが暴発しては拙いからな。

 そして、やはり大きな変換部分は不明らしい。


 しかしやはり確信犯か。

 どこまで僕が読み取って、改造できるか見られたわけだ。


「でも、流石レオンね〜。それこそ説明読んだだけじゃ分からなかったでしょうに。どうやったのかしら?」

「もちろん【解析】スキルですよ。アレのおかげで簡単に構成は読み取れましたから。ついでにこんな物も作ってみました」


 そう言って僕は自分の訓練のために作った杖を渡す。

「これはまた……イジメみたいな物作ったわね。何に使うのかしらん?」

「もちろん訓練用です。これで問題なく魔法が使えれば、普通の杖で使ったときにより効率よく使えるようになるでしょう?暴発の危険もありませんし」

「うふふっ、そうね〜。それじゃ、一週間後にこの杖でお母さんと勝負しない? できるでしょう?」


 一週間後か。

 つまり、それまでに母上と勝負できるくらいに、魔法を使えるようになっていなければいけない、ということだ。

 これはチャンスだ。母上と手合わせというのは願ってもない、いいチャンスだ。


「よろしくお願いいたします、母上。必ず良い勝負にして見せます」

「うふふっ。よろしくねん、レ〜オン?」

 軽く頬を撫でられてから、上機嫌で母上は部屋を出て行った。


 * * *


「……あまりにも無謀ではないんですの?」

 自分の訓練用杖をエリーナに使わせたら、そう言われた。

 確かに無謀とも言えるだろう。だが、一週間の猶予があるのだ。

「え? 何するのレオン。ボク聞いてないんだけど」

 本日はアレクも一緒だ。


 さあ、どうするか。

「とにかく、練習をするしかないな。エリーナ、良かったら一緒にしてくれる?」

「私で力になれますのかしら……」

「ボクはボクは!?」

「アレク、お前はまだまだ詠唱を練習するんだ。イメージ出来ていないじゃないか」

 アレクはイメージが上手くいかないのか、まだ扱いが上手ではない。


 少しエリーナは心配そうだ。

「大丈夫だよエリーナ。そばにいてくれるだけでも力になるんだ…………それに、エリーナの魔法の訓練にもなるよ?」

 ちょっとズルいがそう言って促す。


 実は、エリーナにも参加してほしい理由がある。

 この訓練をすることで、エリーナ自身が強くなれるというのも理由だ。

 そして恐らく、母上はエリーナを鍛えるためにもこの勝負を言い出しているのではなかろうか。

 それを僕ができるかということも試されている。

「……分かりましたわ。一緒に練習、してくださいますか?」

「もちろん、こちらがお願いしている側だ。ありがとうエリーナ、本当に助かるよ」


 こうして、エリーナと僕は、自作の訓練用杖で一週間ずっと魔法の訓練を行うことになった。


 * * *


 一週間後。

 二人で訓練した結果、この扱いづらい杖でも十二分に戦えるようになった。

 前より術が安定し、制御もしやすくなったのだ。


 ついでに、僕の使う「らしきもの」の魔法……というか魔術に名前を付けた。


 火属性を『イグニス』

 水属性を『アクアレント』

 風属性を『ヴェンティス』

 土属性を『ソリド』

 雷属性を『フリュグール』

 氷属性を『イーチェ』


 というようにした。まあ、あくまで雰囲気と厨二心のためである。

 イメージにも影響しなくはないので、一応唱える事が多い。

 他にも麻痺させる『麻痺術パラリシス』、拘束するための『拘束術カデナ』などを作ってみた。

 実はエリーナも使えるようになっていたりする。なぜだろう。


 さあ、もうすぐ時間だ。

 魔導師団の訓練場で勝負をする。


 この一週間の成果を見せて差し上げましょう、母上。

 それが魔法の師匠たる貴方への礼だ。




「またボクは置いてきぼり…………」

「ちょっとアレク! どこにいたのよ!?」

「うわ! 姉上だ!」

「待ちなさーーーーい!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る