第11話

 エリーナの洗礼が終わり、本宮殿に戻る。

 基本的に王族のステータスは高い。


 それは元々両親のステータスが高いという理由と、幼少期の訓練がしっかりと出来るというのが理由だ。

 特にエリーナの両親は冒険者をしていたこともあり、剣も魔法も相当な腕前だ。


 ここにいる皆がエリーナのステータスに興味をもっている。

 

「いやー、無事に全員の洗礼が終わったな。アレクは魔法使いに近いステータスだったしな。二人ともいずれ冒険者をするのはお勧めだぞ。世界を見るのは大切だ。荒波に揉まれてこそ、自分に厚みが出てくるからな!」


 ウィル叔父様は上機嫌だ。

 しかし王子に冒険者を勧める国王って……


「陛下、流石に冒険者は危険なのでは? 流石に冒険者となれば近衛を付けておく訳にもいきませんし……」

 こういう役目は父のはずなんだが、王妃もうちの両親も元・冒険者だ。何も言えないだろうしな。


「むっ。レオンお前、最近よく俺に突っかかってこないか? そんなに俺を嫌いなのか? ま、まさか、早すぎる反抗期ってやつか!?」

「一般的な常識に則ってお話ししているだけです。それ以外で意見してはおりませんよ、陛下」

「おいジーク! こいつ面倒くさい! セバスティアンみたいだ!」

「陛下っ!」


 心外な。

 誰がセバスティアンみたいだ。

 確かにセバスティアンの訓練は受けたが。


「もし、冒険者になれと仰るのでしたら、私は近侍として参加する必要があります。そうなれば、エリーナ王女共々なかなか宮殿に戻るわけには行かないのですが」

「なっ!? 確かにそれは困るな。だがお前の『スキル』がある。どうにかなるだろ? なっ?」


 確かに自由に魔術が使えれば簡単だろう。

 転移の理屈はお約束だ。


「まあ、できる限り最善を尽くします、陛下」

「頼むぞ。あと、この部屋にいる以上その言葉遣いはよせ、ムズムズする」

「了解です、ウィル叔父様」


 そんな感じでワイワイ喋っていたが……エリーナの顔が少し暗いように見える。

「はっはっは! どうしたエリーナ。冒険者は嫌か? 心配するな! お前のステータスも素晴らしい筈だからな!」

「…………」

 叔父上が話しかけているが、返事がない。


「……エリーナ?」

「……えっ? あ、ごめんなさいまし、お父様。……ちょっと眠くて……」


 エリーナにしては珍しい。

 いくら五歳の子供とはいえ、このような状況で寝るタイプではない。


「ふむ。体調が優れんなら少し休め。夕食になったら呼ぶし、あれなら部屋に持って行かせよう」

「いえ、大丈夫ですわ……ちょっと気疲れしたのだと……」


 なんだろうか。

 心なしか、エリーナに違和感を感じる。

 なんとなくだが、大人びて見える。


 ちょっと、二人で話した方がいいかもしれない。


「ねえ叔父様、ちょっとエリーナを連れて散歩してきます。すぐに戻ってきますから」

「ん? ……そうか。あまり無理はするなよ、エリーナ」


 叔父上に了承を得た上でエリーナを連れ出す。

「あ、ちょっと、レオン? どうされましたの?」

 少し強引に手を掴んで連れ出す。


「あらあら〜、妬けちゃうわ〜」

 母上の言葉は無視しておこう……




 王家のプライベートフロアのさらに上。

 展望台になっている塔に来た。


 ここからはベラ・ヴィネストリアが一望でき、眼下の景色には、人々の営みの光が満ちあふれている。

 ちょうどこれから日が落ちていく夕暮れの時間だ。


 輝く夕焼けと、夜を内包するグラデーションのかかった紫色の空。

 その中で、二人だけでベンチに腰掛ける。


 お互いに何も語らず、沈黙が過ぎてゆく。


 しばらくして、エリーナが口を開いた。

「レオンは、自分のステータスをどう思っていますの?」


 ステータスか。

 人はそれを祝福ギフトと呼び、ある人は運命と呼ぶ。

 だが、僕はこう思う。


「そうだね……単なる指針、一つの定規だろうな」

「定規、ですの?」

「だって、ステータスで分かるのはその人の得意な分野だろう? 確かに自分に向いていることをすれば簡単だろうけど、その人次第じゃないか」

「その人次第…………」

「まあ、魔法とかは属性次第だけど、別に魔法が得意だからって絶対魔法使いになるわけじゃないだろ? 錬金術師になる人だっているんだし」

「そう、ですわね……」


 無言になる。何かを考え込むような横顔だ。


 どうしたのだろう。

 普段から明るくて、笑顔の絶えない彼女が、こんな顔をするなんて。


「大丈夫? エリーナ」

「…………」

 エリーナは何か悩んでいるようだった。

 だが、その顔を上げて、こちらを見てくる。

「……少し、お話がありますの」

 エリーナは何度か深呼吸を繰り返している。

 そして、遂に口を開いた。


「レオンは、もし知り合いが「普通の人間」でなかったら、どうしますか……?」


 * * *


 ————なぜ、こんなことを聞くのだろう?

 

 最初に思い浮かんだ言葉はそれだった。

 それほどまでに彼女の言葉は予想を超えていた。


 「普通の人間」でなければ、どうするか。

 彼女の質問の意図が分からない。


 彼女は何を見たのだろう。

 

 確かに僕は「普通の人間」ではない。

 エリーナは、僕のステータスの真実を見たのか。


 なぜ、どんな目的で、そんな質問をするのか。

 

 しばらく混乱しながら、それでも彼女の意図を知ろうと考える。

「え、エリーナ。その『普通の人間』って何のこと……?」


 なんとも情けないが、そう返すので精一杯だった。


「もし、もしもですよ? 私やアレクが……魔族だなんて言われたらどうしますか?」


 もし、アレクやエリーナが魔族なら。

 そう聞いてきた彼女の瞳は、なんとなく泣きそうで。

 その青い瞳が揺れている。


 彼女はもしかして…………

 悪い予感が頭をよぎる。


 現在、魔族に対して「憎しみ」という感情を持つ者はいない。

 だが、「魔族」という言葉は、「人ならざる者」というニュアンスを持ち、積極的に関わりたくはない対象や、避ける対象というイメージが強いかもしれない。


 人は自分と違う者を否定する傾向にある。

 大昔は亜人差別も酷く、奴隷も多かったと聞く。

 このイシュタリアは別だが、亜人に対する差別というものが少なからず残る国も存在する。


 もし、亜人よりも避けられる魔族ならば…………




 でも、それこそ僕の答えは決まっている。

 だから、エリーナの目をみて告げる。


「エリーナはエリーナだ。たとえ魔族であろうと、どんな称号を持っていたとしても、僕は君のそばにいるよ」

「…………っ」

 エリーナの、息を呑む音が聞こえる。


「僕の心は絶対に、変わらない。君がなんであろうと、君は僕の『大切な人』だよ」


 一言一言を噛みしめるように。

 一つも消えないようにエリーナに伝える。


 エリーナの目から、涙が零れる。

 その涙を、僕は指で拭いながら、彼女をそっと抱きしめた。


 ————絶対に離さない。

 ————君は「俺」の、愛しい人だから。


 心のどこかで、そう呟く声がした。




 * * *


 一体何をしているのだろう。

 

 しばらくして、エリーナが落ち着いたのでお互い体を離したが、二人とも顔が真っ赤になって、目を逸らしてしまった。

 大体、こういうイベントって、もっと後だろうが!

 幼馴染みの女の子を意識しだして、最終的に告白に持って行くみたいな、結構なメインイベントのはずなのに。


 …………なんで、五歳の段階でこんなことをしているんだ。

 こんなギャルゲーがあったら、公式サイトが炎上するだろ。

 明らかに人生がバグっているのではなかろうか。


 頭を抱えて悶々と悩んでみたところで、何も解決策はない。

 

 そんな挙動不審な状態になっていたら、エリーナと目が合った。

 ああ、顔が真っ赤になる。

 だが、エリーナは少し頬を染めながら、上目遣いで話してくる。

「レオン…………さっきの言葉、とっても…………嬉しかったんですの…………」

「あ、ああ、どういたしまして?」


 いくら前世がおっさんといえど恋愛経験がゼロなのだ。

 ゼロに何をかけてもゼロ。役に立たない。


「でも、少しほっとしましたわ……後で、ステータスもお見せしますから、お部屋に行ってもいいですか?」

「うん、もちろんだよエリーナ。叔父様たちにはどうする?」

「お父様たちや伯父様たちにはその後でお見せしますの。先にレオンに見せてあげますわ!」

「分かった。食事の後は部屋で待ってるね」


 エリーナがステータスを見せてくれるらしい。

 どんなステータスだろうな。楽しみだ。


 * * *


 夕食が終わってから部屋に戻る。

 叔父上もエリーナのステータスを見たかったらしいが、「まずはレオンが先ですの!」と言われ、叔母上たちからは「女の子の秘密を覗くんじゃありませんわよ?」と言われたことですごすご引き下がっていった。

 

 ——コンコン。

 部屋をノックする音がする。「どうぞ」と声をかけると、隣の部屋につながる扉が開かれた。


「失礼しますわ〜」

 エリーナだ。

 実は僕の部屋とエリーナの部屋は繋がっている……というよりは、エリーナの部屋の中に僕の部屋があるという言い方が正しい。


「エリーナ、大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですのよ…………ちょっと、緊張しますわね、ふふっ」


 まあ、ステータスの公開は緊張するよな。

「後で、僕のも見せてあげるよ、エリーナ」

「ええ、楽しみですわ! では…………『ステータス:パブリック』」


 さあ、彼女のステータスは————


===========================

名前:エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリア

年齢:5歳 性別:女性 種族:人族

レベル:1

スキル:細剣Lv5、水属性魔法Lv4、風属性魔法Lv2、光属性魔法Lv3、**

称号:イシュタリア第二王女、超越者、魔を統べる者

加護:七柱神の加護(世界・生命・天地・魔術・商業・武芸・芸術)、星竜の誓約


《ステータス》

STR力/物理攻撃:D+ INT知力:D

DEX器用さ/技巧:A+ CON魔法制御:A

VIT丈夫さ/体力:A+ MEN精神/魔法防御:SS+

SPD敏捷性:B CAP魔力量:S TLP思念波:INF

===========================


 なんだこれ。

 どこかで見たようなステータスだな。

 そして、Aが多く、S、SS+があるというのは、やはり驚きだろう。


 そして何より。

 称号だ。

 【超越者】と【魔を統べる者】。

 明らかに普通の称号でないのは理解できる。

 

 ここに表示されているならば、解析アナライズできるかもしれない。

 そんなことを考えていると、

「レオン…………びっくりしましたわよね?」


 そう、こちらに話しかけてくる声が聞こえる。

 エリーナがこちらを心配そうに、そして少し不安げに見ている。


 彼女は、自分が避けられるのではないか、という思いより、考え込んで黙っている僕を気遣ってくれている。

 本当に良い子である。


「大丈夫だよ、エリーナ。ごめんね。

 …………できればその称号、どんな意味か分かっていた方が良いよね?」

「そうですわね……本当は不安ですけど、初めて見る称号で、意味は分かりませんから……」


 そうだな。だからこそエリーナは不安だったわけだから。


「エリーナ。少し僕の話を聞いてくれるかい?」

 

そう聞くと、コクンと頷いてくれた。


「ありがとう、エリーナ。

 ……実は僕のステータスも普通じゃないんだ。そして、僕のスキルの一つに、色々な事を調べられる鑑定系スキルがある。もしかしたら、その称号の意味も分かるかもしれない」

「そうなんですの? それは、確かに助かりますけど……そのスキルは、『特別』なんですの?」

「うーん、初めて見るものらしいけど、家族はみんな知っているよ?」

「そうなんですのね……」


 まだ、エリーナは考えているようだ。


「大丈夫だよ。どんな意味の称号でも、エリーナはエリーナなんだから!」

「分かりましたわ。お願いできます、レオン?」

「ああ。————『解析(アナライズ)』」


 ================================

 【超越者】

 称号。旧世界に直接関係する存在にのみ付与される。

 この称号を持つ存在は、通常より大幅な成長率を持ち、

 スキル取得、レベル上昇が容易になる。

 また、旧世界に関連するスキルを持つ場合、

 その完全運用が可能となる。

 また、旧世界の遺物が使用可能。 

 ================================


 旧世界に関係する存在か。興味深い。

 そんなことを考えていたら、


《——称号【超越者】を認識。解放します》


 というイメージが頭の中を過ぎてゆく。

 どういうことだ?

 

 ================================

 【魔を統べる者】

 サクリフィア家に連なる存在。

 魔術師の末裔であり、星竜と契りを結んだ者を示す。

 ================================


 サクリフィア家とは何だ?

 竜と契りを結ぶとは?

 

 ————どういう意味だろう。

 大抵この世界の歴史は読んでおり、偉人たちの名前も見てきた。

 だが、サクリフィア家というものは記憶にない。


 そして、星竜。

 竜とはいわゆるドラゴンのことだ。

 確かに知性ある存在で、場合によっては人の前に姿を現す。

 歴史の中では水竜と友になり、各地を旅した竜騎士の話がある。

 しかし、現在では見られないし、「星竜」という存在を聞いたことがないのだ。

 しかも彼女は「星竜」の誓約を持っている。


《——【星竜】の存在認識。解放条件更新されます》

 まただ。何か僕のステータスに影響が出ているのだろうか。


「大丈夫、ですの?」

「ん?ああ、ごめんね。見終わったから説明するよ」


 今は何か他のことを考えている暇はない。

 エリーナに称号の意味を伝え、安心させることが優先だ。


 * * *


「————そう言う意味があるんだ」

「そうなんですのね!」


 僕はエリーナに称号の意味を伝えた。

 魔族と関連するものではないという事が分かり、嬉しそうである。


「さて、説明はここまでだけど、みんなにはどうしようか?」

「うーん、レオンに説明していただいた方が良さそうですわね……お父様は『お前先に見てずるいぞ!?』って言いそうですけど。ふふっ」


 確かに。下手なこと言うと血の涙を流して詰め寄られそうだ。


「あっ、それよりレオン。私まだレオンのステータス見てませんわ!」

 おっと、忘れていた。


「ごめんごめん。お詫びにステータスを見せてあげるから」

「むーーっ」

 そう膨れ面するでない。かわいいなあ、全く。


「【ステータス:パブリック】」


===========================

名前:レオンハルト・フォン・ライプニッツ

年齢:5歳 性別:男性 種族:人族

レベル:5

スキル:解析アナライズ,■■■■、魔術、式術、隠■

称号:転■者、超越者、*■、******

加護:七柱神の加護(世界・生命・天地・魔術・商業・武芸・芸術)、***の誓約


《ステータス》

STR力/物理攻撃:C- INT知力:D

DEX器用さ/技巧:A CON魔法制御:B+

VIT丈夫さ/体力:A+ MEN精神/魔法防御:A+

SPD敏捷性:B- CAP魔力量:SS TLP思念波:INF

===========================


 はっきり言って、恐怖を感じた。

 表示がバグったかのようだ。

 確か米印の部分は見られなかったはずだ。では黒い四角は何だろう。

「な、何ですの……これ」

「さ、さあ?」

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