第9話

 初顔合わせの翌日。

 

 どういうわけか、本宮殿に泊まってしまったのだが、これからどうしたものか。

 普段であれば、朝の訓練をする時間だ。

 自分はいつも通りの時刻に起きているが、多分他の人は起きていないのではなかろうか。


 大人たちは結構遅くまで飲んでたからな……

 流石に子供に夜更かしはきついので、子供勢は皆、途中退場したのだが。


 しかし、大変だった。

 結局、エリーナやアレクは同い年なので、特に仲良くなったが。

 しかし、婚約なんてまだするつもりはないが、大丈夫だろうか。あの二人。


 ふと、横を見る。

 ヘルベルト、ハリー、アレク、そして僕の順でベッドに寝たはずなのだがな……

 

 兄者と兄様は寝相が悪い。

 そしてアレク、お前が枕を奪ったのだな。何抱きついている、全く……

 子守をしている気分だ。いや、間違ってはいないが。


 ベッドから起きて着替える。

 全身のストレッチをして、柔軟性を維持しておく。

 

 その後は瞑想だ。

 ステータスのCON魔法制御CAP魔力量を上げるための訓練である。

 一年間毎日していたので、既にこれは日課になった。


 本当はこの後、剣の訓練をするのだが、流石に自宅ではないので自重するしかない。

 ……そういえば、宮殿内はどこに行ってもいいといわれていたな。


 朝食の七時までには戻ると走り書きをし、部屋を出る。

 時間の感覚が前世と変わらないのはありがたい。


 まあ、一年が三百六十日なのはびっくりしたが。

 ちょうど三十日で一ヶ月になるのだが、六年で三十日溜まるので、七年目だけ十三ヶ月になるんだったかな。


 さて、部屋を出て廊下を歩くと、ある人物に出会った。

 エリーナである。


「おはよう、エリーナ。早起きだね」

「おはようございますわ、レオン。どこに行かれますの?」


 お互いに挨拶をする。

 エリーナに笑顔を向けてみる。

 おや、赤面せずに笑顔で返されたぞ。愛らしい笑顔だ。


 いや、何をしているんだか……

「これから少し剣の訓練をしにいこうかと思っているんだけど……どこがいいかな?」

 ここは実際に住んでいる彼女に聞くのがいいだろう。


「そうですわね……近衛騎士の訓練場とかはどうでしょう?」

 

 なるほどな。

 ふと、そばに目を向けると、衛兵が立っているので、使っていいか聞いておこう。


「おはようございます。少し訓練のため訓練場に入りたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「おや、おはようございますレオンハルト殿。大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 親切な衛兵の人だ。

「じゃあ、少し行ってくる「私も行きますわ」」

 ……かぶせられた。

 大丈夫なんだろうか。いくら王宮でも一人で出歩いては拙いんじゃ……

「大丈夫ですわ。私もよく行きますし……一緒に訓練しませんか、レオン?」


 うーん。どうかねぇ。

 思案していると、エリーナの目がうるうるしてきた。

「……ダメ、ですの?」

「イヤ、イイヨ」


 女の子に泣かれるのは弱いんだよ!

 まあ、エリーナは僕が守れば……あれ、一緒に訓練?


「エリーナ、剣使ってるの?」

「ええ。といっても細剣ですわよ? 大きなのは使えませんから……」


 意外と武闘派なのね、エリーナ……


 * * *


 しばらく歩くと、訓練場に到着する。

 綺麗にされており、整備も十分行われている。


 二人で訓練標的を準備し、それぞれの型や打ち込みを練習する。


 エリーナは器用に標的を突いていく。

 人体であれば、柔らかく、急所である部分を連続の突き動作で、ほぼ同じタイミングで当てていく。

 女の子が頑張っていると、負けたくないという気持ちになってくるな。


 いつもの片手剣を握り、標的を狙う。

 僕はいつも、通常の片手剣より細身の剣を使う。

 叩きつけるのではなく、斬り捨てるように。

 流れる動作で関節部を、弱点を狙う。


 かれこれ一時間は経っただろうか。

 二人とも結構汗をかいたが、もう少し動きたい気分だ。

「エリーナ。模擬戦をしてみよう」


 せっかくなので二人で模擬戦を行うことにした。

 木剣ではなく、刃を潰した模擬剣で闘う。


「レオン、負けませんわよ?」

「当然だ。本気でやろう。このコインを投げるから、地面に落ちた瞬間から勝負だ」



 ——キイィィィィン

 コインを弾く音がする。


 コイントスをして、落ちて地面についた瞬間に模擬戦を始める。

 相手だけでなく、コインにも注意を払う。

 意外とできそうでできないのだ。


 コインに集中すると、相手から目を離してしまう。

 相手に集中すると、出遅れる。


 だが、彼女ならばできるだろう。

 なんとなくそう思っていた。


 こう考えている間も、コインは地面に向かって落ちてゆく。


 視線が交錯する。

 お互い、剣を持つ手に力が入る。


 ――コインが落ちた。

 それを視覚でも聴覚でもない、何か別のところで感じた僕らは、お互いに動き出した。


 * * *


 最初の数分は激しく、火花を散らしながら剣を合わせた。

 お互いの手数や、巧妙な技――もちろん子供のレベルだが――を使って相手の動揺や隙を窺った。


 だが現時点での実力が拮抗しており、決着がつかない。


 そうすると、今度は無駄には手を出さず、読合いに近い状態となっていく。


 ……これじゃ埒があかない。

 仕方ないか。


 そう思いながら、剣を納めたように腰のあたりに寄せ、適度な脱力と共に腰を沈める。


 いわゆる、「居合」だ。

 もちろん、前世の自分は剣道なんて経験がなく、かつて友人に見せてもらったものの真似だが。


 もちろんエリーナは警戒している。

 一見無防備に見えるが、そこで飛び込んでこないのが流石である。


 だがこのままでは変わらないことが分かっているのだろう。

 細剣を身体の前で八の字に回すと、弓を引くかのように、顔の近くで剣を持つ右手を引き、左手を刀身に添えて構えた。


 お互いの闘気が高まる。


 何が引き金になったのか。

 お互いの汗が地面を打つ音か。

 遠くの扉の音か。


 一瞬。

 二人の影が一つになり、すれ違う。


 僕は剣を一閃し振り抜いた形で。

 エリーナは右手を伸ばし、一点を突いた形で。


 だが、エリーナの手には剣がなかった。

 ぎりぎり、僕の居合もどきが彼女の剣を弾き飛ばしたのだ。


 お互い振り向き合い、僕は彼女に剣を突き付ける。


「……負け、ですわね」

「……どうにか、な。怪我はないか、エリーナ」


 もし怪我をさせていては拙いので確認する。

「ふふっ、大丈夫ですわよ?」

「……よかった」

 ホッとため息をつき、笑いかける。


 とにかく精神的に疲れた。

 父と戦うときと違い、本気を感じた。

 お互いに笑いあい――座り込んだ。


「はー、つっかれたー!」

「つっかれましたわー!」


 あまり見せられる姿ではないな……





 * * *


 しばらく休憩をした後、王家の私室に戻ることにした。

 そろそろ朝食の時間でもあるので、水を浴びて、着替えてから王家専用の食堂に向かう。


「おはようエリーナ、そしてレオン。朝からデートかね? 俺に何も言わず?」

 何故か仁王が目の前に立っていた。


「おはようございます、ウィル叔父様。デートではありませんが、一緒に訓練してました」

「おはようございます、お父様。デートならもっと良いところにしてもらいますわ?」

「むぅ。返しがつまらんぞおまえたち! それでも王族か!」


 理不尽だろ。

 お笑い芸人じゃないんだぞ。

「確かに! 申し訳ございませんわお父様! ご指導お願いいたしますの!」

 エリーナさん……それはちゃうねん。


 なんか、エリーナがやる気になっている……


「お前も鍛えてやるぞ! 王道とは笑いも含めて王道だ! 一つもおろそかにしてはならん!」

「マリア叔母様-、フィオラ叔母様ー。こっちで陛下が暴走してますー」

「あ、バカ! それはダメだと――「あ・な・た?」ああああー!」


 あっという間にウィル叔父様が引っ張っていかれた。

 フィオラ叔母様がこちらに微笑む。


「ごめんなさいね? あの人ったら朝、早起きしたのに二人がいなかったから、拗ねていますのよ?」

「あー……それはすみません……」


 いくら早いとはいえ挨拶くらいすべきだったか。

 後で謝っておこう。




 * * *


 朝、少々騒動があったものの、どうにか平和に過ごすことができた。

 叔父上も謝ったら滅茶苦茶上機嫌になったからな。


 これから両親も叔父上たちも仕事である。

 まあ、下の階に移動するだけなのだが。


 そのようなわけで子供たちはそれぞれ勉強や鍛錬を始める。

 ハリー兄やヘルベルト兄者は、多分鍛錬に行ったのだろう。


 僕はエリーナやアレクと共にゆったりとした時間を過ごす。

 三人で本を読み、おしゃべりをする。


 平和な時間だ。 

 ……と思ったら、兄たちが来襲してきた。


「おい! 何やってんだ! 外に出て遊ぶぞ!」

「さあ行こうかレオン。朝はエリーナと遊んだんだろう? 今度は俺たちの番だよね? ん?」


 まったく……はしゃぐのは構わんが、勉強はどうした。

 あと二年はあるとはいえ、ちゃんとしているんだろうか。


「いいか? 今から俺たちは流離いの剣士だ! 外で冒険者ごっこをするぞ!」

 ヘルベルトが拳を突き上げて宣言する。


 こいつ……アホの子か……!?

 横ではハリー兄が笑っている。何企んでんだか。


「じゃあ、クエストを説明するよ。

 これから俺たちはムザート伯爵夫人のレッスンがある。だが、俺たちには任務がある。それはこの王宮で起きる数多の戦闘(勉強)を回避しつつも、かけがえのない宝物(遊び時間)を得る時間だ! 諸君の働きにかかっている!」

 ハリー兄はノリノリでクエストなんて言っている。


 だがそれって、つまりは授業を受けたくないから、本宮殿内から出て離れで遊ぼうと。

 そういうことだろう?


 しかし、大丈夫か?

 意外と叔父様や父なら気にしなさそうだが、母上に見つかると怒られるぞ?


「……大体、なんでよりによって今日はダンスのレッスンなんだよ。俺、ムザート伯爵夫人は苦手だぜ」

「俺も苦手だよ、ヘルベルト。よくレオンは平気で受けてたよね……」


 いや、ダンスって必要じゃないか。楽しいし。

「あら、レオンもムザート伯爵夫人に教わったんですの?」

「ああ。しかし、『も』ってことはエリーナも?」

「ええ、そうですわ。アレクも習ってますのよ。パートナーをしてくれていましたの」

「なるほどね。僕はセルティ姉がパートナーだったな」


 同門なのか。まあ、大抵の貴族はそうらしいが。

「今度お相手をお願いできるかな、エリーナ。時にはしっかり練習しないと忘れそうだよ」

「あら、是非お願いしますわ!」


 よし! パートナーをゲットだぜ!

 流石にいつもセルティ姉では困る。ここはエリーナをパートナーにしていれば、何か式典で踊るときも一緒に参加して、そばに付いていることができるのだ。


「おいそこ! イチャイチャすんな! 行くぞ!」

 ヘルベルトが僕らをせき立てる。

「あ、まってよ〜、おにいさま」

 アレクがヘルベルトたちを追いかける。


 しばらく周りを窺いながら、兄とヘルベルトが本宮殿から離宮への道を進む。

 まあ、離宮というのはうちの家族が滞在する離れなのだが。


 そうやって、後は離宮まで一本道のところまで来た。


「ふう。ここまで来たら大丈夫だね。さ、遊ぼうじゃないか」


 あ、ハリー兄。それはフラグだ……


「あら、お二人とも。ここで何をしているのです? 今日はダンスのレッスンでしてよ?」

「「うえっ!?」」

「どういう声を出しているのです、殿下。そしてハリー卿、先ほど何とおっしゃっていましたかしら?」


 背が高く、独特の縦ロールにされた薄紫色の髪。

 非常に珍しい、極彩色の羽根飾り。

 輝かしいモノクル。


 ……一言で言うと派手で奇抜なんだが。


 間違いない、ムザート伯爵夫人だ。


「お久しぶりでございます、ムザート伯爵夫人。その節はお世話になりました。お元気そうで何よりでございます」

「私からもご挨拶申し上げますわ、クラリッサ先生」

「あらあらあら! エリーナ殿下にレオンハルト卿ではございませんか! お二人ともお元気そうで何より。最近はダンスされてますかしら? 貴方たちは本当によく練習されていましたからね、あっという間に卒業してしまわれて……

 久々に見たいですね。ええ。すぐに陛下に許可を取ってきましょうそうしましょう。この二人のことも報告しなければなりませんし」


 相変わらず口調が速い。

 あっという間に話されるので、聞き逃すまいとするのが大変だったな……


 そして、「陛下に報告する」のところでうなだれた二人。

 サボると後が怖いんだぞ。いい勉強になったな。

 ……意外とこの二人には効かないのかもしれないが。


 ともかく、ムザート伯爵夫人と共に歩いて(約二名は連行されて)陛下(おじさま)の元に移動する。

 ムザート伯爵夫人から陛下に取り次いでほしいとのことで、エリーナと共に、国王の執務室の前に立った。


「陛下、レオンハルト・フォン・ライプニッツであります」

 そう扉の前で口を開く。

 すると中から「入っていいぞ」との言葉が聞こえたので、扉を開け入室する。

 

 胸に手を置き、頭を下げ、貴族の礼をとる。

 次男とはいえ公爵家の一員。爵位はないが、成人前なので準貴族扱いである。

 ちなみに成人したら任意で貴族籍を外れ、平民になることもできるが、余程の馬鹿か、問題児でない限り、上級貴族の子供は何かしら役職に就くので、法衣貴族になるのが通例だ。


「どうしたレオン、ハルトよ」

 いくら陛下の執務室で、僕が親族とはいえ、ここは公的な場所だ。

 愛称で呼ばないでくださいね、王妃殿下から怒られますよ?


「実は、ムザート伯爵夫人がお話ししたいことがあるとのことです。恐らく、ヘルベルト殿下……のことについてと予想いたしますが」

 本当はうちの兄様のこともあるんだけどな。

 流石にここでは言わない。

 

「あ、あー……そうか。分かった。応接室で話そう。……セバスティアン、頼む」

「はい、陛下」


 叔父上は隣に立っていた補佐官に声をかけた。

 いかにも執事の雰囲気だが、王様付の補佐官、つまりは官僚の一人ということだ。


「さ、エリーナ殿下、レオンハルト卿。ご案内いたします」

 そう言われ、一緒に退室する。

 

 少し離れたところに立っていたムザート伯爵夫人と、連行されてきた二人の阿呆と共に応接室に向かう。

 おっと、阿呆ではない。兄者と兄様だ。


 しばらく出された紅茶を楽しんでいると、陛下が部屋に入ってきた。


「すまんな、待たせてしまった。しかし、相変わらず元気そうであるな、ムザート伯爵夫人。さ、座り給え」

「突然お邪魔いたしまして申し訳ございません、陛下。そして、陛下もご健勝そうで何よりでございます」


 陛下が座ってから、促されて皆座る。

 ちょっとハリー兄とヘルベルト兄者の顔色が悪いが。




 結局、ヘルベルト殿下とハリー兄は怒られるのだが……

 どうも陛下は二人をかばっている感じだった。


 そして、エリーナと僕はダンスを踊り損ねた……何のために陛下のところに行ったんだか。




「まったく……殿下もハリー卿も、誰に似たんだか……

 そこは似てほしくなかったんですがね……」

 そんなムザート伯爵夫人の呟きは虚空に消えた。




* * *


 顔合わせから一ヶ月ほどたった。

 今日も本宮殿でいとこたちと遊ぶ。


 父は平日領地に行き、休日は王都に来ている。

 なんか、単身赴任の父親みたいだ。あながち間違っていないが。



 夕方になり、官僚たちは屋敷に戻る。

 普通、そろそろ父と共に離宮に戻るのだが……


 今日は叔父様たち一家と一緒に夕食だそうだ。飲み事はないようだが。

 しばらくエリーナたちとお喋りしつつ、夕食の時間を待つ。


 すると、部屋をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

 そう声をかけると、「失礼します」との言葉と共に一人の男性が入ってきた。



 セバスティアンだ。

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