第六話 楽しみはドライブの後で

  〇


 ブルブルブル。


 ブルブルブルブルブルブル。


 スマホが鳴っている、気がする。


 ぼくぼけまなこで起き上がると、手探てさぐりでスマホを探した。


 る前にあったはずのスマホは、どうしてた後には行方不明ゆくえふめいになるのだろうか。このなぞだれか解き明かしてしい。


 そんなことを考えながら、布団ふとんの裏にかくれていたスマホを取り出すと、画面に表示されていた名前にびっくりした。


南雲なぐも結月ゆづき


 てっきりタイマーが鳴っているだけだと思っていたが、相手はなんと彼女かのじょだったのだ。


「はい、もしもし?」


 ぼくは朝のガラガラした声で電話に出た。


『やっぱりまだていましたね』


 彼女かのじょは通話の向こうで、ふんっと鼻を鳴らした。


 ぼく壁掛かべか時計とけいから今の時間を確認かくにんした。まだ、朝の六時である。


「あれ? 集合時間とか変わった?」


『いいえ、変わらず九時ですが』


「……まだ朝の六時だよ」


 ぼくうらみがましくそう言った。大学生にとって朝の一分は夜の一時間に匹敵ひってきするほど貴重なのである。


『そういって二度三度しているうちに、寝坊ねぼうしてしまうんですよ。いいですか? 今日きょう遅刻ちこくは厳禁ですからね。もう今からないで下さいよ?』


 そんな一方的な言葉をけられて、通話は切られた。


 あらしが過ぎ去ったかのように、部屋へや静寂せいじゃくおとずれた。


 実は昨日きのうのうちに、彼女かのじょ連絡れんらく先を交換こうかんしていたのだ。その時になって初めて彼女かのじょの名前が南雲なぐも結月ゆづきだということを知ったのである。あれだけ話してたのに。


 ぼくはまたゴロンと布団ふとん転がりながら、スマホの画面をながめた。連絡れんらく先が増えるということは良いことだ。それも、黒髪くろかみ美人な女の子なら大歓迎だいかんげいだ。まあ、ちょっと変わった子だけれど。


 というか、これ。はからずもモーニングコールになったのでは? そんなことを思いながら、ぼくはまた、まどろみの中に落ちていった。




  ○


「だから電話したんですよ……。このポンコツ!」


「本当にごめんなさい……」


 彼女かのじょのモーニングコールもむなしく、あっけないほど簡単にぼく寝過ねすごした。


 おかげで二時間の大遅刻だいちこくである。


阿呆あほ


 あわてて入ってきたぼくを、彼女かのじょはそんな言葉で出迎でむかえてくれた。ギロリっと、彼女かのじょするどい視線がこちらに向く。


「本当にごめん!」


 土下座せんばかりの勢いであやまると、彼女かのじょは「はあっ……」と何かをあきらめるようなため息をついた。そのため息だけは止めてくれよ……。ぼくがなおもあやまつづけると、


「もういいです。その代り、お昼はおごって下さいよ」


 それでことが済んだ。


了解りょうかいです」


 ぼくはまたヘコヘコと頭を下げる。


 彼女かのじょに出会ってからというもの、ぼくにはヘコヘコと頭を下げるくせが付いたみたいだ。


 彼女かのじょはまた、いつものようにソファーにこしかけると、手帳に何やらんでいた。今日きょうの予定を十分刻みでんでいるにちがいない。


 まったくもって、パワフルな女の子である。


 ぼくはポットに余ったお湯をマグカップに注ぐと、それを白湯さゆのまますすった。そして、マグカップで顔をかくすようにして、彼女かのじょの横顔をぬすた。


 昨日きのう清楚せいそでお上品なお嬢様じょうさまのような格好をしていたが、今日きょうはまた一段とちがっていた。


 紺色こんいろのジャージをかたに羽織り、下はちょうミニパンツ。インナーは白のTシャツ。これでキャップとサングラスをかけていれば、ちょっとやんちゃなおじょうさんである。たぶん、街中で話しかけられてもこわくてげちゃうだろうな、というような恰好かっこう彼女かのじょなのであった。


 それにしても短すぎないか? あのパンツ。だって、もう生足が太ももから丸見えじゃないか……。彼女かのじょとおった白いはだに、自然と視線が向いてしまう。


 見てはいけないと思うのだだが、ついつい視線が生足に向かってしまうのだ。生足、生足。


「完成しました!」


 彼女かのじょがそう高らかに宣言してくれて助かった。


 おかげでぼくの視線は彼女かのじょの足からはなれてくれた。それにしても、生足……。


今日きょうの午前中は、ドライブをしますよ」


 


  ○


 ドウルルルン。


 そんなエンジン音がひびくと、彼女かのじょはサングラスをかけ、ハンドルをにぎった。その姿がやけにしっくりきて、ぼく素直すなおおどろいた。


「車、持ってたんだ」


「ええまあ、親のおさがりですけど」


 すごいなあ。


 免許めんきょこそ一年生の内にとったぼくだったが、実際に公道を走ったことは、まだ、ない。


 彼女かのじょの車はおさがりにしては十分過ぎるくらい綺麗きれいだった。レトロな雰囲気ふんいきに加えてコンパクトなボディーであり、男子はもちろん女子にも人気そうなデザインだ。座席は四つあるのだか、ドアは二枚しかない。


 ぼくが助手席にむと、彼女かのじょはテンションの上がる洋楽を流し始めた。


「それじゃシートベルトはしっかりしましたか? わたしの運転は少々あらいですよ?」


 そう宣言されてしまったからには、ぼく覚悟かくごを決めるしかなかった。


  車に乗りむと、少し違和感いわかんを覚えた。


「あれ? この車マニュアルなの?」


「ええ。わたし、マニュアル以外の車を車として認めていませんから」


 ……左様ですか。


 車を運転すると性格が変わるとはよく言われているが、彼女かのじょもまたその一人ひとりなのかもしれない。


 たくみなハンドルさばきとクラッチ変換へんかんで、ぐんぐんとほかの車を追いいていく。


「先頭に立たないと納得なっとくができないんですよ」


 彼女かのじょはそう言ったが、となりすわっていたぼくとしては、そんなスピードを出して一番を目指さなくても……と、寿命じゅみょうが縮まる思いだった。


「どうです? わたしのハンドルさばきは」


「うん。すごいよ」


 すごいう。


 その言葉に気を良くしたのか、彼女かのじょ自慢じまんのテクニックをさらに見せつけてきた。


 あまいドライブデートを予想していたぼくとしては、裏切られた気分だ。


 とにかく早く目的地についてくれと心の中で何度もつぶやいた。


 早く目的地に着け。早く目的地に着け。早く目的地に着け。早く目的地に着け。


  〇


 目的地は何てことはない。昨日きのう来たホームセンターだった。彼女かのじょはぴっちりと角を合わせて駐車ちゅうしゃすると、「行きましょうか」とサングラスをおでこにかけ直し外に出た。


 やっと終わったのか。


 ぼくは無事に目的に着いたことを神に感謝した。


 でも、これって帰りもあるんだよな。


 すごく、心配だ。


「ねえ、何買うの?」


 昨日きのう、大方の備品は買ったはずだったが、彼女かのじょはまだまだ納得なっとくがいっていないらしい。


昨日きのう買えなかった物をピックアップしたので、今日きょうはそれを買います」


 彼女かのじょは手帳をヒラヒラとると、びっしり書かれたページを見せてくれた。


 ふむっ。


 今日きょうもなかなかタフな一日になりそうだ。


 カートを彼女かのじょの後ろをついていく。彼女かのじょが「あれを取って下さい」といえば、あれを取り、「これをお願いします」といえば、これをカートに入れる。そしてまた後ろについていく。


 そのかえし。


 彼女かのじょの買い物リストは物が多いらしく、カートはあっという間に物であふれてしまった。


「少し買いすぎじゃない?」


「ふむ。少々予算オーバーですね。仕方ない。減らしますか」


 少々ではないと思うんだけどな。荷物持ち係としては、量が少し減って安心した。


 さらに彼女かのじょは、ホームセンターの二階にある鍵屋かぎやさんに向かった。どうやら、部室の合鍵あいかぎを作るようだった。


「この合鍵あいかぎを五つほど作って下さい」


「五つも?」


 ぼくは少しびっくりして彼女かのじょに聞いた。五つも作ったって、わたす人がいないじゃないか。そういうと、彼女かのじょ


「いいえ先輩せんぱい。最低でも五つは必要なんですよ」


 と真面目まじめな顔をして答えた。


 合鍵あいかぎが出来るまでの合間を利用してぼくたちは昼ご飯を食べに向かった。そこは近くのラーメン屋であり、料金はもちろんぼく持ちだ。


  ○


「これで一段落付きました」


 彼女かのじょは大層満足といった感じで、部室をながめた。すっかり様変わりしてしまった部室は、もう女子の部屋へやとしか思えない。


「コーヒー飲む?」


「お願いします」


 彼女かのじょはまた何やら手帳にんでいる。本当に、今日きょう一日これだけやっても彼女かのじょのパワフルさにはおとろえは見えなかった。


 ぼくなんか、これから一日中ていたって問題ないくらいつかれているのに。


 先ほど買ってきた二人分ふたりぶんのマグカップにコーヒーを注ぐ。彼女かのじょは黒色が好きらしく、落ち着いた色のマグカップ。そしてぼくのは青色だ。


今日きょうはもう解散かな?」


 彼女かのじょにマグカップをわたしながら、おずおずといった調子でたずねると、彼女かのじょは「何言ってんだか」といった調子で笑われた。


「いいえ先輩せんぱい。これからが本番ですよ」


 そういって、不敵なみをかべた。

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