コキアのせい

 ~九月十七日(月祝) 藍川家庭先~


  コキアの花言葉 忍耐強い愛



 自分でめくりあげたくせに。

 なんて不条理な。


 俺が、新谷さんのレオタードに脳殺されたと怒りっ放しの理不尽さん。

 こいつの名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 ただ、そんな彼女が。

 今日はちょっといつもと違います。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪はともかく。

 頭の上に一メートル。

 箒木ホウキギと呼ばれるコキアの木。


「でかいでかいでかい!」


 とんぶりの生るコキアが真っ赤に紅葉して美しいとは思いますが。

 いったいどうやって固定しているのです?


「変?」

「変です」

「やっぱり。どうにも朝から前髪が決まらないの。今日はお休みでよかったの」

「そこは気になりません」


 どうにも気にするポイントがおかしい穂咲が。

 右へ左へ揺れるたび。

 目に鮮やかなコキアを眺めながら歩くご近所さんが。

 垣根越しに「動いた!」と、あるいは「うわあ!」と。

 驚きの声を上げるのです。


 しかし前髪ですか。

 確かにいつもより毛先が丸まって。

 目に入りそうなのです。


 横に流してあげましょう。

 そう思っておでこに手を伸ばしたら。

 手の甲をぴしゃんとはたかれました。

 どうやら、まだご機嫌は回復していないようです。



 ……金土日と。

 ずっと膨れたままの穂咲のご機嫌取り。

 本日はバーベキュー台を設置して。

 お庭でランチを振る舞ってあげようとしたのですが。


 かまって欲しがりのおばさんも出て来ると。

 経緯はよく思い出せませんが。

 気付けば穂咲とお料理対決を始めていたのです。


 結果、穂咲のぶんむくれも一時休業となったのはいいのですが。

 バーベキューでお料理対決などしたって。

 焼き方くらいでしか善し悪しなど生まれないでしょうに。


 同じ食材を串に刺して焼いて。

 同じタレでいただく訳ですから。

 まったく無意味な勝負。


 ……そう思っていたのですけれど。


「うーん、おばさんの圧勝です」

「ふっふっふ。本気の五十パーセントも出していないわよ、私は」


 ちょっと信じがたいのですけれど。

 おばさんの焼いたお肉の方が断然美味しいのです。


 穂咲も食べ比べながら目を丸くしていますので。

 俺の舌がおかしいということも無いでしょう。


「ほんとに美味しいの。ママの方が、ちょっとしか焼いてないのに」

「そうですね。しかも焼く三十分も前から炎天下にほっぽらかしにしていたようですが」


 一時期の猛暑は落ち着いたとは言え。

 いまだに厳しい日差しが照り付ける庭先に放置しっぱなしだったものだから。

 おばさんのお肉、焼く前にすっかり白くなっちゃっていたのに。


「さすがは我が永遠のライバルなの。道久君の胃袋はママに夢中なの」

「あら、私はいらないからほっちゃんにあげるわよ? じゃあ私は式場予約してこなきゃ」


 危険なことを口走るおばさんが。

 リビングのサッシを開いて庭へ足を投げ出して。

 たまの休日、幸せそうに笑っているので。


 激しく突っ込むのはやめておきましょう。


「ほっちゃんの料理の腕もまだまだね~」

「そりゃそうでしょ。こいつ、目玉歴は十年以上ですけど普通の料理をし始めてから一年くらいですし」

「きっとすぐにママを追い抜くの。まずはキャリア」

「キャリアは追い抜けないでしょうが。おばさんとの相対距離が変わったら驚きなのです」


 俺の説明も理解できずにきょとんとする穂咲が。

 勝負の言い訳などを始めました。


「今日は調子が悪かったの。昨日、ちょこっと勉強したから体調を崩していたの」


 そんなことを言いながら。

 食材やら調味料やら調理道具やらを雑多に積み上げたテーブルをガサゴソとひっくり返しておりますが。

 俺は、君の体調の悪さを回復するアイテムなんか持ってきてませんよ?


「えっと……、あったの」

「なにを探していたのです?」

「具合が悪いときに使うの。さっき出しといたの」

「ああ、薬を準備していたのですか。じゃあそれを飲んで寝ていなさい」

「薬とは違うの。元気になれる、18禁なの」

「ちょっとそこに座りなさい!」


 俺が怒鳴りつけると。

 何やら薄い品を手にした法律違反ちゃんが飛び上がって驚いています。

 と言いますか、お天道様の下に何を持ち出しているのです!?


「寝てるの? 座るの? どっち?」

「だまらっしゃい! 君は十六でしょうに!」

「大人だからいいの」

「いいわけあるか! それを寄こしなさい!」


 穂咲が手にした物をふんだくってみれば。

 それは確かに『大人用』と書かれた。



 おでこシートでした。



「……これは、別にいいです」

「騒いだり元気が無くなったり。変な道久君なの」


 君の言い方が悪いのです。

 でも、今日は君のご機嫌取りバーベキューですので。

 我慢我慢。


 おでこシートを張ってあげましょう。

 そう思っておでこに手を伸ばしたら。

 手の甲をぴしゃんとはたかれました。


「何をするのです」

「道久君こそ何するの? 前髪、微妙だから触らないでほしいの」


 ああめんどくさい。

 でも、忍耐なら負けません。


 鏡を取り出して、しょぼくれた顔で覗き込む穂咲でしたが。

 君、やっぱりそんな小さなことを気にしてる場合ではないと思うのです。


 頭の上に、スズメが群れを成してとまっていますよ?


「うう、この頑固な三本がこっちにお邪魔してくれれば……、あ! 上手いこといったの!」

「ちょっと失礼」


 フンでもされたら面倒なので。

 俺は穂咲の頭を掴んでぶんぶん揺すると。


 驚いたスズメが一斉に飛び立って。

 ほっと一安心なのです。


「……だというのに、どうして君はジャガイモ詰め放題の袋みたいに膨れているのでしょう?」

「み……」

「み?」

「道久君のぽんつくー!」

「ぐはっ!?」


 助けてあげた俺のあごに。

 スナップを利かせたアッパーカットとは何事ですか。


 まったく、忍耐が足りません



 ……いえ。

 穂咲のことでは無く。


 へろへろパンチ一つで簡単に気を失う。

 俺の忍耐が足りないのです。

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