Episode04 鎧騎士(3)

 首が吹っ飛んで行った。


(真白さん、やりすぎ……って言うか死んでない!? 死んじゃってるよね!!?)


 冬夜は完全にパニックに陥っていた。

 生死をかけた戦い。今までにも経験したことはあった。死にかけたこともあった。それでも実際に誰かが死んだことはなかった。

 目の前で一人の命が散ったのだ。

 正気を保っていられるほど冬夜の肝は座ってはいない。


「ん? 私の首はどこだ?」


 転がった首が喋った。

 冬夜のキャパシティーはすでにオーバー。理解が追い付かない。


 目の前の鎧騎士は死すら超越した存在なのか。

 不死身の存在。そんな相手に相対できるはずはない。

 逃げるべきではないのか。しかし相手が簡単に逃走を許してくれるとは思えなかった。


「面白いぞ、鎧騎士」


 真白は頬を上気させながら笑う。

 戦えることの何がそんなに嬉しいのだろうか。

 平和な時代――世界に生まれ育った冬夜には分からない感覚だった。


「やってくれる」


 呟くようにして言う鎧騎士(頭部)。

 頭部の無くなった首部分には炎が揺らめいている。

 突っ立った鎧騎士の身体はどこか淋しげに見えた。


「決着をつけようか」


 鎧騎士の身体が頭部を拾い上げる。

 小脇に抱えられた頭部がカタカタと揺れた。

 それに合わせるように首部分の炎が大きく揺らめく。

 どうやら首部分の炎は、感情の起伏によって変化するらしい。


 一段と大きく揺らめいた炎の上に頭部を乗せる。

 結合部の調子を確かめるように首元を触り、剣を握る手に力を込めていた。


 再び対峙した二人の視線が交錯する。


「ちまちま戦うのも面倒だ。一思いに潰してやる」

「やってみろ」


 同時に地面を蹴る。


 その動きは疾風。


「はあぁぁああああああ――ッ!!」

「ちぇすとぉおオオオオ――ッ!!」


 咆哮と共に全身全霊の一撃を繰り出す。

 防御を無視した突進。

 鎧騎士は振り上げた剣に炎を付与し、斬りつける。

 真白は真正面から受けて立つ。


 剣戟と生身の一撃。

 勝負は目に見えている。だが――それはあくまでも冬夜の――人間の常識の範疇の話。

 人外の存在には当てはまらない。そのことを今、この瞬間冬夜は知った――理解した。


 ガチンと金属同士がぶつかったような音が部屋に響く。

 妖力で強化された肉体は金属をも凌駕りょうがする。

 剣を圧し折り、鎧をも砕く。


「剣か魔法、どちらかを極めていれば勝負は分からなかった。剣技も魔法も一流だった。だが、それでは私には勝てんよ」


 真白の勝利宣告であった。


「行くぞ、お前たち」


 鎧騎士に背を向けて上層へ続く階段へと向かう。


「真白さん、まだユニコーンが……いない?」


 先程まで進路をふさいでいたユニコーンの姿が無くなっていた。


「忠実な愛馬だな」


 真白が視線を向ける。

 そこには鎧騎士に寄り添うユニコーンがいた。


「アレは主人に忠実なだけだ。私たちに敵意はない。放っておいて問題はないだろう」


 一人と一頭を残して一行は上層へと向かう。


 …………

 ……

 …


 螺旋状に続く通路の行く手には部屋がある。

 長く辛い過去。その象徴。

 ユートピアの心臓部――、


「皆さんようこそ。僕のユートピアへ」


 そこには日本中――世界中の人間が知っている人物が待っていた。


 バスチア。

 世界的大富豪にしてユートピア(ホテル)の親会社、マスターピースの社長。表向きは。


 誰一人としてバスチアをただの人間として見ている者はいない。

 世界的実業家というのはあくまで表の顔。

 今この場所にいるバスチアこそが本当のバスチアなのだ。

 何を企んでいるのか。

 ユートピアに求めるものは一つ。

 最上位魔法夢幻回廊《むげんかいろう》。世界を創り変える禁忌の魔法。


 そんな場所にいる人間が、ただの人間なんてことはありえない。

 黒幕。

 そんな言葉が皆の頭を過っていた。

 事実そうなのだろう。

 バスチアは冬夜たちの登場に驚く素振りもなく、冷静に、そして淡々とテレビで見るのと同じ調子で語る。


「ここまで来たと言う事は、門番は倒したという事だな」


 門番と言うのは鎧騎士の事だろう。


「あなたは何者なの!? あの人たち――銀の流星の残党?」


 珍しく登丸先輩が叫ぶ。


 過去に遭ったことを想えば当然の反応だ。

 一度は壊滅した組織が今なお、野望を持ち続け、その野望を成就じょうじゅさせようとしているのだ。

 登丸先輩の怒りはもっともなものだ。


「残党? フフフ、それは違いますね」


 柔和な笑みを浮かべるが、ゾワリと悪寒が襲う。


「銀の流星は僕……――取り繕うのはやめよう。私を、いや、俺を復活させるための駒に過ぎない。そう、駒なんだよ。このヘルス=ブラッド・フーガ復活のためのな」


 笑みが歪んだ。

 否。そう見えただけだ。浮かべた笑みは同じだった。でも、先程までとはまるで違う、纏うオーラが変わった。

 とても邪悪なオーラだ。


 そして顔に手をかざして、上から下へと動かす。

 するとそこにはバスチアの顔はなかった。

 全く見知らぬ顔が――青年の――容姿の整った顔があった。


 困惑と混乱。

 そんな中、登丸先輩だけが違う反応を見せた。


 震える声で、


「……大河なの?」


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