第3話 この迷宮が迷宮たる所以

 地下二階に下りると、この迷宮はようやく迷宮らしい姿になる。

 この階層が完全踏破されてから久しいが、入り組んだ通路と罠は健在であり、決して油断してはならない場所だ。

 無論、魔物もな……。

「今度はカラカラのヤツだ。叩き壊せ」

 目の前に立つのは、動く骨格標本ことスケルトンだ。

 まあ、要するにただの骨野郎だが、俺は毎度不思議に思う。

 筋肉がないのにどうやって動いているのか、全くもって謎だった。

「こういうのは、剣よりハンマーの方が向いているんだけどね」

 厄介な事に、コイツにはなぜか魔法が効かない。

 つまり、レインに頑張って叩き壊してもらうしかないのだ。

「まあ、そういうな。あとで金槌を買ってやろう」

「真面目にいらないよ。それ……」

 ともあれ、三体現れたスケルトンは、あっという間にレインが粉砕した。

「まあ、この程度ならな。ゾンビと違って臭くないし、なんの問題もない」

 戦闘というよりは一方的な破壊活動を終え、先に進もうと足を一歩踏み出した時だった。

 肉球の裏に、微かにカチッという感覚が走った。

「あっ……」

 ミーシャが声をあげた。

「うむ、やってしまったようだな」

 記憶によればこんな場所に罠などなかったはずだが、今まさに俺が踏んだのは罠の作動スイッチだった。

「……動かないでね」

「心得てる。さっさと処理してくれ」

 罠も色々なタイプがあるが、これは作動スイッチを押して放すと何かしら望ましくない事が起こるものだ。

 これが即発式の罠なら、もうとっくに何かが起きているはずだ。

「えっと……これが作動スイッチだとすれば……」

 ミーシャは短刀を石と石の間に差し込んだ。

 そのまま慎重にそこの石を退けた。

「あったあった……」

 石の下には、何かしらの機械的なものが仕込まれていた。

「みんな下がってて!!」

 ミーシャの声に、あとの二人がやや離れた場所まで待避した。

「なんか、最初の頃を思い出すね」

「思い出話はあとだ、集中しろ」

 実のところ、俺たちは最初から四人だったわけではない。

 迷宮の話を聞いて当てもなくトレビの街を訪れた俺だったのだが、ちょうどパーティーが壊滅してしまい、一人途方に暮れていたミーシャと出会った。

 以来、しばらく二人で迷宮に挑んでは、こんな場面も数多く乗り越えてきたのだ。

「分かってるよ。そんなヘマしないから。よし、解除っと」

 短刀で慎重に仕掛けを壊し、ミーシャは罠を無力化した。

「そんな使い方ばかりするから、すぐに刃こぼれするんだ」

「私らしくていいでしょ!!」

 なにか、短刀という道具の使い方を間違えてはいるが、役に立っているので文句をいうのは筋違いだろう。

 俺はため息を吐き、そっとその場から動いた。

「よし、大丈夫だな。油断したつもりはなかったんだが、これからは気を付けよう」

「思い切り気を付けてね。この程度だからよかったけどさ!!」

 ミーシャは俺の鼻を指でビシッと弾いた。

「……痛いぞ」

「うん、痛くしたからね!!」

 小さく笑って、ミーシャは声を上げた。

「よし、お前らいくぞ!!」

 こうして、地下二階のさらに奥に進んでいった。


「さて、ここらで小休止だな」

 この迷宮は地下二階から別物のように広く複雑になる。

 適度なところで休憩を挟まないと、命に関わる事態を引き起こしかねない。

「一応、罠チェックはしたぞ。この円内は安全地帯だ!!」

 ミーシャが床にチョークで広めの円を描いた。

「さて、俺の出番だな」

 やおら気合いを入れて、人一倍デカい背嚢から携帯用コンロをはじめとした、様々な調理グッズを取り出したレイン。

 持ち込んだ保存食料を鮮やかに捌き、せっせと調理をはじめた。

「うん……こいつのメシは美味い」

 俺はメシが出来るまでの間、暇さえあればやっている爪研ぎをした。

「タンナケットもそれ好きだねぇ」

 暇だったらしいミーシャが声を掛けてきた。

「うむ、これをやらぬと落ち着かん。ちょっと肩を貸せ。石よりそっちの方が磨ぎ心地がいい」

「……優しくしてね」

 ちょっとだけ赤面しながら、自らそっと肩をはだけたミーシャに対し、俺は心の底から戦慄した。

「冗談だ。おぞましいものを見せるな」

「……ふーん」

 ミーシャはいきなり俺の首根っこを引っつかんでぶら下げた。

 そのまま、鮮やかに包丁を振るうレインに近づいていった。

「これ、追加の食材」

「ありがとう。なかなか、新鮮そうでいいな」

 レインは俺を引っつかみ、携帯用のまな板に押し付けるとそのまま包丁を振り下ろした。

「おわっ、危ないな。タンナケットじゃん。危うく三枚下ろしにするところだったよ」

「馬鹿野郎、さっさと気がつけ」

 実はタチの悪い冗談ではない。

 レインは、本気で直前まで俺と気がついていなかった。

 もう何度となく繰り返してきたことだった。

「ほら、料理されたくなかったら、さっさと私の肩で爪研ぎしろ!!」

「どんな趣味してやがる……」

 俺はため息を吐き、フルで爪を出した。

「後悔しても、遅いからな」

 かくて、ミーシャの悲鳴が迷宮に轟いた。


「全く、なにやっているんですか」

 肩といわずミーシャの全身をズタボロにしてやったら、呆れ顔のナターシャに首根っこ掴まれて放り投げられた。

「俺は悪くない。そいつの妙な趣味に付き合っただけだ」

「やっぱり、ゾンビの麻痺爪より効くぜ!!」

 なにが効いたんだかしらないが、ミーシャはボロボロでご満悦だった。

「はいはい、無駄に治療させないでください……」

 ため息交じりにナターシャは呪文を唱え、ミーシャの傷は一瞬で癒えた。

「やっぱねぇ、一日一回はコレやらないと!!」

「だから、どんな趣味だ……」

 思わずため息を吐いた時、メシが出来上がった。

「さて、出来たぞ。タンナケットはこれな」

 レインは猫缶を出した。

「用意した食材の都合でネギばっかりでさ。猫はまずいだろ?」

「よく分かってるな。いいだろう……」

 まあ、こんなのは今に始まった事ではなかった。

 猫が口にしてはいけない食材というのは、実はかなり多いのだ。

「それじゃ……」

『いただきます!!』

 ここは連携をみせた三人が声を揃え、レインが猫缶の中身を器にあけてくれた。

「うむ、今日は黒缶か。ベーシックだが、これはこれで美味いな」

 猫缶にも色々ランクあり、これは一番基本のものだった。

「まあ、特売でまとめ買いしたゴールドエクストラスペシャルもあるんだが、贅沢は敵だってね」

 なにかの炒め物をモソモソしながら、レインがいった。

「一度聞こうと思っていたのだが、いつもどこで猫缶を仕入れているのだ。トレビの街にそんな店があったか……」

 元々はひなびた地方都市のトレビだが、この大迷宮が発見されて以来冒険者たちのベースキャンプと化していた。

 こういった時に必要な物資を売る店ばかりで、一般的にはペット用品とされる猫缶を置いた店など、俺は見た事がなかった。

「ああ、レストア亭のオヤジだよ。頼めば、なんだって調達してくれるよ」

 事もなげにレインがいった。

「あのオヤジか……。猫缶のために、大袈裟な事をするもんだ」

 俺たちの常宿であるレストア亭のオヤジだが、大怪我して引退するまではバリバリの冒険者だったらしく、妙なコネを多数持つ事は俺も知っていた。

「タンナケットのためだ、できる限りの事はするさ」

 レインは一気にメシを口に掻き込んだ。

「うん、僕はちょっと寝るよ。食べたら眠くなった」

「まあ、好きにしろ。正直が一番だ」

 俺がため息を吐くと、ミーシャが首根っこ引っつかんだ。

「さて、うるさいのが寝たし、ちゃんとしたメシを食わせてやろう!!」

 ミーシャはスプーンで掬ったメシを、俺の口にゴリゴリ押し当ててきた。

「馬鹿野郎、殺す気か」

「ネギぐらいで死なないから!!」

 なにがどうあっても、俺にメシを食わせたいらしく、力尽くで強引に口開かせようとそてきた。

「いい加減にしないと、また引っ掻くぞ」

「いいぞ。大歓迎だ!!」

 そうだった、そういう趣味だった。

「こら、虐待!!」

 そこで、ようやくナターシャがミーシャにゲンコツを落とした。

「……痛い」

「はい、思い切り痛くしましたので」

 ミーシャが怯んだ隙に、ナターシャは俺を引ったくって床に下ろした。

「全く、酷い目にあった……。俺も寝るぞ。疲れた」

 俺はイビキを掻いているレインに乗っかり、体を丸めて目を閉じた。

「そんな汗臭いヤツより、こっちの方がいいだろ!!」

 しかし、なにかと俺に構いたがるミーシャがそっと抱きかかえてきた。

「お前も汗臭いぞ。十分に」

「……酷い」

 肩は落としたが俺は落とさず、ミーシャはその場に胡座をかいて座った。

 その上に俺を置いて、満足そうに背中を撫でてきた。

「なんでもいいが、逆毛に撫でるな。気持ち悪い」

「いいじゃん!!」

 なにがいいのか分からないが、ミーシャはとにかくメチャクチャに撫で回した。

「……まあ、それで忘れられるなら好きにしろ。代わりは出来ないがな」

「……誰が代わりだ。タンナケットはタンナケットにしかならん」

 これもまた、ある意味で家族以上に親密な関係ともいえる、パーティを失った冒険者特有の傷だった。


「よし、出発だ。そろそろ起こしてくれてやる」

 俺はしぶとく寝ているレインの顔面に爪を突き刺し、思い切り引いた。

「!?」

「おはよう。とっとといくぞ」

 俺は、跳ね起きたレインに告げた。

「よし、気合い入れていくぞ!!」

 例によって先頭に立ったミーシャの後にレイン、ナターシャが続き、俺は殿を務めていた。

 この辺りはもう通過するだけのフロアなのだが、万一があるので一応は探りながら進んでいった。

 小部屋は多いが当然のようになにもない。

「どっかに隠し部屋とかあると面白いんだけどね」

 ミーシャがいった。

「そうそう都合よくないだろう。ここは手垢がつきすぎたフロアだしな」

 大体、ここを初めて訪れ冒険者は、一階下の三階くらいまでで様子を見るのが慣例だ。

 もしきついようなら、潔く諦めた方がいい。

 この迷宮は、地下五階から別の顔を見せて牙を剥くようになるからだ。

「まあ、そうなんだけどさ……おっと、罠!!」

 ミーシャが足を止めた。

 だらけているようでも、ちゃんと自分の仕事をこなすヤツだ。

「なるほど、『転送』の魔法か……。タンナケット、出番!!」

 ミーシャの声に、俺は前方に向かった。

「なるほど、大したものじゃない……『解呪』」

 呪文と共に杖が光り、ガラスの割れるような音が響いた。

「よし、これで問題ない。一応、探ってくれ」

「分かってる、問題はないよ!!」

 俺たちは、また全員を開始した。

 時々出てくる魔物を蹴散らし、罠を解除し、複雑な通路を抜けて、地下三階へと続く階段にたどり着いた。

「この下ってあれだよね?」

「ああ、デカい湖がある階層だ。毎度ながら、ここはあまり得意ではない」

 ミーシャの声に俺はため息をついた。

「濡れるの嫌いだもんね。私の肩にでも乗ってな!!」

「そうさせてもらおうか」

 俺はミーシャの肩に乗った。

「よし、いこう!!」

 ミーシャの声に、レインとナターシャが荷物の再確認をした。

 これもまた、この迷宮探索には必要な癖の一つだった。


 この迷宮の試金石ともいえる地下三階。

 ここは複雑な通路はないが、長い年月の間に地下水が溜まってしまったのか、フロアのほとんどが水浸しだった。

 深いところでも、せいぜい人間の腰くらいの深さなので進めるには進めるが、水中に何が潜んでるとも限らず、常に緊張を強いられる精神的にハードな階層だった。

「ちょっと待った……どうもおかしいとは思っていたんだけどさ。この迷宮の内部が、今までと微妙に変わってるね」

 ミーシャが足を止めた。

「まあ、薄々感づいてはいたがな。今まで罠がなかった場所に、いきなり罠があったり、今回は何かがおかしい」

 俺が言うと、ミーシャは頷いた。

「ナターシャ、一歩も動かないで。罠の起動スイッチ踏んでる」

「えっ?」

「パラライズ!!」

 俺は反射的に動こうとしたナターシャを魔法で麻痺させて固めた。

「酷いっちゃ酷いけど、ナイスフォローかな。さて、解除か……」

 今の水深は膝上くらいか。

 手元が見えないので、俺の目からみても解除は困難だった。

「やるしかないね……」

 意を決したようにミーシャがいった瞬間、固まっているナターシャの隣に立っていたレインが、いきなりよろけた。

「うわっ、なんかいる!?」

 その拍子にレインはナターシャを突き飛ばしてしまい、辺り一面が光りに包まれた。

「うわ、発動した!?」

 ミーシャの声が聞こえた途端、景色は迷宮の入り口に転じた。

「……やられた、転送の罠だ」

 ことこれしかないと自負しているミーシャが、一気に落ち込んだ。

「不幸中の幸いだ。妙な場所に転送されなかっただけ、ありがたいと思わないとな」

 転送の罠の怖いところは、一瞬でどこに放り出されるか分かったものではない事だ。

 こんな迷宮の外に放り出されるくらいなら、むしろ良心的といってよかった。

「ご、ごめんな。うっかりした……」

 バツが悪そうなレインは、まあいいだろう。

「さて、ぶん殴られる覚悟はできた。『解呪』」

 固まったまま地面に倒れているナターシャの麻痺を解除した。

「……いいたい事は分かっていますよね?」

 むくっと立ち上がったナターシャが、額に怒りマークを浮かべて俺を睨んだ。

「……好きにしろ」

 目を閉じた瞬間、素早く誰かに抱きかかえられた。

 同時に、ゴスっという鈍い音が聞こえ、俺は目を開けた。

「イタタ……ちょっと、こんなパワーでタンナケットをぶん殴るつもりだったの?」

 俺を抱きかかえたのはミーシャで、そのミーシャの頭にナターシャの拳がぶち当たっていた。

「あ、あれ、私としたことが……」

 それで我に返ったらしく、ナターシャは困ったような顔をしていた。

「さすがに死んじゃうって、一応猫なんだしさ。加減しなさいよ!!」

「その、ごめんなさい……」

 ミーシャの剣幕にナターシャが素直に謝った。

「分かればよし!!」

 ミーシャは俺を地面においた。

「さて、ぶん殴られたら妙にスッキリしたよ。一度、街に帰る?」

 ミーシャに聞かれ、俺は笑みを浮かべた。

「そんな面倒な事するか。このまま再チャレンジだ。いくぞ」

 こうして、どうも様子がおかしい迷宮へと、俺たちはそのまま舞い戻った。

 こんな事態は初めてだったが、この迷宮が一筋縄ではいかないことは、もう身をもって分かっていることだった。

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