第二章 鉱山防衛戦

鉱山要塞


 リデュケはヒルダを乗せて鉱山要塞まで移動した。途中、物資を輸送する輜重隊列を追い抜きながら。特別扱いに周囲の目が痛いが仕方ない。ヒルダをお尻が痛くなる馬車に乗せるわけにはいかないだろう。この領地でもっとも座り心地の良い椅子は自分だとリデュケは自負している。


 二人が到着すると、要塞は今まさに建築中だった。城塞は、超現実的な速さで出来上がっていく。

 物言わぬ傀儡である転生者達が、石切場で花崗岩を切り出し、森の木々を伐採し、アリの行列のように、建築現場に運び込む。

 誰かが全体を統括して指揮しているわけでもないのに、整然と進行する作業。その合間を縫って、二人は指揮所へ向かった。

 リデュケが昇進後、本格的に転生者化石の情報を得られるのはこれからなので、好奇心に尻尾が疼く。


 三層あるという防壁の、最も内側の防壁はすでに完成していた。

 その中に軍の参謀達が集まる中央指揮所と、転生者を遠隔操作するための〈聖堂〉と呼ばれる、一見して教会にしか見えない施設がある。


 そして、城塞に囲まれた広場には、転生者化石がずらりと整列している。

 無人歩兵小隊。全て戦闘用に加工された化石だ。

 八体ずつが二列、合計十六体で1セット。ちょうど、チェスの駒と全く同じ布陣。(※この世界にはチェスによく似たボードゲームがあり、便宜上それをチェスと呼んでいる)

 それが何セットも整然と並べられた光景は異様で、古代の異国の皇帝が自らの死後のために作らせたという、冥器で満たされた墓所に足を踏み入れたような気持ちがする。


「お待ちしておりました、ヒルダ様」

 墓所の番人といった風体の、黒ずくめの軍服の女性が一礼すると、リデュケに目を留めて言った。「おや、その亜人は?」

 亜人というのは若干政治的に正しくない古い言い方で、今は普通に異種族と言ったほうがニュートラルなニュアンスになる。が、リデュケは指摘しないでおいた。

「わたしのメイドよ。ドライアドという種族らしいわ、シェレカン」

「ほう、この地の伝承にあるドリアーデ。森の監視者にして、眠れるエルフの庇護者。初めて見ますな」

 シェレカンと呼ばれた軍人がじろじろと見てきたのでリデュケは気まずくなった。

 彼女の襟章は少佐なので、一応リデュケにとっては上官だ。シェレカン・アキシュメラ少佐。その外見は、軍帽のひさしの陰、三白眼で下睫毛が長く、少し猫のような雰囲気がある。真っすぐな肩までの黒髪、マントのように羽織った襟付きコートから、片方だけ腕を出している。もう片方は義手のようだ。

 黒で統一感があるのは好感が持てるが、背中に乗せるには育ちすぎているとリデュケは思った。

「珍しいでしょう」と自慢げなヒルダ。

「戦力になりますかな」と少佐。

「これは兵士ではなく毛皮のついた備品よ。操演中のわたしの手を温めることで連隊全体の戦力は20%上昇するわ」

「……」椅子ですらなく謎の毛玉として認識されていることを知ったリデュケだったが、早く〈操演〉の様子を見たいので大人しくしている。


〈操演〉――以前から登場している言葉だが、転生者の遠隔操作のことを彼らはそう呼ぶ。

 この言葉はもともと、連邦国で発明されたばかりの活動写真キネマを制作する際に、人形などをピアノ線を使って操る特撮技術のことを指すものだったらしい。

 そして、ヒルダのような操り手を操演者オペラトエールと呼ぶ。地質時代語であるOperator(オペレーター)を、この地の読み方で発音し直したものらしい。


 並んだ転生者を見てリデュケは言った。

「なんだか、盤上遊戯が始まるみたいですね」

「貴官もそう思うか?ドリアーデ。見学したいなら丁度よい。これから動作試験を行うのだから。さあ、こちらです、ヒルダ様」

 シェレカンはそう言って、〈聖堂〉内に二人を導いた。


 聖堂の中には、白衣を着た女性が待っていた。

「レーネセン主任技師。こちらのドリアーデに操演盤を見せてやってくれ」と少佐。

「あらリデュケさん、ヒルダ様、お早いご到着で」

 そう挨拶した女性は、転生者兵器特科の上官だ。シオニー・レーネセン主任技師。リデュケの功績を認めて准尉に任命した本人。

 外見としては、ウェーブヘアに丸い銀縁眼鏡と、白衣が馴染んだ研究者。なぜかその白衣の下からゴスロリ服がはみ出しているのが特徴だ。

 ここノルディニア王国の出身だが、数年間、アイザルワール大陸の北部にある化石鉱脈で研究していて、最近戻ってきたらしい。その化石鉱脈は、五億五千万年前のもので、転生者が出現するさらに前のもの。進化論において系統樹の爆発的な多様化があったとされる時代の、奇妙な生物化石が大量に産出されることで有名だ。リデュケにとっては正直うらやましい。


〈聖堂〉の中は、やはり普通の教会のようで、中央にピアノが置いてあるだけ。壁と一体化したパイプオルガンではなく、グランドピアノより場所を取らないアップライトピアノ。しかも無人の鍵盤がひとりでに上下して、何か寂しげな曲を奏でている。

「これが……?」

 リデュケが怪訝な調子で聞くと、レーネセンが説明した。

「曲名を言うと自動演奏してくれる演者playerピアノ。150年前に交流が途切れたエルフが、置き土産のように残していったものです。魔法による音声認識以外は何の変哲もない機巧楽器だと思われていましたが――」

 ヒルダがレーネセンの説明を遮って、ピアノに命令した。

演奏スピレ、〈葬送曲レクイェム〉」

 ヒルダの澄んだ声に反応した筐体の、各部の外装が分割され、展開し始めた。漆黒の盤面がせり出してくると、鍵盤は場所を譲り、代わりに肋骨のような装飾へと再配置された。木製の楽器だったものは、各所に光を宿した奇妙なオブジェに変形してしまった。

 レーネセンが言葉を続けた。

「――このように、特定の曲目をリクエストすると、転生者の遠隔操作装置に変形するようになったのです。近年、転生者化石が発掘されてからのことですが」

「これが……〝操演盤〟」リデュケが目を丸くした。

「エルフの守護者である貴官でも知らないのか?」少佐が意外そうに言った。

「知りません。まるで魔族によるデザインです。エルフは何を考えているんでしょうか?」

「さあ?あなたにもわからないことが何故私達に?」ヒルダが皮肉そうに言った。「少なくとも、エルフは転生者が最初に発見される前から、その存在を知っていた。そして鉱脈の上に何も知らずに住んでいた私達にこの玩具を1ダース与えた。この国はそれを、何の疑問にも思わず150年間ただの楽器として使い続けたのよ」

 まるで高みの見物を決め込んでいるエルフに、皆は不信を隠せないようだ。とはいえ、世界樹で眠っているハイエルフのことはリデュケにもよくわからない。ナイトエルフやブラッドエルフとは交流があるのだが。

 少佐が話題を仕切った。

「いつ敵が攻めてくるかわからん。動作試験をしておこう。主任、転生者と操演盤を同期させよ」

「了解しました」

 そう言ってレーネセンは木製の筐体のコンソールを触って起動させた。

 黒い滑らかな盤面の上、何もない空中に光る点が幾つも浮かんだ。無数の光点は集合して十六体の転生者の形を取った。

「どういう原理で空中に像が投影されているんでしょう?」リデュケは木製の機械をためつすがめつしながら言った。

「微小な魔石から出るフェムト秒レーザーによって空気分子をプラズマ化させることで実現されているようです。レーザーはセンサーも兼ねていて、指で触ることで相互作用となり、それを入力として扱うことが可能です」

「つまりどういうこと」難解な説明に、リデュケは思わず言った。

「要するにこのように、実体のある駒として扱えるのです」

 レーネセン主任技師は、筐体の上、黄金の光点の塊である転生者を一体摘んで、持ち上げた。それとは別に、残像が元の位置に残されている。これは、駒が〈選択〉されている状態だ。

 レーネセンが像を前方に置くと、それが〈移動〉命令として入力されたらしく、残っていた薄い像は、先行していた像に一致するために移動し始めた。

 同時に窓の外で、一体の転生者化石が歩き始めるのが見えた。

 そう、等身大の石像相応の重量感を持った足音と、わずかにガラスが擦れるようなノイズを立てて、転生者は大地に一歩を踏み出したのだ。


 転生者兵器を見た人間で、少しでも好奇心というものの片鱗を持ち合わせている者ならば、種族問わず、決まって次のように言う。

「一体全体なぜ、石が動くんです?」

 リデュケも例に漏れず、レーネセン主任技師にその質問をした。

「良い質問ですね」

 そう言って、シオニー・レーネセンは早口で話し始めた。銀縁眼鏡に手をかけながら。

「研究者達も困惑したのです。まず初期に確認されたのは、関節部の不在です。骨と肉の部分は少し違う材質で化石化したり、内部構造の名残は見られるものの、関節として機能するほど独立した部位はありません。人形の球体関節のようなものも含め、可動部は一切見当たりませんでした。それでも動くんです。

 おそらく、原子間の共有結合を転位させながら塑性変形しているのだと思います。ただの外部からの圧力による塑性変形と違い、結晶内部の魔素によって誘起された格子振動が、転位近傍の原子の再配置を能動的に制御することで運動しているのだと考えられます」

「なるほどわからん」

 リデュケは正直に言った。物性物理について、いつか学び直さなければならないようだ。


 ヒルダが操演盤の細かい動作確認をする間、リデュケとレーネセンは屋外へ出て、転生者が動く様子を見に行った。

 漠然と見ていたときには気づかなかったが、化石表面の各所に文字が彫り込まれていて、それが動作に合わせてシアン色に光っている。これは〈演目〉という呪詛で、この加工をしなければ原石のままでは転生者は動かないらしい。

「動きが悪いと思ったら、エラー吐いてますね」

 一体の転生者に目を止めてそう言ったレーネセンは、おもむろに白衣のポケットからのみつちを取り出した。そして彫刻家のように道具をふるうと、呪詛の一部を書き換えられた転生者は他の個体と正常に歩調を合わせ始めた。


 ふとリデュケは、転生者の身体の各部から細い糸のような直線が、きらめきながら上方向に伸びているのを見て取った。まるで操り人形のようで、操演とはよく言ったものだ。

「あれはどこに繋がっているんですか?」

 空を仰いだが、抜けるような青以外何も見当たらない。

「無限遠の一点です。ピアノ線のように見えるのは時間軸です」

「ふーん……」

 もはやリデュケは完全な理解を諦めた。いくら好奇心の種族とはいえ、こうも謎に殺到されると食傷してしまうものだ。

 せっかく軍内部の研究部門に接触できたが、化石といい操演盤といい、オーパーツが過ぎる。一朝一夕で理解できるものではなく、やはり鉱山の防衛を手伝って長期的に腰を据える必要がある。


 聖堂からヒルダが出てきて、レーネセンに言った。

「シオニー、見張りの自動防衛搭〈アロータワー〉に組み込まれた転生者にレベルアップが見られたらしいわ」

「まずいですね。要塞がまだ完成していないのに」

 二人の緊迫感にリデュケはついていけなかった。「どういうことです?」

「決まっているでしょう、転生者が何かを殺したということよ」ヒルダが言った。「つまり、敵襲」

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