第二章 Ⅲ 成長チュー→ラバー

03 成長チュー→ラバー



「さて、シェリアもいるし丁度いい。......リート、オルリディアに行ってくれないかな?」


 両手で支えていたカップをソーサーにカタリと置いたメイは、言葉と一緒に視線を俺の方に寄越す。


「ねぇねぇ、メイちゃん。どーしてワタシがいると丁度いいの?」


「あぁ、オルリディアまでは結構距離があってね。徒歩や馬車で向かうには時間が掛かりすぎる。......そこで君の出番ってわけなんだ、シェリア。」


「わかった!ワタシがオルリディアまでリートを乗っけていくってことだよね?!正解?」


「その通り。大正解だ。リートを送り届けたらこっちに帰ってくるのもいいし、そのままリートと行動を共にしてもらっても構わないよ。」


「リートは行きたいんだよね?」


「まぁ、あちらさんのご指名もあるしな。......けどな、リンネとネルカはたぶんシェリアと離れたくないだろうし。俺だけで行っても......」


「それなら......」

「......もんだい」

「「ない。。」」


 俺達のやりとりをじーっと見つめていた双子がクッキーを口に含んだまま、


「私たちも、もぐ......」

「......一緒に、はむ」

「「行くから、ごっくん。。」」


 ......飲み込むタイミングまで一緒とは恐れ入ります。


「ちょっと待って。流石にこんな小さな娘達を同行させるっていうのは、戦闘が無い保証はどこにもないし......とっても危ないかもしれないのよ、リンネちゃん ネルカちゃん。」


 リンネとネルカの対面のソファーに身を預けていたアンジェ姐さんは、諭すように彼女達の瞳をじっと覗き込む。


「だいじょうぶ......」

「......アンジェおねーちゃん」

「私たち......」

「......実はとっても」

「「つよいから、えっへん。。」」


 二人揃って、発育前の薄い胸を精一杯反らせるリンネとネルカ。......シェリアと同じ四幻神の血族ならば、その身体能力は折り紙付きではあるだろう。うーん、どうするべきか。


「いいんじゃないかな、アンジェリカ。彼女達自身が行きたいと言っているし。何より彼女達は疾風の鳥神の娘さんだ。今回の調査任務ではもしかしたらとんでもない戦力になってくれるかもしれないよ?......ボクとしては、彼女達の同行には賛成かな。」


「ワタシも二人と一緒にオルリディアに行ってみたい!......駄目かな、アンジェおねーちゃん?」


 難しい顔をしたアンジェ姐さんの手を握り、おねだりモードに移行するシェリア。この二ヶ月間でこの状態になったシェリアの要求をアンジェ姐さんが突っぱねたことは一度も無い。......これは勝負あったか。


「......ふー、わかったわ。お姉ちゃんとしてはシェリアちゃんが同行するのも本当はとても心配なのだけれど。......[紫光の尖翼アメジスト フェザー]のギルドマスターとして、リンネちゃんとネルカちゃんのオルリディアへの調査任務クエストへの同行を許可します。......ただし、わかっているわね。リート君。」


 いつものアルカイックスマイルをこちらに寄越すアンジェ姐さんの瞳の奥には、いつも以上の厳しい光が宿っていた。


「わかってます。シェリアもリンネもネルカも傷一つ付けさせませんって。必ずこの四人でケラケラ笑いながらグリグランに帰ってきますから。安心して下さい。それにヤバそうな感じなら痩せ我慢せず、直ぐに連絡いれますし。」


「......よろしい!三人は勿論、貴方自身もしっかり五体満足で帰ってくること。......まぁ、今の貴方が苦戦するような状況なら、私が出張るのもやぶさかではないし。それはそれで......」


 ......やはり平常運転である。極力、この戦神ひとの出番が無いようにしたいところだ。


「さて、話は纏まったみたいだね。それじゃあ、出発は明日ってことにしようか。先方にはボクの方から連絡しておくよ。現地での衣食住は心配しないでおいてくれ。それまでは明日に備えて、ノーマン邸でゆっくりすればいいんじゃないかな。」


「アンジェおねーちゃん......」

「......メイちゃん」

「「ありがとう。。」」


 事の成り行きを静かに見守っていた双子がぺこりと頭を下げる。


「シェリアも......」

「......リートも」

「「よろしくね。。」」


 続けて俺達二人にも丁寧に挨拶をしてくれる。どうやら、親御さんはしっかりとした教育をしてくれていたようだ。


「ああ。これからよろしくな、リンネ ネルカ。」

「えへへー。楽しみだね、リンネちゃん ネルカちゃん!」


 目の前の双子に倣うように、揃って俺とシェリアは同時に手を差し出す。二人は互いの顔を見合せた後に、その小さな手で俺達の手をきゅっと握り返して、翠の瞳を僅かに細めてはにかむような表情を見せた。



 さて、双子ちゃんの登場によって午後以降の修行メニューは一切白紙になり、久しぶりの手持ち無沙汰な時間が舞い込んで二時間ほど。はぁー、平和だ。平和のはずなのだが......


 非常に軽いトタトタとした足音が、リビングで寛いでいる俺を中心として前後左右から聞こえ出す。


「こーらー!リンネちゃん ネルカちゃん!お風呂から出た後は裸のままで、うろうろしちゃダメなんだよぅ!」


 何を思ったのか素っ裸のままソファーの周りをくるくると回る風呂上がりの双子ちゃん。


「こっちの......」

「......ほうが」

「「涼しい。。」」


「それに......」

「......さっき」

「「リートもこうしてた。。」」


 ピタリと俺の真横で動きを止めて、挟み込むようにこちらを指差し、視線をシェリアの方に向ける。おやおや、これは風向きが怪しくなってきたぞぅ......


「誤解はよくないぞ、双子ちゃんたち。いいか、俺はしっかりとパンツは履いていたし、身体の水滴は拭いた状態で脱衣場から部屋まで着替えを取りに行っただけなんだ。決して、風呂上がりは裸の方が気持ちいいというだけの理由で肌を露出していた訳ではないんだよ?」


「リート......二人が真似しちゃうようなことはこれから先、禁止だからね。リンネちゃんもネルカちゃんもわかった?」


「......はい。申しわけありません。反省します。」


「はーい......」

「......はーい」


「よし、いい子いい子。それじゃ、お風呂場に戻って着替えちゃおう!ゴエツドーシュー!」


 三者三様のごめんなさいを確認したシェリアおねーちゃんは素っ裸の自分をしっかりと棚に上げつつ、二人の手を取って色々なところをぷりぷり揺らしながらリビングを後にした。......うん、ムラムラするな!


「どうしたの?リート君。ムズムズした顔しちゃって......お姉ちゃんが静めてあげようかしら?」


 三人より先に風呂を出たアンジェ姐さんが、しっとりとさせた金砂の髪を拭きながら、妖艶な空気を立ち上らせてリビングに姿を現す。毎日のことながら、バスローブ一枚だけ羽織ったこの艶姿はやはり色々と困る。


「......冗談やめて下さいよ。俺はシェリアだけで精一杯ですから。そこまで甲斐性があるわけじゃないですって。」


「うふふ、三割冗談よ。リート君の槍にもちょっとだけ興味あったんだけどね。......フラレちゃったか。」


 ......七割本気かよ。なんかあの一件からこのエッチなおねーさんは結構ノリノリで仕掛けてくるようになったな......


「ふー、いいお湯だったー!気持ちよかったねー、二人とも!」


「ざっぱーん......」

「......ぶくぶく」

「ぽかぽか......」

「......ふわふわ」

「「きもちよかった。。」」


 屋敷に戻る前に購入した、アンジェ姐さんセレクトの部屋着に着替えた双子ちゃんの手を引いてシェリアも頬を上気させて戻ってくる。


「せっかくだからリートも一緒に入っちゃえばよかったのに。楽しかったよ?」


勘弁して下さい死んでしまいます。


「流石にシェリア以外に俺の裸を見せるつもりは無いし、シェリア以外と風呂に入るつもりは無いからな。」


「えへへー、そっかそっか!うれしいなー!」


「「......??」」


 双子ちゃん達は円らな瞳を俺達に向けて首をかしげる。その様子を確かめたアンジェ姐さんは髪の毛を上に纏め上げながら、


「さて、リンネちゃんとネルカちゃんのお部屋も決まったし、二人の歓迎会の準備でも始めましょうか?二人とも何か食べたいものってあるかしら?」


 お姉ちゃん気質全開で口を開いた。


「とりにく......」

「......以外なら」

「「なんでも好き。。」」


 うん、そりゃそっか。然もありなん。


「わかったわ。あとはお姉ちゃんの腕の見せ所ね。美味しいものたくさん作ってあげるから、期待しててね。」


「「おぉー。。」」


 ウィンクをするアンジェ姐さんにぱちぱちと拍手を送るリンネとネルカ。


「はいはいはーい!ワタシもお手伝いするよ、アンジェおねーちゃん!」


「あらあら、ありがとうシェリアちゃん。今日のサンドイッチも美味しかったし、しっかりと手伝ってもらおうかしら。でも、その前にちょっとだけお願いがあるのだけれど......」


「ふえ?」


 首を傾げるシェリア。その視線を受けて庭先に視線を向けたアンジェ姐さんは、


「ちょっとお庭に出ましょうか。」


 ニコリと微笑みながらローブの裾を翻して身体を庭園に向けるのだった。



「お風呂上がりにごめんなさいね、シェリアちゃん。メイちゃんから言われていたことを思い出しちゃって。」


「ううん、おねーちゃんが謝ることなんてないよー。それでワタシは何をすればいいのかな?」


 所変わって、広々としたノーマン邸の庭園。まだ日の光は高く庭先の緑を優しく照らし出す。その中央にはシェリアの姿。それを遠巻きに眺める俺達。


「シェリアちゃん、最後に龍体に変身したのはいつくらいか覚えているかしら?」


「うーんとね......あっ、リートと一緒に花火を見た時!とっても綺麗だったんだよ!ドーン ドーンって!」


 そうか、あの時が最後だったか。あれから随分と経った気がするけどそれでも二ヶ月ちょい。どんだけ濃厚な二ヶ月だったのだろう。


「あらあら、夜景を眺めながらの花火デートなんてロマンチックね。リート君......間違いないかしら。」


「はい。間違いないです。いやー、懐かしいな。」


「......ということは、シェリアちゃんを抱いてからはまだ一回も龍体化してないってことでいいのよね?」


 幼女が二人もその場にいることも気にせずに直裁に話を切り出すアンジェ姐さんは言葉を続ける。


「メイちゃんが言うには、一つ大人の階段を昇ってしまったシェリアちゃんが龍体化した時に何らかの変化が起こる可能性も捨てきれないそうなのよ。十中八九は問題はないそうだけれど。幸い、まだん君の騒動の時にメイちゃんが引いてくれた陣の効果はまだ残っているから、ご近所さんにも迷惑は掛からなそうだしね。」


「あー、なるほど。確かに可能性としては捨て置けないですね。当事者の片割れの俺が言うのもなんですけど。」


「理解が早くて助かるわ。......シェリアちゃんはどうかしら?」


「難しい話は良くわかんないけど、変身すればいいんだよね?それならお安いごようだよぅ!久しぶりだなー!」


「シェリアの.....」

「......へんしん」

「「見たい。。」」


 みんなの視線が中央にいるシェリアに集中する。


「えへへー。ちょっぴり緊張しちゃうなー。よーし、行くよー!」


 ぴょんとその場で跳び跳ねたシェリアの身体が光に包まれて......


「へーんしーん!!」


 出逢った頃と何も変わらない間の抜けた掛け声と共に更なる光が庭先に溢れ出す。


『あれ?』


 極光の中から現れる翼の羽ばたきはあの時より遥かに逞しく......


『あれれ?』


 地面を踏み締める四肢はあの時より更に力強く...


『なんか......』


空気を震わせる龍神としての咆哮が大気中の幻素エーテルを撹拌する。


『ワタシ......おっきくなってる?』


 ......光の先に現れたシェリアの体躯すがた。明らかに出逢った時より遥かに力強く一回り大きくなった翼を広げて、あの時と寸分と違わぬ優しげな視線をこちらに向けて、


『ねぇねぇ、リート!もしかしてワタシおっきくなってるの?』


 更にあかの濃くなった鱗を日の光に煌めかせながら、昼下がりの大気をその咆哮で揺るがした。


 

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