第一章 エピローグ Ⅴ スカイズ ザ リミット(前編)

EX 05 スカイズ ザ リミット(前編)



「えへへー。まだ目を開けちゃダメだからね。リート!」


 うん。目を開けようにもその上から目隠しをされているんだ、シェリア......


 ......事の起こりは俺が式典用の礼服に着替え終わった直後だった。突如として自室に押し入ってきた前鬼と後鬼に身柄を拘束され、目隠しをされた状態でここまで運ばれてきたのだが......


 目隠しされた上でも判る部屋の中に満ちた古書と香の入り雑じった匂い。どう考えてもここはメイの執務室だ。なんとなく察しはついているが、おそらくメイが面白半分に俺を拉致してこいと前鬼と後鬼メイド姉妹に命じたのだろう。


「もーいーかい?」

「まーだだよー♪」


 シェリアの声が弾む。


「ゴキちゃんは髪を結ぶのも上手だねー。」


「...............。」


「髪を上げると見違えるほど印象が変わるね、シェリア。」


「そうかなー。ワタシにはよくわかんないや。でもでも、ありがとねメイちゃん。こんな綺麗な服を用意してくれて。」


「直接仕立てたのは後鬼だよ。彼女に礼を言ってくれ。」


「ゴキちゃんもありがとー。大事に着るからね!」


「.....................///」


「おや。珍しく照れているね、後鬼。......うん、そろそろ頃合いか。前鬼、リートの目隠しを外してやってくれ。」


 俺の背後に控えていた前鬼が、俺の目隠しを力任せに引っ張って......あだだ...あだだだだだだ!食い込む!目隠しが!目玉に!!マジで顔の形変わっちゃうから!!力まかせに引き千切ろうとしないで!!○レヨンし○ちゃんみたいな形になっちゃってるから!!!


「アッハハハハハ!!いい顔をしてるじゃないか、リート!もっと君の悲鳴を聞かせておくれ。」


 しかしこの陰陽師、ノリノリである。


「笑ってねーでどーにかしろ!」


「いやー、そうは言っても自発的にそうしてるのは前鬼だからね。ボクは彼女の意思を尊重してやりたいのさ。」


 ぐぬぬ、コイツ。いけしゃあしゃあと......


「前鬼!前鬼さん!前鬼ちゃん?!そろそろ普通に目隠し取って下さいお願いします!」


 俺の必死の訴えが届いたのか、目隠しにかかる力が弱まり、はらりという音とともに視界が開ける。


「もー、ダメだよ。メイちゃん、前鬼ちゃん!あんまりリートにイジワルするとワタシだって怒っちゃうんだからね!」


 .........誰だ?この超絶美人。いや、わかってる。苦しみのあまりに記憶がとんだとかそういうことじゃなくて......俺の知っているシェリアの印象と目の前にいる彼女シェリアの姿が上手く頭の中で繋がらない。


「だいじょーぶ、リート?痛くない?」


 そう言って跡になってしまったこめかみに優しく触れるシェリアの手。その薬指には白銀の指輪。間違いなく俺の知っているシェリアだ。


 ......なのだが、その身体を包む深紅のドレス。膝下まで伸びるドレスの裾は薔薇の花弁を彷彿とさせる形状をしていて、活動的な印象を与えていた普段着ワンピースとは真逆のシェリア本来の女性らしさを際立たせていた。


「......どーしたの?リート?」


「あぁ、いや。その......なんだ。良く似合ってる。...とても綺麗だ。なんかこう、薔薇の花みたいでシェリアに良く似合ってると思う。......悪い。あんまり頭が回んなくて上手い言葉が見つかんねぇや。」


「ううん!リートにキレイだって言ってもらえただけで十分嬉しいよ!えへへー......キレイ。そっかー...えへへ。」


 顔を赤らめながら頬をポリポリかいてはにかむシェリア。こういうところはいつものシェリアなんだけどな......髪を上げて、薄く化粧もしているせいか、どうしても今のシェリアを見ると緊張してしまう。


「さて、リート。今度はボクの番だ。何か言うことはあるかな?」


「......ちゃんとパンツは履いたのか?」


「あぁ、しっかりとね。まだちょっとムズムズするけど、そこはそれ、我慢我慢。」


 言いながら腰のあたりをさするメイ。ドレスの生地は見た感じ薄手にも関わらず下着のラインが浮き出てこない。もしや紐パンかTバックなのか......そんなどうでもいいことを考えながら口を開く。


「まぁ、いつもの執務服とメイド服姿しか見たことなかったし、新鮮っちゃあ新鮮だな。意外に暖色も似合うんだな、メイ。」


「ふふん、そうだろう。ボクも最初は無難に黒のドレスをお願いしようとしたんだけどね。ちょっとした気紛れで冒険してみたって訳さ。」


 メイの白磁の肌を包む淡い桃色のドレスは、傲岸不遜、泰然自若を地で行く陰陽師の姿を数段増しに可憐に見せる。外見だけであれば、まさに深窓の令嬢といった感じなのだが。いかんせん中身がアレ過ぎる。


「さて、リートの反応も見れたことだし、そろそろ王城に向かうとしようか。」


「よーし、クレスちゃんに会いに行こー!ゴエツドーシュー!」


「なぁ、そういや他の人達は?」


「先に迎えの馬車で王城に向かっているよ。どうやら君たち二人に気を使ったらしい。ボクは君を連れてこなければならなかったから、ここに残ったけど。」


「そりゃどーも。」


「前鬼、後鬼!後のことは任せたよ。あと、カルメンにはもう書類を触らせないように!」


「「.....................。」」


 二人揃ってこくりと頷く前鬼と後鬼に見送られ、俺達は執務室を後にした。


「さっきもちらっと言ったけど、王城までは迎えの馬車が来ているからそれに乗せて行ってもらうよ。二人とも車内では大人しくしているように。」


「「はーい。」」


「よろしい。あと、乗る前にはお馬さんにも御者さんにも礼儀正しく挨拶を忘れないこと。」


 .........なんだか社会科見学みたいになってきたな。


 そんなどうでもいい思案をしていると、件の馬車が既に裏手に待機しているのが目に入る。


「それではあの馬車に乗って王城までノンストップだ。お手洗いに行きたい人がいたら、恥ずかしがらずに行ってきてね。」


「「だいじょぶでーす。」」


「よろしい。それでは王城に出発だ。」


 メイ先生の引率のもと、馬車は王城に向けて走り出す。ガタガタと揺れる車内の中から覗いた町の様子は何がしか違うように見えて、徐々に高鳴っていく鼓動を胸に、俺とシェリアは手を握り合ってしばらく窓の外の風景に視線を注ぎ続けた。

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