第41話 カサンドラの花嫁修業

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 苦笑しながらデメトリオス伯爵は言った。

 「 うーん、以前もあったことながら、目の前からぱっと消えられると、なんだか

  置き去りにされたようで、寂しい気持ちになる。

   それにしても、ヘルメス。

   そなた、カサンドラのどのようなところが気に入った。」


 「 はぁ、彼女の普段の仕草全てが気に入りました。

   最初、この館に来た頃はやせぎすではありましたが、はっとするような美しさ

  に先ず目を奪われました。

   話をしてみると気さくだし、話しぶりに知性が溢れていました。

   ギルバートなどに言われ、剣術を習い始めて3カ月余り、痩せていた身体に相

  応の体力がつくと、彼女は本当に光り輝くような美人になりました。


   そこからは、もう他の女など眼には入りませんでしたね。

   父上よりも随分早くにギルバートとリディアからは彼女をサンファンから連れ

  て来た娘と言うことは聞いていましたが、・・・。

   あ、それよりも父上、それに母上。

   誰にも口外してはなりませんが、カサンドラは女ながら魔法師なのです。

   多分、魔法師としての力はアドニス師よりは上にございましょう。

   ギルバートが申した彼女の特殊な力とはそれを意味するものなのです。」


 イスメラルダが顔色を変えた。

 「 まさか・・・。

   女の魔法師は忌み嫌われるもの、何処にもそんなものはおらぬはずではないの

  か?」


 「 シェラ大陸ではそう言われていますね。

   設立当時のサンファンでは、魔法師の一族は30家、昨今は分家を含めて百余

  りになっていたそうですが、魔法師の一族に男女の区別は無い様で、男も女も能

  力ある者は必ず魔法師になったようです。

   その能力を絶やさぬために、魔法師階級の間での婚姻しか認めないという掟で

  もあったようでもあります。

   まぁ、サンファンでは女の魔法師は居て当たり前、忌み嫌われる存在ではなか

  ったようですね。

   その意味ではシェラ大陸での慣例がおかしいのでしょう。

   一体どのような理由で女の魔法師を忌み嫌うか父上も母上も知っています

  か?」


 デメトリオス伯爵とイスメラルダは顔を見合わせた。

 二人で顔を横に振った。

 「 いや、そういう話を昔から聞いているだけで、理由は知らぬ。

   じゃが、余程の理由があったのじゃろう。」

 「 僕はアドニス師に聞いてみました。

   アドニス師曰く、

   『 女は気難しく時にコロコロと感情を変える。

     そうした女性特有の感情に流されやすい特性が魔法師には向かぬと言われ

    て居る。

     尤も、男でもそのように感情に流されやすい者は幾らでもおる。

     現にわしの弟子となっておる者達は一応魔法師の素質があるとされておる

    が、中には感情に流されやすい性質を持っておる者も居る。

     だから、本質的に男も女も変わらぬとわしは思う。

     強いて理由を上げるとすれば男の面子ではないかな。

     自分よりも上手の魔法師がいるだけでも我慢ならぬほど魔法師と言う者は

    誇り高い気位を持っている。

     なのに、ましてそれが女の魔法師ともなれば、・・・。

     男の面子が立たぬ。

     だから、先達も同僚も仮に魔法師の弟子として女が入ってくれば、女を苛

    めたであろうな。

     それが熾烈であればあるほど、女にとって魔法師の道は遠のく。

     それに女はいずれ結婚して子をなす。

     子が生まれる時は如何に魔法師とて魔法を使うことは難しい。

     宮廷魔法師など何時如何なる時にもその準備ができていなければならない

    魔法師には採用しかねることなるだろう。

     じゃから、女の魔法師が忌み嫌われているわけではなく、女が魔法師にな

    ることを忌み嫌う男の魔法師がいて、なおかつ、女が魔法師となるにはかな

   りの障害が幾つかあると言うことじゃろうな。』

   そう申されていました。

   僕もその辺が真実の理由じゃないかと思いますが、それでもそんなことは王家

  の宮廷魔法師達には知らせるわけには参りませんので、内緒に願います。」


 「 随分と我が家には秘密が多いようですわね。

   ギルバート殿の秘密の力と行動、カサンドラの秘密の力。

   どれをとってもアルバロン殿辺りが知れば騒動の種になりそうなお話し。

   それにネブロス大陸のお話なんて・・・。

   人に話したところで誰も信じてくれそうにないけれど、・・・。

   因みに、アドニス、ハインリッヒ、それにメルーシャかしらねぇ。

   一体誰がどこまで知っているのか教えてちょうだいな。」


 「 僕とリディアはギルバートの動きは大体知っています。

   アドニス師は、ギルバートが魔法を使えることは知っています。

   でもギルバートの動きについてはその全てを知っているわけではありません。

   シュクラとその黒幕の話は知っており、その結末をギルバートが幕引きしたの

  も知っています。

   一方、この度のサンファンの介在ですが、何者かベリデロンを狙った者がいる

  と言う認識はしています。

   ギルバートがそれを防いだこと、逆襲したことについてはギルバートから報告

  を受けて知っていますが、カサンドラを連れて戻った今回の一連の動きについて

  は、アドニス師は知りません。

   ハインリッヒは、ギルバートから魔法師としての素質があると聞いているだけ

  で、シュクラの刺客が襲撃してきたこと以外の話はほとんど知りません。

   メルーシャも同様なのですが、メルーシャはギルバートが目の前から突然消え

  たり、現れたりしたことを目撃しており、ハインリッヒ同様にシュクラの刺客が

  リディアに襲い掛かった一連の事実を知っていますが、ラロシュ伯爵が背後で操

  っていたこと、その死にギルバートが絡んでいることは知りません。

   無論、今回の一連のサンファンの動きについては、ほとんど何も知らない筈で

  す。」


 その後とりとめも無い話をしていたが、やがてギルバートが戻ってきた。

 手には分厚い書類を抱えている。

 一つは、黙って拝借して来たというクラニダル王国のブルワース王家の系譜、今一つはサンファンから許可を貰って借りて来た魔法師バルデス家の系譜である。

 数百年前の系譜を何度か写し直しているようで、写書を行った者の名が書いてあるものである。

 しかしながらブルワース王家のものは500年ほど前のものがそのまま残っているようで、保存状態は左程良いとは言えない代物である。


 デメトリオス伯爵は貴重な書類の束を受け取り、早速書記に写しを作成するように命じたのである。

 古代の文書が価値を持つ場合もあり、特にコレクターは高値をつけて売買することもあるという。

 たかが系譜ではあるが、後世に残すならば写しは必要であった。

 ましてや、家名を継ぐ長子の妻となる系譜ならば、子や孫、更にはその子孫に伝えるためにもやらねばならない仕事であった。


 系譜の写しは1週間を掛けて造り上げ、デメトリオス伯爵夫妻はその系譜を手にして、カサンドラを伴って、隣の領地であるディアス・ケイアンズ侯爵領に向かったのである。


 四日後ディアス侯爵の内諾を得て、伯爵夫妻は上機嫌で帰ってきた。

 この後、ディアス侯爵から正式に養女を迎えるための届け出を王家に提出し、受理されると養子縁組が成立する。

 その後3カ月経ってからヘルメスとの縁組について、ディアス侯爵とデメトリオス伯爵連名で許可を願い出るのが慣例であった。


 男子の養子は家名を継ぐことにもなりかねないので王家の許可が必要であるが、女子の養子は家名を継ぐ男子が居る限り余程のことが無い限り、届け出だけで済むのである。

 家名の格式の違いなどによる養子縁組はしばしば女子の場合にのみ行われていた。

 従って、残る難関はケイアンズ家とアダーニ家の婚姻が認められるか否かであるが、これも既にヘルメスの姉クリスティナの婚姻の際に認められていることから、余程の事情が新たに出てこない限りは大丈夫の筈であった。

 順調に行けば、半年後にはヘルメスとカサンドラの結婚式が執り行えるはずである。


 ディアス侯爵領から帰ってすぐにカサンドラの生活が一変した。

 これまでは侍女であったのに、侍女二人が付く賓客となったのである。

 その二人は、ディアス家に預けられるカサンドラのお付きで婚礼まで付き添うことになるのである。

 そうして、また、女官長が直接カサンドラの行儀見習いを指導することになった。

ディアス侯爵から王家に届け出る書簡は6日もすれば戻ってくる。

 それまでに、少なくともアダーニ家の嫁になるものとして、行儀作法を身につけなければならないのである。


 無論、ディアス家に入れば向うの慣習に従うことになるのだが、それまではアダーニ家の作法で何事も行うことが大事とされたのである。

 過密なスケジュールではあったが、女官長ナディーシャが驚くほどカサンドラは覚えが早かった。

 僅かに4日後には、ナディーシャをして、カサンドラに教えることはもうほとんどないだろうと言わしめ、イスメラルダを喜ばせた。


 ナディーシャの躾は厳しくて有名であり、クリスティナやリディアもかなり苦労した筈である。

 イスメラルダが見てもカサンドラの立ち居振る舞いは洗練された王家の王女の如く優雅である。

 来たばかりの時は、やせぎすであった身体付きもバランスのとれた女性らしいシルエットになり、何よりも正装させた時にその美貌が映えた。

 18歳の誕生日に正装したリディアにも驚いたが、カサンドラもそれに劣らぬ美しい貴婦人であったのである。

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