第15話 連れ去られた姫君

 部屋に入ったあと、僕は泣いていた。

 何で涙が出るのか。なんで。何が原因で?


 彼に一緒の部屋を否定されたこと?……違う。

 彼に目的が違うと言われたこと?……似てるけど、やっぱり違う。


「……っ……なら、なんで泣いてるの僕はっ……」


 僕は魔族が生きる魔界で生まれ、その環境の中で特別な存在として育てられてきた。教養、魔法、語学、戦闘。その日々に休暇なんて無かった。色々なことを無理やり覚えさせられたっけ。

 詰め込まれたスケジュールがある僕には、当然友達と呼べる存在はいなかった。

 皆は、僕を見ればひれ伏すばかりで、友達になろうとしてくれようとした人は、極僅かであった。


 ――でも、ユウは違った。彼は人間でありながら、僕のことを知らない。僕が何者で、僕が人間に最も嫌われている存在ということも、恐らく知らない。

 そんな彼だから、僕は一方的な好意をよせる事が出来た。


 僕は、人間が好きだ。嫌われてるとはいえ、おとーさんの影響もあるし、人間を敵として相手したくない。

 だから彼を通じて他の人間とも仲良く出来れば、人間界の人々との親交広げられる、なんて、思っていた。

 そのため、僕の思い通り動いてくれるように、彼が僕に堕ちてくれるように、精一杯可愛げのあるアピールした。


 出会って、転移するまでの最初だけ、は。


「なんなのさっ、この、気持ちは……っ!」


 涙と共に流れ出るのは彼への溢れんばかりの気持ちだった。


 彼に対して極端に意識が変わったのは、初めて手を繋いだ時。魔界から人間界へ転移を行うための魔力を練り上げていた時だ。


 実をいえば、手を繋がなくても転移はできる。

 僕は交際経験なんてないし、男の人と手を繋ぐなんて、親族が限界だ。


 ――なのにあのとき、僕は自然に彼に向けて手を差し伸べていた。

 顔の緩みが、抑えきれなかった。まるで、ずっと想い続けて、何百年も会うことが出来なかった恋人に会えたような、まさにそんな気分。

 僕はまだ男女の経験をしたことがないというのに。


 魔法だけじゃなくて、彼の身長から、趣味まで、全部すべて、何もかも知り確認したかった。


 何故なのかは分からない、だけど、彼と一緒に居れるなら、僕はなんだって出来る――つもりだった。


 あの言葉を放たれて、僕の心に、致命の一撃が重く突き刺ささるまでは。


『どうせもうすぐお別れなんだ』


 僕の目的は彼の全てを知ること――と、思っていた。

 しかし、それは違うと、今なら断言できる。根っからの本当の目的は違うと確信を持って言える。


「うぁ、ぁっ……あぁっ……一緒に……居たい、よ」


 僕は生まれてから数える程の弱音を吐いてしまった。


 弱音を吐くことは許されない立場にいる。そんなことは何十年も前から分かっている。でも、一度ダムが決壊してしまえばそうやすやすとは止まらない。


「どうすれば……いいの……? 僕は、どうしたらいいの……?」


 嗚咽しながら僕は必死に考えた。まるで興味のなさそうな僕を、どうやって振り向かせるか。しかし、当然温まった頭では、何も思いつくはずがない。


「僕は……僕――もぐッ!?」


 その刹那、天井から音もなく降りた人型の影が瞬く間に体を覆い、敵であろうものは僕の口に濡れたガーゼのようなものを押し付ける


「んッ!!」

「うぉっと。Cランクの魔物でも吸えば一瞬で気絶する薬を吸ってそんな動けるのか」


振り向きざまに裏拳を放ったが、難なく回避されてしまう。

ガーゼのようなものには薬が含まれていたらしく、視界と脳内が凄まじい勢いで回るような感覚が襲いかかってくる。


「こ……のっ……」


 視界の定まらない目を擦り、正面の不審者を見つめる。突然の襲撃者は天井からやってきたようで、その正体は茶髪の男性だった。顔は覆面をしているので分からない。

 泣いていて接近に気づかなかったみたい。……情けない。

 戦闘になる事を予想されるので、部屋を壊さないため、ついでに、空気の読めない来訪者を逃がさないように結界を貼る――


「魔法が、使えない!?」


 ことは出来なかった。気がつけば、部屋には白い煙が充満しており、魔法は発動に及ばず霧散してしまう。これって魔封じのお香なの!?


「もらったッ!!」

「くっ……」


 彼は懐から取り出した棍棒を持っており、上半身全体に迫る鋭い三段突きを放った。その一撃一撃は戦闘が得意な魔族でも対応が難しいであろうほどスピードと威力を持っていた。


「危ない……なッ!」


 だが、僕はまだ動ける。体の中心を狙った一撃を回避、二つ目は回避先を読んでいたかのような一撃だったがそれもぎりぎりで体を回転させて回避。

 そして着地地点を狙った最後の一撃を触って受け流して反撃――


「えっ――」


 腕の感覚はなかった。動いても、いなかった。その事実を認識した時には視界までブラックアウトし始めた。

 やば、い。意識、が飛びそう。


「うぅっ!!」


 全身から爆発させるように魔力を放出し、意識を取り戻す。

 これは自分の体の中で爆発を起こし、目覚ましビンタのような、痛みにより意識を戻す自傷行為だが、今回は気絶を防ぐために役立ってくれた。


「終わりだ」


 自傷行為とはいえ、僕は気絶しかけていたので魔法のコントロールが甘い。

 そのため、体内の魔力爆破も思いの外、自身にダメージを受けてしまった。


 茶髪の来訪者は僕が思い通りのことが出来ず、隙があるところを見逃さない。


 それに対してついつい焦ってしまい、狭い部屋だったこともあり、足がベットのシーツに引っかかって、転んでしまう。

 そして遂に――男は、棍棒を僕の鳩尾に向け突き刺す。貫通はしなかったものの、激しい衝撃、嘔吐感が襲う。


「がはっ……うそ……この……僕が……?」


 混濁した意識の中、突然の来訪者は召喚士サマナー狩り ということは悟ったが、そのことを彼に伝えることは出来ず、僕は意識を手放してしまった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 どうやら上手く行ったみたいだな。


 この部屋には魔法を封じるお香、音を漏らさないために結界が貼ってある。ついでに、最初に吸わせた気絶薬もかなりの強力なものを染み込ませてある。マスクをしていなければ俺でさえ危ないものだ。

 彼女は相当な実力者のようだが、召喚士サマナーとひと悶着あったようで、俺の接近には気づかなかったようだ。


 あとはこの女を運ぶだけだ。


 魔道具を使って暗闇を体に纏い、窓からこっそりとこの女を連れ、逃げ出すことに成功した。

 今回も軽い仕事だったな。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 いつもより時間はかかったものの、やっと冷静を取り戻し、俺は考えていた。

 召喚士サマナー狩りか……。


 どうやら関係ない少女でも巻き込む過激派らしい。


 どうせ殺すのなら俺たちのような召喚士だけにして欲しいのだが、相手の目的も俺だ。俺が彼女を助けに行く以外選択肢はないだろう。


 宿主がお客とはいえ、見ず知らずの少女に百万円Gを払うとは到底思えないしな。


「っとと……焦るなら考える。こんなときこそしっかりと考えないとな」


 自分にそう言い聞かせた。

 いつも通りの冷静さが足りないと感じたからだ。


「おばさん。ご飯は残しといてくれよ?」


「あ……ああ。いくのかい?」


「勿論だ。アイツには世話になりっぱなしだったからな」


 即答した。魔界から出してくれたのも、そして少しだけ傷ついたときに励ましてくれたのは彼女だった。ここで助けなくてはもう俺は男じゃない。それに、いま俺はそれだけの力はある。


「でも紙の裏には明日噴水広場で合流って書いてあるぞ?」


 男性が問う。だが、俺にはその約束を守る気など微塵もなかった。


「そんなこと知ったことか。あっちがしかけた事だし」


 無表情で顔を向けることなく答え、扉に向けて歩き出す。


「……気をつけていきなさい」


 おばさんは全てを察した表情で俺に言う。この世界ではありがちなことであるらしく、慌てて止めることなどはしなかった


「おう。ご飯は残しといてくれよ」


 今現在、俺はこの半径三百メートル以内にアルトのいることが手に取るように分かる。

 もちろん能力創造スキルクリエイトで創ったスキル、《気配探知》のお陰だ。


 そしてこのスキルはレベルこそ上がりにくいが、一つレベルが上がるとかなり自由度が高くなる。

 レベル1の時点では対象の気配が分かる範囲は百メートルが限界だったがレベル2になると、300メートルまで気配を掴めるようになっていた。遠くなればなるほど情報はあやふやになっていくが、一度触れた者ははっきりと位置がわかる優れものだ。


 ただ、人一人を精密に検索するための気配探知は発動するのに集中が必要だ。


「……見つけた。ここから南西に二百五十メートル。かなり近いな」


 俺は宿を抜け出し、暗い夜道を全力で駆け抜ける。目的が違うだろうが、なんだろうが関係ない。彼女は大切な恩人なのだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「っ……ここ……は?」


 意識を取り戻し辺りを見回すと――僕は広い倉庫の中にいるようだった。元々居た宿屋ではないので、意識が飛んでいる間に運ばれたのは一目瞭然。

 そして両手は、柱に手錠のようなもので繋ぎ止められている。


 この魔道具の手錠の効果で、僕は今魔法を使えない。


「こ――のっ」


 無理やり外そうとしたが、ガシャガシャと音を立てで終わった。


「くっ……僕が……人間なんかに捕まるなんて……」


 魔族として凄く恥ずかしいけど―今はそのような羞恥心を感じている時じゃない。


「ユウに知らせないと……!」

「おやおやぁ? お目覚めですかね?」


 暗闇の向こうからニタァ、と気持ちの悪い笑みを浮かべながら向かい来るのは――少々小太りで、金の前歯が目立つ三十代ぐらいの男がであった。

 それに続き数十人の人間が僕の元へ一気に集まってくる。


「……っ」


 キッっと全力で金歯の男を睨みつけるが、彼は何の恐怖も感じていないようだ。


「またまた反抗的な態度ですねー……それでこそ、へし折りがいがあるというものです。くくく」


 そのとき、数十人の中から一人の男が現れる。


「ボス。例の準備が出来ました」


「うむ……ご苦労。下がれ」


「御意」


 そういって三下は金歯にスイッチのようなものを渡し、下がる。

 そうして金歯は僕の目の前に機械を見せつけながら楽しそうに語りかける。


「これがなんのスイッチだか分かる? まぁ分からないだろうがな!」


 ケタケタと笑い声を上げながら金歯は後ろを向く。


 そして数瞬の後、カチっと乾いた音が響く。すると


「やぁぁぁぁああぁぁぁッ!?」


 突然の痛みに叫んだのは、僕だ。


 電撃が体の中で蠢くムカデのように荒々しく走り回る。神経という神経が全て痛みをもって捻られているようだ。


 バリバリと電撃の音が響く中、再び金歯はスイッチを押す。すると――


「かぁぁっ……はぁ……はぁ……」


 電撃が止まる。


「く、ふふふ……いい声だねぇ? 次はもっと強くいくけど……明日まで……耐えられるかなぁ? 当然、電気遊びが終わったら次は―!その体で皆を楽しませてくれるよなぁ?」


 この人間が言うに、さっき電撃はが一番威力が低いという。


「うそ……だ……」


 勇者を除いて、僕は人間に初めて畏怖を感じた。


「ふふふふふ……じゃあもう一度段階上げてみようか??」


「いやだ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」


「ふふふふふふふ!! いい声だぁ!」


「助けて……ユウっ……」


「助けを願ったってだれもこない! 契約は明日って約束だからねぇ!!」


「あのへっぴり腰の召喚士サマナーが助けてくれるわけないだろ!」


「確かに。俺たちを前にして逃げたやつだもんな」


 ゲラゲラと金歯の三下が笑う。


「きみは耐えられるかなぁ?」


 そして金歯はスイッチを再び――



「っぅ……!?」


 ――押さなかった。ぎゅっと目をつぶったが、痛みは走らない。


 疑問に思い薄く目を開けると…!スイッチはくるくると、金歯の腕と一緒に宙を舞う。


 突然の現象に誰もが驚き、声が響いた方向に目を向ける。


「見つけたぞ」


 その声の主は、僕の初めての人間の友達であり、初めて僕を対等として見てくれた人であり、初めて僕を僕と認めてくれた人だ。


 今こそ呼ぼう。その者の名前は――


「ユウぅぅぅぅぅぅッ!!」

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