第2話 少女シャーリンの仕事

 何なのだろうか。この状況は。

 俺といえば非科学的現象にも追い打ちされて死んだ者だが、しっかりと二本の足で歩けるし、生きている。ここは現実なのか、あるいはあの世なのかも検討がつかない。

 そして、確実に死んだであろう俺はなぜ人と会えたのだろうか。

 最後に、話しかけた途端に椅子ごと後ろに倒れた彼女の具合は大丈夫なのであろうか。

 すべて極まって、理解不能である。


「わ、笑わないでくださいよぉ!!」

「笑ってはないんだが」


 少女は起き上がり必死に反論する。しかし、その説得にはまるで力がなかった。なぜなら零した紅茶の染みが白いエプロンの真ん中で広がり、汚れてしまっているからだ。まるで子供がおもらしをしてしまったような広がり具合である。


「あっ――あぁぁぁっ!?」


 そんな、驚きに満ちた声が聞こえると――姿が消えた。比喩ではなく、本当に消失してしまったのだ。遠くの方に見える一メートル近い大きな花弁が突風で揺れていることから、人間を超えた速度でも出したのであろう。……って、そんなわけないか。


「あうあう……せっかく可憐なお嬢さまアピールしようとしてたのに……」


 ふと気がつけば、トボトボと新しい召し物に着替えた少女がさらに奥にあるウッドハウスから出てきた。フリフリのドレスを装備して、お姫様スタイルという言葉が似合うような格好をしている。


「……大丈夫か?」

「は……はいっ! こここんびゃんわ!!」


 噛んでる。余程緊張しているようだ。

 やっと目を見て話せたが――見とれてしまった。その、彼女の、あまりの美しさに。絵に描いたそれが、動き出しているような印象を受ける。

 彼女を見た限り、おおよそ中学生に見える。こんな中学生いたら世間は大騒ぎ――って、そっか。死んだんだよな。俺は。


「えっと! 聞いてます!?」

「ごめん。聞いてなかった」

「まったく」


 むすっとしてるこの女の子は腰ほどまである長い金髪で、更には綺麗なウェーブがかかっており、クリクリとした蒼目と相性がとても良くあっている。外国人だろうか。紅茶をがぶ飲みしていた頃はボサボサであったのに、いまや完全に整えられている。どうやら俺が見失ったあの一瞬の間で服装をセットを終えたようだ。信じられない。


「あー……まず聞きたいんだが」

「はいっ!何でしょう!」


 即答だった。少し引いてしまった。


「えっと。まず君は何者?」

「第三女神です」

「つまんな……もっと面白いウソを考えろよ。まだ四歳児の方が才能あるって」

「いやいやいや! 私は女神ですよ!? って四歳児!?」


 即答してしまった。こんな少女が女神だって? なにかを拗らせているのではないのだろうか。まだトラックが飛んでくる方が信用できるぞ。

 それにしても、トラックの件は現実に起こったことなのだが、もうインパクトが大きすぎて忘れられない。もはや殺されたといってもよいほどである。


「あの、その件ですが……」


 すると、急に顔色が悪くなった。


「わわわ……わたしの……」


「ん?」


「私のミスで貴方を殺してしまいました。ごめんなさい!!」


 と彼女はいい終えると、凄まじいスピードで頭を下げた。それも90度を超える角度で。


「は?」


 理解できない。彼女が一体全体トラックとどんな関係があるっていうんだ? ゴリラ的な怪力を発揮したのか?


「私があの世界を管理していて……えっと……ちょっとトラブルがあって……ですね……」


 世界の管理ときた。確実だ。完全に拗らせちゃんである。


「違いますよ!? これほんとですからね?!」


「……さっきから口に出して無いつもりだったんだが……俺考えていることが読める?」


「はい……! 女神ですからっ!」


 なるほど、ゴリラ的な怪力の件は彼女に筒抜けていたのか。それはさておき、何より理解できないのが俺の考えが読めるってことだ。サイコキネシスなんてあった事もないし、実感したこともない。


「すーはーすーはー……っ今は理解しろとは言いません。ただ私が貴方を殺したのは事実なんです」


 深呼吸してから急に態度かわったな。深呼吸をすればやっぱり落ち着くのか?

 まあいい。取り敢えず情報収集だ。


「ここはどこなんだ? なぜ俺はここにいる?」


「ここは世界の狭間。いくつかある私の世界の狭間です」


 また良く分からないことを。世界の狭間とか聞いたことがないな。もう確実にダークフレイムマスター系統だろう。そうなればもう生暖かい目で見つめてあげるしか――


「えっと、勘違いも甚だしいですからね? 何故ここにいるのかっていうと、私のミスで死なせてしまったので、責任をとってお詫びを……しなきゃいけないんです」

「あぁ……あのトラックが飛んできたのはお前のせいか――っていやおかしいだろそれ」

「はい……本当にごめんさい」


  少女は再び頭を下げた。実際神様だろうがなんだろうが、謝って済む問題じゃないけどな。まぁ実際、こんな少女がトラックに関係してるとは思えないけど。


「っていうかお前は女神云々は置いといてなんなんだ?」

「はい。私はシャーリン。見てのとおり女神です」


  置いとかないつもりか。まぁ次に聞くべきことは――


「お詫びって具体的には何をしてくれるんだ?」

「貴方望むままに。なんなら私の体でもいい――」

「ああ。それはいらん。色々後が怖いからな。秘密警察が突っ込んでくるぞ」

「ぎゃーん?!」


 なんだか分からないが急に座り込んだ。話疲れたのか。 原因はわかってるけどな。


「どーせ私は貧相な……」

「んじゃさ、いらないって言ったらどうなる? もう死んだことだしゆっくり眠りたいんだが」

「ブツブツ……あっ……此処からでれませんよ。願いを叶えてやるまで出すなという上からの指令なので……それが願いですか?」

「それもそれで面白くないしなぁ」

「えっと……なら異世界転生なんてどうでしょう!!」

「……へぇ? 異世界転生ね? 本当にできるのか?」


 俺の鉄壁とはとてま言い難い精神が少し揺らいだ。転生ものの小説を読んで非常に面白い記憶があったからだ。


「おっ? 今考えましたね? 今考えましたね? もちろんできますよ?」


 こいつ考えが読めるからっていい気になってるな。無心にでも成れないものかな。諸行無常……って俺死んでるな。流石昔の人。いいこと言うな。


「興味があるだけだ。それに結構強くないとすぐ死にそうだしやっぱ遠慮しとく――」

「いえいえ! 私のごっどあいは見抜いていますよ!」


 考えを読まれるってなんか先手とられるな。

 まぁいいや。ごっどあい怖い。


「願いを言わなきゃ此処からでられないんだろ?」

「はいっ!もうそれでいいですよね!! 女神はいまそれに決めました!」


 俺の願いじゃなかったのかよ……ペースが完全にあっちだな……崩さなくては。殺したのはあっちだっていうのに。


「いや待て、そう簡単に転生させていいとでもおもっているのか?」

「えっ? 駄目なんですか?」


 至極当然と言った表情で返してきた。コイツ俺の気持ち何もわかってないな。人様の命なんだと思ってやがる。


「お前な認めてはいないが一応神を名乗ってるのだから、転生させられる身にもなってみろ。普通は動揺ぐらいするだろ? そう話を急速にすすめるなよ。第一なんで死んだのかも分かってないってのに」

「いやいや、夕さん全然動揺してませんけどね? だからこのままでいいかなーなんて思ってました」

「慌てないだけだっての」


 ところで、トラックが飛んできた直後の俺はどんな顔をしてたのだろうか。ちょっと見てみたいが、その後の潰された俺は見たくない。記憶には爆発が起こった件もあるから、焼き付いているけど。


「あの? あっちでお茶でも飲みます? 貴方達の世界でいう紅茶がありますけど……」


 考えに耽っていたら自称女神がお茶を入れてくれる案を出してくれた。彼女は和解を求めたらしいが、俺からしたら殺して再び毒殺するという想像が頭をよぎり、警戒を強める。


「お前実際悪魔だろ? もしお前が俺を殺すためにトラック飛ばす時点で正気の沙汰とは思えないが」

「あの……それは申し訳ないんですけど女神に向かって悪魔は失礼ですからね? こんなに可愛い女神はほかに居るでしょうか?」


 いや、居ない! と眉をキリリと上げてドヤ顔で語る。ただ、トラックに関しては触れてないため結局悪魔の可能性が高い。

 彼女は俺を楽しませようとしているのか、はたまた実際にそう思っているのかどっちにしろ一歩引いてしまう。実際に現実離れしている可愛さなので否定はしないが。


「冗談ですって!? 私より可愛い人――はいるっていえばいますしね!」

「なぜ空いた、そしてなぜ溜めた」

「まぁまぁ! いいじゃありませんか! 取り敢えず立ち話もなんですし、小屋にいってゆっくりとお話しましょう!」


 シャーリンは俺に駆け寄りつつ回り込み、背中を近くの小屋に向かって押す。まだ俺は行くっていってないのにも関わらず、なぜだか逆らえない。これなんかの権限を使ってるんじゃないか? 死者に口なしということか。殺されたのに理不尽である。


 そこそこ近くに大きい木製であろう小屋が見えてきた。いや、小屋というよりウッドハウスといった方が似合うか?

 中に入ると、さらに強い花の香りが俺の鼻腔をくすぐる。いい匂いだがくしゃみが出そうだ。


「いらっしゃいませー! ここは私の百拠点の内の一つです! ここはかなりお気に入りなんですよ!」

「拠点ありすぎだろ。そこまで必要かそれ」

「女の子にはいろいろ必要なんですよ?」

「それにしても限度っていうものがあるだろう……」

「あっ靴は脱がなくて結構ですよ!」


 シャーリンはゆっくりと奥へ歩いていく。

 ここは玄関なのであろう。絵画、花がいくつも飾られてある。しかし靴を置く場所はなかった。

 絵画の絵は漫画のように女の子を凄く美化していたり、現実にほぼ、というか確実に居ないであろうイケメンの男の絵が飾られてあった。なぜかどれも黄金の額縁に入れてある。どこかシュールだ。

 ……ってこれよく見てみると、元の世界の絵風に似ている。乙女ゲームとかそういう類の絵画だ。


「夕さーん? どうしましたか? 」


 シャーリンが奥の部屋から戻ってくる。奥に白い机と豪華なティーセットが見えた。本当にお茶を入れてくれるようだ。


「これ……誰が書いたんだ?」


 俺が指さすのは黄金の額縁に入っているイケメンの男、もちろん現実にはこんな人は居ない。


「あっそれは私がかいたんですよー? 上手でしょう? 決して他人から盗んだわけじゃありませんよ!」


 凄くドヤ顔を決めてくるのが腹が立つ。そして、もう一つ気になることがあった。


「俺がいた世界の絵風なんだが……」

「はい! 夕さんの世界の絵を参考にさせてもらいました! さむらいそうる? でしたっけ。どこまでも飽くなき探究心は我々神からも非常に注目を集めています!」


 神は侍魂サムライソウルを勘違いしているようだ。俺は忍者とか、侍とかを想像したが、絵を見る限り勘違いしている。奥に少しだけ見える絵画ですら、二次元のイケメンである。

 シャーリンの絵は完全に三次元を題材にしていないからな。だから現実にはこんな人はいないと……


「私の絵を褒めてくれるのは嬉しいんですが、お茶が冷めてしまいますよ? さぁ来てください」

「ああ」


 シャーリンは俺を小走りして先に部屋へ向かい、茶葉から紅茶を抽出していたティーポットを傾け、赤い紅茶らしき色をした液体をカップに注ぐ。

 紅茶のいい匂いが花の香りと混ざる。


 どうやら本物の紅茶のようだ。


「ささ、冷めないうちにどうぞ!」


 ここが、リビングといったところか? 九畳間ぐらいの部屋の真ん中にはとても大きなテーブル、そして目の前には花畑が一望できる窓。これを作った人は充分にその土地を理解しているのであろう。


 近くにあるなんの装飾もない椅子に座ると、そこで質の違いがわかった。とんでもなくお尻に優しいのである。


「では……飲みましょっか?」


 シャーリンは飲むことを勧めるが、俺は毒が入っている可能性を考慮してのまないことに――


「入ってませんってば! そもそも夕さん死んでいるので心臓は既に止まってますよ?」


 流石に驚き、心臓に手を当てる、が。


「動いてない……?」

「何なら脈をしらべてもいいんですよ?」


 俺は右手首の付け根あたりに親指を当てるが……脈が感じられない。

 本当に死んでいるようだ。全く実感はないのに。だがこれで幽霊の気分が分かったような気がする。


「……ちっとも慌てませんね」


「俺はほんとに死んでるんだなぁ」


 死を認めたら成仏できるとか聞いたことあるがそんなことはなかった。このままである。


「取り敢えず飲んでくださいよ! 夕さんの好きな甘さに設定してありますから!」


「まぁ……もう死んでるし、毒があってもいいか」


「入ってませんってば!!」


 俺は彼女の紅茶を一口だけ飲む。

 本当に俺が好きな程よい味で、甘すぎず、苦すぎずであった。

 どこからこんな情報を……


「それは内緒ですよ?」


完全に先手を取られてしまった。


 しばらくお茶をちびちびと飲みながら俺達は他愛ない会話をしていた。まぁ、ほぼ絵の話だったんだが。驚くことに、彼女は七十年程、俺が元の世界の二次元絵の練習をしていたらしい。自慢の機材と言ってペンタブを見せられたが、ちょっと良く分からない。


 また、年齢を聞こうとした途端恐ろしいスピードで角砂糖が飛んできた。全く目視出来なかった角砂糖はキュイン! と俺の頬をかすめながら木の家の壁を破壊し、小さな穴を開けていった。

 角砂糖ってなんだろう。弾丸?


 お茶を飲み終える頃、ついに彼女は話を最初に戻す。


「こほん、それでですね……転生の件なんですがちょっと夕さんの希望に沿うため、脳内のぞかせてもらいますね!」


 その時、頭に違和感があった。なんの予備動作もなく、突然にだ。


 脳のデータを無理やり見られてる気分だ。

 非常に気持が悪い


「うっ……」


「はいっ脳内を覗かせてもらいました!」


 気持ち悪さから開放されたが、嫌な気分は収まらない。


「ふむふむー剣と魔法の世界がお好みのようですね」


 ニヤニヤしながら女神は生暖かい視線をぶつけてくる。


「地味にダメージだなそれ。丸バレじゃねぇか」


「全然受けてるようにみえませんけどね!? まぁいいです。その世界に行くとして何か御要望はありますか?」


「そうだな。とりあえずトラックが来ても死なないぐらいの能力は欲しいな。もう一回は死にたくないし」


「うっ……それはすみません」


 シャーリンが落ち込む。若干やり返したい気持ちも俺にあるんだな。


「えっと他には?」

「鍛冶が出来るようにしてくれ。」

「えっ?それでいいんですか?」


「ああ」


 正直いうと俺は鍛冶などに憧れていた。刀とか作ってみたいとか思っていた、が俺がいた世界では刀は作ってつかえば、銃刀法だ。特殊な資格がなければ作れない。


「……はいっ!行く世界がきまりましたっ!!」


 シャーリンは今までで一番大きな声をあげた。


「スキル付与めんどくさかったので自分で付与しちゃってください!あと付けられるのは武器、防具、自分の体でもなんでもです!」


「……は?」


 スキル? 付与? こいつは何を言っている? アバウト過ぎないか?


「さっき脳内をいじった時に色々させて頂きました!」


「おい。ちょっとまて。弄るってどういう――」


 脳内を弄る。その単語にはとても深い意味がある。

 これは流石に俺も反論をせざるを得ない。


「お前は、俺に、なにをした」


「ふふーん! まぁ詳しいことはあちらで! 私は忙しいのでこれで! さよならです! 私を楽しませてくれたお礼も含んでいるのでありがたく受け取ってくださいね!」


 怒気を込めた俺の口調に驚きつつも自分は消えるというので、更にイライラが積もる。


 椅子を下げ、一歩踏み出そうとした瞬間。床に変化が起こる。


「ぐっこれは……?!」


 踏み出すと同時に白い魔法陣のような幾何学模様がいつの間にか書かれており、強く輝いていた。


「ではでは! またあちらで!」


 こいつ……これが本性だったか!!


「良い異世界ライフを!」


 シャーリンがその言葉をいい終えると辺り一面が光に覆われる。


 意識が途切れる瞬間俺は叫んだ。


「ふざけんなッ!!」


 それを最後に俺は意識が途切れた。

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