1996年 錯視艶夢 伍

 ■

「あっそうだ。」

 事務所から帰る途中、久しぶりに雫さんの所に寄ってみようと考えた。

 なんとなくだけど...あの人なら事件の事について何か情報を知っているかもしれない。自分の勘にそこまで自信はないけど、そんな気がした。


 身体の芯まで冷えそうな夜の中。僕は帰路にはつかず、足は自然と街の郊外へと向いた。


 ■


 夜の閑静な街は酷く不気味で点々と街を見下ろす電灯まで化物に視えてしまう。


 最近の事件もあってか、駅前には人一人居なかった。郊外と言ってもここも夜になれば夜の顔を映すはず。・・・・・だけど、今はそんな影もない。


 この時期夜間に出歩く人なんているはずないか。怖くなり自然と僕の足は足早になる。


 左手の腕時計は十二時過ぎを指していた。

 普通なら店などやっていないのだが、雫さんは気分で営業時間を決めてしまうから、早めに終わってしまったり、逆に夜遅くまでやっている時もある。


 まだやっているかも。

 そんな淡い期待に動かされここまできた・・・

 ───────けれど。


 賽の館が見えた時、溜め息が漏れる。

 賽の館は明かりは点いておらず真っ暗。扉の前に立つと「CLOSED」の文字がぶら下がっていた。どう考えてもやっているとはおもえない。


 今日は早めに切り上げてしまったのかな。

 口から白い息がたち、風は僕を嗤うかのように顔に吹きつけた。


「寒い・・・。明日また来よう・・・」

 振り返り、元来た道を戻ろうとした─────



「あれ?智大じゃないか。」

 突然の背後からの声で僕は小さく驚いた。


 振り向くと赤いコートを羽織った雫さんが立っていた。淡く赤みを帯びた赤紫色の髪は首に下ろしポニーテールとは違う大人の色気が出ている。


「雫さん?今帰ってきたんですか?」

「ん?あぁ、少し仕事が長引いてね。」

 雫さんは目を擦りながら答えた。


  (仕事...?)

 ・・・そういえば、失礼だけど雫さんが仕事をしている姿をこの目で見たことが無い。

 興味本位で訊く事はしなかったけれど。

「そうなんですか・・・・・」

 あまり詮索するのも悪い事をしているようでそれは喉の奥に引っ込めた。



「よくもまぁこんな時間に・・・。いいよ、私に会いに来たんだろう?綺麗にしているから汚くするんじゃないぞ。」

 そう言うと僕をすり抜けて雫さんは鍵で扉を開け、賽の館に入ってしまった。

「わかりました、絶対汚しませんよ。」

 嗤う風は止むことなく、僕の背中を押す。

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