第11話

 ピーピロリーと間の抜けたBGMが流れるエリアを勇者ロトは好んでいた。

 ゲーム内奥地にある【彼方の楽園】は、どのエリアからでもにリアルで30分かけて移動しなくてはならない秘境なのだが、だからといって特にイベントも発生しないし特別なアイテムもない。訪れても旨味もない、いわばお遊びの場所である。

 そんな場所になぜ勇者がいるかといえば、この場所が好きだからに他ならない。8bitが織り成すチープなオーケストラは耳から脳に浸透し単純作業の苦痛を緩和する。気怠いはずの深夜プレイの筈が、嘘のようにゲームに没入できるのである。勇者はこの効果をチープトリックと名付けているが、ジョジョを読んで知っているだけでロビンザンダーの事は知らない。


 ともかく勇者はゲームボーイを彷彿とさせる音楽の波に乗りひたすらにレベリングをしていたのだった。もう3体目にもなる育成キャラのジョブは歌い手。歌い手は最近、動画配信SNSとのコラボレーション企画で産まれた新職業である。その特徴は高いHPと連発式の広範囲攻撃。加えてバフとデバフまで備えたサポートキャラであり使い勝手もいい。そして最も特筆すべきは特定のスキル発動時に実際の歌い手の歌が流れるという頭の悪い仕様である。多くのユーザーが、これさえなければ……と、頭を抱えていたのだが、これは多額のマージンが動いている為どうしようもない事なのである。勇者は育成をする傍ら、今更感しかない歌い手の起用と不快なシステムに目下クレームを送り続けているのであった。


 ヤックデカルチャーだよまったく。


 大人の事情と間抜けな演出に辟易しながら勇者はひたすら範囲攻撃を連発していた。コラボ企画故に育成は容易かつ能力が高い強力な職業なのだが、プレイヤースキルをまったく必要としない超初心向けである為やり甲斐は薄い。そんな歌い手をなぜゲーマーである勇者が育てているのかというと、それは運営への反骨心からであった。この歌い手。歌が入るスキルは範囲攻撃と全体バフとデバフだけである。単体効果のスキルは、歌うモーションが入るだけで実際に曲は流れない。それを利用して、勇者は使用キャラ自身にバフをかけつつ敵陣に特攻。高いHPを最大に生かした壁役として運用しようと目論んでいたのだった。


「火力が足りない? レベルを上げて物理で殴れ 」


 という、パワーこそ力。力こそパワーな全力脳筋プレイキャラを勇者は生み出そうとしていたのである。圧倒的大軍の攻撃を耐え、一体一体を確実に殺していくプレイングを想像するだけで勇者の心は踊りに踊った。継戦能力を高める為にリジェネとドレイン効果が付与された装備品も既に用意してある。新ジョブ。歌い手の、殴り壁運用が陽の目を見る日も近いと、勇者は一人豪語していた。


 このスタイルで運営を涙目にしてやる


 ゲーマーとは本来暗い情熱によって動かされる哀れな人種である。サラブレッドである勇者が、その闇の炎を胸に宿らせていないはずがない。勇者はこの歌い手のプレイングを初手から覆そうと、割と本気で画策している。そもそも近接系の職業使った方が早いし強いのでは。という正論は通じないのだ。


 一人狩りを続け、無心でスキルを発動していく勇者。8bitの安息に差し込まれる歌い手の声。今は我慢だとレベルを上げていく忍耐の時間。勇者は命を擦り減らし、伊達と酔狂に使命を見出していた。益体のないはなしである。

 そんな時である。画面に表示されるミニマップに、紫色フレンドのアイコンが現れ、こちらへ向かってくるのだった。


 こんな辺境の地に誰だ……


 エンジュが不在である事は確認済みである。「パッパとディナーに行くの♪」と、聞いてもいないのにわざわざ連絡を寄越してきたのだ。もちろんフレンドログイン一覧にも彼女(?)の名前は表示されていない。フレンドリストを開いて誰がここにいるのか調べてもよかったのだが、「別に誰でもいいか」という物臭に到り、勇者はアイコンの主が到着するまで待ったのであった。


*ロトs


 勇者の元にやってきたのはナイトであった。バランス型近接ジョブの中位クラスである。


*スバルか。誰かと思ったよ。


 そのナイトの名は☆七星 スバル☆ といった。

 このスバルは勇者が属しているギルドの一員であるが、プレイヤースキルが低く煽り耐性もない。荒しや厨プレイヤーによく挑発されては憤慨ふんがいしマジレスを返すようなリテラシーの低いユーザーである。しかし勇者をはじめ、ギルドのメンバーは咎めなかった。それどころか、やむない事であろうと暖かくみ持っているくらいである。それはなぜか。答えは簡単。このスバルが、リアル小学生だからだ。


 勇者とスバルが出会ったのは、勇者がそれなりにやり込み、一体目のキャラの名前がゲーム内に知れ渡りつつあった頃である。

 それはエンジュと共に、イベントダンジョンの最深部へ挑みに行った時の事。ボス直前のフロアで、1人佇む低レベルのプレイヤーが勇者の目に入った。職業は戦士系基礎のファイターである。邪神や幻獣クラスがひしめく地獄の底に居ていい存在ではない。


*どうしたんですか?


 勇者はそのファイターに声をかけた。エンジュは、勇者がそうするのを知っていたかのように、無言でアイテム整理をし始めた。


*帰れなくなった


*帰れない? ここから?


*はい


*馬鹿な。死ねば街まで戻れるだろう


*ごめんなさい。漢字、あまり読めない




「……外人か?」



 勇者は訝しんだ。ひょっとしたら、これは自分が知らないイベントかとも思ったが、ファイターの名前を改めて見てその線を消した。アニメ化までしたラノベを意識したキャラクターネームを、告知もなしに公式イベントにブッ込んでくるなどあり得ないと踏んだのだ。


*てきにやられたら、もどれるよ


*むりだった。やられると、ここに飛ばされる。


*まじでいってる?


*マジです



 ともかく勇者はコミュニケーションを図るべくひらがなにてチャット敢行した。癖で変換やシフトキーを押してまい舌打ちをした回数は計6回である。


*ロト。バグがあるみたい。このダンジョン


 いつの間にか整理が終わったエンジュがそうタイプした。勇者がファイターと会話をしている間に、先んじて情報収集をしていのだ。


*バグ? どんな?


*このフロアに入った瞬間。リスポーン地点がここに設定されるんだって。だいたいみんなボス倒せちゃうから、情報が出回ってないんだと思う


*そういえばゲート(瞬時に指定した街へ移動できるシステム。要課金)設定できるもんなここ。街のデータ流用したのか? いやいやそんな初歩的なミスやるかね。だいたいデバグで分かるだろ


*私に言われても分からない。ただ事実として、ここで死に続けると脱出できないのは確かみたい


*運営の怠慢だな。後でメール入れてやる。


 勇者は運営や制作会社には厳しかった。


*それはそうと、あなた、どうやってここまできたの? 


 文句を垂れる勇者を無視して、今度はエンジュがファイターに話を聞いた。彼女(?)の正体を知っている場合と知らない場合では、見え方が多少変わるシチュエーションである。


*入ったら、レアアイテムがあるって、知らない人に言われた。


*なんだ。誘拐か


*バグを悪用されたんだね。かわいそう……


 誘拐とはテロの応用であり、ゲートを使って相手をダメージゾーンやモンスターの巣窟。あるいはレイドボスの前に誘導する悪質な嫌がらせである。通常街にモンスターが出現することはないのだが、あるアイテムや、ネクロマンサーのスキルよって召喚する事が可能である。それを利用して、レベルの低い新規プレイヤーなどを殺して遊ぶ陰湿な輩が一定数存在しているのだ。

 無論、そんな事をする奴は嫌われる。だが、「ゲームだから」「現実じゃないから」と、倫理観の理の字もない輩は、どの世界オンラインゲームでも存在するのだ。

 ちなみに、それを知っていて「仕様です」と対策をしない運営が一番のクズである事は確定的に明らかである。マジで親のダイヤの結婚指輪のネックレスを指にはめて殴らざるを得ない。



*すみません。たすけてください


 ファイターは懇願した。見ず知らずの勇者とエンジュに、恥を忍んで助けを請うたのだ。見ればまだ初期装備である。まともなプレイもできず、こんな所に連れられて、ゲームの楽しさも見出せぬまま、ずっと苦しんでいる。そんな悲劇を、勇者が見捨てておけるだろうか。


 いや、おけない。


 見捨てては!



 名前負けするわけにはいかんな。


 勇者は勢いよくタイプを開始し、ファイターにパーティー申請を行った。


*パーティー申請投げたから承認して


*ごめんなさい。漢字読めない


*あおいろ の ひょうじ を クリック!


*はい


*できました


*よし。行くぞ! ボスの間へ!


*え? ぼく、勝てない


*だいじょうぶだ! おれにまかせておけ!


 勇者に流れるゲーマーの血が騒いだ。

 

 こいつに俺の背中を見せてやる。


 ゲームの素晴らしさを教えてやる。


 と。


 3人パーティーとなった勇者一行は広間を抜けた。いざボス戦である。

 エンジュはファイターの守りで手一杯。アタッカーは勇者のみ。壁もヒーラーもいない為、被弾は即、死に繋がる。徹底したヒットアンドアウェイによる長期戦が勇者の精神を削り取っていく。

 だが、勇者は負けるわけにはいかなかった。ゲームを愛するものとして、ゲーマーの端くれとして、未だその深淵の深ささえ知らぬ者に、己の強さを誇示しなければならなかった! 


「硬てぇ! 耐久値と火力だけ上げて強敵みたいにいうのやめろや!」

 

 PC前でひたすら怒鳴る勇者の姿はとても熱い使命感にかられた人間には見えなかったのであるが。とにかく義憤に燃えた勇者はひたすらにチマチマと攻撃を続けた。隙が生じる為にスキルは使えず、通常攻撃のみでの戦闘である。途方も無い持久戦。常人であれば耐えられぬ苦痛。



 だができる。


 できるのだ! 


 人生を賭した者だけが達しうる境地! 


 理不尽に必勝する覚悟! 


 ゲーム道とは、此シグルイ也!






「勝った! 死ねい!」




 グゴゴゴゴ


 メッセージウィンドウに表示される断末魔! ボスのHPは尽きた! つまり死んだのである! ご愁傷!


*ざっとこんなもん!


 ストリートファイター3のユンの勝利ボイスにて〆。この時の勇者のマイブームである。


*おつ


*ありがとうございます




 気の抜けた祝いのメッセージが勇者の肩を落とさせた。しかし、ともかく。


 勇者! 勝利!


 2時間にも及んだ泥沼の死闘は勇者の粘り勝ち! 折れぬ心が! 不屈の精神が! 勇者を勝利せしめたのだ! ちなみに勇者とエンジュはゲートを持っていたのでファイターだけ逃す事は可能であったが口には出さなかった! なぜならその方が面白そうだったからである!


*じゃ、そこのポータル入ったら戻れるから


*ありがとうございました。このごおんは一生忘れません


*いいよべつに。それより、フレンドとうろくしよう。何かこまったら、なんでもいってくれ


*わかりました。でも、いちよう、お母さんにフレンドになっていいか聞いてみます


「……お母さん?」


 ファイターのチャットに、勇者は嫌な予感がした。


*きみ、いくつ? とし


*9さいです


*そっか。9さいか


 勇者は愕然とした。よもや年齢一桁の子供が、斯様な悪意の集積に埋もれるところであったのだ。憂しかない。


*まぁ、このゲームおもしろいから、もう少し続けてみなよ


*はい。わかりました。ありがとうございます。


 一応の取り繕いをして、勇者達とファイターは一度別れた。その時の9歳の弱小ファイターこそが☆七星 スバル☆である。


 その後、スバルは無事母親の承諾を得て勇者とエンジュのフレンドとなり今に至るわけだが、あれから3年が経ち、良くも悪くもスバルはゲームに溶け込んでいた。勇者はそれを我が子のように見守りほくそ笑んだり、スバルを害すユーザーを懲らしめたりしていた。セコムである。







*何か用か。こんなところまで来て


 父が子に語りかけるようにタイプする勇者。その様子は、側から見たらはなはだ面妖である。


*はい。実は、相談ありまして


*相談か。いいだろう。俺でよければ、話してみよ。スキルツリーについてか? 新ジョブについてか? この歌い手を使いたいというのならやめておけ。確かに高性能だお前はプレイヤースキルが低い。地力を磨く為にも基本ジョブでのプレイングを学ぶべきだ


*ゲームの話じゃないです


*あ、そう


 勇者は落胆と同時に焦りを感じた。なぜならゲーム以外にスバルの力になれるわけがないからだ。まさかの展開に、どうやって威厳を保つかを必死に考えている。


*実はですね


*うん


 身構える勇者。額には汗。頰は強張こわばり息を呑む。




*恋を、しているんです


「……」


 ……




*恋か


*はい



 ……



「……まじかよ」


 予想外の出来事に勇者は一瞬呼吸を忘れた。そして肺の限界とともに、恋愛について浅く自問したのであった。


 恋。それは、もっとも自分とは縁遠いもの。


 恋。それは、もっとも苦い思い出。


 恋。それは、裏切り……



 恋という文字を見て、エンジュの姿が自然と勇者の脳内に浮かんだ。


 勇者は童貞の上、つい最近、恋の悩みが貞操の危機に変わったばかりである。まともな答えなど出せようはずがない。


 だが勇者は逃げるわけにはいかなかった。なぜならスバルは勇者を慕っているのである。その関係は兄弟といっても過言ではない。仮想世界で繋がった絆は現実のそれより強く太い。勇者は、スバルの期待に応えぬわけにはいかないのだ!


*任せろ! 大船だ!



 大見得! 勇者はできもしない約束をした! タイプする指は戦慄わななき心許ない! 泥舟の船頭!


*一旦トイレ


*てらです


 現実からの一時的逃避。だが、その時間は僅か。勇者は5分程度の猶予で恋愛マスターとならなければならない! 脳裏にて再生されるはエロゲーギャルゲーの類い!


 ならない! それでは! 参考に!


 0! 説得力!



「スバル! 色を知る歳か!?」


 勇者は時計をチラリと見て届かぬ声を吐き、諦めたようにPCと向き合った。スバルは手慰みにモンスターを狩っている。挙動。立ち回り。スキルのタイミング等々まだまだ未熟であるが、以前に比べればはるかに腕は上がっている。


 勇者は成長していくスバルを前に、つい、一雫の光を頰に描きそうになった。

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