第12話

「このままではいずれ捕まる。我々は長く歩くのに慣れていないし、リナは怪我をしている」


 暗い路地を早足で歩きながらケンが言う。そう、それは判っている。センターが積極的に私たちの捕獲に乗り出して来た今、私たちがこのまま追っ手の目を逃れて路地を歩き、無事に壁まで行き着ける可能性はひどく低くなってしまった。最初から充分想像出来ていた事態ではあるけれど、だからといってぐずぐず立ち止まっている訳にはいかない。


「私は大丈夫、歩けるよ。私の怪我には構わないで」


 と私は強がりを言った。どうにかして皆を助けたい。巻き込んだのは私なんだから、私が犠牲になってでも、センターに捕まって酷い目に遭わされるのだけは避けなければならない。また、胸の奥がずきんと痛んだ。自分が犠牲になって他の人を助けよう、なんて思考は市民であった時には絶対になかったものだ。私は本当にどうしてしまったんだろう?


「無理をするな、実は俺に考えがあるんだ」


 そう言ったのは、一行の中で一番若い男性、レイだった。


「考え、って?」


「車を調達するんだ。俺は技師だったんだ。どこかの駐車場に入って、車のドアキーを壊せば、キーなしでも動かす事が出来ると思う」


「他人の車を?!」


 それは、昔授業で習った……『盗み』という行為ではないのだろうか。


 私たちはその行為を理解出来なかった。何故なら、望むものは全てセンターが与えてくれるので、他人のものを奪う必要などどこにもなかったからだ。それに、センターの定めに逆らうような犯罪を行う、という発想自体がなかった。私たちの思考は実に巧みにセンターにコントロールされてきたのだ。


 だけど、レイはそれを破ってみせた。ここに残った四人はきっと、皆、異分子なのだ。




「手頃なのがある。ちょっと待ってろよ」


 有り難い事と言えば、犯罪が皆無である為に防犯という意識もまた殆どないという事だった。ドアキーは、誤操作でドアが開かない為につけられているようなものだったので、あっさりと車のドアは開いて、私たちは誰か知らない人の車に乗り込んだ。何も知らずに、永遠の生を信じて眠りについている誰かの。


「うん、動きそうだ。これさえあれば、壁まで二時間もかからない。朝になって交通が流れ出したらそれに紛れて行くぞ」


 とレイが言う。壁に……本当に行けるんだ。行って何があるのか、本当のところはまだ全然わからないけど、とにかく救いはそこにしかない、と強い確信がある。


 『モンキチョウ』……ミックが調べてくれた、あの黄色いひらひらしたものが、私たちの命運に関係している、と思う。私を導いた『声』の正体もきっと、壁に行けば判る。


(ミック……ミックも連れて行けないだろうか)


 一瞬そんな事を思う。いつかはミックもセンターに呼ばれて、フードにされてしまう……。だけど、自分たちがどうなるのかすらわからないのに、センターの管理下にある人間を説得して連れて行くなんて絶対に無理な話だ。もしも私たちが救われるのなら、ミックもいつか自分の手で同じ方法を見つけ出して逃れて欲しい、と祈るしかない。




 夜闇が薄くなってきた。朝が来る。勿論、センターの管理する人工太陽の光に包まれた朝だけれど。たった一日なのに、昨日の朝の自分と、なんて違うものになってしまったんだろう。


「車の持ち主が来ないうちに出よう」


 ローリーがレイを促し、レイはゆっくりと車を発進させる。早い出勤の人たちがまばらに通りに現れ始める。こうなるとセンターは表だって私たちを追わない。センターに逆らった者がいるなどと市民に知らせたくないからだ。なるべく裏通りを選んでレイは車を操り進める。そうして、何の妨害も受けずに朝の八時、私たちは遂に壁を目の前にしていた。




 出勤する人々が、訝しげな目で私たちをじろじろ見ている。前に来た時もそうだったけれど、テリトリー外から来たというだけでも珍しがられる風潮で、更に私たちは身に合っていないおかしな服装でいた。


「ふーん、ここが壁か。初めて見たな。案外シンプルなんだな」


 ローリーが言う。


「リナ、ここでどうすればいいんだ?」


 ケンが尋ねてきた。


「ちょっと待って」


 ここに来ればきっと、あの『声』が聞こえる筈……はっきりした理由もなくそう確信していた私は、目を閉じ、耳を澄ます。


 果たして、『声』は聞こえた。




『よく頑張ったね、リナ。今から、君たちを救い出す為に我々も行動を起こす事にする』




「行動……? 何をするの?!」


 傍目から見れば、私は突然一人で叫びだしたようにしか見えなかっただろう。ケンたちは怪訝そうに私を見ている。


 何か前代未聞の事が起きようとしている……そんな予感が強く私を捕まえた。その時、


「そこの四人! すぐにセンターへ出頭せよ!」


 甲高い声に私たちははっと振り向いた。センターのアンドロイドが乗った車が、急スピードでこちらに近づいてきていた。


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