人類管理機構

青峰輝楽

第1話

 閉じた輪のなかで、私たちは生きている。




 地球の総人口、一千万人。この数字は揺るがない。人類管理機構の管理は絶対だ。いなくなる人数と、やって来る人数は、絶対に一致している。




 ずっと昔に、『環境破壊』『核戦争』……そんな事があったらしい。それで地球は荒れ果ててしまい、幸運な一握りの人間だけが、この安全なドームの中に入る事ができた。ドームの外は今も、放射能の嵐。死の世界。教育プログラムで植え付けられた常識だ。




「リナ、仕事終わった? 食事に行こうよ」


 声をかけてきたのは、隣人にして同僚のアリカだ。私は仕上がった書類の束をクリップで止めて、明日提出用の箱に放り込んだ。


「いいよ、行こう」


 荷物をまとめて立ち上がった。




 地上137階のオフィスからエレベータで地上へ降りる。ドームの暮らしは快適だ。人類管理機構の管理が行き届いているから。私は都市の中央にそびえる、人類管理機構センタービルを振り返った。黒く輝く、果てなく高いこのビルは、この都市の、そして人類全体の象徴であり、絶対主だ。私もアリカもいつも通り感謝の念を込めて、センタービルに向かって一礼した。建物の外へ出たらこうするのが規則なのだ。センタービルは、ドーム内のどの路上にいても必ず視界に入る。




 私はリナ。だがこれは通称で、正式な名前は、人類番号WA-Oh76-k3692-y5271。通称を自分で決める事が出来るのは、唯一の自分に対する自由。


 人は皆、センタービルの人類製造区画で生まれる。


 月に一度、25歳から50歳までの者がランダムに選ばれ、センタービルに呼ばれる。呼ばれた者が帰ってくる事はない。50歳までには、必ず呼ばれる順が来る。都市には50歳より歳をとった人間は存在しない。呼ばれたらどうなるか? 彼らは、人類番号を抹消されるのだ。抹消されるという事がどういう事なのか、どうなってしまうのか、具体的には誰も知らない。


「都市の秩序を保つ為に必要な事なのです。人類管理機構は常に人類の幸福の為に稼働しています。人類番号を抹消された後、清浄化処置を受け、また新たな人類番号を得るのです。肉体というのは老化しますが、この処置を受ける事により、以前の記憶を消去される代わりに、私たちは永遠に生きる事ができるのです」


 素晴らしいシステムだ。私たちは物心ついた時から、ずっとそう教育されてきた。いつか今の自分の記憶が消えてしまう、という事に恐怖感はない。昔の人類が持っていたという『恐怖感』、この不要な感情を、人類管理機構は取り除いてくれるのだ。


 センタービルで生まれた赤ん坊。生まれた時点では、人類番号も持たないし、人類とも認められない。恐怖や反抗、苦しみなど、不要な感情を引き起こす脳の部位を破壊され、『生殖器官』という不要な臓器を摘出する処置を受けて初めて、人類番号を与えられるのだ。


 昔の人類は、特に女性は、おなかの中にそういう器官があって、セックスをすると、たまにその中に赤ん坊が入り込んでいたそうだ。


「おなかの中に赤ん坊……グロすぎでしょ!」


 学生の頃、授業でそれを習った時、私たちは涙を流して笑い転げたものだ。自分の身体の中に別の生き物が入り込む……あり得ない。でも、昔は人類管理機構がなかったから、人類はそうやって増殖するしか方法がなかったらしい。そうして、体内で栄養を奪いながら成長した赤ん坊は、血まみれになって股から出てきた、という。その為に死ぬ者もいたらしい。




 『死』というものを私たちはよく理解できない。センターの完璧な制御により、都市には事故も病気も争いもない。昔はそういうものの為に、人間は行動不能になっていたらしい。まるで、機械が壊れるように。人間が機械みたいに急に動かなくなったりするなんて、信じられない。清浄化処置も受けずにそういう状態になる事を『死』といい、新しくなって生きていく事も出来なかったそうだ。恐怖、という感情を持たない私たちだが、そんなおかしな時代に生まれなくて本当によかった、とは思った。


 とにかく、股から別の人間を生みだす、というおぞましいとしか思えない事を、昔の人間はとても目出度い事だと思っていたらしい。生み出した者は『親』、生まれた者は『子』と呼ばれ、親子には特別な絆があったという。


 絆……ってなんだろう? 私たちにはわからない。人間は全て個であり、繋がる事はできない。


 確かに、私とアリカは隣人で同僚でよく行動を共にする。でも、それだけだ。ある日アリカがセンターに呼ばれていなくなってしまったら、別の隣人がやって来るだろう。私は職場でまた、別の相手を見つけるだろう。


 私たちは個であるが、個性というものには乏しい。だから誰とでもうまくやっていけるのだ。16歳になって就く仕事を決められる時は、適性というものを審査されるが、それはまた別の話だ。




 それから、昔の人類には、『家族』という形態があったらしい。男と女が同じ家で暮らし、セックスをして子供をつくる。その、男女と子供が『家族』。


 いくら学んでも、なぜそんなおかしな事をしていたのか、理解できなかった。どうして同じ家で違う人間が一緒に暮らさないといけないのか? 私たちは皆、一人ずつ『個室』を持っていて、そこに他人を入れる事は絶対にない。他人が自分の領域に入ってくるなんて、気持ちが悪い事この上ない。


 センターで生まれた子供たちは、5歳までセンターで暮らし、その後、都市に『個室』を与えられる。『個室』の中は全てオートメーションだから、幼い子供が一人でも、困る事は何もない。全ての者が、そうやって育ってきたのだ。




 毎月、数百人くらい(人数は正式には公表されない)がセンターに呼ばれ、その空いた『個室』に新しい住民、6歳の子供が入る。人口は一千万人。絶対に変わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る