第2話

「ちっ、しけてるわね……。やっぱり10階層のボス如きの報酬アイテムなんて、この程度なのかしら?」


 マツリは【忘れられた英雄の墓場】の10階層に潜むボスNPC:キマイラを倒した後、奴が消え去った後に残された宝箱を開き、中身を確認しながら文句を言うのであった。


「まあ、【忘れられた英雄の墓場】に出てくるボスNPCは幻影だって言う設定だからな。換金できるようなアイテムを期待するだけ無駄だぞ?」


「それにしたって、もう少し、色をつけてくれても良いと思うのよね? 食料アイテムの鯛のムニエルが30個と、ボロボロの布切れが2個、それに中級回復薬が2個よ? だいたい、ボロボロの布切れって、何に使うのかしら?」


 マツリが宝箱からボロボロの布切れと名前が表示されているアイテムを両手で掴み、まじまじと見るのであった。どこからどう見ても、ボロボロの布切れであり、何かに使えるようには思えなかったのである。


「うーーーん。街の武器・防具店のNPCに鑑定してもらわなきゃ、実際にどんなアイテムかはわからないが、まあ、鑑定料の無駄遣いだろうな。所詮、10階層如きの宝箱に入っているアイテムなんぞに期待するのは酷ってもんだ」


「でも、捨てるのはもったいない気がするのよね……。あっ、そうだ。トッシェに20階層で拾ったアイテムだって言って、プレゼントしようかしら? そしたら、トッシェが代わりに鑑定料を支払ってくれそうだし」


 マツリの奴、たまに腹黒いことを言うよなと思ってしまうデンカではあるが、自分の財布が痛むわけでもないので、特に反論するつもりは彼には無かったのであった。


「さて、今、午後11時半を回ったところね。さっさと帰還ゾーンに入って、外に出ましょ?」


「ああ、そうだな。街に戻って、武器や防具の修理をしとかないとな。従者がいまいちなのは、戦闘中以外で【修理】ができないことなんだよな……」


 ノブレスオブリージュ・オンラインの武器や防具は【修理・改修】をしなければならない。【修理】は戦闘中におけるモンスターなどの攻撃により起きる【破損】状態を修復できる。【破損】状態に陥った武器は、大きく攻撃力が下がってしまう。


 だが、その【修理】を行えるのは、職業:鍛冶屋か、街の工房に居るNPC鍛冶屋でないと出来ない。鍛冶屋職の従者でも一応、修理が出来るのであるが、それは戦闘中のみと限定的なのである。


【破損】状態にも数種類存在し、『小破』『中破』『大破』等がある。


「うーーーん。胴部分と籠手が小破で、頭巾が中破か……。『炎の息吹』はなるべくなら止めておくべきだったな……」


 キマイラの特殊攻撃『炎の息吹』は布製の防具に【破損】状態を付与する効果があったようだ。そのため、デンカの装備品はところどころ傷んでしまったのである。


「あーーーっ! あたしの魔法の杖マジック・ステッキが大破しちゃったーーー! うわーーー。やっぱり【石の神舞ストン・ダンス】からの【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】は、やりすぎだったわ……」


 攻撃スキルの【隠し業】は確率により、武器自体が【破損】してしまう。マツリは3万以上のダメージをキメラに叩き出した代わりに自分のメイン武器である魔法の杖マジック・ステッキを『大破』させてしまったのだった。


「ったく、何やってんだよ。あーあ。魔法の杖マジック・ステッキの耐久値までゴリっと減っているな……。残り50%じゃないか……」


 デンカがマツリの魔法の杖マジック・ステッキの状態を調べるべく、マツリにマウスカーソルを持っていき、そこで右クリックをし、マツリの装備状態をチェックしたのである。


「ちょっと、何、勝手にあたしの身体をチェックしてるのよ、この変態っ!」


「う、うっせえ! 俺は別にスケベ心でマツリの装備を調べているわけじゃねえよっ!」


 ノブレスオブリージュ・オンラインでは、プレイヤーが他のプレイヤーの装備品の状態を調べることが出来る。その行為に関しては、特に相手プレイヤーの同意無しでも確認は可能である。


 だが、そのプレイヤーの最大体力や最大スキルポイント、攻撃力、防御力、さらには細かいステータス値については、相手の同意が無ければ確認できない仕様なのである。


「あー。デンカにあたしの装備を覗かれちゃったわ。これじゃ、あたし、お嫁にいけなくなっちゃうわ。しくしく……」


「ウソ泣きしてんじゃねえよっ! それよりも、とっとと街に戻って、修理を済ませるぞ? 明日は金曜日なんだし、いつも通り、仕事が待ってるんだからな?」


 マツリが、ぷくーと可愛いらしくほっぺたを膨らませる所作をしているが、それを無視してデンカは宝箱からボロボロの布切れごと、中身を全部回収しおえ、帰還ゾーンへと入るのであった。ひとり残されたマツリは、不機嫌になりながらも、デンカのあとを追い、帰還ゾーンへと入り、【忘れられた英雄の墓場】の入り口部分へと戻るのであった。


 ダンジョンの入り口部分へと戻った2人は、課金アイテムである【馬呼びの笛】を使う。この課金アイテムは3000メダルもするのだが、買い切りアイテムであり、ダンジョンから街、街から街へと一瞬で移動可能のため、ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーにとっては、今や必須のアイテムとなっている。


 ある程度、縮小はされているが、ノブレスオブリージュ・オンラインはイングランドを含む西ヨーロッパ全土のフィールドが運営の手によりデザインされている。そのため、街から街、ダンジョンの入り口までの移動には、移動用の馬や馬車を使っても、けっこうな時間がかかるために、【馬呼びの笛】はプレイヤーに重宝される結果となっている。


 ロード時間を30秒ほど挟み、マツリとデンカはフランス陣営の仮の首都:ブールジュの入り口に到着する。シーズン5.0において、フランスの首都であるパリはイングランドに占拠された状態で始まったゆえの処置であった。首都と呼びよりは最前線基地と呼ぶほうがふさわしいのかも知れないが……。


 しかし、ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーは、イングランド・フランスの100年戦争に詳しいわけでもなく、ブールジュは戦場に赴くには、うってつけの最前線であるため、あまり気にもしないかったりする。


 その仮の首都:ブールジュに戻ってきたマツリとデンカはまず、街の工房に立ち寄り、痛んだ武器や防具の修理をおこなう。


「今日の修理代は全部で530シリね。やっぱり、デンカのサブキャラの一流鍛冶屋を出してもらったほうが良かったかしら?」


「そうなると、回復職を従者NPCに頼ることになるから、厳しいんだよな……。1キャラ用の回復魔法の水の回帰オータ・リターンや全体回復魔法の水の全回帰オータ・オールリターンの回復量がプレイヤーと比べて500も落ちてしまうからなあ?」


 高難易度ダンジョン【忘れられた英雄の墓場】でも、浅い階層なら従者NPCの回復量でも間に合うことは可能だ。だが、今回の目的は全階層のクリアなのだ。先に進むにつれて、従者NPCの回復量では足りなくなってくることは必然である。


 それゆえ、多少、武器や防具が【破損】しても、効率を重視する方をマツリとデンカは選んだのである。


「そりゃ、修理費は改修費に比べれば、100分の1程度で収まるけれど……。結局、修理を毎戦、しっかりしないと、武器や防具の耐久値が減って、結局は改修せざるをえなくなっちゃうし……」


「問題はそこだよなあ……。マツリの魔法の杖マジック・ステッキは今、50%まで目減りしてるんだったよな? このままだと、20階層以上先で、【全損】も免れないかもな……」


 【全損】。それは武器や防具の耐久値が0%になると、武器なら攻撃力0、付与されているステータス値までもが0となる。防具も同様なことが起きるのだ。


「どうしよう……。調子に乗って、【石の神舞ストン・ダンス】からの【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】なんかしないほうが良かったのかしら?」


「いや、あの場面でアレを使ったのは間違いじゃなかったかもだぜ? そのおかげで深夜0時前に街に戻ってこれたんだからさ? うーーーん。そうだな? 明日、15階層をクリアしたら、夜更かししてバザーを覗いてみるか?」


「でも、あたしが欲しいと思っている装備一式は200万シリするのよ? あたしの全財産は112万シリしかないし……」


 マツリは自分が銀行バンクに預けている自分の貯金額を思い出して、一層、心が沈む思いにとらわれるのであった。

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