第7話

「そ、そうか。うーーーん、まあ、カッツエさんも、ちょっと変わったヒトだしな。悪いな、無理を言ってしまったみたいでさ?」


「う、ううん!? 別にデンカを責めているわけじゃないわよ? ただ、昔にちょっと嫌なことがあってね? それであんまりネット上で男のヒトとは必要以上に交流したくないだけだから……」


 マツリはそう言いながらも、デンカに悪いことをしてしまったという自責の念にとらわれてしまう。マツリとしてもわかっているのだ。もちろん、頭のおかしい男も世の中にはゴロゴロ転がっているが、それと同数くらいに女性に気を使える男も世の中には居ることはだ。


 だが、それでも、マツリにとっては嫌な思いをした記憶が未だに鮮烈に残っており、それが彼女を尻込みさせているのであった。


 2人の間に沈黙が1分ほど続く。マツリ(加賀・茉里かが・まつり)としては、この後、どう話を切り出して良いのか、わからなかったために言葉が声として出てこない。


 対して、デンカ(能登・武流のと・たける)は、何かマツリの気が紛れるような台詞が無いものかと頭を悩ませていたからだ。


 そんな2人の沈黙を破るかのように、2人の耳にスカイペの通話許可を求めるピピッ、ピピッという小鳥がさえずるような着信音が届く。


「ん? トッシェからの通話許可申請が来てるな……。マツリ、どうする? トッシェをスカイペの通話に参加させるか?」


「そ、そうね。トッシェから通話に加わりたいって、めずらしいわね? いつもはデンカが誘ってから来るっていうのに……」


 マツリはこう言いながらも、心の中ではナイスタイミングよ、トッシェ! と思わざるをえなかった。もし、トッシェからの通話許可申請がこなければ、デンカとの沈黙がもっと長くなっていたはずだからだ。


 マツリは、ゲームパッドをパソコン・ラックの上に置き、オープンジェット型・ヘルメット式のVR機器の前面に付けられているシールドを左手を使い、上方に開く。そして、パソコンのディスプレイに表示されているスカイペ画面の通話許可のボタンにマウスカーソルを持っていき、クリックする。


「おッス、おッス! 1日ぶりっスね! 2人っきりでスカイペ通話をしているところを邪魔して悪かったッス!」


 夜も22時を回ろうかと言うのに、元気な声を出してくるのはトッシェ(川崎・利家かわさき・としいえ)である。


「おい、トッシェ。まだ22時前だってのに、スカイペ通話をして良いのか? 確か、お前んところの妹が大声出していると、うるさいわよ、お兄ちゃん! って、部屋に怒鳴り込んでくるんだろうが……」


「それが聞いてほしいッスよ、デンカさん……。妹は今日の朝から他県へ出張しているっスよ。なんか、本人は仕事の研修で栃木に出張だって言っていたけど、俺っちの勘は男が絡んでいると睨んでいるんッスよ。だって、あいつ、仕事だって言うのに、ここ最近、上機嫌だったんっスよ? 絶対に男が絡んでいるに間違いないッス!」


 トッシェ(川崎・利家かわさき・としいえ)がまくしたてるように、スカイペ通話で己の主張をガンガンと伝えてくる。マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は少し、耳に痛さを覚えつつも丁寧にトッシェに返事をする。


「トッシェさん? こう言っちゃなんだけど、男は関わって無いと思うわよ? 栃木と言ったら、色々と観光名所があるもの。えっと、なんだったかしら……。日光……東照宮?」


「うん。言われてみれば、日光東照宮があったな。トッシェ、喜べ。お前の妹さんは観光気分で仕事の研修に行ってるんだよ。良かったな? 妹さんが帰ってきたら、不機嫌極まりないことになっているぜ?」


 デンカ(能登・武流のと・たける)が笑いをこらえきれないと言った感じでトッシェ(川崎・利家かわさき・としいえ)にそう告げる。トッシェ(川崎・利家かわさき・としいえ)は明らかに、嫌そうな口調で、えええ……と口から漏らす。


「せっかく、妹が上機嫌なのを不機嫌にするのは止めて欲しいところッス。会社の連中も、少しは観光をする時間くらい、妹に作ってやってほしいところッスよ……」


「そうは言っても、会社側としたら、研修は働きに行くのと同義なんだしさ。観光させるために栃木に行かせたわけじゃないしなあ?」


「嫌な世の中ッス。やっと不況も終わって、好景気にさしかかろうっていうのに、観光の時間くらい、従業員に与えても良いはずッスよ……」


 マツリとしては、あまりリアルの事情については深く入り込みたくはないので、話題を変えるべく彼女は口を開く。


「あの、トッシェさん? スカイペ通話に参加してきたのは何か用事があったからじゃないの? 例えば、今からボスNPCを倒しに行くとか?」


「ああっ、本題を忘れていたッスよ。今日はNPCボス退治の誘いに来たわけじゃないんッスよ。とある情報筋からとんでもないモノを仕入れてきたんッスよ」


 とんでもないモノ? トッシェさんのことだから、またくだらない情報じゃないのかしら? と失礼なことを思うマツリ(加賀・茉里かが・まつり)である。


「聞いて驚かないでほしいッスよ? なんとっスね? うちの団長。つまりハジュン=ド・レイさんのことなんッスよ」


「ん? 団長がどうしたんだ? その辺りに落ちていた饅頭でも拾って喰ったのか?」


「違うッスよ……。そんなモノ食べたら、今頃、トイレから戻ってこれなくなっているに決まっているッス。団長がさっき元気に傭兵団クランチャットで大暴れしていたのを忘れたんっスか?」


 そんなことより、さっさと本題に入ってほしいマツリ(加賀・茉里かが・まつり)である。トッシェとデンカがスカイペ通話に揃うと、自分にとっては、とてつもなく無駄に時間を吸い取られることが多々あるので、いい加減うんざり気味であるのだ、彼女は。


「むむっ。なんかマツリちゃんから負のオーラを感じるッス。正座させられて、さらに小一時間説教を喰らう前に、本題に入るッス……」


 あたしの負のオーラを感じ取るだけの神経の細かさを持っているのなら、普段からも無駄話は極力抑えてほしいんだけど? と思うマツリであるが、それはさすがに言い過ぎであろうと彼女は口をつぐむ。


「えっとッスね。2人は、ノブレスオブリージュ・オンラインに7月に課金アイテムとして登場した【オルレアンのウエディングドレスくじ】については知っているッスか?」


「ああ、それなら、マツリが欲しい欲しいって、さっきからノブオンの画面を凝視しながら唸っていたぜ?」


「あれ? 何で、視てきたかのような話をしているんっスか? もしかして、2人って同棲しているんッスか?」


「違うわよっ! デンカの勝手な想像よ! デンカ! あなた、トッシェさんに変なことを言わないでよ! トッシェさんは、すぐに周りに言いふらす悪い癖があるんだからっ!」


 そのトッシェに【面従腹背王の鎧】を試着したデンカのスクリーンショットの画像を送ったのはどこのどいつだよとデンカ(能登・武流のと・たける)は思うのだが、それを口に出せば、マツリから完膚なきまでに、こてんぱんに説教をされるのは火を見るより明らかであるため、黙っておくことにするのであった。


「ふーーーん。別に傭兵団クラン4シリの御使いデス・エンジェル】は傭兵団クラン内恋愛は禁止じゃないから、好きにしたら良いッスよ? それよりも、【オルレアンのウエディングドレスくじ】の話ッスよ。あれを引き当てたんッスよ、団長は!」


「ん? トッシェさん? 団長が【オルレアンのウエディングドレスくじ】の課金ガチャを何でする必要なんかあるの?」


「そんなの俺の知るところじゃないッスよ。それよりも、肝心なのは、団長が確率0.1%の【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を引き当てやがったんッスよ!」


 マツリはトッシェのがなる声が耳に入ってくるようで、うまく入ってこない。


「えっ? 団長が? その団長って、ハジュン=ド・レイって名前で合っていた?」


「そう、傭兵団クラン4シリの御使いデス・エンジェル】の団長、ハジュン=ド・レイで合っているッス! あの団長、レアもレアなアイテムを引き当てながら、傭兵団クランメンバーに黙っていたんッスよ!」


 トッシェの声を聞いた瞬間、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は言いもしれぬ世界の不条理を感じ、眼の前が段々と暗くなってくるのを感じざるをえなかったのであった。

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