突撃

「各員、各員」

 数多のモニターの前で修平が無線に語り掛ける。

「現場には着いたか」

『もうすぐ着きます!』

「もうすぐじゃなくて、できれば具体的な時間を」

 今度は隣にいる海生がそう言った。

『具体的……れいれいさん、あと何分ぐらいですか? はい、はい。分かりました。――五分もかからないそうです!』

「よし。徹は台本の確認。都市伝説グループは手袋とサングラスの装着を。証拠はできるだけ残すな。漏れた部分はこちらで隠滅を行う」

『しゅ、修平さん。本当にやるんですか』

 別の無線から入った徹の音声が弱弱しく聞こえてくる。

「モチ、モチ! 都市伝説の奴らが何とかしてくれるから!」

『まっかせてください!』

『ヒエ』

 今頃無線の向こうでいつものように頭を抱えているだろう、容易に想像できる。

「それに、これは相手がいけないんだからな」


 ――まさか交渉が決裂しようとは。


 * * *


「まずは再調査の依頼を怪異課にすべきだろう。そしてこの不確実性を突き付けて、今拘留中のお仲間が如何に罪人とするには早すぎるかを論破するべきだ」


 この言葉を最もと思い、彼らはそのままの足で証拠を引っ提げて怪異課へと向かった。武に取次ぎを頼み、署長室へと足を運び、怪異課の三人と対面した。ここまでは全てが順調だった。

 しかし。


「再捜査は受け付けられない。それより、どうして一般人が首を突っ込んでいる?」


 課長のフウに突っぱね返された。

「仲間だからだ。委員長の決定に納得がいかない」

「仲間だから通信傍受はして良いのか?」

「傍受自体は法に触れない」

「傍受は法に触れていなくてもその存在について第三者に喋れば電波法に触れる」

 ここで一旦沈黙が走る。怪異専門とはいえ、警察は警察である。法の争いについてはこちらが圧倒的に不利。

「――まあ、それについては今は良いとしても。第一に彼を指す有力な証拠がある。今更覆すなど不可能に等しい。第二に、捜査終了後にのこのこ出てきて500年後だの映像の加工だの言われても後付けにしか思えん。大体、そんなSFのどこを信じろと言うんだ」

「でっ、でも! 証拠はここにあります!」

「なら裁判でも起こしたらどうなんだ。そしたら少しは付き合ってやれるが」

「……」

「その覚悟もないのにここに踏み込んできたっていうのか? やれやれ、我々も舐められたものだな」

「野郎……覚悟が無いだ? どこ見て言ってんだ!!」

 我慢できなくなった修平が飛びかかろうとするのを武が何とか止める。それでも修平の怒りは簡単には収まらなかった。

「話を聞けよ、ゴミ野郎が!!」

「副委員長!」

「仲間が不当逮捕される奴の気持ちをお前は少しでも考えたことあるのかよ!!」

「……」

 ワインレッドの眼鏡の奥から琥珀の瞳だけがこちらを覗く。

 後ろで立っていた構成員、マツシロとサイジョウが一瞬たじろぐ。

「あいつが殺しをするはずがないんだ!!」

「善意だけで人は裁けんぞ」

「だから何だ、だから何なんだ!! 理不尽じゃねえか、そんなの!」

「諦めろ、奴の刑罰はじきに決まる。もう遅い」

「諦められるか! こんなの、こんなの! そもそも理由になってない!」

「決定事項はすぐには変えられん。今度は弁護士とか探偵とかを雇うことだ」

「この野郎! クソ野郎! おい、おい!!」

 その時点にしてそれ以上の話し合いは無理と判断、断念。

 悔し涙を滲ませながら権力の前に敗北した。


 その翌日。

 修平から新たな作戦が配布されることとなる。


 * * *


 明治街某所。

「すみません、すみません!」

 門を守る守衛に一人の青年が近付いた。かなり焦った様子である。

「はい」

「道に迷ってしまって。警察署って、ここで合っていますか」

「ここは拘置所です。警察署はあそこの通りを」

「そんな! そんなんじゃもう間に合わなくなる! おしまいだ、おしまいだ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて」

「引ったくりめ……引ったくりめ、引ったくりめ! あああきっとスパイだ、スパイかストーカーか何かだ!! 大きな男なんだ!!」

「ま、待って。兎に角落ち着いて。何があったんですか」

「そ、そこで引ったくり、引ったくり……だから今すぐ警察署に、行きたくて」

「110番はしましたか」

「携帯電話もあの中で、財布もないから公衆電話もだめだし」

「ここの電話でも使いましょうか」

「それじゃあもう間に合わない!! 間に合わない、間に合わない間に合わない……早く捕まえろ、捕まえろ!! 次の会議の書類が入ったかばん、かばん! 走ってたらすれ違いざまに、車が、車が! 凶暴な奴なんだ、きっとそうだそのはずだ……ああ、どうしよう、どうしよう! あれを失くしてしまえば! ぼ、ぼぼぼ、僕は、僕は」

「ちょっと? 君!?」

 一人大騒ぎする青年は遂にパニック発作を起こし始め、いよいよ事態が深刻になってきた。それに周囲が気を取られ始め、伴って人だかりが生まれた。

 ――その隙を突いて千恵が武の手を借りながら門の横の高い塀から侵入する。手慣れたものだ。しかも防犯カメラは遠くからハックする裏サイトグループによって既に無力化済みなのである。

 青年は無論、徹の演技。そしてここは明治街の拘置所。


 彼らは剛を強奪せんと、強奪は無理でも話だけは聞かんとしている。

 最終手段だった。


「武、千恵。二名の潜入完了しました。副委員長、徹は」

『今、身内ってテイで情報屋に回収された。計画は順調、あいつ、将来は役者だな』

 あれは少なからずプレッシャーもあったのでは? などとは言えない。

 取り敢えず苦笑いで済ませておく。

「で、次はどうすれば」

『予定通りプランA。そこの茂みに予め衣装は配備済みだ。確認次第着替え、次の合図を待て。――おい、海生。千恵の着替えシー』

 その瞬間無線の奥からぼごっと嫌な音が聞こえた。

 この後の予定。

 彼らは職員に変装して脱ぎ捨てた衣服を警備室に持っていく。警備中に怪しい物を発見したというテイだ。わざわざ日中にサングラス、手袋という怪しい格好をしていたのはそのためである。その後は裏サイトグループがあらかじめ用意した防犯カメラの映像を確認、牢屋に向かうのを視認させた上で共に同行。できなくとも鍵を入手して無理に突破する。力業が出せるのはこの二名が都市伝説グループだからである。


 そのままほんの三分程度経過した。


 プランAは滞りなく成功することになる。

 偽造した社員証が役に立った。


 本番はここからだ。


 * * *


「はい、はい。同行員の気絶を確認。画像を送信します」


 署長室では怪異課の構成員の一人、マツシロが何者かと電話しながらパソコンをいじっていた。

「厄介なことになったね」

「ま、全部想像通りって所だな」

 そんな彼女を見ながら長のフウともう一人の構成員サイジョウが会話する。二人の前に置かれたティーカップから紅茶の湯気が立ち昇る。一口すする。

「で? 現状は」

「都市伝説グループが一緒に確認に来た警備員を殴り倒しました。このまま皆川の牢屋まで向かうことでしょう」

「ちょいちょい! ほぼ犯罪じゃん!」

「奴らの本気と無謀が伺えるな。ま、あれ如きであのハッカーが引き下がるわけはないか。――あ、砂糖取ってくれ、サイジョウ」

「え、今その時間?」

「指示待ちなんだから仕方ないだろう? の計画なんだし、失敗したらアイツに全部責任転嫁だ。というわけで砂糖プリーズ」

「……ほい」

 小さなトングを器用に使ってのんびり角砂糖を入れるフウ。サイジョウは無理矢理納得することにした。

「に、してもさー。このっての? 本当に効くのかね」

 生白いろうそくのような肌の小さな銃をしげしげ眺める。

「やってみるか?」

「やめてよ! 意識失っちゃうんだろぉ?」

 サイジョウがウゲッとでも言いそうな顔で身を引く。一瞬構えたフウがそれに伴ってけらけら笑った。

『記憶も消えるよ』

 その瞬間、聞こえてきた声に次いでびっくり飛び上がる。

「さっきスピーカー通話に切り替えました。聞こえますか?」

『サイジョウ君の声は大きくて聞きやすいねぇ』

「煩いっ!!」

『うんうん。よく聞こえる』

「それで? 計画はどうするんだ」

 フウが立ち上がりながら受話器に向かって喋る。

『今の状況は?』

「まだ……探してますね」

「まあ広いからな、あそこ」

「そちらは?」

『何が?』

「現状報告を」

『ん――ああ、ああ!』

「しっかりしてください」

『そうだねぇ、こっちももうすぐ動くよ。そしたら僕達も動こう』


「そういう訳でさ、ごめん。もう少ししたらちょっと席外すね」

 そう言った男はすまなそうな顔と手で謝りながら、後部座席での眉間にショックガンを押し当てた。

 男の糸目を彼の大きく見開いた瞳だけがじっと見つめている。

 揺れながら見つめている。


 ドン。


 衝撃で車が少し、揺れた。

 それまでもがいていた彼の体から力が抜ける。

「大丈夫。見つけてもらったらお家に帰れるからね」

 直後、傍に置いておいたモニターからごつん、と鈍い音が響き、次の瞬間ばさりと、重たい臓物袋を落としたような音がした。

「動いた。――怪異課諸君、出動だ。直ぐに明治街拘置所に向かいたまえ!」

 黒い手袋をはめながら彼はフロントドアを押し開けた。

 助手席には先程まで彼が着ていたとモニターに映る青年――が呼吸を荒げながら鉄パイプを握る場面とがあった。


 海生の目の前にはうつ伏せに気を失っている修平。

 その体をごろりと転がし、彼は震える手でショックガンを眉間に押し当てた。


「ショックガンは忘れるな」

『分かってる!』

「良いお返事だ、サイジョウ君」

『……どうも』

「あ、それと」

『何だ?』

「ちーちゃんの始末だけは僕に任せて欲しい」

『分かった』

 そこで電話は切れた。

 各自がそれぞれの現場へと向かっていることだろう。

「決して君のせいじゃないよ、修平君。寧ろ必要なプロセスだったに違いないさ」

 ナガン改のリロードを済ませ、残り弾数を再度確認。

 こちらも準備が整った。


「大丈夫。誰の仕業であったとしても組織の汚名は僕が雪ぐ」

 腰のホルスターにナガン改を突っ込み、歩を進めた。


 数分後。

 拘置所全体に非常ベルが鳴り響く。


 無論、怪異課と――渋沢大輝の仕業である。


(つづく)

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