覚醒-Ⅱ

「じゃあどうやって僕らの居場所を割り出した……」

「え?」

「そんなの、もう残りはストーキングして僕らがくたばるのを待ってたって論しか無いじゃないか。その弾が撃ち込まれた場所も何もかも把握しきっていなくちゃそんな短時間で僕らや証拠を回収する事は出来ない」

「……」

 彼の口元から笑顔がするりと消えた。

「どうなんだよ」

「これは、少々難儀な質問ですね」

「答えろ!!」

 沈黙が流れる。

「……まあ一つ、すぐに言えるのは」

「何だよ」

「とても楽しいです」

「……は?」

「追い詰められるこの感じ、非常に心地良い。窮地に立たされながら冷静に打開策を見つけ出し、突破する……どこか物語の主人公が感じる興奮に似たものを覚えます」

「……変態かよ」

「ええ、私はこの案件に関しては変態です」

 笑顔が戻った。

 その様子にLIARの額を汗が通り抜けた。

「それでは早速打開策を一つ。貴方の質問にお答えしましょう。――答えはYES。流石LIAR、貴方は本当に頭の良い方だ。貴方の推理通りです。ストーキングしていました」

「……!」

 顔に縦線が入った。

「ちーをか?」

「千恵さんの事ですかね? それはNOです。

 Roylottが真っ直ぐLIARを指差す。

「僕、を……?」

「ええ! だって……」

 そう言いながらRoylottはLIARの元へと歩み寄っていく。すぐ傍の怜が相当引いてるのを見てもお構いなしといった様子だ。

 そしてLIARの耳元に囁いた。


「あの時と全く変わらないご様子でしたから、この時代でも同じかしらと思ってたんですよ。予想はずばり的中しました」


「……どういう意味だよ」

「花を摘むならば蜂の居る時にしなさい。蜂は花の騎士ナイトですから。もしも花が見つからなければ蜂を探せば良いんだよ――ってね」

「……!」

 言い伝えのようにも聞こえるその文章を、まるで歌うようにRoylottが口ずさんだのを聞いてLIARはぶるりと肩を震わせた。顔はすっかり青ざめて体がガタガタ震えている。

 どうやら全ての意味を理解したらしい。

「おい、どうした?」

 突然態度が一変したLIARの様子に怜が心配そうに声をかける。

「……、……寒い、だけ。そろそろ、布団に潜って良い?」

「あ、ああ、悪かったな」

 怜が彼をベッドに横たえ、優しく布団をかけてやった。彼は布団を頭から被った。

「おやおやLIAR。そんな事で逃げられるとお思いですか?」

「……」

 返答しない彼の様子にRoylottはくすりと笑った。

 また囁きかける。

「ほうら、これが打開策。――お気に召しましたか?」

「煩い、帰れ! 今すぐ目の前から消えろ!」

 布団からは出ずにそう言い放った。

「ええ。もう用は済みましたし。次の準備もありますから、お暇させて頂きますよ」

「そうしろ、そうしろ!」

「じゃあ、最後にお土産置いていきますね」

 ドスッ。

 LIARの枕元にRoylottはあの血塗れのナイフを荒々しく刺した。

 その音に肩を一瞬震わせたが、布団の隙間からその刃に彫られたイニシャルをそっと見た。


 ――D.S.


「ウワアァァア!!」

 驚きと恐怖に飛び起き、思わず怜の懐に飛び込んだ。

 瞬間頭の中で全てが繋がり、激痛と共にその全てを思い出した。

「おい、LIAR! おい、おい! 大丈夫か!」

「大丈夫、じゃ、ない……」

「お気に召して貰えたようで何よりです。それでは、私達はこれで」

 笑いながら二人は去って行った。

 後には恐怖におののき情報屋に抱きつく怪人、そして何も知らずすやすやと眠り続ける眠り姫……。


「何者なんだよ、あいつら……」

「だから言っただろ、どうしてこんな奴らをここに入れたって」

「うぅん……人は見かけによらないな」

「今後一切、奴らはこの部屋に入れちゃ駄目だ。怜、約束してくれ」

「わ、分かった」

「ありがとう。……取り敢えず、一旦この部屋を出よう。話したい事があるし、ちーを起こしちゃ可哀想だ」

「お、おう」

 LIARは痛む足を引きずりながら隠し部屋を自ら出る。

 怜がその後を追いながら後ろ手に戸を静かに閉めた。


 ――、――。


「っでぇええ!? 犯人に復讐する!?」

「しー、しー! 聞かれたらまずいだろうが!」

「んん、んん」

 口を押さえながらガクガクと頷く。

「相手はあの子の親分だろ? そんな体で何するつもりだよ」

「だからこそだよ。奴の意表を突いてやるんだ。その為には、ちゃっちゃとこの傷を治したいな。あの薬を使おう」

 棚にしまってある透明な緑色の液体が入っている瓶を指差す。

「そうは言ってもなぁ……お前の言ってる薬っつうのはあれだろ? 瞬時に傷を治す代わりにその傷に相当する程度の痛みを伴うってやつ。お前、その傷相当の痛みっつったら……叫ぶだろ。絶対。最悪気絶するかも」

「そうかもな」

「そんなの見てられねえよ。かれこれ十三年のお付き合いだぜ? ……心も痛むさ」

「それでも良い! 何なら猿ぐつわでも布でも何でも口に押し込んでくれたって構わない! あいつが与えた痛みに比べたらそんなの……かゆくも何ともない」

「お前……正気か?」

「正気だし、本気だよ」

「……」

「ちーとの約束の期限は残りあと一日だ。奴らに敗北を味わわせてやる」

 白濁した瞳の奥で揺らぐ炎に怜は息を飲んだ。

「……お前、彼女の任務を意地でもねじ伏せる気だろ」

「……」

「良い子じゃねぇか。言ってやったらどうだ? 確かに過ちは犯したけれども、それは何でもないって。全てを話してやれよ」

「……」

「お前は何にも悪くないじゃないか。それをどうして隠す必要がある? どうして真実を隠して罪を背負い込もうとする? ……どうしてあの子を追い出そうとする?」

「……」

「自白は負けだとでも思ってる?」

「そうじゃない!」

 怜の言い分に噛み付くように叫んだ。

 しかし、すぐにその勢いも薄れ、うなだれる。

「そうじゃないんだ……そうじゃない。怖いんだ……色んな可能性を考えるに従って、どんどん怖くなる。不安なんだよ……」

 肩を震わせて泣いた。

「また失ってしまうんじゃないかって……考えたら、もう……」

 怜は寂しそうな顔をして彼の肩を静かに抱いた。

 怜は知っている。

 この怪人は世間が期待するような極悪非道の奴じゃない。

 世間が悪をなすりつける対象になりきれるような器は最初から持っていない。

 彼は本当は世界中の聖人すら羨むような優しい心を持っている。周りが勝手に勘違いをしているだけなのだ。

 しかしそんな真実さえも周りにねじ伏せられてしまった。彼自身もそう信じて疑わない。いわば「LIAR」は都合良く作られた機械に過ぎなかった。


 ――それが今、変化の時を迎えていた。


 それなのに。

「……おーちゃんとお別れか」

 LIARが下を向いたまま頷いた。

「本当は嫌だろ」

「……嫌じゃない。あんな奴の仲間、元から大っ嫌いだ」

「またまた強がっちゃって」

「嘘じゃない! ……僕は本気だ」

「……そうか」

 また頷いた。

「なあ、LIAR」

 ちらりとこちらを見やる。

「どうして俺達、あの子の敵なんだろうな」

 その答えに彼は応じなかった。


 * * *

「情報屋から貰った連絡によれば千恵はここに居るのか?」

「間違いありません。彼女の監禁場所はここですね」

 武の問いに剛が答える。

「へー」

「ふーん」

「かっくいいー」

 その様子に後ろの輩がわくわくし出す。

「……どうして全員ついてきちゃうんですか」

 武が鼻の辺りをひくつかせながら後ろの輩共に問う。

「心配……」

「面白そうじゃねえか、混ぜろ!」

「修平さんに首根っこ掴まれたんですよ!」

「ちーちゃんが帰らないなんて、委員長として、隅に置いておけないじゃないか!」

 野次馬か……。

 二人は大げさな溜息をついた。

 現場は例のマンションだ。LIARの住み処がある、あのマンションである。

 武を先頭に、音もなく彼らは奴の住み処に近付いていく。

「良いか? 剛。俺が中の様子を確認する。その間にピッキングを頼む」

「分かりました」

 日々の訓練が生む華麗な連係プレーだ。

「だそうだから邪魔をしないように」

「心配……」

「わぁってるって! こんな面白い事、邪魔はしねえし、させねえよ」

「ぐ……ぐるじい」

 日々の生活が生むいらない連係プレーだ。

「……」

 武は不安そうに野次馬共を見やるが、すぐに任務に戻る。

「中から不審な物音は聞こえない……外の様子も普段と変わりない。――異常なし」

「武さん、開きました」

「よし。三、二、一で扉ぶち破って侵入する。剛は後方の警戒を怠るな」

「了解です」

 張り詰めた緊張感が漂う。

「だそうだから彼らが入って安全が確認され次第、僕らもお邪魔しちゃおう」

「千恵……」

「またコンピュータに不正アクセスしちゃおうかな……」

「が……ぐ、ぐ……」

 張り詰めた緊張感を即行緩ませにかかる何とも言えない空気感が漂う。

 もう武はこんな事気にしない。

「三……二……一!」

 ドバン!!

「警告する! 手を上げろ……って、誰もいない?」

 そこはもぬけの殻だった。

 LIARどころか千恵さえいない。

「お邪魔しまーす!」

「コンピュータだらけじゃねえか! ……一台位いじっても良いよな?」

「げほっげほっ……修平さん、それ、犯罪ですってば」

「……千恵?」

 気の抜けた奴らも入ってきた。

 海生に至ってはいるとばかり思っていた千恵がいないので涙目になっている。

「ちぃ……」

 めそめそ泣き出した。

「ちょっと静かにして下さい! 遠足じゃないんですから!!」

 小声かつ般若の顔でぴしゃんと武が叱る。

 一斉に大人しくなった。(海生を除く)

「ったくもう……」

「めそめそ……」

「……武さん、何か聞こえませんか?」

「ん? 何が?」

「誰かの呼吸……みたいな」

 その台詞に全員がぎゅっと集まった。

「だから何でついて来たんだっつったんですよ」

「面白そうなのほっとけるわけねぇだろ!」

「命と面白い事を天秤にかけられないんですかね!?」

「もうやだ……家に帰りたい……呼ばれても外には出ないで基盤いじりしてれば良かったんだ……」

「大丈夫。いざという時は武君と剛君が何とかしてくれるだろうからね」

「いい加減な事言わないで下さいよ」

 わちゃわちゃ言い合いながらも周りへの警戒をを怠らない委員会メンバー。そこら辺の絆とか機動力とかはあっぱれである。

「……千恵だ」

 ふと、暫くめそめそしていた海生がそう呟いた。

「え?」

「こっち……ここに閉じ込められてる」

「マジ?」

 海生が壁際に詰んである本を丁寧に脇へどかし、壁にかかっている額縁を取り外した。

 そこにはドアノブらしき物が付いていた。

「お前……マジかよ」

「流石は千恵ちゃん大好き人間だな」

「いやもう……ここまで来ると犬だね」

「犬」

「犬海生」

「煩い……早く開けて」

「御意にござる」

「何で修平さんが開けるんですか!」

「俺はパズルに目がねぇんだよ」

 そうこう言ってる内に隠し部屋は開かれ、中の空間が露わになった。

 中にはベッドが二つ。その内の一つに彼女は横たわっていた。

「千恵……! 千恵、千恵! 大丈夫? 怪我はない? 千恵? 千恵?」

 誰よりも早く海生が飛び込んだ。誰よりも早く千恵に触れ、その肩を揺さぶる。

 これまで寝ていたらしい千恵の瞼がゆっくりと開いてゆく。

「んん……かい、せいさん?」

「千恵えぇぇぇええ!!」

 がばっと抱きついた。

 喜びが大爆発して恥ずかしいとかそういうのも考えられない状態である。きっと彼はこの瞬間を誰よりも後悔するに違いない。

「海生さん!? それに、皆さんまで……!? 一体どうしたんです!? 何があってこんな事に?」

「はあ? お前、何も覚えていないのか?」

「だから何の話ですか?」

 とぼけているようにも見えない。しかしこれまでの彼女に何があったのかを知るのも彼女しかいない。

 彼らの頭の上にクエスチョンマークが飛び交った。

「ちーちゃん。本当に何も覚えていないの?」

 大輝が心配そうに彼女の傍に腰掛ける。

「ええ、何かあったような気はするんですが……そこら辺だけストーンと抜け落ちちゃったみたいで何も覚えてないんですよね」

「そうか……。ん? 何だい、これは」

 ふと千恵の胸ポケットに入れ込まれた紙片に気付き、抜き取る。

「犯人からのお手紙かな?」

 大輝はそれを幼稚園生がやるように堂々と音読し始めた。


『犯罪予備防止委員会諸君


 君達は越えてはならない一線を踏み越えてきた。我々はその復讐をせねばなるまい。

 任務最終日にあたって最後のもてなしをしてやる。

 任務受注者を生贄として20時にここへ寄越せ。


 con artists』


「弱ったなぁ……喧嘩の果たし状だ」

「今は一体何年だよ」

「これ、本気なのでしょうか?」

「うーん、お遊びにも見えますけど」

「これ……集団いじめにしか見えない! 複数形のs付いてる! 酷い!」

「おい千恵、マジで何やらかしたんだよ」

「知らないです! 気付いたらこの部屋にいたんです!」

「気付いたら寝かされてたってか? その前に絶対やましい事あっただろ……」

「な、何言い出すんですか!」

「ち……千恵に……!? ……許さない」

「海生さん、お願いですから本気にしないで下さい」

「本気にされすぎないのも困るけど」

 わいわい言ってる彼らの背後で突然何者かの声が聞こえてきた。

 委員会メンバー全員が千恵を背後に庇いながらそちらの方を向く。残念ながらその七人の中で恐らく三、四番目の腕っ節の強さを誇っている事はそこにいるほとんどが忘れている事実である。

「LIAR……君かな」

「どうもこんにちは。委員長さんとはお久し振りって所ですか」

「ちーちゃんに何をした?」

「何って? 大した事はしてませんよ。……まあ、彼女が覚えてるかどうかは別として」

「じゃあ何したっつうんだよ!」

 海生が珍しく強気に叫ぶ。――しかしすぐに剛の後ろに隠れる。

「何した? ――まあ、一言ヒントを言うなら……昨晩は美味しかったよ? ちー? って感じ?」

 自身の唇に人差し指を当てながらニヤリと笑う。その態度に海生がブチ切れた。

「てえぇめえぇぇぇえええ!!」

「カイィ!」

 無計画に突っ込もうとする海生を剛が必死で抑える。

「あぁっははは! 冗談だよ! 君達をおびき寄せる為の餌としてここにいてもらっただけ。他は何にもしてない。ホントだよ?」

「チューとかしたのかな……もしかして、はだ、か……きう」

 していないと言っているのに一人で勝手に妄想を膨らませ一人で勝手に気絶する海生。

「おびき寄せる為……? 一体何がしたい」

「君達、姿無き殺人について調べてるんだろ? ご苦労様だね」

「……あいつ馬鹿か?」

「聞こえてるよ。……ねぇ、予想以上に調査が捗らないと思わないかい?」

「そう言えば、こんなに情報が集まらないのもおかしいって時沢先輩が言ってたような……」

「何でだと思う?」

「真逆……千恵が馬鹿だから!?」

 修平の渾身の一言にそこにいる全員がずっこける。

「何でそこに落ち着くんですか!」

「いや……真逆全員ずっこけるとは思わなくって」

 気を取り直して大輝が言う。

「君自身が妨害してるとでも言いたいのかな?」

「ふふ……知りたい? なら今夜こちらに任務受注者を寄越すんだね」

「困ったね。ちーちゃんは皆の人気者だ。一人は心配だから皆でついてって良い?」

「本気で言ってんのか? このたこ」

「……いや?」

「僕が傷付けるとか思った? 最後のもてなしって言ってるだろ?」

「またえっちな事するんだろ!!」

 がばっと泣きながら起き上がる海生。彼は今日も元気である。

「何が『また』だよ! 変な事実を捏造するな!」

「がるるるるるる」

「覚えてるぞ……お前、竹下海生だろ」

「覚えてて貰って光栄だ! 変態エロ小僧!」

「いい加減にしないとその首根っこ引っ掴むぞ」

「ひん!」

 すぐに剛の後ろに隠れる。

「ば、ばばば、ばーかばーか!」

「……」

 彼の後ろにいれば怖くない。

「分かった分かった。じゃあ護衛を付けても良いよ……」

「よっしゃ! 今からロケットランチャーの開発するぞ!」

「火薬ましまし……!」

 向こうの方で物騒な方面に盛り上がり始める彼らにLIARが怒鳴る。

「日本ぶっ壊す気かよ! てめぇらがついてきて良いとは一言も言ってねえからな!」

「「えー、けちー」」

「……頭痛い」

 この独特な世界観に疲れ始めている。

「連れてきて良いのはただ一人。お前ら以外。それ以外なら誰だって良いぜ。無論、何を携行したって構わない。それこそお前らの言うような兵器だって構わないさ。……しかし、そこら辺の責任は全てその人にぶっかかると思えよ?」

「それじゃあロケットランチャーは駄目だね」

「路頭には迷いたくないな」

「じゃあガトリングかバズーカで良い?」

「……」

 もう怪人は何もツッコまない。


「それじゃあ最終日。めいいっぱい楽しもうな、ちー」


「……」

 背後で馴れ馴れしいだの云々かんぬん海生が騒いでいたが、千恵はその呼び方にふと懐かしさを覚えた。

 しかしそれ以上に胸に残るわだかまりのような寂しさが彼女に迫って、それどころでもなかったが。

(つづく)

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