1 よ、ろ、し、く、お、ね、が、い、し、ま、す


 真っ白な頭の男性が頭を下げ扉を開ける。


「死者? デットマンズ・キッチン?」


 私が彼の言葉を聞いて抱いたいくつかの疑問は開かれた扉の先の、つまりは店内の異様な雰囲気に飲み込まれ消えていった。




 鈍い光が私を照らす。




 眩しくはなかった。


 仄暗い暗闇の中に静かに橙色の明かりが灯る。


 その光は部屋中に無造作に置かれた燭台に灯る蝋燭のもので、この部屋に電光は一切存在しない。


 暗闇に浮かぶ幻想的な光の中で私は思わず瞬きをする。




 玄関先で瞬きをした瞬間、白い男性が開けたはずのドアとで迎えてくれたサボテンは消え、私は鈍い光の中にいた。




「……あれ?」




 足を踏み込んだ記憶がないのに私はいつの間にかそのお店の中に入っていて、いつの間にか玄関は消えていた。




 ……やっぱりこれは夢なんだろう。




「い、ら、つ、じ、や、い、ま、ぜ」




 暗闇の中から女性のもののようなが聞こえてくる。


 その声の主は足音一つたてず、水平移動でもするかのように、するすると私のそばに近づいてくる。




「よ、う、こ、そ、お、き、や、く、ざ、ま」




 私の前に現れた声の主はピンク色の少女だった。


 ピンク色と言うのは彼女が身にまとっているメイド服のようなふりふりのドレスのことでもあり、彼女の肌の色のことでもある。


 先程の男性が真っ白な肌をしていたように彼女は肌も髪の毛も全身がエキセントリックなピンク色だった。


 蝋燭の淡い光の中で彼女の鮮やかな色の肌はぷるぷるとした輝きを魅せる。


 大きく見開いた彼女の瞳と目を合わせる。


 その目は瞬きをすることなく吸い付くように私を見ている。


 私もまたそんな彼女の様子にみとれていると暗闇から再び白い男性が現れ声をかけてくる。


「こちら従業員の骨壺こつつぼと申します!」


「よ、ろ、し、く、お、ね、が、い、し、ま、す」


 私がキョトンとしていると白い男性は肩をすくめ私をみる。


「……おっと大変失礼いたしました。 自己紹介がまだでしたね」


 彼はコホンといきをつき、襟元をただし、背筋をピンとはりつめて、深々とお辞儀をしたのち私を見る。


「私は黒沼くろぬままこと、この店のオーナーでございます!」


 私は彼の名を聞いて異様な違和感を覚える。


「黒沼さん?」


 真っ白な頭に似合わないその名前を私が復唱したのを確認すると黒沼さんは再び流暢に説明を始める。


「本店、『デットマンズ・キッチン』は完全予約制のレストランでございます」


「は、はぁ……」


「今回松陰様のご予約をお受けし、お招きさせていただきました!」


「えぇ、そんなの記憶にないのですが、人違いじゃないんですか?」


「いえいえ間違いありません! 『松陰まつかげ心晴こはる』様の御予約で間違いありません!」


「で、でも今いつも持ち歩くカバンもないしお金もってないですよ」


「いえいえ、本店ではお食事に料金は発生しません! 何より既にお支払いはお受け取りしております!」


「え?」


 驚く私に彼はニコリと笑う。


「まずもってこの場所、三途川原さんずがわばらは現世と冥界の狭間にございます!」


「……え?」


「お客様は本店に御予約されたためこの場所に呼び出されました!」







「本店は死者が冥界に逝く前に安らかな一時を送って頂く為、冥界管理局の支援金の元に立てられた公共施設の一つです!」


「……つまり、……私は死んだの?」


「いえいえ、ご安心ください! 冥界に行くまでは死者ではありません!」




 それじゃあ結局死んでるじゃない!?



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