5

 俺をこの学校に送り込んだ人はこんな指示を出した。まずこの学校で協力者を探せ、と。

 凛音の行方不明事件を調べるにあたって、この学校で最も色んな秘密が隠されていそうなのは地下迷宮だ。そして地下迷宮に入るには夢幻の鍵と呼ばれる特殊な鍵が必要らしい。

 今、その鍵は生徒会長が管理している。だから俺は生徒会選挙の真っ只中のこの時期に来たのだ。生徒の中から協力者を選び、そいつを次期会長にするために。

 俺の言うことを聞いてくれるような生徒を会長にすれば、地下迷宮を調べるのも難しい話じゃないだろう。その点で言うと星観はガードが固そうだ。さっきの様子からしても地下迷宮に入れてくれそうにない。

 まあ次期会長候補はもう一人いる。

「相馬先生」

 そんな事を考えながら廊下を歩いてると、丁度脳裏に浮かんでいた人物が俺に話しかけてきた。黒髪ロングの日本人形のような少女が、俺を見つけて駆け寄ってくる。

「どうした静佳、まだ帰ってなかったのか」

「ええ。あの、先生に頼みがありまして」

 俺より頭一つ低い小柄な少女は歯切れ悪く言って俺の顔を見上げてくる。

「頼みって?」

 俺がそう問うと、彼女は気まずそうに視線を泳がせる。

「えっと」

「ここじゃ言いにくいか?」

 廊下で立ち話できるような軽い話題ではないのだろう。そんな雰囲気を感じとり、俺は提案した。

「場所を変えようか」


「で、なんでカラオケに来たんですか?」

 ジト目の静佳がソファーに腰掛けながらそう訪ねてくる。

「いやあ、ここなら誰にも聞かれないじゃん。あと単純に歌いたかったし」

 静佳は何飲む? 奢るよと言って注文を取る。

 歌う曲を選びながら、俺は話を切り出す。

「で、俺に頼みって?」

 静佳も漸く話す決心がついたのだろう。真っ直ぐに俺の目を見つめながら口を開く。

「お昼のこと、紗雪に謝っておいてください。悪かったって」

 ふむ、学食で紗雪を避けてたことか。静佳はそれを気に病んでいたらしい。けど。

「なあ静佳、謝罪したいならお前の口から直接言わないと意味がないぞ」

 と、真っ当な教師らしいことを言ってみる。

 罪悪感を感じてるあたり静佳は心底紗雪のことを嫌ってるわけでもないらしい。

 正論を返された彼女は苦々しく口許を歪め、視線を床に落とす。

「できないですよ。私、紗雪に恐がられてますから」

 なんだかなあ。

 紗雪は静佳に嫌われてると言った。静佳は紗雪に恐がられてると思ってる。

 お互いに打ち解けたいのに、距離を詰めきれないでいる。こういうのをすれ違いと言うのだろうか?

「一体、お前らどんな関係なのよ?」

 生徒達の人間関係の相談を受けるなんて、マジでまともな教師みたいだな、と内心苦笑する。

 静佳は神妙な顔で語り始めた。

「私、昔あの子に酷いこと言って、あの子を傷つけちゃったんです」

「そっか、ならまずそのことを謝るところからだな」

「いえ」

 俺の言葉に静佳は頭を振って否定を返す。

「私はあの子のやったことを許すことはできない。あの子を責めてしまったけど、その言葉は取り消せないし取り消すつもりはないです」

 それはまた頑固だな。一応年長者として忠告しておこう。

「どっちが悪いとか正しいとか、そういうところで意地張ってると人間関係上手くいかないぞ」

「それは、そうなんですが」

 静佳は言葉に詰まって視線を逸らす。俺は彼女の頭に手を置いてポンポンと叩いた。

「お前らルームメイトなんだろ? いつまでもそんなんじゃストレス溜まる一方だって。ごめんなさいって言ってみれば相手もごめんなさいって返してくれる。ちょっと勇気を出して踏み込めば案外簡単なもんだぞ」

 なんで自分はこんな真面目に生徒の相談に乗っているんだろう。

 元は凛音の行方を調べる為に潜入したんだ。真面目に教師なんてやるつもりない。

 でもなんだかんだで静佳も紗雪も放っておけない。こいつらには仲直りして欲しいんだよな。

「そんな簡単な話じゃないです」

 静佳は声を震わせながら拳を固く握る。

「私は失ったものを取り戻さなきゃいけない。そうじゃないと自分も周りも許せないままなんです」

 失ったもの? それはなんだろう。

俺は優しい声音を意識して彼女に訊いてみる。

「それはどうやったら取り戻せるんだ?」

 静佳は俺の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。迷いのない澄んだ瞳で答えを吐き出す。

「私が生徒会長になることです。それが私の大事なものを取り戻すための一歩になる」

「そこまでしてお前が取り戻したいものってのはなんなんだ?」

 それは、と静佳が言葉を区切る。

「今は言えません」

「そっか」

 静佳の失ったもの。それを聞き出すのは難しそうだ。

 だが彼女が生徒会長を目指すというのなら、俺にとってもそれは都合がいい。

「ところで静佳、さっき音楽室で星観と会ったよ。あいつピアノの前で悩みながら新しい曲作ってたみたいだ」

 それを聞いて静佳の表情が険しくなる。

 だが話さなければいけない。姫宮星観は静佳と生徒会長の椅子を争うライバルだ。

「あいつ、歌も作曲もセンスあるからな。その上こんな時間まで残って努力してるとなるとお前のつけ入る隙はないかもな。お前、音楽の成績もパッとしないし」

 俺の言葉を聞いていく内に、静佳の顔が不満げに染まっていく。

 そこで俺は言葉を区切る。

「と、普通なら誰もがそう思う。今からお前が星観と同じように努力してもこの短期間じゃアイツとの実力差は埋められないってな。けど俺は別にお前の方が劣ってるとは思わないよ。星観の土俵で戦っても勝ち目はないが、お前にはお前の戦い方がある」

「どういう意味です?」

 意外そうに眉を開き静佳は俺を見返す。よしよし喰いついたな。

「つまり何が言いたいかと言うとだな。お前の腕っぷしの強さを活かしつつ、苦手分野である聖霊の扱いも克服する。その上で星観に勝つ方法を編み出す、それならこの短期間でも十分可能だ。俺の特別レクチャーがあればね」

 その言葉を受け、彼女は驚いたように聞き返す。

「いいんですか? それって贔屓ですよね?」

 そんな静佳に、俺はニッと笑って答えてやる。

「伸び代のある生徒を育てるのも教師の仕事だよ。お前は才能はあるのにそれを活かしきれていない。それが勿体無いと思ってな」

 確かに生徒達が生徒会長を目指し腕を磨いてる中、教師が特定の生徒を贔屓するのはよいことではないだろう。

 だが静佳が生徒会長になれば、俺の目的にも近づく。

ここは静佳の信頼を得て、彼女に恩を売って生徒会長の座に就かせる。

 俺の頼みを何でも聞いてくれる都合のいい生徒会長の誕生というわけだ。

 そんな目論見を胸に俺は特別講義を開始する。彼女の同意は待たなくていい、話を始めれば静佳は聞かざる負えない。

「静佳、お前の得意戦法は相手との距離を詰めての格闘戦だ。だが星観の聖霊に対しては相性最悪。あいつの持つ雷獣は遠距離からの雷攻撃を得意とするからな」

 俺の言葉に静佳も頷く。

 生徒会選挙の予選で、他の三人の候補者の動きを一瞬で封じたその戦いは記憶に新しい。

「勝つためにはお前も聖霊で対抗することが必須条件と言える」

 選曲用の機械を静佳に渡しながら俺は彼女に話しかける。

「まあ難しく考えるな。とりあえず歌ってみよう」

 静佳は不信感のこもった目で俺を見返してきた。

「歌うだけでいいんですか?」

「ああ、霊唱ってのは聖霊術師自身の気持ちを高めて聖霊を強化するものだ。他人から見た歌の上手い下手は関係ないし、自力で作曲することも別に必須じゃない」

 確かに自分のコンディションをベストに整える為の歌を自分で作れたら理想だろう。

 だがこの短期間に静佳にそこまで求めるのは現実的じゃない。

 歌が得意でなくてもいい、作曲ができなくてもいい。少ない準備期間で静佳の弱点を克服し、星観と戦える状態に持っていくプランが俺にはある。

「どういう歌なら静佳のテンションが一番上がるのか、それを探してみようぜ」

 そう言って俺は笑いかけた。

「仕方ありませんね」

 静佳は渋々と言った様子で曲を選ぶ。やがて部屋の中に彼女の歌声が響き始めた。

 それから数日、俺達は放課後にカラオケ屋で秘密特訓を行った。

 そして生徒会選挙決勝戦の日を迎える。

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