第3話『花粉症』

 ──そういえば部長のパンツ見れたの本当に幸運だったけどあれからしばらくは櫻井さんの白い目が刺さって辛い、そんな4月の終わり。


「……へくちっ……ずずっ……」


 部室に来ると目を覆うような形状の大きな眼鏡と真っ黒なマスクを着けた銀髪の三年生が居た。


 部長だ。


「お、こんにちはー……くしっ!!」


 机に置いてあるティッシュ箱から何枚も引き抜いて鼻をかんでいた。


 杉花粉の季節は終わりかけ。今日突然対花粉装備を取り出したので、最近始まるのだと、麦辺りだろうか。


「こんにちは部長。花粉症ですか?」


「そ、そう……くしゅんっ……」


 俺はそろそろ定位置になりそうな窓際一番後ろの席に着く。


 えっと『花粉症 4月』っと。やっぱり檜だろうか。


「……何の花粉ですか?」


「ひ"の"き"。」


 本当に檜だったようだ。俺は部長の耳をちらと見て言う。後から思えば軽率というか、どうしても『普通』から逸脱したものを認めたくないという心があって、言ってしまったのだと思う。


「ハーフエルフとか言ってる割に樹の花粉に弱いんですね」


「まー……しょせん混じり物だしね。自然を味方に、何て事は出来ないんだよね……くゅんっ」


 部長には大して気にした様子はなかったけれど。部長の声色には諦めに近い感情が乗せられていたように思えた。


 気にさわることを、言ってしまったのだろう。部長が『ハーフエルフ』を自称している事に対して。


「どうしたの? 何か変なことでも言ったかな?」


 けろりとした様子で部長が俺に問う。先程の発言に関しては気にしている様子は微塵もない。恐らくは俺が部長の思っている反応と全く違う反応をしたせいか。


「花粉症、酷そうですね」


「酷いなんてもんじゃ……くちゅんっ! ……無いよ?」


「よーっす! 部長! 今年も花粉症の時期か!」


 勢いよくパソコン室の扉が開かれた。金髪の目鼻立ちの整った男だった。制服を適度に着崩しているがそれが特に悪印象を与えることがなかったのは険の無い笑顔を浮かべていたからだろうか。


「源造くん……っしゅ!! うう……」


 黒野源造。三年生である。彼もまた一般人が日常的に名乗らないような肩書きを持っている。


「檜を……日本に存在するすべての檜を伐採してよ……」


「良いっすねぇ。面白そうだし、ちょっとリーダーにでも聞いてやってみるわ」


「檜風呂……ログハウス……何でも良いから……この世から……へちゅっ!!」


 怨念の籠った目でうわごとのようにぶつぶつと呟く部長。因みに他の物を呟かなかったあたりで部長の中の檜の再利用レパートリーは二種類だけなのは察した。


 黒野先輩はスマホを取り出して入り口近くの椅子を引っ張り出してどっかりと座る。


「あーもし? リーダー? ……あーはいそっす、新しい計画っす。……森林伐採っす。主に檜」


 誰に電話しているのか、俺にはなんとなく分かった。


 黒野先輩は、俗に言う悪の組織とやらの幹部らしい。上司か何かに電話をしているのだ。


 悪の組織とやら。黒野先輩からは暗躍をしているとは聞こえてきたけれど、話の端々に組織としての脆弱さが窺えた。


「はぁ!? そんなことしたら森林保護団体に睨まれるぅ!? そんなんで悪の組織がやってられますかってんですよぉ!!」


 ほら。


 同時に部長からドス黒いオーラを放ち始めていた。怖い。


「……こうなったら私が森を燃やす……ついでにエルフの森も燃やす……」


 危ない事を呟いている。花粉症、相当キツいんだと思う。


「なんすか? 最近魔法少女とかいう痛い奴に妨害食らっててマトモに活動が出来てねぇ!?? マジかよその程度か悪の組織ってのはよぉ!!?」


 黒野先輩電話相手のリーダーを恫喝中。


「……………分かれば良いんすよ。分かれば。んで計画なんですけど、取り敢えず場所は………」


 黒野先輩が俺を見てスマホの画面を見せてきた。


『場所 探して 教えて』


 檜が生えてる場所を調べろってこと? どうやってだろ。


 一応檜で検索してみたけれど分からない。俺は首を横に振った。


「あー。じゃあ取り敢えず長野辺りから伐採しましょ。それで行くっすよ、ね、リーダー頼んだっすよ? ……あ、ロボならこっちで用意するっす。……オレの提案っすからね? それくらいするっすよ。一番信用ある伝があるのオレっすからね。んじゃ………っと。部長、これで良いっしょ。んじゃ、これからアイツに仕事頼みに行くんで森林伐採ロボ、期待してても良いぞー」


 そう言ってパソコン室から出ていった黒野先輩。入れ替わるように櫻井さんがパソコン室に入ってくる。


「黒野先輩、楽しそうに廊下走ってましたけど何かあったんですか?」


「仕事……っくしゅん!!」


 早足で移動する黒野先輩とすれ違ったのだろう。首をかしげて部長に聞いていた。いつのまにか部長はオーラを抑えていた。




 ──翌日。


「すいません部長、森林伐採、魔法少女のせいで全く出来ませんでした」


「おのれ魔法少女め!!! くちゅんっ!!」


 大規模破壊活動を防いだはずの魔法少女が逆恨みされる図である。


「……つか、魔法少女ってなんなのさ」


 自称しているのであれば確かに相当痛い子だな……。



 ……というかこの部活痛いのばっかじゃないか??

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