ここは現代日本の普通の高校の普通の部活動ですよ?

リョウゴ

一章 部活動紹介

第1話『トマト』

 ──それは冬服で居るには少し暑苦しさを感じるようになった5月の半ば。


「──トマトってさ、不味くない?」


 放課後、俺の姿を確認するなり部長がそう言った。部室として利用されているパソコン室には、部長以外には誰一人として教室に居なかった。


「あの中身のぐじゅぐじゅ感がどうしてもむりなの」


 俺は肩を抱いて震える仕草をする部長を横目に教室に等間隔に並べられたパソコンの、窓際の一番後ろに置かれた所へと座る。


「どーっしても、むりなの! 分かってくれるかな君は」


「うわっほい!?」


 見ないようにしていた部長に突然肩を叩かれて、驚いた。足音聞こえなかったし、急なボディタッチだったのがあって心臓が飛び出るかと思ったよ。


「やーっとこっち見た。で、どう思う?」


「どう、とは?」


 部長の顔近過ぎますね、とか返そうかと思ったけどこの人はそういうの気にしないと思ったので素直に聞き返した。


「トマト。食べられる?」


「食べられますけど?」


「けど?」


 しまった。部長の顔が近すぎるのに動揺して無意味に"けど"と強調して言ってしまった。


 あー。部長顔が輝いてる。どう答えるべきだろう?


「部長ってケチャップとかどうなんです? 食べられるんですか?」


「……食感が無理なだけだから食べられるよ? うん。というかケチャップってトマトじゃなくない?」


「そうですかね」


 言われてみれば、ケチャップってトマトの原形を留めていないように思える。味的に。


「あとはー。トマトジュースはギリギリ行けるけど、野菜カレーとかは無理だね」


「野菜カレー?」


「野菜カレーってさ、変な野菜入ってるじゃない? トマト以外にもさ」


「まあ、確かにそうですね」


 部長は、そこでふと立ち続けていることを疑問に思ったのか俺の隣の席の椅子を引き出して座る。椅子と椅子が静かにぶつかったのが椅子から伝わってくる。


 やっぱり近い。


「人参玉ねぎじゃが芋、で、うちだとトマトと茄子と、マンドラゴラ」


「マ──????」


「マンドラゴラ。知らない? 引っこ抜くと叫ぶやつ」


 マンドラゴラ。いや知らないこともないけど。叫び声聞いちゃいけないやつじゃないか? 実在していない植物じゃないの?


「………………………マンドラゴラ。そうですね、マンドラゴラ美味しいですよね」


 そう、だ。この部活にいる人間の大半がよくこうやって変なことを言うのだ。取り敢えず俺はその手の発言が来たら突っ込むよりも受け流すことを既に決めていた。


 そのわりに沈黙が長いって? 喧しいわ。


「いやいや不味いよマンドラゴラ。食えたものじゃないのにお母さんが『これ食べると魔力伸びるから好き嫌いせずに食べなさいね?』って。私はお母さんみたいな菜食主義ベジタリアンじゃなくてお父さん寄りで野菜嫌いですよーだ。ハーフだし」


 ハーフ関係ないと思う。


 言いながら思い出していじけているのか、部長は綺麗な銀髪をくるくると指先で弄びながら口を尖らせる。


 髪の隙間から覗く耳がほんの少しとがっているのは、部長に言わせれば"ハーフエルフ"の証らしい。


 エルフって。空想上の生き物、いるはずないんだけど。じゃあ目の前の女子はなんなのかって言われれば答えに窮してしまうのだけれども。


「考えてみたらトマトよりもマンドラゴラのほうが嫌いだなーっ。君はわかってくれなさそうだけどさっ!!」


 うん。分かんない。マンドラゴラの味が。それどころかマンドラゴラが。


「そういえば」


 そこで言葉を切る。俺はパソコンでトマトを検索すると、一番上に出てきたページに飛ぶ。


「トマトって茄子の仲間らしいですね。ほら」


 そのページにはしっかりと『ナス目ナス属ナス科』と書いてあった。そこは一応誰でも編集できる有名サイトウィキ○ディアだった、とは言えども流石にこんなサイトのこんな情報で嘘を付くような事はあるのだろうか。いや、ない。


 …………多分。


「お、ほんとだ」


 肩越しに部長は画面を見てくる。殆ど顎を右肩に乗せているかのような距離感に、俺は少し避けるように左に重心を傾ける。


 整った顔が、すぐ右にある。部長の赤い目が反射した画面の光をしっかりと見える距離。思わず息を飲────


「こんちゃー。おろ? お二人さんだけ? つか距離近くね? 珍しー」


 ガタッ


「あだぁっー!?」


「あっすいません部長!!!」


 背後の声に驚いて跳ねた肩が部長の顎にぶつかってしまう。部長顎を抑えて後ろへよろめく。そして蹲る。


「伏見先輩、驚かさないでくださいよ。めっちゃビビりました」


「えー? ビビる要素あるー? もしかして何かヤマシイことでもシてた?」


「しっ、してないよ!?」


「してませんよ!?」


 否定はほぼ同時だった。伏見先輩はその様子に爆笑すると入り口に一番近い椅子を引っ張り出してゆっくりと座る。


「ぷっくく、わーかってるってー! そんな関係じゃないもんねお二人さんは」


「そ、そうだよ、さっきまでトマトの話してたの」


「トマト? そっか、今日購買のバーガー食べてたっけ部長。あれ確か輪切りにされたトマト入ってるもんねー」


「そうそう、あれさえなければ最高なんだけどねーっ! あの価格であのお肉の美味しさは異常っしょ狐子さんよーっ!」


 ばっと、伏見先輩に駆け寄る部長。俺は背を向けたまま、パソコンの画面を注視する。


「バっカ!? バーガーならあんたの買ったんよりもチーズバーガーの方が十倍旨いしー!!」


「何それーっ、今度たーべよっと!」


 声デカいなぁ。聞き耳たてなくても全部聞こえる。


 聞こえるけれど、気になりはしたので振り返る。急に黙った伏見先輩が、部長をじーっと見ているところ。俺からは全く部長の顔を見ることができないので何でそんなに話を中断してまでじろじろ見る必要があるのかが分からなかった。


「そいや、あんた顔真っ赤だけど熱でもある? トマトみたいじゃーん」


「ふぇっ!? そんなことないよ??? いや熱はー……あるかも?」


 ………なんだ熱か……。



 え……部長、大丈夫かな?

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