自転車

 今日は休日だったので、遠くのショッピングモールへ一人買い物へ行った。わたしは一人でこうしてゆっくり店をめぐるのが好きだ。

「ふう、楽しんだ楽しんだ……」

 結局夕方まで満喫して、買いたいものも買えて大満足で帰路についていた。

「あれ?」

 と、その時前から自転車が近づいてきて、それに乗っている人が見知った顔だったので立ち止まった。

「杉本くーん!」

 向こうは全く気づかずに通り過ぎようとしていたけどこう呼びかけるとわたしの後ろ三メートルくらいでやっと止まった。

「ああ、宮里か」

 杉本くんは振り返って自転車を降り、こちら側まで引き返してきてくれた。

「こんなところで会うなんて奇遇だね。ここ杉本くんの家から遠いけど今からお出かけ?」

「少し買い物を」

 自分から聞いててなんだけど夕方から外へ出て買い物に行くというのは不自然だよね。

「ちなみに、なんの?」

 この時間からじゃないと買いに行けない、怪しいものでもあるのかな……。

 ここはしっかり問いただしとかないと。

 わたしがそんな疑惑の視線を送っていると、杉本くんはいつも通りの澄まし顔でポケットから折りたたまれた単色の袋を取り出した。

 そうして答えた。

「晩ごはん」

 ……主夫かっ! 少なくとも杉本くん料理するようには見えなかったよ! ギャップすごいよ!

 心の中で散々ツッコんだあと、まあ最近はそういう男子が主流だよね(?)と強引に納得した。

「へえ、杉本くんが作るの?」

「うん。妹と交代で。親遅いから」

 なるほど。半二人暮らしって感じなのか。自立してるなあ。うちはお母さんが専業主婦だから任せっきりだ。

「偉いね。わたし料理なんて家庭科くらいでしか作ったことない……」

「簡単なものだけど。上手くないから」

「いやあ、作れるってだけで尊敬だよー……」

 そんな感じで談笑していると、ブブブとわたしのケータイが振動を伝えた。

 お母さんからだった。

『いきなりで悪いけど買い物行ってきて。出かけてるんだから近くにスーパーあるでしょ。今日はカレーにするからルーと具材よろしく』

 ……なんていいタイミングで。

「じゃあ俺はそろそろ行く。遅いと妹に怒られる」

「……ちょっと待って!」

 メールを見て会話が中断されたことを合図に買い物へ向かおうとした杉本くんをわたしは引き止めた。

 振り返った表情からは読み取りにくいけど、おそらく『まだ話すんの?』みたいに思ってるだろう。

 だけど違うんだよ。

「……買い物一緒に行っていい?」

 まさかこれって一大チャンスなんじゃない?

「まあ、いいけど」

「ありがとう、今おつかい頼まれちゃってさ」

 そんな言い訳をしながらも、ちゃっかり杉本くんの隣にピッタリと並んだ。

 これぞ女の子なら誰でも一度は夢見る(?)シチュエーションがひとつ。

 わざわざ自分のために自転車に乗らず手で押しながら一緒に歩く下校デート! 今回の場合偶然できただけだけど! ありがとうお母さん!

「どうかした」

 杉本くんとは逆の方を向いて歓喜に身を震わせていると心配するように聞かれてしまった。

「い、いや、なんでもないよ。ところで、杉本くんが作れる料理ってどんなやつ?」

 わたしは話を逸らすことで対応した。

「オムライス。チャーハン。とか色々。レシピあれば一応作れる」

「普通にすごくない!?」

 オムライスって難しいもののひとつじゃなかった? チャーハンだってパラパラにするの難しいっていうし、レシピあれば作れるってやばいんじゃ。

 だけど杉本くんのことだから完璧にこなすんだろうなあ……。簡単なもので上手くないっていうのは絶対謙遜に決まってる。

 たった今杉本くんへの好感度は140パーセントにシフトチェンジした。色々な新事実が発覚するたびに最大値を超えてどんどん上がっている。

「いや、妹の方がすごい。日に日に新しい料理を開発するし」

 凛ちゃん……杉本くんにここまで言わせるなんてあなたはいったい何者なんですか……。

 そんなこんなでスーパーに到着した。

「ところで、晩ごはんは何を作るの?」

「カレー」

 奇跡的な一致。お母さんもう一回ありがとう!

「わたしもなんだよね! だからルーと具材を買わなきゃなんだけど」

「うん。じゃあ行こう」

 素早く買い物カゴを手にした杉本くんはこちらを振り返っていった。本当に手慣れてるなあ。これが本物の主夫というものなのか……!

 心の中で驚きつつ、わたしも買い物カゴを手に取ってその頼もしい背中についていった。

 入り口に近い野菜売り場から、杉本くんのレクチャーは始まった。

「じゃがいも。外に傷がなくてシワやデコボコが少ないのを選ぶといい。皮むくのが簡単」

 わたしは全部当てはまったのを見つけ手に取った。

「なるほど、じゃあこれを」

「芽が出てるのは一番だめ」

「ああ、はい……」

 わたしはひっそりとその緑の部分が目立ったじゃがいもを棚に戻した。


「ニンジンは茎の部分を見る。できるだけ新鮮なのを。そして切り口が細いのがいい」

「へえ、なるほど」

 わたしは切り口の細い、黒ずんだものを手に取った。

「それ、あんまりよくない」

「あ、ありがとう……」

 また間違えてた。杉本くんに感謝してそのあとしっかりといいものを選ぶことができた。


「タマネギは皮がカラカラのものを。持ってみてしっかり重みのあるのを選ぶ」

「重いもの、ね。これかな……」

 もう失敗するのは恥ずかしいので、しっかり吟味してから選んだ。

「いいと思う」

「よかった……」


「肉は好みの種類で。できるだけ製造日時が最近なのを選ぶ」

「杉本くんはどれにするの?」

 肉のことはよくわからなかったので聞くことにした。

「鶏肉」

「じゃあわたしもそれにする」

 まあ、杉本くんと同じなら大丈夫だよね。


「ルーはいろんな種類がある。味も違うから混ぜたりする人もいるらしい」

「す、杉本くんは……?」

 たくさんの中から選べるはずもなく。わたしはまた杉本くんに頼ることにした。

「バーメンドの甘口。妹は辛いの苦手」

「じゃあわたしも……」


 こうしてやっと買い物が終わった。

 やばい、杉本くんが本当に主夫なんだけど……。

 毎回ここまで考えて買ってたんだね、お母さんいつもありがとう……。

「重い?」

 と、不意に杉本くんがわたしの袋を取り上げ自転車のカゴに載せた。

「え、大丈夫だよ」

 笑いながらカゴから取り返そうとしたところを、杉本くんの手が阻んだ。まっすぐこちらを見据えていた。

「嘘。買い物帰りにおつかい頼まれたんでしょ。ずっと持ちっぱなしだった」

 指をさされてハッとなった。よく見てる。

「だから家まで送るよ」

「えっ、あ、うん、あ、ありがとう……」

 いきなりの提案にびっくりしながらも了承してしまう。

 気遣いまでできるなんて、わたしが好きになった人はただの素敵な人だった。

「……もう少し一緒にいたいし」

 ほらまたこういう不意打ちしてくるし! しかも顔逸らしてないってことは素じゃん!

「う、うん……」

 わたしは黙って俯きながら歩くしかなかった。顔を上げたらたぶん真っ赤な顔を杉本くんに晒してしまうことになる。

 優しいことに杉本くんはこちらを一回窺うと、前を向いて静かに自転車を押してくれた。その沈黙は苦痛でもなんでもなくて、ただ心地よかった。


「着いた」

 杉本くんは立ち止まってわたしの家を見た。いつの間にか到着していたようだ。その間を静かに過ごしたのは悔やまれるというか。でもまあいっか!

「本当にありがとう。……ってあれ? 杉本くんなんでわたしの家知ってるの?」

 わたしは杉本くんの自転車のカゴから自分の荷物を取り出しながら疑問に思った。わたしは訪問したから杉本くんの家を知ってるけど、教えたりしたことないような……?

「知ってるよ。彼女の家くらい。じゃあね」

「へ!?」

 驚いているあいだに杉本くんは自転車を走らせて帰ってしまった。

 あれはどういう……?

 その方向を見て、しばらく考えたけど何にも思い浮かばなかった。そんな時、グウとお腹が鳴ったので仕方なくひとまず家に入ることにした。

「ただいまー」

 ……その保留した考えが寝る頃には頭の隅の方に追いやられてしまっていたことは言うまでもない。


(夕食の席)

 妹「ねえなんだか今日のカレー美味しくない?」

 母「そう? いつも通り作ったんだけど。いつも使わない鶏肉だからかしら」

「ルーが甘口だからじゃ?」

 妹「いや、なんか野菜が」

「ああ、それアドバイスもらって選んだよ。お母さんいつもそこまで考えてるだろうから変わらないはずだけど」

 母「私そこまでこだわってないよ」

「えっ」

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